家族
「あれ? エイヤは?」
ジムに入ってきた大樹が周りを見回した。
「今日も来てないぞ」
田所が答える。
「今日も?」
「ああ。大会近いのに、昨日も来てない」
「……マジっすか」
大樹はスマホを取り出した。
エイヤに電話をかける。
呼び出し音だけが続く。
「…………」
切れた。
「出ないっすね」
もう一度かける。
やっぱり出ない。
大樹は少し考えてから、別の番号を押した。
「あ、もしもし。母さん?」
『大樹?』
「エイヤいる?」
『いるけど……』
「何してんの?」
『昨日からずっと部屋にいる』
「昨日から?」
『うん、ご飯も食べてない』
「なんかあったの?」
『ちょっと家に寄れる?』
「うん」
大樹は電話を切った。
「会長、俺ちょっと見てきます」
「何かあったのか?」
「昨日から部屋にこもってるみたいなんで」
黒和田が少し黙る。
「おう」
大樹はジムを出て、家に向かった。
ピンポーン。
しばらくして玄関の扉が開いた。
「はい」
「エイヤは?」
「大樹……」
大樹は靴を脱いで階段を上がる。
「エイヤ!」
部屋の前まで行き、ドアノブを回す。
ガチャ。
開かない。
「エイヤ! 俺!」
返事はない。
ドンドンドン!
「エイヤ!」
「ちょっと! やめてよ!」
母親が階段を上がってくる。
「エイヤ!」
「やめなさい!」
母親が大樹の腕を掴んだ。
大樹の手が止まった。
「…………」
ゆっくり母親を見る。
「何があったの?」
「……」
「何か言った?」
「格闘技やってるって聞いたから、やめるように言ったの」
「なんで?」
「親だからよ」
「親だからって……」
大樹の声が低くなる。
「全部決めんなよ!」
「…………」
「大学行って、卒業して、普通に働いて」
「……」
「それで母さんが安心したいだけだろ」
「違うよ」
「何が違うんだよ!」
「私はあんたたちが将来困らないように――」
「大学、大学、大学ってうるせえんだよ!」
母親が黙った。
「俺の時もそうだったじゃん」
「…………」
「高校出て、大学行けって」
大樹が母親を見る。
「俺は自分で決めたいんだよ」
「…………」
「エイヤにも自分で決めさせろよ」
「でも……」
「母さんの人生じゃねえだろ」
「…………」
大樹は階段を下りた。
「大樹!」
返事をしない。
靴を履く。
玄関の扉が閉まった。
家の中が静かになった。
「…………」
母親は階段に立ったままだった。
しばらくして、その場に座り込む。
「もう……」
顔を伏せる。
「分かんないよ……」
カチャ。
音がした。
母親が顔を上げる。
エイヤの部屋の扉が、少しずつ開いた。
「エイヤ……」
「母さん」
「…………」
「ごめん」
「…………」
「俺、やっぱり格闘技やりたい」
母親は何も言わなかった。
「大会も出たい」
「…………」
「ごめんなさい」
エイヤは階段を下りて、そのまま家を出た。
外は夜になっていた。
ピンポーン。
大樹が覗き穴を覗く。
エイヤだった。
「…………」
大樹が玄関を開ける。
エイヤが立っていた。
手には袋を持っている。
「DVD返しに来た」
「…………」
大樹は袋を見る。
それからエイヤの顔を見た。
「泊まってくか?」
「…………うん」
大樹は玄関を開けた。
エイヤには、大樹が少し泣いているように見えた。




