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「これは何?」


 母親がエイヤを見ていた。


「…………」


 エイヤはもう一度、チラシを見る。


「格闘技の大会」

「それは見れば分かる」


「…………」


「何で名前が載ってるの?」

「出るから」

「出るって……試合に?」

「うん」

「いつから格闘技なんてやってるの?」

「2週間くらい前」

「2週間!?」


 母親の声が大きくなった。


「2週間しかやってないのに試合に出るの?」

「ジムに誘われて、ちょうど出る人がいなくなって」


 母親が額に手を当てる。


「全然分かんない」

「…………」

「それ、騙されてるんじゃないの?」

「大丈夫だよ。兄貴も通ってるし」

「大樹?」

「あ」


 エイヤが口を閉じる。


「大樹もやってるの?」

「…………」


「エイヤ」

「…………」


 母親は小さく息を吐いた。


「やめなさい」

「何で?」

「何でって……当たり前! 大学生でしょ?」

「大学関係なくない?」

「あるよ」


 母親の声が少し強くなった。


「せっかく大学に入ったのに、学校は知ってるの?」

「言ってない」

「バレたらどうするの?」

「…………」

「エイヤ」

「分かってるよ」

「分かってないから、こんな――」

「こんなって何?」


 母親が黙った。


「格闘技やったらダメなの?」

「そうじゃなくて」

「じゃあいいじゃん」

「良くない」

「何で?」

「心配だから!」


 リビングが静かになった。


「…………」

「お父さんがいなくなってから、私1人であんたたち育ててきたの」


 エイヤは何も言わなかった。


「大樹は高校辞めて出て行っちゃうし」

「俺とは関係ないじゃん」

「関係あるよ」

「ないよ」

「私はもう、あんたまで――」

「俺は兄貴じゃない」


 母親が口を閉じる。


「大学も行ってる」

「…………」

「ちゃんと行ってるじゃん」

「だったら大学に集中しなさい」

「…………」

「格闘技の大会なんて出なくていい」


 エイヤがチラシを見る。

 少し前まで。

 総合格闘技なんて何も知らなかった。

 初めて。

 夢に近づいている気がしていた。


「俺、出たい」


「ダメ」


「何で母さんが決めるの?」


「あなたのことだからでしょ」


「俺のことじゃん」

「だから心配してるの!」


「…………」


「怪我したらどうするの?」

「分かんない」

「大学行けなくなったら?」


「…………」


「将来どうするの?」


 エイヤは俯いた。


「プロレスラーになりたい」


「…………」


「ずっと言ってるじゃん」


「それは分かってる」

「じゃあ――」

「でも、もし叶わなかったらのことも考えなさい」


「…………」


「母さんは、ちゃんと大学を出てほしいの」


 エイヤは黙った。

 母親も黙った。

 時計の音だけが聞こえる。


「もうこんなことやめなさい」


 エイヤが立ち上がった。


「もういい」

「待ちなさい」

「疲れた」


 エイヤはそのまま階段へ向かった。


「エイヤ!」


 返事はしなかった。


 部屋に入る。

 ドアを閉める。

 カチャ。

 鍵をかけた。


「…………」


 机の上には、大樹から借りた総合格闘技のDVD。

 エイヤはベッドに横になり、布団をかぶった。

 布団の端をつまんで、涙を拭いた。


 次の日。

 エイヤは――

 ジムに来なかった。

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