イメージトレーニング
黒和田がエイヤを見つめる。
「試合まで時間がねえ。寝技を一から覚えてる余裕もない」
「あっという間ですね」
「打撃と、組まれた時の対処。それだけ徹底してやる」
黒和田がジムの奥を見る。
「大樹!」
「はい?」
「今日からエイヤのスパーリングの相手を頼む」
「俺ですか?」
「ああ。三熊がいない今、こいつの練習相手になれそうなのがお前くらいしかいねえ」
エイヤが大樹を見る。
「兄貴と殴り合うの?」
「軽くだよ」
大樹がグローブをはめる。
「俺、兄貴に1回も勝ったことないんだけど」
「負けるわけねーじゃん」
黒和田が棚の前へ行った。
「その前にヘッドギアだ」
棚の中を探す。
「……あれ?」
「どうしたんですか?」
「おかしいなぁ。この前、大きいサイズ買ったばっかなんだけどな」
別の棚も開ける。
「ないんですか?」
「ねえな……どこやった?」
黒和田はしばらく探したが、見つからなかった。
「まあいい。これ被っとけ」
エイヤにヘッドギアを渡す。
「これ小さくないですか?」
エイヤが頭にはめた。
「…………」
頬が左右から押しつぶされた。
大樹が吹き出す。
「ぶっ!」
「何だよ」
「いや……」
田所までこっちを見て笑っている。
黒和田が笑いながら言った。
「似合ってるぞ」
ベルトを締める。
「痛っ! 頭潰れる!」
大樹が腹を抱えて笑っていた。
2人が向かい合う。
黒和田が手を叩いた。
「試合前だからな、軽くだぞ」
「はい」
エイヤも拳を構えた。
「これ以上顔潰すなよ」
「始め!」
大樹の左拳が飛んできた。
「うわっ!」
エイヤは反射的に目を閉じかける。
けい太の言葉が頭に浮かんだ。
『殴られたくなかったら、ちゃんと相手見る』
「……!」
目を開ける。
拳が見えた。
エイヤは両腕で顔を守った。
パシッ。
「おっ、見えた!」
大樹が身体を低くした。
足を取られる。
「頭!」
黒和田の声。
エイヤは大樹の頭を押さえ、必死に腰を引く。
「くっ……!」
「そのまま!」
何とか倒れずに耐える。
大樹が離れた。
「ハァ……ハァ……」
「まだ始まったばっかだぞ」
大樹が笑った。
その日は、何度も殴られ。
何度も足を取られ。
それでもエイヤは、少しずつ目を閉じなくなっていった。
練習が終わった頃には、外は真っ暗だった。
エイヤが荷物をまとめていると、大樹が声をかけた。
「家でもイメージトレーニングしろよ」
「家で?」
「相手のパンチやタックルが来たらどうするか、イメージするだけでも違うから」
「うん」
エイヤはジムを出た。
外は雨だった。
「マジか……」
雨脚が少しずつ強くなる。
エイヤは近くのコンビニへ駆け込んだ。
「傘、傘……」
ビニール傘を手に取り、レジへ向かう。
その途中。
「ん?」
雑誌コーナーで足が止まった。
格闘技雑誌だった。
「こんなのあるんだ」
何となく手に取る。
表紙には知らない格闘家たちが並んでいる。
ページをめくる。
手が止まった。
格闘技とは関係なさそうなグラビアページ。
水着姿の女性が大きく載っていた。
「これ……」
どこかで見覚えのある顔だった。
「…………」
数秒考える。
「これもください」
迷わず傘と一緒にレジへ持っていった。
その夜。
エイヤの部屋。
机の上には、大樹から借りたDVD。
そして――
コンビニで買った格闘技雑誌。
エイヤは雑誌を開く。
グラビアページを見る。
「やっぱりこれ、けい太の彼女だよな……」
もう一度見る。
「…………」
その夜、エイヤは
たっぷりとイメージトレーニングをした。




