第97話 根菜カタツムリ騎士団
俺たちは焼きカタツムリを一緒に味わった。
濃厚なバター、白ワイン、スパイスが幾重にも重なって、カタツムリ肉本来の甘みを存分に引き立てている。ジャガイモとダイコンは絶え間なくベーキング紙の上に新しい調味料を加え、一切れ一切れの肉が違う風味の組み合わせを纏っていた。
でも、こんなに大きなカタツムリはとても食べきれない。
目の前に広がっているのは、成体のダイアガストロポッドだ。腹足から切り取った肉だけで、ベーキング紙一枚を埋め尽くすほどある。
他にも内臓がたっぷり――この部分は正直あんまり食べる気がしないけど、根菜の二人は美味しそうに頬張っていた。
弾力のある腹足の肉を味わって、げっぷが出るくらいまで食べた。
それでも残っている部分は、宴会一回分くらいの量がある。
「これ、食べきれないともったいないですね」
口に肉を含んだまま、もごもごと言った。
「問題ない!」
ジャガイモが胸を張った。
「みんなを呼べばいいんだ!この貴重な料理を無駄にしないために、根菜族みんなを呼んで分け合おう!」
ダイコンがうなずいて、ベーキング紙の脇から小さなラッパを取り出した。乾いたゴボウの葉を巻いて作ったような見た目だ。それを遠くに向かって吹き鳴らす。
「プープー――プープープー――プー――」
澄んだ高い音が、ずっと遠くまで響いていく。
ほどなく、近くの戸棚の下からあちこちで足音が聞こえてきた。
根菜族が来たんだ。
最初に顔を出したのは、丸々とした奴だった。全身が紫紅色に光っていて、頭の上に緑の葉っぱを数枚乗せている。ビーツだ。
「おお!この香りはなんだい?」
ビーツは葉っぱを揺らしながら、興奮した様子で駆け寄ってきた。
その後ろから細長くて全身真っ赤な奴がやって来た。ニンジンだ。
「ふぅ、さっきの角笛、何か良いものでもあるのかい?」
それから次々とやって来た。頭の上にぼさぼさの葉っぱを乗せたヤマイモ、体に暗赤色の斑点が散らばったゴボウ、それから全身真っ白で頭にピンクの花を乗せた……ラディッシュだろうか?
何人かの食べ物人がベーキング紙の周りに集まって、目をきらきらさせて料理を見つめていた。
「よそ者よ、こいつらはみんな俺たちの部族の兄弟姉妹だ!」
ジャガイモが紹介しながら、切った肉をみんなに分け始めた。
俺はちょっと照れくさくて、手を振った。
「みなさん、こんにちは……お邪魔します」
「お邪魔って何だい、あんたはあのカタツムリどもを片付けてくれて、食材まで山ほど用意してくれたじゃないか!」
ジャガイモが俺の背中をぽんと叩いた。声に尊敬の色がにじんでいる。
ビーツが噛みながら聞いた。
「このよそ者の方は?」
「あのダイアガストロポッドを倒したんだぞ!」
ダイコンが先に答えた。
「そう、ずっと水道管の上を這い回ってた連中さ!」
「まあ!」
ラディッシュが口を押さえた。
「すごいわね!あんなにたくさん倒せる人、見たことないわ」
「そうそう、あの殻の大きさだけでも怖いってのに」
ニンジンがうなずいた。
「俺らはいつも避けるしかなくてさ、あいつらに立ち向かおうとしたら、相当な準備が必要なんだぜ」
みんなが盛り上がって話しているのを聞いて、肉を食べる手がゆっくりになった。
ベーキング紙の上にまだたくさん残っている焼きカタツムリを見て、ふと疑問が湧いてきた。
「あ、そういえば――」
口を拭った。
「みなさん、これまでも焼きカタツムリって作ってきたんですよね?毎回ちゃんと食べきってます?」
食べ物人たちは顔を見合わせて、それからそろってうなずいた。
「もちろん食べるさ!」
「食べないと面倒なことになるんだ!」
俺は首をかしげた。
「どうしてですか?」
「焼きカタツムリをその場で食べきらないとな」
ゴボウが噛みながら説明する。
「二、三日もすれば食べ物人として命を授かっちまうんだよ」
「……は?」
俺は固まった。
「文字通りの意味だぞ」
ヤマイモが俺の肩を叩いた。葉っぱが頭の上で揺れる。
「食べ残された料理は、自分で動き出して新しい食べ物人になる。命の火で調理されたものだからな」
「でも……」
俺は辺りを見回した。
「焼きカタツムリ人みたいな人、ここに一人もいませんけど?」
「たまに美食家が食べたがる時もあるし」
ビーツが肩をすくめた。
「ま、ほとんどの焼きカタツムリ人は、俺たちの部族じゃないんだ」
ジャガイモが付け加えた。
「そうそう、あの子たちはシーフードの国の子だから」
ラディッシュが続けた。
カタツムリって海から来たものじゃないんですけど……
そう突っ込みたかった。
でもみんなの真剣な顔を見て、言葉を飲み込んだ。
「俺たちシーフードとの関係は悪くないんだ」
ニンジンが説明した。
「ただ、種族が違えば違うってことさ」
「あんたがこれから行く水槽の上は、シーフード族のテリトリーだ」
ダイコンが水道管のほうを指さした。
「冷蔵庫のすぐ隣で、大きなクーラーボックスもあるよ!」
ビーツが嬉しそうに付け足した。
冷蔵庫……クーラーボックス……
俺は心の中でこれらの手がかりをこっそりメモしていた。どうやらこのダンジョンの構造は、普通の台所と奇妙な対応関係があるらしい。
食べ物人たちは焼きカタツムリを食べながら、最近あった色々な出来事を話していた。
ダイアガストロポッドは体が大きくて見た目も怖いけど、実際には食べ物人を襲うことは少ない。喋る根菜を噛むより、動かない果物や農作物のほうが好きみたいだ。
「でも害虫はまだまだ多いからな!」
ゴボウがため息をついた。
「最近ゴキブリが増えてさ、あれが本当に厄介なんだよ!」
「そうそう、ゴキブリは調味料まで盗むんだ!」
ヤマイモも文句を言った。
俺はだんだんと話に引き込まれていった。
お腹がいっぱいになると、ジャガイモが突然立ち上がって、手に持ったナイフをカンカンと叩いた。
「諸君!聞いてくれ!」
声を張り上げた。
「このよそ者が、あのダイアガストロポッドの群れを根こそぎ片付けてくれたんだ!」
「おおおお――!」
他の食べ物人たちが手に持った道具を掲げて歓声を上げた。
「根菜部族はあなたの指揮に従います!」
ジャガイモが俺のほうを向いた。丸い目がきらきら光っている。他の食べ物人たちも次々と立ち上がって、ニンジンなんかは肉を食べるためのフォークを頭の上で振り回していた。
俺はどうしていいか分からず、手のナイフが落ちそうになった。
「えっ、じゃあみなさん、僕の部下になって残りの害虫を片付けるのを手伝ってくれるんですか?」
「それこそ我らの宿願!」
食べ物人たちが声を揃えて答えた。あまりにも真剣な様子に、俺は呆然としてしまった。
期待のこもった目で見つめてくる彼らを見ていると、俺の心も熱くなってきた。
「よし――」
拳を握りしめた。
「じゃあこのカタツムリたちに乗って、戦場を駆け抜けてください!」
「了解!」
食べ物人たちはすぐさま、俺のカタツムリ従者の群れに駆け寄っていった。
ビーツが真っ先にカタツムリの殻に跳び乗った。紫紅色の体と茶灰色の殻が不思議なコントラストを作る。ニンジンは慣れた手つきで乗りこなし、フォークを腰に斜めに挿していた。先住民の騎士みたいだ。
ジャガイモも負けじとよじ登ろうとした。丸い体型のせいで乗るのに苦労していたけど、何とか一際大きなカタツムリの上にたどり着いた。
「美食家のために――突撃!」
ダイコン、ヤマイモ、ゴボウ、ラディッシュも次々と自分の「馬」によじ登っていった。
ついさっきまで焼きカタツムリを頬張っていた食べ物人たちが、今はすっかり俺のカタツムリ騎士団になっていた。
俺はこの奇妙な隊列を眺めて、思わず笑いがこぼれた。
「出発します!」
そうして俺たちは水槽の上を目指して出発した。
根菜たちの戦士団がカタツムリに乗って、水道管に沿って水槽まで這い上がっていく。
カタツムリは確かにのろい生き物だ。
だけど、俺の『風の香讃』の祝福を受けたカタツムリたちの移動速度は、走る列車にも匹敵する。
水道管の表面の水滴が、高速で動くカタツムリ軍団に弾き飛ばされ、空中で無数の短い弧を描いた。耳元を風がびゅんびゅん鳴って吹き抜けていく。根菜たちの頭の葉っぱまでばたばたとはためいた。
「うわああああ――思ってたよりずっとスリル満点だなあ――!」
ビーツが大声で叫んだ。紫紅色の体が殻の上で左右に揺れている。
「しっかり掴まれよ!」
前のほうでジャガイモが叫ぶ。
「落ちるなよみんな!」
「騎士の名誉にかけて――絶対に落ちません!」
ニンジンが豪快にフォークを振り回した。
俺は雷光のごときカタツムリ騎士団を率いて、水槽の頂上まで一気に進軍した。
水道管の端には金属製の縁があって、その先が水槽の入り口だ。俺は真っ先に飛び上がった。ピクシーのタトゥーの緑の光が、背後に薄い軌跡を残していく。
そして水槽の上に顔を出した瞬間――
そこはもう戦場と化していた。
大勢のシーフード族が、ゴキブリの侵入に必死で抗っている。
ありとあらゆるシーフード族――貝殻の盾を構えたハマグリの戦士、ハサミを振り回すカニの部隊、それから体の大きい魚の族人たち――が、ぎっしりと真っ黒に群がるゴキブリと激しくぶつかり合っていた。
戦場は大混乱だった。
ゴキブリの触角がうねり、鋭い脚の鉤がシーフード族の防衛線を貫こうとする。シーフード族はハサミで、貝殻で、使えるものすべてを使って必死に自分たちの領地を守っていた。
そして、戦場の最前線で奮戦している一人――
なんと、勇気の剣を握ったユウキだった。
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