第95話 ヴァルナの水のぎがく
水砲を持ち上げた。足元いっぱいに広がるカタツムリを眺める。
胸がじんわり熱くなってくる。水砲に吸い込まれていく感覚とともに、体の力がどんどん奪われていくのが分かった。
水分を集める感じは、指の先でちょっと見えない布をぎゅっと絞ってるみたいだ。水の粒が空気から一つずつ搾り出されて、砲口にゆっくり集まってくる。
残念なことに、今回は風霊鳥の力がない。水球の大きさはたかが知れていた。
「これだけ?」
握りこぶしほどの水球を見下ろす。自分でも少し情けなくなる。
足元の高級塩の袋を見つけて、水砲の先を丸ごと突き刺した。
「ふ……」
もう一度水砲を動かす。水分が空気から一滴また一滴と集まってきて、塩の袋の中で転がり、溶け込み、少しずつ砲口に流れていく。
何度も放って、集めて、放って、集める……
やがて重たい飽和食塩水の球が砲口にしっかり固定された。砲身を目の前に持ち上げて重さを試す。
「うん、確かに重くなった」
正確な重さは分からないけど、手に感じる重みでは全然違う。今集めた水球は、いつもの球より重い。塩のせいだろう。
近くの地面では三匹の太ったカタツムリがのろのろと動いていた。貝殻は湿った光を放ってる。危険に気づかず、石の隙間に沿ってゆっくり進みながら、長い触角を空気で揺らしている。
水砲をそいつらに向ける。
「来い」
シュッ――
塩辛い水球が空を裂いて、カタツムリの体に真っすぐ当たった。
HP -432
HP -187
HP -206
三つの数字がカタツムリの上に出た。
HP -384
HP -696
HP -483
また数字が出た。
カタツムリの柔らかい体から大量の粘液がにじみ出る。塩の浸透圧で体の中の水が外に吸い出されていく。
HP -267
HP -223
HP -391
体全体がゴロンと横に倒れた。貝殻が鈍い音を立てる。
「……やっぱり遅い」
ため息が出た。
煮込む方法に比べたら確かに速い。でもこうやって一匹ずつ打ってては、効率が悪すぎる。それにこの場所はカタツムリが山ほどいて、足元には緩く動く影がそこここにある。
焼きカタツムリの「かき火」に戻った。
ジャガイモとダイコンはもう巨大なカタツムリの肉を貝から引き出していた。丸ごと大きなベーキング紙の上に置いてある。紙はゴザみたいに敷いて、流れ出た液やかけらを受け止めていた。
ジャガイモが貝の内側に黄色いバターをぐいぐい詰める。
その横でダイコンはナイフで赤玉ねぎとパクチーをさっと切ってた。白ワインを大きなボウルに注いで、かき混ぜながらつぶやく。
「やっぱりレモンもあると良かったんだけど、果物ー族が引っ越しちゃったから探すのが大変でね……」
濃いバターの匂い、白ワインの刺激的な香り、ニンニクの辛い匂いが焼きカタツムリのほうから漂ってくる。
つい歩み寄って、一かけ切り取って食べてみた。
かじった瞬間、弾力のある噛み応えが口いっぱいに広がった。外側はもうきつね色に焦げ目がついてて、中はカタツムリ特有の甘さが残ってる。
「ん……」
食べながら考える。
「歯ごたえはいいけど、味がちょい薄いな」
「そう、料理はまだだから、あとで試してみて」
ジャガイモはそう言いながら、さらにバターを貝の奥へ詰め込んでいった。きれいな器の上での儀式みたいだ。
「この料理、工程が大変だな」
ダイコンが顔を上げた。俺の言葉の裏を読み取って、申し訳なさそうな顔で見つめてくる。
「だってあいつらめったに攻撃してこないから、やるたびに大ごとなんだよ……」
「そっか」
儀式みたいな流れがあるのは分かる。でも、こんなに時間がかかるのは困る。
カタツムリたちのいるところに戻った。
カタツムリが足元いっぱいに広がってた。貝に入ってるのもいれば、体を出してはってるのもいた。さっき何匹か倒したけど、見た感じ全然減ってない。
効率を上げる方法がないか考えるべきかもしれない。
変身――風霊鳥。
益の回廊をクリアしてから、この変身はまだ試してない。風霊鳥の能力も強化系なんだろう?
体が変わり始める。
緑色の羽が皮膚から一本また一本と飛び出してきて、全身を覆っていく。喉がすっきりして、肺が新しい力で満ちて、全身が軽くなっていく。
目を閉じる。
頭の中に明確な「歌のリスト」が浮かんだ。
カラオケで曲を選ぶみたいに、一つまた一つの歌がそこに並んで、選ばれるのを待ってた。
『インドラの雷のまつり』
『ヴァルナの水の伎楽』
『ヴァユの風の香讃』
『アグニの火のもてなし』
『スメール山の天の歌』
……
風霊鳥、いろいろ使えるんだな。
水砲でカタツムリを打つなら、『ヴァルナの水の伎楽』を試してみるか。
水の伎楽を選んで、目を開ける。
全身の羽がシンシンと鳴ってるのが分かった。羽というより、ガラスか金属の楽器みたいに響いてる。
口を開く。
水が流れるような歌声が自然と胸から出てくる。澄んだ音色が調理場全体に響き渡った。
――『ヴァルナの水の伎楽』発動。
霊感強化倍率 ── Level²
35 × 21 × 21 = 15435
水属性効果 ── Level³ 倍率
35 × 21 × 21 × 21 = 323,535
画面に数字が浮かぶけど、もうちゃんと見えなかった。
霊感と水属性のボーナスだけで、水の攻撃を使うと一発で三十万超――しかも範囲攻撃だ。
指先がきらきら光る。水砲の砲口に前とは比べ物にならない大きな塩水の球が集まった。
その球の中で、水と塩の粒が何か見えない力で一つに編まれて、かすかなうなり声を出してた。
「今度こそ全部やっちゃう!」
足元いっぱいのカタツムリに向かって、この大きな塩水の玉を思いっきり放った。
――ぱしゃあ!
水球がカタツムリの群れの中で爆発した。
足元全体が白い水しぶきに包まれた。もやもやした霧が見え方をさえぎる。空気は塩辛い海水の匂いでいっぱいで、海にいるみたいだ。
HP -324,428
HP -287,561
HP -310,046
HP -301,234
HP -316,892
HP -293,447
HP -308,715
……
数字が次々と出てくる。
霧が散っていくと、ひどい光景が見えた。
一帯がめちゃくちゃになってた。
カタツムリたちが強い水流に吹き飛ばされてばらばらになった。
すっかりひっくり返ったのもいて、貝が上を向いて体は宙に浮いたまま必死にもがいてた。
壁に当たったのもいて、粘液が跡を残してた。貝が完全に割れたのもあって、かけらが散乱してた。
一匹、ひっくり返ったカタツムリが体をよじってひっくり返そうとしてるけど、うまくいかず、地面でぐるぐる回ってるだけだ。
一帯に塩辛い海水の匂いとカタツムリの生臭さが混ざって漂ってた。いい匂いじゃない。
割れた貝のかけらが足元でカリカリと音を立ててた。
「……参ったな」
目の前の光景を見下ろす。
攻撃力はたしかにすごかった。でもこんな惨状を見ると、言葉も出ない。
「どう?」
ジャガイモがかき火のほうから顔を出した。
「ん……効率は上がった」
ぎこちなく答えながら、周りを見回った。
足元に生きてるカタツムリは少なくなってた。全滅ではないけど。隅っこに隠れてたのは何とか生き残って、今は足元の端をのろのろ歩いてる。生き残ったやつは無考えに各方向に進んでいった。
「じゃあいいや」
ダイコンの声が聞こえた。
「こっちのカタツムリ肉ももうすぐ出来るから、次は調味と付け合わせだね」
うなずいて、また周りを見回った。
足元のカタツムリはもう数匹だけ。生きてても、あと数分の命だろう。塩辛い水がそこここにあって、何歩か行けばカタツムリの干物だ。
本当に厄介なのは――配管の上に一杯いるやつらだ。
水砲で打っても、貝に入って水が流れるのを待つだけ。
うっかり配管を壊したらどうしよう……
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