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倒した敵は俺の力になる 〜魔物だらけのダンジョンを攻略しながら、ドロップ品を配信で売って一気に億万長者へ〜  作者: 上部乱
巽の塔ー風山漸

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第80話 絶滅の一傾

 

およそ六千六百万年前、直径十から十五キロの小惑星が、現在のメキシコ・ユカタン半島に衝突して、チクシュルーブ・クレーターを形成し、非鳥類型恐竜と地球上のおよそ七十五パーセントの生物種を絶滅へと追い込んだ。

 

その衝突の威力は、TNT換算で十兆トンに相当し、地球規模の大火災、津波、そして長期にわたる気候の激変を引き起こした。

 

俺たちの目の前にあるこの神木は、宇宙から落ちてきたわけではない――

だが、こいつは少なくとも二十キロの高さがあって、体積でいえば、あの隕石よりはるかに大きい。

 

近隣のほとんどの集落は避難させたが、俺はわかっていた。あれだけでは、まったく足りていない。

 

樹が傾きはじめただけで、もう、災厄が始まっていた。

巨大な体積の移動が、想像を絶する真空地帯を生んでいた。

 

風が狂ったように吹き荒れ、空気が神木のもとあった位置に向けて、絶え間なく流れ込んでくる――この現象は十数キロ離れていても感じられた。神木の方角に近づくほど、気圧の差は明らかになっていった。

 

ホームに立っているとき、目の前を疾駆していく電車に、ぐっと体ごと吸い寄せられる、あの風圧みたいな――ただ、今回の「電車」は、二十キロの高さを持つ一本の樹だ、というだけだ。

 

周辺の「小さなもの」――木々や野生動物――が、その気流にあおられて次々と空に巻き上げられ、それから捨てられた人形みたいに、地面に叩きつけられていった。

 

俺たちの避難圏内ではなかった、自分はもう十分離れていると安心していた生物たちは、ここでようやく気づいた。それでもなお、近すぎたのだと。

 

『風えぐすぎでしょ』

『動物たち吸い上げられた!!』

『主、この範囲、想像よりずっと広い』

『うわっ、この映像こわい』

『空気まで吸い取られてる』

『超巨大竜巻みたいなもんじゃん』

 

ゴブリンの村人たちは俺たちのそばに立って、最初こそ静かに遠くを眺めていた――

だが、本来あの高度に存在するはずのない樹木と動物の残骸が空を飛んでいくのを目にした瞬間、村ぜんたいが恐慌に陥った。

 

「神様!」

「神様がお怒りだ!」

「あれは何だ、空に何が飛んでる!?」

「うちのほうの動物も、ああなるのか!」

「俺の畑……俺の畑も持ってかれちまうのか!?」

 

老人たちが、俺には聞き取れない祈りの言葉を唱えはじめた。若いゴブリンたちは頭を抱えてその場にしゃがみ込み、子どもたちは悲鳴のように泣き叫んでいた。

 

「樹の倒れる進路上だけが危ないんじゃない!」

ユウキが叫んだ。

「気圧変化の影響範囲、こっちが思ってたよりずっと広いの!」

 

「急いで――」

俺は即座に意識を集中させた。

「あいつが倒れる場所の真上じゃなくても、避難させないとダメだ!」

 

俺は同時に、すべてのピクシーに命令を伝えた――

山域全体のピクシー軍団が、忠実に動員された。

 

数千、数万の転送口がゴブリンの集落の周囲に同時に開いた。小さな破裂音を立てて、夜空にいきなり数えきれない花火が咲いたみたいだった。

 

「他のもの、構ってる暇ない!」

俺はゴブリンたちに向かって叫んだ。

「全員、入れ!」

 

ゴブリンたちは叫びながら走り出した――

パニックではあったが、幸い、混乱には陥っていなかった。

大人のゴブリンたちが声を張り上げて、子どもたちを最寄りの転送口へと押し込んでいく。

 

がっしりした体格のゴブリンが何人か、老人を担ぎ上げて光のほうへと駆け出した。村の母親たちは赤ん坊を抱え、無我夢中で次々と転送門に飛び込んでいった。

 

「まだ残ってる人いない!?」

ユウキが人波の中で大声を出し、目で素早くあらゆる隅を確認していった。

 

サチは最後の一群の子どもたちを面倒見ていた。腰を落とし、もっとも優しく、それでいてもっとも素早い動作で、息ができないほど泣きじゃくっている小さなゴブリンを、ひとり、また一人と、転送口へ送り込んでいく。

 

その全工程は、ものの数分で終わった。

ゴブリンの集落は空になっていた。

 

俺たち四人は、誰一人いなくなった村の中央に立ち、振り返って遠方を一瞥した――

 

最悪の事態が、倒し終えてから始まる、なんてことが、本当に起きるとは思わなかった。

神木の、小惑星級の質量が、地表近くで崩落しはじめていた。

 

その衝撃は、小惑星のように一瞬で炸裂するタイプではなかった――瞬発的な爆発の衝撃力は、なかった。

だが、それは圧倒的な「圧」を伴っていた。

 

地表は、二十キロの幹に「斬り裂かれる」かたちで、二十キロを超える長さの裂痕を刻まれていた。深さは、表土を完全に削り取り――数万年ものあいだ陽の目を見ていなかった岩盤を、剥き出しにするほどだった。

 

岩盤の灰白色が、夜の中で月光を反射していた。大地の皮と肉が剥ぎ取られ、その下の骨が露わになった、みたいに見えた。

 

樹身が大地に強制した巨大な圧力は、激しい地震と火山噴火を引き起こした。

 

俺たちの足元の地面が激しく揺れはじめ、遠くにあった一本の山脈が、目の前で崩れ落ち、はっきりと欠けてしまった。

 

さらに遠くの方角、地平線上に、突然オレンジ色の火光が立ち上がった――火山だ。地殻の深部から押し出されたマグマが、地表に噴き出していた。

 

塵が、肉眼でわかる速度で、空へとせり上がっていく。

それは、大地が「圧し破られた」あとに、地殻深部から噴き上げられた、マグマの微粒子を含んだ灰雲だった――

月光のもとでは、不気味なオレンジ色を帯びていて、血と煙の混ざりもののように、地表からゆっくりと上へ、外へと広がっていった。

 

『地震!!火山!! ほんとに世界の終わり』

『お前ら早く逃げて!! この映像怖すぎる』

『岩盤むき出しになってる』

『あの塵、太陽光遮るやつだろ!!』

『氷河期来るんじゃないの』

『この攻略の代償、デカすぎる』

『なんか、世界ぜんぶ壊れそう』

 

「あの塵が氷河時代を引き起こしたりしないといいんだけど……」

俺はチャットを見ながら、後ろめたい思いで呟いた。

そう口にしながら、「いいんだけど」という言葉が、この場面ではあまりに無力だと、深く感じていた。

 

火山のオレンジの光が地平線で何度も明滅していて、瞬くごとに、新しい灰雲が空へ噴き上げられていた。俺たちの足元の揺れは間隔がどんどん詰まってきていて、立っているだけで、重心を取り直さないといけなかった。

 

ゴブリンの村人たちは、もうとっくに転送済みだ――だが、彼らが観の門の中から、この光景を目にしたとき、どんな反応をするか――それは想像がついた。

 

俺は想像できた。彼らはきっと、こう訊いてくる。

「あれが、俺たちの家だったのか?」

「俺たちの山は?」

「俺たちは、もう戻れないのか?」

 

俺は、本当にどう答えればいいのか、わからなかった。

 

神木は、倒れた。

倒れていく過程は、まるで世界の終末を一回ぶん経験しているかのようだった――大地は引き裂かれ、火山は遠方で噴火し、塵は天を覆い、気圧の暴乱は俺たちが立つ場所にまで、ぐいぐいと引っ張られる感覚を、何度も寄せてきた。

 

それなのに俺は、意外なほど、特別なパニックを感じていなかった。

 

たぶん、これが、俺たちの世界ではないからだろう。

 

俺たちにとって、この世界は、ひとつの迷宮だった。入り、攻略し、クリアする場所――それだけのものだった。

 

俺たちはここに住んでいない。家族もここに住んでいない。ここから去ったあと、また戻ってくるとも限らない。

 

その距離感のおかげで、俺はここに立って、終末めいた災厄を眺めていながらも、完全には壊れずに済んでいた。

ただ、それと同時に――罪悪感のようなものは、確かに、感じていた。

 

俺たちはただ、次の階層への入り口を探していただけだ――

それなのに、世界をひとつ、ほぼ滅ぼしかけた、と言ってもいいくらいの真似を、してしまった。

 

気流に巻き上げられて、地面に叩きつけられた動物たち。地震に潰された、俺たちの目には触れることのなかった集落。マグマに呑まれていった、この世界に属していた地形――

 

そのすべてが、俺たちのせいだった。

 

チャットも、珍しく、しばらくのあいだ、しんと静まっていた。ぽつぽつと、こんなコメントが流れていた。

 

『マスミ……?』

『お前らはクリアのためにやったわけだけど、でもさ……』

『この世界、これから、どうなっちゃうの?』

『なんか、重い』

『でも、もともと迷宮の中のボスだったんだよね?』

『でも、村の人たち、本当に生きてたわけで……』

『気にしすぎないほうがいい、自分たちの世界じゃないんだから』

 

俺はチャットの、互いに矛盾しあうコメントを眺めながら、いったい何を口にすればいいのか、本当にわからなかった。

俺自身の心の中にも、同じ矛盾が、そのまま広がっていたからだ。

 

「終わったの?」

サチの声は、何かを驚かせるのを恐れているみたいに、軽かった。

「たぶんね……」

ユウキが、半信半疑、というふうに言った。

彼女の視線はまだ、二十キロを超える長さで引き裂かれた地表の裂痕の上に、貼りついていた。瞳の中では、火山のオレンジの光が映っていた。

 

「ううん、まだ終わってない、って感じがする……」

ワカナが首を振った。

 

彼女の指先は、胸元のローズゴールドのチェーンに掛かった真理の鏡を、そっと撫でていた。

 

「うん、まだ終わってない」

俺は知恵の書を開いた。

「経験値が、まだ精算されてないんだ」

 

普通なら、敵を倒したその瞬間に、経験値が入る。

だが、今回は神木が倒れてから、すでに数分が経過しているのに――知恵の書の数字は、ぴくりとも動かなかった。

それはつまり、このボスは、まだ本当には「死んで」いない、ということだった。

 

俺たちは、その場に立ち尽くし、いまも崩れ続ける遠方の大地と、噴火を続ける火山のオレンジの光、そして地平線から天頂までを覆っていく灰雲を、ただ見つめていた。

 

風はまだ吹いていた。

地はまだ揺れていた。

世界全体が、終末の幕開け、というふうに見えた。

このゴブリンたちの未来について、俺はかなり大きな責任を負わなきゃいけなくなる、かもしれなかった。



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