第78話 切らないで
「とりあえず、まずは正面から、ぶつかってみますか」
人間、行き詰まると、どうしても乱暴な手段に出たくなる。
俺は今、まさにそうだった。
これといった作戦が出てこない。
なら、適当に試してみればいい――思いついた手段を片っ端からぶつけて、効きそうなやつを見つけたら、それを続ければいい。
まずは木霊から。
俺は意識を集中させ、外周にいる百万体の木霊を呼び集めて、組み直させた――特大サイズの土の傀儡を何体か、こしらえてもらう。
その傀儡たちは神木ほどの巨大さこそないが、それでも背丈は数百メートルあった。
胴体からは何本もの短く太い腕が突き出ていて、足の部分はさらに密集した木霊で構成されている。全体としては、巨大な、動く多肢の怪物といった見た目になった。
神木と並べてしまえば、まだアブラムシくらいの小ささだが、樹根を相手にするには十分なはずだった。
「行け!」
俺は号令をかけた。
「お前らの腕力で――」
正直なところ、俺はそいつらに、それなりの期待を寄せていた。
百万体の木霊が合体してできあがったものなんだから、それなりの威力があるはずだ、と。
ところが、効果のほどはあまり芳しくなかった。
巨大な土の傀儡たちは、自分たちよりさらに巨大な樹根に向かって、幾度も幾度も拳を振り下ろしていた。
動きには力強さがあったが、一発打ち込んでも、樹根はかすかに震えるだけだった。
俺は知恵の書が視界に表示してくれている数字を確認した。
HP -43840(軽減41796)
HP -22665(軽減20663)
HP -97681(軽減95679)
……
この巨大な土の傀儡たちの攻撃力は、おそろしく高かった――四万、九万、一発の与ダメージが、ザコの範疇をはるかに超えている。
だが、その衝撃のほとんどが、強靭でわずかに弾力のある樹皮に吸収されてしまっていた。
実際に通っているダメージは、ほんのわずかなものだった。
「効いてないみたいだね……」
サチが画面を覗き込んで、眉をひそめた。
「うん、確かに」
ユウキは画面を見据えていた。
「他の方法を考えないと、ね」
「ですね、ただ……」
俺は、まだ拳を振るい続けている土の傀儡たちを見つめた。
「あいつら、反撃食らってないんだから、続けさせて損はないかなと」
『ダメージほぼ吸収www』
『樹皮「ちょっとくすぐったい」』
『主、これいつまで殴り続けるの』
『土の傀儡くんがんばれ……(涙)』
「ううん、その考え方じゃ駄目だよ」
ワカナはむしろ、彼らの可能性に気づいていた。
彼女は外の映像を指差した。
「あの巨木、ずっとあの子たちに攻撃してるんだよ。ただ、効いてないってだけ」
「あ、そっか」
サチの目が輝いた。
「あの子たち、状態異常物質まみれの空気の中でも、平気で活動できるんだ。わたしたちみたいに影響を受けないんだね」
俺はその画面を眺めながら、その事実をゆっくり呑み込んだ。
そうだ。
俺はずっと「攻撃力が足りているか」のほうにばかり気を取られていた。考えていなかった――こいつらは、呪いに対して完全に免疫だったということを。
神木のあらゆる状態異常攻撃が、こいつらにはまったく作用しない。
つまり、こいつらはいちばん危険な位置で、長時間作業し続けられるということだ。俺たちが、あれを真っ向から浴びる必要はない。
効率がよくないなら、よくないでいい。
なにせ、あいつらは疲れもしないし、ダメージも入らない。
俺たちは土塊カプセルの中に座って、見物していればいい。
HP -32767(軽減31918)
HP -67895(軽減64934)
HP -88776(軽減86769)
……
数字が一行一行、めまぐるしく流れていく。軽減される部分もそうとう多いが、それでも一発ごとに、いくらかは確実にダメージが通っていた。
「まったく効いてない、ってわけじゃないんだよね……」
ユウキは軽減された後に残る、相対的に小さな数字を指差した。
「ほら、毎回ちゃんと、千単位のダメージが入ってる」
「でも、ダメージ低くないですか……」
俺はその数字を眺めた。
「どこが低いのよ?」
ワカナが、即座に反論した。
「軽減されたぶんを差し引いても、実際に与えてるダメージは少なくとも二、三千。そんなダメージ、私たちの誰が一発耐えられる? 満タンから一発で殺される数字よ、それ」
「そう考えると」
サチが目を細めた。
「神木のHPって、ほんと、桁外れに高いんだ。レベル、一体いくつなんだろう……」
「わかんない」
俺は答えた。
「でも、一発二、三千でも削りきれないってことは、HPが少なくとも百万単位ってことになるよね」
『HP百万のボス!!』
『このボス、規格外すぎる』
『主、こんなペースであと何時間殴り続けるんだ』
『気長に、気長に』
俺たちが議論している間も、外では土の傀儡たちが、ゆっくりと樹根を解体し続けていた。
そうこう話しているうちに、こいつらは、ついに一本の根を解体しきってしまった。
その樹根は、土の傀儡たちの繰り返しの打撃を受けて、ある応力点から裂けはじめた――まずは樹皮にひびが入り、続いて内部の繊維が一本、また一本と切れていって、最終的には、根の中ほどから折れて落下した。
土の傀儡たちの拳は、それでもなお、止まらなかった。
「あれ?」
俺は少し意外だった。
「一本いけたじゃないか」
「まったく効果なし、ってわけじゃないってこと……」
ワカナの聲には、じわじわと積み上がってくる手応えのようなものが、にじみはじめていた。
「もしかしたら、漸の台って名前は、そういう意味なのかもしれないね」
ユウキが、ふと得心したような顔をした。
「『漸』――じわじわ進む、ってこと。私たち、もうちょっと根気がいる、ってことなんだ」
俺はその解釈を頭の中で転がしてみて、なるほど、と思った。
この階層の名前は、適当につけられているわけじゃないのかもしれない――前の階層の名前にも、それぞれちゃんと意味があった。
で、漸の台。
この「漸」という字が暗に示しているのは、この階層の攻略法則そのものなのだろう。少しずつ、段階を踏んで、一点一点、積み上げていけ、と。
「このまま殴らせときましょう」
俺は言った。
「俺たちは、待ってればいいんですよ」
知恵の書が、突然ぴこんと通知を浮かび上がらせた。
書を開いてみる
ドロップを獲得——
『聚合神木の巨板根』
「えっ?」
「戦闘の途中でドロップが出るって……?」
「ほんと?」
サチが覗き込んできた。
「これまでって、敵を完全に倒さないとドロップしないんじゃなかったっけ?」
「これは初めてだな」
俺はそのドロップの効果に目を通した。
『強化建材。
機能性建築物の強化に使用できる』
「強化建材か……」
俺は声に出して読んだ。
「これでピクシーたちのあの建物、強化できそうだな。ピクシー蜜坊、術式研究所、蜜蝋スタジオ、翅膜工房――もしかして全部アップグレードできるんじゃ?」
「ってことはさあ、樹根を一本落とすたびに、建材が一個ずつ手に入るってこと?」
ワカナの目が、利益の予感で、ぱっと輝いた。
「そういうことみたいだね」
「なら、もう、削れるだけ削っちゃおうよ」
彼女は興奮気味にそう言った。
『戦利品ドロップ!!』
『途中でドロップ!!』
『主、このボス、装備掘り放題!!』
『削れ削れ』
『どんどんやれ』
効果が出はじめた!
俺は土の傀儡の一部に別の樹根の解体を指示しつつ、残りの戦力で、さっき折れた箇所をさらに掘り進めさせた――もっと奥の根系構造まで、まだ削りようがあるはずだ。
土の傀儡たちの攻撃のリズムが安定してきた。それぞれの個体の多数の腕が、別個に作業を進めていって、効率はどんどん上がっていった。
時間はゆっくりと過ぎていく。
土塊カプセルの中で、俺たち四人は順番に携帯の画面を見守っていた――それ以外の時間は、土塊の内壁にもたれて少し休んだり、水分を補ったり、ピクシーたちが用意してくれた携行食をつまんだりしていた。
サチがうとうとしてきて、ユウキの肩にこつんと頭を預けた。ユウキは最初少し体が固まっていたが、だんだん受け入れて、自分も目を閉じて休みはじめた。ワカナはその二人を眺めていて、なんと、口元に微笑を浮かべていた。
俺は、画面の中で、まだ拳を振るい続けている巨大な土の傀儡たちを見つめていた。今回ばかりは、そんなにヒヤヒヤする戦いじゃなかった。
アドレナリンがどばっと出るような感じはなく、命がけ、という瞬間もなかった。
今あるのは、巨大な物体が、一発一発と殴られ続けているという、それだけのことだ。
戦闘というよりは、労働に近い。
だが、これこそがこの階層の攻略法則だった。
漸。
じわじわと。
五、六時間が経った。
俺たちは七、八本の樹根を解体し、強化建材もそれなりに溜まっていた。
樹身が、ふらつきはじめた――遠くの樹冠も、それまでは風でわずかに揺れているだけだったのが、いまは、もっと深く、もっと不安定な弧を描くようになってきていた。
樹根が一本崩れ落ちるごとに、こいつの支持構造は一つ欠けていく。今や、この巨樹全体の安定性は、明らかに落ちはじめていた。
その揺れる巨樹を見上げていると、大仕事を成し遂げる手応えが、じわじわと胸にこみ上げてきた。
「もうすぐ倒れる!」
サチが目を覚まして、興奮気味に画面を指差した。
「マスミ、見て! 揺れてる!」
「あと数本も削れば、完全に倒れるね」
ユウキも目を覚まして、すっきりした顔をしていた。
「この階層、ようやく終わるかあ」
ワカナがぐっと伸びをした。
「丸一日がんばって……ようやく報われるって感じ」
俺たちが、これから祝杯の話でも――と思ったその瞬間。
配信画面の中で、一人のリスナーが、突然、猛烈な勢いでコメントを連投しはじめた――
『切らないで』
『切らないで』
『切らないで』
『切らないで』
『切らないで』
『切らないで』
『切らないで……』
そのメッセージが、強迫観念じみた速度でチャットに溢れていった。
一行、また一行。やがては流れの全部を覆い尽くし、ほかのコメントを画面の外へと追いやっていた。
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