第72話 山に火を放つ
悪党たちが木立に突っ込んでいって最初の一分で、俺はひとつ理解した――
こいつら、「破壊」という一点においては、生まれつきの才能を持っている。
ラトンが先頭を切って突っ込んでいき、山刀を風を切る勢いで振るっていた。それに続いて他の連中もなだれ込み、チェーンソーの轟音が森にこだまする。
太い幹が音を立てて倒れ、地面が揺れて、落ち葉がざあっと舞い上がった。
別の方ではもう、誰かが幹の根元にぴたりとノコギリを当てて引きはじめている。
手つきが慣れすぎていて、こいつらいったい今までこういうことを何度やってきたんだ、と思うほどだった。
「この連中、やっぱり生まれながらに環境破壊するためにいるみたいね」
ワカナが俺の隣で眺めながら、なんとも言いがたい賞賛の混じった口調で言った。
「ワカナさあ、人の褒め方がちょっと変なんだよなあ」
「あたし、なんか間違ったこと言った?」
彼女は火炎放射器を担ぎ直して、前へと歩いていった。
灯油、木炭、カセットボンベ。買い込んできた可燃物が悪党たちの手で次々と開封され、切り倒された幹と厚く積もった落ち葉の間に、ばらまかれていく。
何人かは、燃料に浸した松明を引きずって木立の間を縫うように進み、火がつきそうな場所を片っ端から点火していった。
十分も経たないうちに、最初の火の手が上がった。
それから二箇所目、三箇所目。
俺とワカナは、それぞれ火炎放射器を構え、まだ手をつけていない密集地帯にあたりをつけて、点火装置の引き金を引いた――
噴き口から火柱が湧き出して、幹に叩きつけられ、一瞬で張りついた。橙色の炎の舌が樹皮を伝って這い上がり、相当な速さで広がっていった。
「これ、思ってたより使えるね」
ワカナは歩きながら、ついでとばかりに横の木にも火をつけた。
「背負ってると、まあまあ重いけど」
『ワカナが火炎放射器ぶっ放してるwwww』
『元ヤン、本領発揮』
『あの慣れた手つき!!』
『悪役の風格すごい』
『「山火事」が文字通りすぎるwwwwww』
『煙やばっ!!!』
火勢は広がっていった。樹冠の間で炎が躍り、乾いた落ち葉と枯れ枝はうってつけの着火材だった。一度つけば、たちまち燃え広がっていく。
山の上を風がごうごうと吹き、火の舌をさらに奥へ奥へと押し流していった。
そこでようやく俺は思い出して、知恵の書を開き、燃えている木のうちの一本に向けて、確認をかけた。
ページの上に文字がにじむように浮かび上がってきた。新しい記録だった。
山の木霊Lv 1
EXP 20
HP 28 MP 3
反応:2
筋力:2
霊感:12
運:4
ドロップ品:
N アレルギーの木霊の若葉 50%
R 体力を奪う木霊の青枝 30%
S 怒りに身を震わす木霊の種子 18%
U 人の心を惑わす木霊の花びら 1.9%
E 宿主を操る木霊の樹根 0.1%
俺はそのページを二度読み返した。
「この敵の名前、木霊って言うんだ」
「木霊?」
サチが寄ってきて覗き込む。
「最初トレントかなって言ってたけど、そんなには遠くなかったね」
「それと、ドロップ品見てよ」
ユウキも横から覗き込んできて、視線が文字の上を流れた。
「アレルギー、体力を奪う、怒りに身を震わす……これらの名前、まとめると、私たちにあいつがやってきたこと、そのまんまだよね」
「アレルギーの若葉が、ユウキさんがずっとくしゃみしてた原因」と俺は言った。
「体力を奪う青枝が、HPがじわじわ減ってたあれですね」
「で、宿主を操る樹根、っていうのは……」
ワカナが眉をひそめた。
「0.1%のドロップだけど、いちばん怖そうな名前してるじゃん」
「それは、いったん置いとこう」
俺は言った。
「とにかく今は、火を回すのが先」
そうこうしているうちに、経験値が動きはじめた。
ひとかたまり、また一面と、上昇していく――火が広がっていくにつれて、燃え死んでいく木霊一体ごとの二十ポイントの経験値が、潮みたいにこちらへ押し寄せてきた。
木の大半は、あの悪党どもが燃やしているのだが、彼らは神器を持っていない。経験値を吸収する手段がない。
だが、知恵の書はどうやら彼らを俺の従者と判定しているようで、彼らの手で死んだ木霊もすべて、俺たちの取り分に計上されてくる。
俺はステータス欄の数字を見つめていた。満たされていく狂気じみた喜びがあった。
経験値が狂ったように積み上がっていき、やがてその数字は、俺の予想していなかった位置で止まった。
レベルが連続で三段階!
新田真澄 Level 15
EXP 75360 / 1638400
HP 870 / 870
MP 310 / 310
反応 27
筋力 25
霊感 29
運 27
自由分配 14
このレベルアップを、ずいぶん長いこと待たされていた。
なにしろ中孚堂じゃ、敵を一体も倒していなかったわけだし。
「そういえば……」
俺は振り返った。
「みんなのほうは、どうですか?」
サチは知恵の書を顔のすぐ前に持ってきて、目をぱっと見開いた。
「わたし、十四になってる!」
福原幸 Level 14
EXP 711040 / 819200
ユウキも自分のステータスを確認していた。表情は大げさには動かなかったが、ほんの一拍置いたその間が、何かを物語っていた。
「私も、十四です」
剣持祐希 Level 14
EXP 684640 / 819200
ワカナは何も言わなかった。火炎放射器を地面に下ろし、自分のステータスを覗き込んでいる。
その表情は、最初から期待なんてしてなかったところに、いきなり数字をぶつけられたような、放心の色をしていた。
白川若菜 Level 14
EXP 680900 / 819200
「ワカナ、Lv1からいきなり14まで跳ね上がってるじゃないか」と俺は言った。
「……うん」
彼女は少し黙ってから言った。
「この山、木がいっぱいあるからね」
「うん、これってね、RPGでよくあるやつだよ。あとから加わった仲間が低レベルから始まると、だいたい一気に伸びるんだよね」
サチが、ごく当たり前のことみたいに言った。
あ、と俺は気づいた。彼女と付き合いはじめてから、まだそんなに経っていないが――今日はじめて知った。彼女、オタク属性あったんだ。
『LEVEL 14!!!』
『ワカナ1から14まで一気にwwwwww』
『マスミも15に上がった!!!』
『山ひとつの木霊で4人爆上げ』
『この効率えぐすぎる』
『ワカナさっきまで通行人レベルだったのに、もう14wwwwww』
そのちょうどそのとき、山の上で、何かが変わった。
山じゅうの木霊たちが、明確な生存の危機を感じ取り、対応のモードを切り替えはじめたのだ。
俺がぐるりと辺りを見回すと、燃えている木々の枝先から、何かがにょきにょきと生えはじめていた。それも、かなりの速さで。
長くて、サヤエンドウみたいな形をした実が、一本、また一本と、枝の先からせり出してくる。
「あれ、なに?」
サチが、一歩前に踏み出した。
大火の熱が、その実を瞬く間に乾かしていく。表皮が縮んでいく速度が肉眼でもわかるほどで、強烈な収縮の力が実をぴんと張らせ――そして、ぱあん、と最初のひとつが弾けた。
固い種が、鋭い稜のついたままで、弾丸みたいに激しく射出された。
幸運だったのは、あれだけ密集して種が飛び散ったというのに、サチは一発も食らわなかったことだった。
続いて二つ目、三つ目。山の斜面のあちこちで次々と弾けはじめ、密集した破裂音と空気を切る音とが連なって、ひとつの音壁になった。
山じゅうの悪党どもが一気に乱れ立ち、わめきながら岩や倒木の陰に飛び込んでいく。
「伏せろ!」
ラトンが喉を張り裂けんばかりに怒鳴った。本人はとっくに大岩の陰に転がり込んでいた。
「フォッグシェル・サラマンダー!」
俺は反射的にサラを呼び出して、俺たちの前に立ちはだかってもらった。
だが、サラは大火の中ではどうしても動きが鈍い。熱がこたえているのは見ればわかる。体を縮こまらせ、歩みもひと回り遅くなっていた。
「サラ、もう少し頑張って」
俺は声をかけた。
「あと少しだから」
サラはあのきれいな目で俺を見やったきり、動かなかった。けれど、退こうともしなかった。
「ここで耐え続けるのは無理だ」
俺はラトンに向けて怒鳴った。
「火はもう回ってる、お前ら撤退しろ!」
「どこへ逃げりゃいいんで!?」
ラトンが岩陰から半分だけ顔を出した。すすで真っ黒になっていた。
「山の縁まで走って、そこから飛び降りろ! 呪術師の体の範囲から離れさえすれば、ピクシーが空中で受け止める!」
ラトンは二秒ほどそれを呑み込み、それから振り返って、山じゅうを駆け回っている仲間たちに向けて、声を限りに叫んだ。
「飛べ! 下に飛べ! ボスがお前らを死なせる気でこんなこと言うわけねえ!」
この悪党どもは欠点だらけだが、死を恐れないという一点だけは、長所だと言えた――
彼らは何の迷いもなく縁まで走っていき、一人また一人と、ためらいもせず飛び降りていった。
ピクシーたちが山裾の宙で瞬間移動を使って彼らを受け止め、一人ずつ透明の翼でボカ・デ・クペへと送り返していく。
「あの人たち、今夜の夕飯のとき、思いきり自慢話できるよね」
ユウキは混乱の只中を眺めて、ふっと笑った。
「あの人たちへの配慮、もう一度考え直さないと、ですかね」
俺は山の上の、怒り狂って震えるあの森を見ていた。
種はまだ四方八方に射出され続けていて、火もそのまま燃え続けている。二つのことが同時進行していて、なかなかにぎやかな場面になっていた。
「じゃあ、もう少し、火を大きくしてやろうか」
俺は風呼びの杖を握りしめ、風霊鳥を呼び出した。
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