第71話 悪党を抱き込む
俺たちは何も言わずに、すぐ現実世界へ戻った。
ホームセンターのカートを三台分。灯油タンク、カセットボンベ、木炭、着火剤、ティッシュ、それから油に浸した松明用の材料を何束か。
女の子たちは買い物しているとき、目がそうとう輝いていた。
買い物そのものを楽しんでいるみたいで、棚に並んだ「燃えそうなもの」を片っ端から品定めしていた。
今回必要な可燃物のほかに、俺はクッキーやキャンディ、飲み物、ちょっとした玩具まで余分に買い込んだ。
ボカ・デ・クペには、麻薬王の私兵集団だけじゃなくて、地元の住民も住んでいる。彼らの家族、もちろん子どもたちも。
これは、人心を抱き込むための第一歩だった。
買ったものをすべてピクシーたちに持たせて、ボカ・デ・クペに転送した。
新しい拠点はもう形になっていた。
熱帯ジャングル風の建物が川辺に点在していて、あの元ギャングたちが各所に散らばって、それぞれ割り振られた仕事をこなしていた。
地面を整地している者、何が入っているのかわからない箱を運んでいる者。
俺が転送して現れると、彼らはみな手を止めた。緊張と「指示待ち」の中間みたいな表情を浮かべていた。
「全員集まれ。今からみんなで、ちょっと面白いことをやりに行くぞ」
すぐに動く者もいれば、一拍ためらってから動く者もいた。
この連中の大半は、まだうっすらと敵意を残していて、態度の裏にそれぞれの思惑が透けて見える。
ただ、何人かはもう俺に取り入ろうとしはじめていた。
荷物を運ぼうと寄ってくる者、先に立って道をあける者。
風見鶏的な反応の早さは、確かに大したものだった。
人だかりが寄ってきて、ざっと二百人あまり。
俺の前に立って、口を開くのを待っている。
その外縁のあたりから、ひどく痩せた小柄な男が前列に押し出てきて、おそるおそる切り出した。
「ボス、面白いことっていうのは、いったい何のことです?」
俺はその男を見て、できる限り穏やかな表情で微笑んでみせた。
「みんなで山に火をつけに行くんだ」
人々がざわざわと耳打ちを始め、互いに顔を見合わせた。その表情が告げていた――こいつら、俺の言ってることが、まったく理解できていない。
「えーと……」
痩せた男がまた口を開いた。
さらに慎重な調子で。
「『山に火をつける』ってのは、何かの作戦のコードネームか何かで……?」
「そのまんまの意味だよ」と俺は言った。
「ある山に生えてる木を、全部燃やし尽くしたい」
人々の表情はますます複雑になった。
眉をひそめる者、互いに視線を交わす者。
そして、痩せた男が何かを思いついたように、半歩前に出てきた。
「それなら、ボス、川下のほうの前線拠点に、いいモンが残ってますぜ」
俺はその男を見据えた。
「いいモンって?」
「火炎放射器ですよ、ボス」
痩せた小男は、媚びるように言った。
俺の隣で、ワカナがふっと小さく吹き出した。
「お前ら、火炎放射器なんて持ってんの? 誰かの補給線でも襲撃する予定だったとか?」
俺は少し意外だった。
「あれは武器じゃないんですよ、ボス」
痩せた男は説明した。その口調は、ばかに正直だった。
「畑の草刈り用です。このへんは植物の伸びが早くて、除草剤よりも火炎放射器のほうが手っ取り早いんで」
なるほど。
なにしろここは熱帯雨林だ。
「ふっ、お前、頭の回転、なかなか速いじゃないか。お前んとこの雑草に負けてないな」
「ボス、それって、自分のこと褒めてくれてるんで……?」
「そうだよ。名前は?」
「リカルドって言います。みんなにはラトンって呼ばれてます」
「ラトンってどういう意味だ?」
「ネズミだよ!」
人だかりの後ろから、誰かが小馬鹿にしたような声で叫んだ。
それなりに気骨のある声だった。
「ネズミってことだよ!」
ラトンは首をすくめたが、振り返らなかった。
俺は前へ進み出て、ラトンをひょいと持ち上げ、笑いながら言った。
「よし、ネズミさん、そいつを取りに案内してくれ」
こういう風向きで動く奴は、これから利用できるところがいくらでもある。
名前を覚えておく価値はあった。
『ラトンwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』
『ポケモンか?』
『ネズミさん!!』
『主の部下、どんどん面白くなってきた』
『ネズミ呼ばわりした奴、ちょっと骨ありそう』
『ラトンかわいそうwwwwwwwwwwwwww』
川下の前線拠点。
マルコの豪邸は俺が吹き飛ばして瓦礫にしたが、武器庫と前線基地のほうは、ほぼ手をつけていなかった。
ラトンが案内してくれた倉庫には、武器リストで見たことのあるものに加えて、隅にちゃんと農業用の火炎放射器が二挺置かれていた。
外装には擦り傷があったが、見た目は問題なく使えそうだった。
俺は一挺手に取って、重さを確かめた。
「もう一挺は――」
振り向くと、ワカナとサチがすでに目配せでうなずき合っていた。
「ワカナに任せようよ」
サチがそう言って、ユウキを見て確認をとった。
「こういうちょっと物騒っぽいのって、元ヤンが持ったほうが、それっぽいでしょ?」
「そのセリフ、ちょっと問題あるんじゃないかな」
ワカナはそう言いながら、もう火炎放射器を受け取って、ごく自然に肩に担いでいた。
「でも、この重さ、悪くないわ」
担いでいる姿は、確かに、ずいぶん様になっていた。
『ワカナ、火炎放射器!!!!』
『この組み合わせ完璧すぎる』
『ワカナ「これ、あたし使えるから」』
『元ヤンの本領発揮wwwwwwwwwwwwww』
『サチ、ほんとワカナのこと分かってんなあ』
俺は二百人あまりの悪党どもと、俺たち四人、そしてホームセンターで買い込んだ可燃物を全部まとめて、漸の台へ転送した。
さらにピクシーに頼んで、ピクシーの秘醸を一箱分、目につく場所に届けてもらった。
呪術師は、まだそこにいた。のろのろと動き続けていて、その巨大な姿は山の稜線の上で、ゆっくりと漂う丘みたいに見えた。
俺はそいつの足元の「山林」のへりに、買い込んだものを積み上げていった。
「この山には、呪いがかかってる」
俺は二百人あまりに向かって告げた。
「今回の作戦、多少なりとも体に来ると思う。きついと思ったら、これを飲んでくれ」
そう言って、ピクシーの秘醸の箱を指差した。
群衆の中が、ふと静まり返った。困惑の気配が漂っている。
「ボス、それって、どんな呪いです?」
ラトンが手を挙げた。
「お前ら、今、なにかしんどい感じはないか?」
俺はそう聞き返した。少し意外そうな調子になっていたかもしれない。
群衆の中から、ぽつぽつと声が上がりはじめた。
「鼻が、ちょっとムズムズしますね」
「ちょっとめまいするけど、まあ、こんなもんかな」
「喉に痰がやたら絡む感じ」
「軽い風邪、みたいな?」
「昨日からこんなんでしたよ。天気のせいかと思ってました」
この連中の話しぶりは、不快感を日常の一部として受け流しているような調子で、お前はどうだ、お前のほうはどうだ、と互いに気軽にやり合っているだけだった。誰一人として、表情に警戒の色を浮かべていない。
「こういうのは、もう慣れっこなんですよ」
ラトンが、みんなを代表してそうまとめた。
俺はその顔ぶれを見渡しながら、少しばかり、彼らに哀れみを覚えはじめていた。
かつてのギャング暮らしというのも、こいつらをまともに生かしてはくれていなかったらしい。
俺は知恵の書を開き、この集団の基本ステータスをざっと流し見した――
レベルはそろって一、HPもそんなに多くはない。確かに少しずつ減ってはいる。
だが、その減りかたは、俺たちがさっき山の上にいたときよりも、何倍も――いや、何十倍も遅かった。
この山が燃え尽きるまで持たせるのには、まったく問題がない。
『この連中、呪いに耐性ついてるwwwwwwwwwwwwww』
『悪党には悪党の鍛えられ方XDDDDD』
『主の表情!!!』
『百戦錬磨の悪党たち「これくらい何だ?」』
『ネズミのラトン「もう慣れっこなんで」』
そこで俺は気づいたのだが、この悪党どもは、これから派手に暴れに行くと知ってからというもの、それぞれ、なかなか本格的な装備を用意していた――
山刀、ノコギリ、腰には各種工具、二人ばかりはブイブイと音を立てる電動チェーンソーまで担いでいる。
あの二台のチェーンソーの音は、山の風の中ではいかにも場違いに響くのに、持っている当人たちは至極当然という顔をしていた。
俺は積み上げた可燃物の前に立ち、自分の手の中の火炎放射器を見て、ワカナを見て、背後の二百人あまりを見渡した。
「それじゃあ、諸君――」
そう言って前へ歩き出した。木立がいちばん濃い、その奥のほうへ。
「派手にやらかすぞ!」
「オラァ!」
「アァァッ!」
「ウヒャッハァ!」
背後の群衆から、歓声と奇妙な甲高い叫びが一斉に上がった。
下校のチャイムを今か今かと待ちわびていた学童たちみたいに、いやむしろ、ようやく許可をもらった連中が、ずっと押さえつけていたものを一気に噴き上げた、そんな感じだった。
そのにぎやかな声が、俺と一緒に前へ前へと押し寄せてくる。
自分でも理由はわからなかったが、口角がふっと上がっていた。
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