第43話 あんな剣の使い方があるか!
「次は、私の番です」
ユウキは膝の砂を払い、立ち上がると、柄を握って「勇気の剣」を鞘から引き抜いた。
剣が鞘走る音は静かだったが、周囲の海民亜人たちは無意識に半歩後ずさった。
彼女がフィールドへ向かう背中を見送りながら、私はずっと聞きたかったが聞けずにいたことを思い出した。
――彼女、剣術なんて習ったことあるのか?
現代の警察官なら、せいぜい警棒術か、趣味で剣道を嗜む程度だろう。
だが目の前にあるのは両刃の長剣だ。
中世の騎士が使うような代物で、剣道の動きとは根本的に体系が違う。
……まあいい。
威力の高いバットだと思えばいいんだ。
「ユウキさん、頑張ってー!」
サチがフィールドに向かって叫ぶ。
叫び終えると、彼女はこちらを振り返った。「マスミ、なんで応援しないんですか?」
あんな小さな体のどこからこれほど響く声が出るのか、少し驚いてしまった。
「敵情を分析してるんだよ」私ははぐらかすように言った。
「絶対ぼーっとしてるだけですよね」
はは、図星だ。
ユウキから聞いた、あの剣の特性を思い出す――。
『万全の準備の勇気、敵を知れば知るほど強くなる』。
問題は、私たちがマファガイスを十分に「知っている」か、だ。
カモフラージュの体色、砂地に潜む手口、逆光を利用した罠――それらはすべて、痛い目を見てからようやく判明したことだ。
今、彼の手元には引き抜いた毒針が一本。
尻尾は欠損しているが、この戦いにおいてまだどれだけの札を隠し持っているか、誰にも確信は持てない。
ユウキが持つ「勇気の剣」に目を向ける。
剣身は淡く発光しているが、その輝きは静かで一定だ。
もっと眩しく光る瞬間を、私は知っている。
つまり、マファガイスに対する理解度はまだ満点ではないということだ。
『ユウキ出陣!!』
『ついにユウキの番だ!!』
『勇気の剣!』
『神器の加護があればいけるだろ?』
『緊張してきた……このマファガイス、マジで厄介すぎる』
向かい合うマファガイスはうつむき、片手で自分の断尾を握ったまま、数秒間沈黙した。
フィールドの周囲が再び静まり返る。
これまでの野次馬根性とは違う、息を呑むような静寂だ。岩礁の上で騒いでいた連中までもが口を閉じ、フィールド中央を凝視している。
マファガイスは断尾を掲げ、もう片方の手で切り口の毒針を引き抜き、指先に挟んだ。
そして、彼は顔を上げると、その残肢を口に放り込み、数回噛み砕いて飲み込んだ。
場内は凍りついた。
「うわっ……」
思わず声が出た。
「あいつ、自分を夏侯惇か何かだと思ってんのか!」
「カコウトンって誰ですか?」
サチが首を傾げる。
「三国志の武将だ。矢が目に刺さった時、目玉を引き抜いて食べたんだよ」
「あ……」サチの顔色が少し変わった。
「キモい。聞かなきゃよかったです」
ユウキは半歩下がり、感心したのか嫌悪感なのか判別しがたい表情を浮かべた。
「本当に飲み込んだ……あの人、胃腸が強そうですね」
「息がある限り――」マファガイスは歯を食いしばり、視線をユウキからフェアリーへと移した。
彼は毒針を握りしめる。
「己の血肉を、この海で腐らせるわけにはいかん」
勇気の剣が、ほんの少しだけ輝きを増した。
「それで、本当に俺とやるつもりか?」
マファガイスが毒針を向けてユウキに問う。
ユウキは答えなかった。
ただ、鋭い刺突をもって回答とした。
剣先がマファガイスの胸元へ一直線に突き進む。
無駄のない、鮮やかな動き――その構えは剣道の一本を思わせるが、持っているのは竹刀ではなく、夕陽の中で光を放つ両刃の長剣だ。
マファガイスは半身をずらしてそれを避け、同時に毒針を横に薙ぎ払った。
ユウキは剣でそれを受け流すが、突きが逸れたことで一撃は空を切った。
マファガイスは一歩下がり、再び隙を伺う。
彼女はそれを追って腰を捻り、マファガイスの右側から斜めに斬り下ろした。
袈裟斬りだ。
どう見ても日本刀の剣法だった。
マファガイスが身を屈めると、剣は彼の頭上を通り過ぎ、小さく光る何かが飛散した。
まさか、鱗か?
ユウキの剣勢が尽きる瞬間を突き、彼は歩法を乱さず彼女の左側へ回り込み、毒針を腰へと突き出した。
ユウキは退かなかった。逆に一歩踏み込み、強引に身体を密着させる。
彼女には防弾チョッキがある!
マファガイスの刺突に十分な力が乗らなければ、注射器のような毒針が貫通することはないはずだ。
彼女はあえて装備のある部位で受け、その狙い通り一撃を防ぎきった。
そして、肩で思い切りぶちかましを見舞う。
マファガイスはよろめき、数歩後退した。
『ユウキ、あの剣の使い道わかってないだろw』
『でも結構戦えてるじゃん!』
『今のショルダータックルは何だよww』
『マファガイスが吹っ飛んだ!!』
『いけーユウキ!!』
「貴様、その剣の使い手ではないな」
マファガイスは嘲笑することなく、立ち直って息を整えた。
「だが、その力と速度は……予想を超えている」
「お褒めに預かり光栄です」
ユウキは再び剣を構え直した。
「私も、この剣はバットより使いやすいと思っていましたから」
場外でそれを聞き、私は心の中で言おうとしたツッコミを飲み込んだ。
サチが隣で小さく吹き出したが、すぐに口を抑えて何もなかったふりをした。
岩礁にもたれるワカナは、ユウキが巻いた包帯で手首を保護しながら、目を細めてフィールドを見ていた。
口元がわずかに緩んでいる。
「ユウキはやっぱり、頼りになるね」
そう言うと、彼女は再び岩礁に頭を預け、疲れの中にも満足げな表情で戦いを見守った。
フィールド上の二人が再び交錯する。
今度はマファガイスが隙を待つのではなく、自ら距離を詰めた。
二人が触れ合うほどの超近接戦闘へと持ち込む。
剣には振るうための空間が必要だ。
密着すれば、その脅威は半減することを彼は知っていた。
近距離では、毒針の方が防御しにくい。
短く、速く、そしてあらゆる角度から襲ってくる。
ユウキは三歩、立て続けに後退を余儀なくされた。
砂地に踵が沈み、岩礁沿いの凹凸に足を取られそうになりながらも、必死に身をこなす。
「押されてる……」サチが「幸運の指輪」を握りしめ、声を絞り出す。
「……チャンスを伺ってるのかもしれない」私は確信のないまま呟いた。
四歩目、背後のスペースが消えた。
マファガイスが右手を掲げ、毒針を彼女の胸へと一直線に突き出す。
防御以外に選択肢はない。
ユウキは剣を横にし、その一撃を弾こうとした――。
その時、彼女は見た。
マファガイスの尻尾が、ガードの隙間を縫うように横から回り込んでくるのを。
場外の私の心臓が、どくんと大きく跳ねた。
あの尻尾は、欠損していたはずだ。
しかし、その先端にある毒針が、
いつの間にか再生していた。
再生能力。
こいつには再生がある。
「フェアリーのあの一撃が……」私は絶望に近い感覚を覚えた。
「無駄だったの?」ワカナが身を起こし、眉をひそめる。
「無駄だったとは言えない」
私は不安を振り払うように首を振った。
「だが、効果は俺たちが思っていたほど長くはなかったみたいだ」
マファガイスの口角が吊り上がった。
獲物がかかったことを確信した釣り人のように。
正面と側面、二路から迫る毒針。
ユウキの剣技では、その両方を同時に防ぐことは不可能だ。
『毒針が再生してやがる!!!』
『再生速度がおかしいだろ!』
『チートかよ!! 後ろにヒーラーでも隠してんのか!?』
絶体絶命と思われたその瞬間、ユウキが持つ「勇気の剣」が変貌した。
剣身の輝きが、熱を帯びた紅から、深淵のような「青」へと変わった。
夜空で最も遠く輝く星を盗み出し、剣に嵌め込んだかのような、幽玄な青だ。
それは誇示することなく、ただ静かに形勢逆転の狼煙を上げた。
隣でサチが息を呑むのがわかった。
ワカナは完全に身を乗り出している。
私は瞬きさえ忘れて凝視した。
ユウキの身体が動いた。
その動きは、誰の予想も裏切るものだった。
彼女は重心を不自然なほど左前方へと沈めた。
ほとんど地面を這うような低さだ。
まるで身体の半分が消えたかのような錯覚を相手に与え、二路の毒針を同時に上方へとやり過ごした。
一本は背中をかすめ、もう一本は耳元の空気を切り裂く。
そして、剣を一閃。
通常の構えからは到底放てない角度から、斜め下から掬い上げるように――それでいて確実に、毒針を握るマファガイスの右手首を捉えた。
これ……。
「あんな剣の使い方があるか!」
私は思わず叫んでいた。
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