第232話 動くまでにかかる時間
強風は吹き続けていた。
風の柱の中の輪郭は動かず、炎を身の内側へ引き締め、その視線は依然として、何も見えないはずの俺の周囲の空気に据えられていた。
俺は機械の脚を地面に強く食い込ませ、関節の音さえ立てないようにした。
あいつには、本当に粒子が見えているのか?
それとも、ただこの空気のどこかがおかしいと感じ取っただけなのか?
分からなかった。強風が砂埃を運んで俺にぶつけ、ぼろぼろになった装甲に当たり、その擦れる音の中に、砂粒一つひとつが跳ね返っていく感触がはっきりと感じられた。自分の呼吸も短く速くなっていく。
「マスミ?」
ワカナの声が携帯越しに届いた。限界まで張り詰めた震えが滲んでいる。
「なんで止まったの? あいつ何かしたの?」
「俺を見てる」
俺は声を低くして言った。
「何もしてない、ただ俺の周りの空間を見てるだけだ」
「あなたの周りの空間を?」
ユウキの声も俺と同じくらい張り詰めた。
「それって、さっき言ってたあの線のことと関係あるの?」
「分からない」
俺は正直に言った。
「でも、あいつが俺の仕掛けに気づいたんだと思う」
サチは何も言わなかった。ただ鋭く息を吸い込む音だけが聞こえた。何か言いたくて、それを呑み込んだかのように。指先はきっと携帯の縁を強く握りしめているはずだった。
遠くでは、あの巨大な陥没穴から白い煙がまだゆっくりと立ち上り続けていて、強風に引きちぎられて薄い筋となり、荒野を低く流れながら風の柱の縁に呑み込まれて消えていった。
『睨み合ってる』
『マスミ止まった、終わったのか』
『もう装甲落ちないで……』
配信のコメントが次々と流れていったが、それに割く注意はなかった。
そのとき、信号越しに視察官の声が届いた。相変わらず業務的な口調だった。
「映像から見る限り、現在どちらも動いていません。相手が一時的に攻撃を止めたと見てよろしいでしょうか。交渉の可能性はありますか」
「冗談でもやめてくれ!」
俺はすぐに答えた。自分でもその声の硬さに驚くほどだった。
「絶対にそんな結論を出さないでくれ」
視察官はそれ以上食い下がらず、信号越しに紙を慌ててめくる音が聞こえた。
ちょうどその時、粒子の網の中で何かが動いた。
風の柱の方向から、いくつかの存在感がそっと押しのけられた。
彼の一番近くにあるものだけだった。
全身が固まった。
次に、もう少し俺に近い位置で、同じようにいくつかの存在感が押しのけられた。
一つ、また一つ、風の柱の方向から俺のほうへ向かって順に進んでくる。まるで誰かが見えない針を一本の直線に沿って引き、粒子を一つずつ押しのけていっているかのようだった。
その全過程はありえないほど速かった――これまでなら絶対に捉えられなかったほどの速さだった。
だが今、粒子が網のように俺の周囲一帯に密に散らばっているおかげで、ようやくその線がどうやって一歩ずつ俺の体に迫ってくるのかを見極めることができた。
その線の先端が装甲に達しても、すぐには終わらなかった。
線に沿った粒子は、止まることなく一つまた一つと押しのけられ続けた。
全部がその瞬間、頭の中で一気につながった。
これまで装甲が落ちるたびに、俺は粒子が押しのけられる瞬間しか捉えられなかった。だが今あらためて丁寧に思い返してみると、あの線が到達してから、実際に装甲が外れるまでの間、粒子は結構長い間押しのけられ続けていた。
あの線は、同じ一点に留まり続ける必要があって、それがある程度の時間続いて初めて、装甲を落とせるのだ。
つまり――その留まっている間にその一点を動かしてしまえば、何も切れないということだ。
動け!
それ以上考える余裕はなかった。
機械の脚を深く食い込ませ、全身を地面近くで横に飛ばした。
強風が正面から叩きつけ、砂が装甲にぱちぱちと当たった。十メートルほど進んだところで急停止し、振り返った。
粒子の網の中では、あの線の先端がまだ俺が立っていた場所に留まり続け、より細かい砂埃を巻き上げていたが、何にも触れていなかった。
装甲は一枚も落ちていなかった。
「……避けられた」
俺は呟いた。自分でも信じられなかった。
「避けられたの?」
ワカナの声がすぐに跳ね上がり、ほとんど叫び声に近かった。
「マスミ! なんで急に動いたの? 今の何だったの?」
「あの線は俺に当たった後、ある程度同じ場所に留まらないと、装甲が落ちないんだ」
俺は息を整えながら、言葉を速く短く切って説明した。
「それが見えたから、留まる時間が十分になる前に逃げたんだ」
「見えてるの?」
ユウキが鋭く息を呑み、声を一段上げた。
「俺の周りの粒子の網の中だけだ」
俺は言った。
「この網があるからこそ、あの線がどれだけ留まってるか分かるんだ」
『避けた!!!』
『マスミすごすぎる!』
『今どうやって避けたの??』
チャットが一気に爆発し、これまでのどの時よりも速く流れていった。
ワカナがどこかで手を机に叩きつけたらしく、ユウキまで思わず低く「あ」と声を漏らした。サチはようやく長く震える息を吐き出した。
「よかった……」
彼女は小さく言った。
「マスミ、本当に大丈夫なんだよね?」
「まだ終わってない」
俺はすぐに言った。視線は一瞬も粒子の網から離さなかった。
「あいつがこれで諦めるとは思えない」
だが、安心する余裕もなかった。風の柱の中の輪郭が動いたからだ。
頭がわずかに傾き、視線は今度こそ正確に俺へ向けられ、周囲の橙赤色の炎が鋭く収縮したかと思うと、再び外へ広がった。何かを押し留めているような動きだった。
「お前……見えているのか?」
彼が小さく呟いた。
俺は答えなかった。注意を分ける余裕はなく、全神経を粒子の網に固定したままにしておいた。
次の瞬間、異なる方向の二つの存在感が、ほとんど同時に押しのけられた。
一本の線は、左前方から。
もう一本の線は、右後方から。
全身が張り詰め、両脚が前へ地面を蹴り、俺は真っ直ぐ前へ飛び出した。
二本の線はちょうど俺が立っていた場所で前後から交差し、空気を切り裂きながら流れを巻き起こし、フレームの奥まで寒気が走るような感触を残した。
ブレーキをかけ、息をつく間もなく、知覚の中の新たな存在感がまた押しのけられた。
今度は線がさらに密になり、その位置には何の法則もなかった――上から来たり、側面から来たり、間隔も先ほどまでより大幅に短くなっていた。
俺は必死に前へ走り、切り返し、また前へ走った。魔像の旋回は笑ってしまうほど不器用で、できることはただ一番荒っぽい手段――直線加速を繰り返して、力任せに各々の線の範囲から脱出することだけだった。関節の軋み音は神経を逆立てるほど鋭くなり、砂が隙間に入り込み、地面を蹴るたびに鈍い刃で体を削られているような感触が返ってきた。
二本連続で避けた。三本目で、半拍遅れた。
右側にかすかな震えが走り、装甲が音もなく外れ、砂埃の中に落ちて二回転した。
「マスミ!」
ワカナの声がひび割れ、携帯を握る手が震えているのが音からも分かった。
「大丈夫?」
「平気だ」
俺は歯を食いしばりながら答えた。声は少し歪んでいた。
「一枚だけ失った」
『また来た……』
『でも二本避けたよ!』
『これ続けられるのか』
走りながら、俺は粒子の網に全神経を固定し続け、一つの考えが頭の中で徐々にはっきりしていった。
あの線が通る場所では、粒子が押しのけられる。
つまり、その瞬間、何かがその線に沿って凄まじい速度で空気の中を移動しているということだ。
だとすれば――その線が通る経路上に、あらかじめ何かを置いて塞いでおいたら、どうなるんだ?
俺の周りの粒子は数えきれないほどあった。一度の乱れで、広い範囲の空気を揺さぶれる。
その線が通るはずの経路を、わざとそこに乱れを起こさせておけば……
その考えがまだ完全に形を成す前に、知覚の中にまた新たな存在感の列が現れ、風の柱の方向から俺に向かって迫ってきた。
機械の脚を地面に食い込ませ、俺は再び前へ飛び出した。
強風は四方からなおも吹き込み続け、この身のあらゆる隙間が、かすかに細い音を立て続けていた。




