第225話 核爆発
上昇気流は何度も何度も吹き上げてきて、まるで俺の邪魔をしようと意図的に仕掛けてくる力のようだった。
風は唸り続けていたが、この重い石の魔像の体には、その力はまったく影響を及ぼさない。
俺自身の動き以外、周囲には何一つ動くものがなかった。
黄褐色の大地は、見渡す限り先の見えない地平線まで広がっていた。空は夕暮れとも夜明けともつかない色に垂れ込め、一陣ごとに強さを増していく風が、乾いた擦れ音を立てながら砂埃を装甲板の上に運び続けていた。
俺は前方の一対の機械の脚でその装置を掴み、平らな地面の上に据えた。
始めるか。
前回は、あの目まぐるしく変動する確率の範囲を小さな一点にまで収束させるのに、羽根のように軽い接触を何度も何度も積み重ねる必要があった。だが少しでも強く力を加えれば、あいつはあらゆる方向へ飛び散ってしまい、また一から範囲を収束させ直すことになる。
今回は違う。範囲を収束させる目的は、あいつを捕まえることじゃない――この一帯の土地ごと、あいつを丸ごと吹き飛ばすことだ。範囲さえ十分に小さければ、あいつがどっちに逃げようと関係ない。
今回は正確な位置を無理に割り出そうとはしなかった。必要なのは、あいつが最も存在しそうな範囲を見つけ出し、俺の感覚そのものをその上に軽く滑らせることだけだった。
一回目――反応なし、範囲が広すぎる。
二回目、三回目……
力を限界まで抑え込んだ。薄い紙一枚を隔てて何かに触れるくらいの、そのくらいの軽さで。
範囲が少しずつ、一方向へと寄り集まり始めた。
『マスミ大丈夫?』
『配信、静かすぎる……』
『まさかあの中で寝てないよな』
ワカナの配信コメントが耳に入ってきたが、それに割く注意はまったく残っていなかった。全神経が、その縮んでいく範囲だけに向いていた。
十七回目、十八回目……
範囲は小さな林ほどの大きさに縮み、やがて中庭ほどの大きさにまで縮んでいった。
もう少し強く押してみたい衝動が指先を疼かせる。もう一度だけ確認したくて。
そのとき、まるで俺の探知にわざと応えるかのように、突然の上昇気流が吹き荒れ、空間全体のあらゆる粒子の動きを一気にかき乱していった。
くそっ! 可能性の範囲がまた大きく広がってしまった。しかも前よりひどい。
「……またか」
俺は小さく毒づいた。苛立ちは風に紛れて溶け消え、誰の耳にも届かない。
冷静さを保たなければならない。焦ってはいけない。
範囲が近づけば近づくほど、自分の探知に対する反発も顕著になっていく――少しでも意気込みすぎれば、それだけ余計に押し返されてしまう。
胸の中に湧き上がってくる焦りを押し殺し、また一からやり直すしかなかった。
今度は間隔をもっと長く取り、探知の力もさらに軽くした。
十回、二十回、三十回……
範囲は再び収束していき、今度は前よりさらに小さく、部屋一つ分の大きさにまで縮んだ。だが、それ以上何度試しても、範囲はその大きさのまま固まって、それ以上縮む気配はなかった。
もう何度か試してみたが、範囲は微動だにしなかった。
これで……これくらいで進めていいものか。
俺は少し躊躇った。
スマホに着信が入った――ワカナからのビデオ通話だった。画面に割く注意はなく、電子信号越しに届く音声だけで状況を確認した。
「ねえ、生きてる? 全然動いてないけど。範囲、どこまで絞れた?」
ワカナの声が風の音に混じって届く。背後にはサチが落ち着かない様子で動く気配もあった。
「部屋一つ分くらいだ。これ以上は縮まないと思う」
俺は注意の糸を一本だけ剥がして答え、残りは全部その範囲に押し当てたままにしておいた。
「なんでか分からないけど、範囲がそれ以上小さくならないんだ」
「起爆に進んでも大丈夫なんじゃない? 核弾頭が部屋一つ分の範囲に対処できないなんてありえないでしょ」
ユウキの声も割り込んできた。声には張り詰めた響きがある。
「たぶんな。ただ、絶対の確信が持てないだけだ」
俺は言った。
配信の視聴者たちは、魔像が長々と動かないままでいるのにすっかり飽きてきたらしく、我慢の限界が近づいているようだった。
『はよ爆破しろ』
『こんな慎重な物理学者いないだろ』
『マスミ、完璧主義すぎ』
「はよ爆破しちゃえ!」
ユウキが俺を後押ししてきたが、彼女自身、完全に安心しきっているわけではないのが分かった。
「よし、準備に入る」
俺は言葉を切り、意識をまたその範囲に押し戻した。
ワカナの側から了解の声が返ってきた。通話は繋がったままだったが、それ以上誰も何も言わず、聞こえるのは風の音と、時折混じる雑音だけだった。
『まだ中にいるの?』
『今回長いな……』
『また寝落ちしてないよね(笑)』
砂交じりの風が装甲板を叩き続けた。一陣、また一陣と。俺は全神経をその範囲一点に固定し、コメントに割く余裕は一切なかった。
俺はその範囲をしばらく見つめた。
正確に見つける必要はない。
必要なのは、爆発がこの一帯を覆い尽くすことだけだ。どれだけ確率が曖昧なままでも、この範囲から逃れることはできない。
前方の機械の脚を使って装置をその領域の中心へと運び、そこに据えると、頭の中に描いた操作手順を一つずつ確認していった。機械の脚の先端が、最後のスイッチの上でぴたりと止まる。
風は吹き続け、砂粒が装甲板に当たり続けていた。
押し込んだ。
装置の内部から低い唸り音が立ち上り、インジケーターの光が一段ずつ上がっていく。カウントダウンが始まり、一秒一秒が耐えがたいほど長く引き伸ばされていった。
この装甲がこれに耐えられるという絶対の確信はなかったが、もう後戻りはできない。
俺は核装置からできる限り距離を取り始めた。この魔像の体は俊敏さには向いていないが、巨大な列車のように、直線での加速力は凄まじいものがあった。
カウントダウンがゼロになった。
すでにかなりの距離を稼いではいたが、まだ核火球の範囲内にいた。
視界が一瞬で純白に呑み込まれた。先ほどのあの閃光よりも、何倍とも測りようのないほど眩しく、「眩しい」という言葉そのものが意味をなさなくなるほどの光だった。
熱波が最初に到達した。
空気そのものが一気に引き裂かれたような感覚があり、それが体に叩きつけられた瞬間、装甲の前面が即座に焼けつくように熱くなり、魔像の体内にある温度センサーが完全に機能を停止した。
衝撃波がその直後に押し寄せ、装置のあった方向から凄まじい力が体に真正面から叩きつけられ、全身が長い距離を後ろへ押し流され、機械の脚が地面に深い溝を刻みながら、ようやく体を止めることができた。
轟音がその衝撃波から半拍遅れて追いついてきた。もはや音と呼べるかどうかも怪しいほどの低い響きで、大地そのものが一斉に共鳴しているような、波のように何度も繰り返し、耳の感覚器官を叩き続け、耳鳴りのような痺れを残していった。
俺は全力で重心を保ち、ただ一つのことだけを確認した――この体が今もその場に無事に立っていて、装甲の各部が全部繋がったままだということを。
白い光が薄れていき、代わりに橙赤色に渦巻く火球が現れ、ゆっくりと上へ立ち上っていった。砂と瓦礫を巻き込みながら、空の半分を覆い隠すほどのねじれた煙の柱を引きずっていく。
あの確率の雲は、もう消えていた。
【撃破:超微小浮遊粒子
経験値+860,000
ドロップ獲得:超微小エネルギー弦】
【知恵の書の力により
超微小浮遊粒子をあなたの――化身、従者、武装、どれにしますか?】
この体の内側から笑いがこみ上げてきて、誰もいない荒野に響き渡り、やがて風に紛れて消えていった。
心臓はもうないから激しく鳴ることはないが、もし今この瞬間、まだ肉の体を持っていたなら、間違いなく制御できないほど激しく鼓動していたはずだと分かっていた。
俺は装置があった場所を見下ろした――一帯の土地が丸ごと引き裂かれ、底の見えない巨大な陥没穴ができあがっていて、その口はあまりに広く、向こう側の縁がほとんど見えないほどだった。緩んだ土がまだ縁からぱらぱらと崩れ落ち、穴の底からは白い蒸気が絶え間なく立ち上り続けていた。
『やった、やったぞ!!!』
『嘘だろ、マジで??』
『これもう何の偉業だよ』
『別西卜の件、ついに解決するのか?』
ワカナの通話はまだ繋がっていて、悲鳴のような声がようやく割り込んできた。
「大丈夫!? こっちまで一瞬めちゃくちゃ眩しくて、まだ目がチカチカしてる!」
「片付いた」
俺は言った。
「装置は消えて、第四の頭目も倒した」
「待ってて! 今すぐそっちに行く!」
サチの声がワカナより先に割り込んできた。
「いや、来るな!」
俺はすぐさま制止した。
「この一帯、今は爆発の放射線に覆われてる。みんな防護装備もないのに、ここに足を踏み入れたら即死だ。誰も近づくな、分かったな」
通話が一瞬、しんと静まり返った。
「……放射線」
ユウキの声が最初に落ち着きを取り戻した。無理やり自分を抑えつけているような響きがあった。
「あなたの体は大丈夫なの?」
「この体は石と金属でできてる。放射線じゃ傷つかない」
俺は言った。
「せいぜい装甲が少し熱くなってるくらいで、あとは何ともない」
「そっちにどれくらいいるつもりなの?」
ワカナの声はまだ張り詰めたままだった。
「俺が出るのを待つ必要はない」
俺は言った。
「どうせ第六と第七の頭目もまだここにいる。みんなが放射線対策の装備を探してる間に、そいつらの位置を先に突き止めておくよ」
「あんた、本当にとんでもないな」
ワカナの声は笑いと泣きが半分ずつ混じったようだった。
「無理はしすぎないでよ」
受話口の向こうからフェアリーの声が届いた。声には震えが滲んでいる。
「主様……本当に、私たちの助けはいらないのですか?」
「来たところで、俺が守らなきゃいけない相手が一人増えるだけだ」
俺は言った。
「ここは今のところ俺に任せてくれ。外で待機しててくれるだけでいい」
セバスティアンの声が引き継いだ。口調が一段重くなる。
「かしこまりました」
『この容赦のなさ、えげつなさすぎる』
『核で頭目倒した直後にもう次の頭目探しに行くのかよ』
『配信主の体、本当に放射線平気なの?』
配信のコメントが次々と流れていって、追いつけないほどの速さだった。それに割く注意はなく、視線はまだ煙を上げ続けるあの陥没穴に固定されたままだった。
「マスミ」
サチの声が再び上がった。今度は落ち着いた調子だった。
「あそこに一人でいるの……寂しくない?」
「大丈夫だ」
俺は言った。
「みんながこうやって配信越しにいてくれるから、そんなに変わらない気がする」
通話が数秒しんと静まり返り、それからワカナの声がまた聞こえてきた。わざと軽い調子を作っているのが分かった。
「よし、体には気をつけてね。何かあったらすぐ知らせて」
「ああ」
俺は短く答え、視線をまたあの底の見えない陥没穴に戻した。
「じゃあ、いったんここまでだ。次の頭目の位置を探しに行ってくる」




