第223話 灰色の海峡
ユウキは画面を何度かタップして返信を送ると、スマホをポケットに滑り込ませた。
「思ってたより返事早かった」
彼女は画面に浮かんだ通知を見つめ、眉をわずかに寄せた。
「向こうは了承済み。引き渡しの手続き、すぐに手配するって」
「そんなに早いの?」
ワカナが身を寄せて画面を覗き込み、片方の眉を上げた。
「今の問題は、その弾頭をどうやって巽の窓の中まで運び込むかだな」
俺は考えながら言った。
「小さいピクシーたちに瞬間移動させればいいんじゃない? そのまま取ってきてもらうとか」
サチが俺を見上げた。
「あの子たちなら、物を運ぶだけなら問題なくできる」
フェアリーが俺の肩まで飛んできて言い、羽ばたきをぴたりと止めた。
「ですが、国連があの水準の装置を引き渡すとなると、立会いと書類の確認をする技術担当官が必ず同席するはずです」
セバスティアンが言い、触角をゆっくりと揺らした。
「そこの部分は、ピクシーたちだけではどうにもなりません」
「じゃあやっぱり人間が要るってことか」
ユウキが腕を組み、二、三歩行ったり来たりした。
「ラットンを呼ぼう」
ワカナがすでにスマホを取り出し、連絡先をスクロールしながら言った。
電話が繋がると、イヤピースの向こうからラットンの声が届いた。背後には何やら騒がしい物音も聞こえる。
「マスミ兄貴?」
俺は核弾頭の件をかいつまんで説明した。
ラットンの声がすぐさま裏返った。しばらく言葉が出てこない。
「か、核弾頭ですか?」
そのとき電話の向こうで急に揉み合うような音がして、別の声が割り込んできた――エンヴェルだ。
「核弾頭だと?」
その声は抑えきれないほど鋭く跳ね上がった。
「お前ら、本当にそんなものを手に入れたのか」
「勝手に電話取るなよ!」
ラットンの声が慌てふためいた様子で横から聞こえた。まるで物理的に誰かと取っ組み合っているかのようだった。
「コンスタンティンが核関連の資材の密輸を検討したことがある。監視網と軍の管理の穴を洗い出すだけで何年もかかって、結局それでも失敗に終わった」
エンヴェルの声が電話を完全に乗っ取り、ラットンが止めようとする声などまったく意に介さなかった。
「そういうものを、ぜひ一度この目で見てみたいものだ」
「一緒に来る気か? 俺が許すと思ってるのか」
俺は眉をひそめた。パーティー全員で交代して見張らなければならないような危険な男を、核弾頭級の代物のすぐそばに近づけるのは、どう考えても賢い判断とは思えなかった。
「だが、役人相手のやり取りが分かる人間が必要だろう?」
エンヴェルの声がゆっくりと、一語一語を慎重に選ぶように続いた。
「ラットンだけで行かせたら、あの手の役人を前にしてまともに一言も出てこないんじゃないか」
電話越しにラットンのくぐもった呻き声が聞こえた。明らかに痛いところを突かれ、言い返せずにいる。
「あいつの言う通りかも」
ワカナがため息をつき、俺のほうを見た。
「ラットン、そういうの本当に苦手だから」
俺はしばらく黙り込んだ。
「ちっ。エンヴェルも連れていくしかないってことか……」
「主様、あまり信用されていないご様子で?」
セバスティアンが俺の躊躇いを察したように言った。
「本当に信用してない。だけど……」
「マスミが従者を何人か見張りにつけておけば、そう大きな問題にはならないと思う」
サチが言った。
「よし、誰を送るか考えるか……」
俺は言いながら思案を巡らせた。
見張り役として送るとなると、サラマンダーは論外だ。理性という点であからさまに不足している。芋人たちも目立ちすぎる。どこから見ても人間の姿には見えない。ゴブリンも似たようなものだ。国連の担当官の前に立った瞬間、核弾頭以上に注目を集めてしまうだろう。
「エインヘリャルに任せよう。見た目は普通の人間と変わらないから、目立たずについていける」
俺は言った。
「エンヴェルが何か仕掛けようとしても、すぐに対処できる」
「私が手配する」
ユウキが頷き、スマホを取り上げた。
「先に外務省に電話して、ラットンとエンヴェルの身元を確認しておく。現場で問題が起きないように」
彼女は電話をかけ、声を改まった調子に切り替えた。
「ユウキです。今回引き渡しを担当するのはラットンとエンヴェルの二名。写真を送ります。場所と引き渡しの詳細はそちらにお任せしますが、できれば海沿いの場所を希望します」
海沿い……俺は頭の中でその言葉を反芻し、なぜわざわざそれを指定するのか考えあぐねた。
電話の向こうが数言返答し、通話が切れると、ユウキは頷いた。
「決まった。現地に通知して通してくれるって」
「なんで海沿いじゃなきゃいけないの?」
俺は尋ねた。
「核弾頭が保管されてるような場所に、ラットンが行ったことあるわけないでしょ。飛行機で行かせる? 船で行かせる? それとも何日もかけて陸路で行かせるつもり?」
ユウキが言った。
俺は言葉に詰まった。
「だから前と同じで、一歩海程錨を使う。そうすれば、弾頭を海岸からそう遠くない場所まで運んできてもらえさえすれば、ラットンでも簡単に辿り着ける」
ユウキが説明した。
フェアリーは黙って聞いていたが、すぐさま小さなピクシーを一匹呼び寄せた。
俺も余計な言葉を挟まず、一歩海程錨をそのままラットンのもとへ届けさせた。
スマホの通話画面越しに、ラットンが受け取ったのを確認する。
ラットンはピクシーから渡された海程錨を受け取り、その重みのある金属の飾りを両手で抱え込んだ。どう扱えばいいのか、まだ勝手が分かっていない様子だった。
エンヴェルの視線がその錨に注がれ、隠しきれない野心の光が一瞬だけよぎった――何か価値あるものの匂いを嗅ぎつけた獣のように、反射的に肩がわずかに強張る。
だがその表情も瞬きの間だけのことで、彼はすぐに何事もなかったかのように引っ込め、口の端に意味の読めない笑みを浮かべた。もっと大きな獲物がどこかで顔を出すのを待っているかのようだった。これはこれで大したものだが、まだ自分が動くほどの価値はない、というふうに。
その頃には、ピクシーの一匹が二人を、以前一度瞬間移動したことのある海岸へと連れて行っていた。
ピクシーたちは濁世で目立ちすぎてはいけないと心得ているらしく、慣れた手つきで二人の服の中へすっと身を隠した。まるで何百回もやってきたことのような自然な動きだった。
エンヴェルはその一部始終に興味津々な様子だったが、対するラットンのほうは、もう瞬間移動にすっかり慣れきっていた。
「これは?」
ラットンは錨の表面を注意深く手の中で回した。強く押さないよう気をつけながら。
「どんな海岸にも行ける道具だ」
俺は電話越しに説明した。
「動かしてみてくれ。錨の表面に地球の投影が浮かぶはずだ」
ラットンが言われた通りにすると、錨の表面がかすかな光の輪を帯び、透き通った地球儀が目の前にゆっくりと展開していった。彼の指先が震え、危うく錨を地面に落としそうになる。
「こ、これは信じられない」
彼は鋭く息を吸い込んだ。
「役人が指定した引き渡し場所は?」
俺は尋ねた。
「イギリスのカンブリア沿岸、軍の埠頭だって」
ユウキが場所を伝えた。
ラットンがその住所を繰り返しながら、震える指で光る地球儀の該当地点をタップした。
光の輪が一度明滅し、二人の足元の地面が一瞬で消え失せた。
スマホから冷たい潮風の音が聞こえてきて、画面越しにアイリッシュ海の波が灰色の砂利浜に打ち寄せる様子が見えた。夜の闇の中で、その音だけがやけにくっきりと響いている。
埠頭にはいくつもの艦艇が停泊し、サーチライトの光が水面を行き来していて、遠くには有刺鉄線で囲まれた制限区域の中に、何の変哲もない金属コンテナが静かに照らされていた。
ラットンはエンヴェルの後についてウッドデッキを歩いていった。武装した兵士が二人の顔を確認し、特に何も言わずそのまま通した。
ラットンの胸の緊張がわずかに緩んだが、こめかみにはまだ薄く汗が浮かんでいた。
黒いスーツに国連のIDバッジを下げた担当官が歩み寄ってきた。表情には職業的な丁寧さが滲んでいる。
「お二人が引き渡しの代表の方々ですか?」
「その通り」
エンヴェルが先に手を差し出した。旧知の友人と再会したかのような自然な口調だった。
「私はエンヴェル、こちらはラットン。巽の窓の件を支援するチームを代表して手続きに参りました」
担当官は握手を交わし、二人を制限区域の中へと案内していった。
コンテナの周りにはさらにもう一重、武装した兵士の輪が敷かれていて、引き渡しチームの警備を担当する別の担当官が脇に立っていた。その視線がラットンの顔に一瞬余計に長く留まったかと思うと、表情が不意に変わった。




