第212話 起動コード
「なんて書いてある?」
サチの声がほとんど懇願するように響いた。
ワカナはすぐには答えず、ページをめくる音が続いた。自分自身の息もますます荒くなっていくのが混じっている。
「これ……範囲が広すぎる」
苛立ちが声に滲んでいた。
「これって……八封印の設計原理みたい? それに塔の全施設の説明も? こんな中からこの石碑専用の情報なんて見つけられない!」
俺は彼女がページをめくり続ける音を聞いていた。リズムは緩まず、かなり長い時間続いているように感じられた。
「ワカナ、今何ページ目?」
ユウキの声に困惑が滲んでいた。
「分からない……」
ワカナの声にも同じ困惑があった。
「ページ番号がどんどん先に飛んでく。終わりがない感じ」
「この手引書、結構薄そうだったのに」
サチが口を挟んだ。声に不安が滲んでいる。
「なんでこんなに中身が詰まってるの?」
チャットもざわめいた。
『どんな異次元本だよこれ』
『ハリーポッターの拡張空間バッグみたいなやつか』
『ワカナ、めくる手震えてるよ』
『こういうのはもうちょっと慎重になったほうがいい』
「今それを気にしてる場合じゃない」
セバスティアンの触角がぴくりと動いた。
「役立つ部分を見つけることに集中しましょう」
一瞬の沈黙の後、ワカナが何かに気づいたらしく、声を鋭く上げた。
「待って――八封印って、この巽之窗自体もその一つでしょ? だったら、今私たちが立ってるここについて、何か書いてあるはず!」
「巽之窗!」
ユウキがすぐに引き継いだ。
「目次を確認して、対応する章があるか見て!」
ページをめくる音がまた始まった。今度ははっきりとした目的を持って、一ページずつ確認しながら、先ほどより速く。
「見つけた!」
ワカナの声に興奮が滲んだ。
「巽之窗、丸々一章分ある!」
サチがさらに身を寄せた。風纏う爪が焦れったそうに地面を叩く。
「早く読んで!」
フェアリーも飛んできて、ワカナの肩に降り立ち、小さな手でページの端を掴んで、二人で一緒に内容を見つめた。
彼女はその章の項目リストを素早く読み上げていき、一つ一つ確認しながら、今の状況に関係なさそうな部分をいくつも飛ばしていった。
「風向制御原理……フロア構造……守護者配備……」
彼女の声が不意に止まった。
「待って、ここに項目がある――守護者のメンテナンスと起動手順!」
「それだ!」
サチがほとんど叫んだ。
ワカナの指が明らかに素早くページを滑っていて、紙の擦れる音が密に、そして速く響いた。
「ゴーレムに関する部分見つけた」
彼女の声が遅くなり、躊躇いが滲んだ。
「これによると……起動方法:思念伝達」
「思念伝達?」
アラユの声に困惑が滲んだ。
「言葉から察するに、物理的なボタンや装置を介さずに、思考を通して直接信号を送るってことかもしれない」
セバスティアンが推測し、触角をゆっくりと石碑のほうへ向けた。
「その信号には何が含まれてる?」
ユウキが食い下がった。
ワカナが数秒沈黙し、それから鋭く息を呑んだ。
「一連の……これ何、密集してて、バーコードみたい。この短い線が全部、途切れてるのもあれば繋がってるのもある」
「途切れてる、繋がってる?」
セバスティアンの触角がぴくりと動いた。
「それは易経の爻に似ていますな――途切れた線が陰爻、繋がった線が陽爻」
「易経?」
ユウキが眉をひそめた。
「それって伏羲と何か関係あるの?」
「伏羲……そもそも先天八卦は彼の考案したものでございます」
セバスティアンがゆっくりと言った。
「この手引書が彼自身の手によるものである以上、こういう表記法を使うのも道理でございましょう」
「こんなに大量に……これ全部コードなの?」
ユウキがそのページを見つめた。声に信じられない思いが滲んでいる。
「ここに書いてある……八千百九十二本の線」
ワカナが少し間を置いて、頭の中で計算しているようだった。
「これを換算すると、現代のコンピューターで言う約1KBに相当するくらい」
死んだような沈黙が流れた。
チャットも明らかに勢いを落とし、数秒経ってからぽつぽつとコメントが流れてきた。
『8192……誰が覚えられるんだよ』
『陰陽の線って何、易経と関係あるのか』
『このエピソード、来年まで続きそうだな』
淳一が、彼にしては珍しく冗談を言わず、一言だけ残していた。
『お前ならできる。諦めるな』
「これ何なの」
ワカナの声が震えていた。
「これどうやって読み上げればいいの? どうやって覚えるの?」
「諦めろ」
アラユの声が低く落ちた。
「たとえ物理的にそれを最後まで読み上げられたとしても、覚えられるはずがない」
「どうして諦められるっていうの」
ユウキが遮った。その口調は珍しく落ち着いていた。
「陰爻と陽爻なんて基本的にはただの0と1でしょ、コンピューターの二進数と同じ理屈」
しばらくページをめくった後、ユウキがほとんど独り言のようにそのコードを声に出して分析し始めた。
「この列、ほとんど六本ずつのまとまりになってるけど、一番最初と一番最後のグループだけ七本ある」
「七本?」
ワカナが覗き込んで確認した。
「数え間違いじゃないよね?」
「二回数えた」
ユウキが確信を込めて言った。
「たぶんこれ、機械にコードの読み始めと読み終わりの位置を教えるための目印かもしれない」
「じゃあ私たちがこれをあいつに読み上げる時も、リズムに気をつけなきゃいけないってこと? 六本ずつをちゃんと区切らなくて、うっかり七本読んじゃったら、コードの入力が早く始まっちゃうかもしれないってこと?」
ワカナの声はもう限界に近そうだった。
「これ、簡単な仕事にはならなそうだね」
サチが眉をひそめながら言った。
アラユが鋏を地面に叩きつけた。
「あの伏羲の爺さん、明らかに俺たちをからかってるだろ! 途中に千を超える卦のグループだと……こんなもの、誰が一語一語、聞いてるかどうかも分からない石ころに読んで聞かせるんだよ」
誰も答えなかった。
「どのみち他にましな選択肢もない」
ユウキの声には、覚悟を決めた決然とした響きがあった。
「やってみるしかない。私が読む」
彼女は俺の前に歩み寄り、低く落ち着いた声で、その記号を一つずつ0と1に変換しながら読み上げ始めた。
「ゼロ、イチ、イチ、ゼロ、ゼロ、イチ……」
サチはそばに立ち、自分の両手を強く握りしめていた。風纏う爪は両脇で動かないまま垂れ下がり、視線は石碑にしっかりと据えられ、一瞬たりとも目を逸らそうとしなかった。ワカナはユウキのそばにしゃがみ込み、指でページの位置を押さえて、行を読み間違えたり文字を飛ばしたりしないよう気を配っていた。アラユとセバスティアンは少し離れた場所に立ち、同じように息を潜め、自分の甲羅が擦れる音すら意図的に消していた。
チャットも珍しく静まり返り、時折励ましのコメントがゆっくりと流れる程度だった。もう誰もふざけていなかった。
この死んだような灰色の静止の中に閉じ込められたまま、俺は彼女の声を必死に拾おうとした。最初はただの無意味な音の連なりにしか感じられず、次々と続くうちに急速にぼやけて重なり合い、混ざり合っていった。
だが十番目あたりのどこかで、俺は自分の頭の中で、自動的に、正確にこれらの0と1が見えない容器へと並べられ始めていることに気づいた。一つも取りこぼさず、一つも間違えずに。
それは力任せの暗記によるものではなかった。むしろ何かが、俺の代わりに一つ一つの数字を仕分け、順序立て、格納しているような感覚だった。異様な正確さと、異様な落ち着きを伴い、俺の普段の思考のあり方とはまったく違っていた。
ユウキは読み続けた。一グループ、また一グループと。声には不確かさが滲んでいた。まるで彼女自身も、これが本当に機能しているのかどうか確信が持てないかのようだった。
彼女の声はますます震え、弱々しくなり、自己不信が集中力と体力の両方を蝕んでいった。
「ゼロ、イチ、ゼロ、ゼロ、イチ、イチ……」
そのとき、彼女の腰に下げられた勇気の剣が鮮やかな赤い光を放った。
「未知への勇気! また発動した!」
サチがそばで小さく息を呑んだ。
その輝きに後押しされ、ユウキの声は明らかに安定した。
耳を澄ませば澄ますほど、はっきりしてきた――俺のこの石碑の体は、この気が遠くなるほど単調な数字の列を、着実に自分自身の深い機械的な記憶へと刻み込んでいるようだった。
これまで持ったことのない能力だった。




