第200話 泣きっ面に蜂
酸素の助けを得て、みんなの動きに明らかに活力が戻った。ユウキの剣捌きも再び鋭さを取り戻し、一撃また一撃とゴーレムの関節の連結部分を狙っていく。サチの風纏う爪はゴーレムの攻撃の隙間を機敏に縫うように動き、反撃の機会を窺っていた。マファガイスは怪我を抱えながらも、深い経験を頼りにゴーレムの隙を捉え、静かにその側面へと回り込んで奇襲を仕掛けていた。
イヤピースの中のコメントも興奮気味に盛り上がった。
『酸素ボンベ、俺も思いつきそうだったけど、実際にやってのけるのはすごいな』
『ワカナ、鏡なしでも何でも揃えてくる』
『みんなの動き、一気に生き返った感じ、綺麗な巻き返しだ』
『この戦い、まだまだ続きそうだ』
『このまま一気に決めてほしい』
酸素の後押しを受けて、戦況は再び俺たちに傾いた。一撃また一撃がゴーレムに命中し、あの硬い石と金属の外殻にダメージがどんどん蓄積されていく。
だがその優勢は長くは続かなかった。
「なんで……まだ何か変な感じがする?」
サチが眉をひそめた。その動きは再びだんだん鈍くなっていく。マスクの奥での呼吸自体は安定しているのに、体がわけもなく重かった。
俺も似たような感覚に気づいた。呼吸自体はもう苦しくないのに、四肢に言葉にしがたい痛みが生まれ始めていて、関節に鈍い疼きが定着しつつあった。まるで何かが内側で静かに膨らんでいくかのようだった。
「どうなってる?」
ワカナも困惑しながら叫び、自分の腫れぼったく感じる手首をさすった。
「酸素はもうあるのに、なんでまだおかしい感じがするの?」
ユウキが鋭く息を呑んだ。何かに思い当たったようだった。
「くそ、酸素ボンベは酸素不足しか解決してない。ここの気圧はまだ下がり続けてる。酸素だけじゃ、低気圧が体に及ぼす影響には対抗できないんだ」
「どういうことだ?」
アラユが喘ぎながら尋ねた。鋏の動きもまた鈍くなっていた。
「潜水士が浮上が速すぎて減圧症になるのと同じだ」
ユウキは苦しそうに説明した。声に無力感が滲んでいる。
「急激な気圧の変化は、体内のガスを異常に膨張させて、関節の痛みや腫れを引き起こす。この症状、酸素の量とは関係ない。気圧そのものがダメージを与えてるんだ」
重い苛立ちが胸に湧き上がってきた。結局、あの酸素ボンベは応急処置にすぎなかったのだ。本当の核心の問題、この着実に悪化していく低気圧の環境そのものは、依然としてまったく解決されていなかった。
イヤピースの中のコメントは数秒沈黙した後、また議論の波で盛り上がった。
『じゃあ酸素ボンベは問題の半分しか解決してなかったのか』
『これ複雑すぎる、低気圧だけでもダメージ与えられるとか』
『じゃあどうすればいいんだ、このまま資源を消耗し続けるわけにもいかないだろ』
『みんな落ち着いて、たぶん他に方法あるはず』
「あれ、ちょっと待って」
サチが不意に動きを止め、そばにいる海民の戦士たちを丁寧に観察した。
「アラユ、プルートゥンシャ、二人とも全然腫れてなくない?」
アラユは自分の紫がかった赤茶色の大きな鋏を見下ろし、それから自分の硬い甲羅に触れてみた。一瞬呆気に取られた様子だった。
「言われてみれば、確かに四肢に腫れは感じない。いつもの力が出しにくいだけだ」
プルートゥンシャもしばらく考え、思慮深い口調で言った。
「この甲羅にも異常は見られません。目に見えて落ちているのは体力のほうです」
「そう言われると……」
頭の中で何かが繋がり、俺はアラユとプルートゥンシャの硬い甲羅を見つめ、不意にその核心を理解した。
「その甲羅、何か防御効果を発揮してるんじゃないか?」
セバスティアンも自分の硬い甲羅に覆われた体を見下ろし、声に気づきが滲んだ。
「マスミ様の仰る意味は、この我々の甲羅が、逆に低気圧に対する障壁になっているということでしょうか?」
「あり得るな」
ユウキが考え込みながら分析した。自分も息を切らしながらも、いつもの落ち着きを保っている。
「人間や、マファガイスみたいな柔らかい体を持つ生き物は、外の気圧が下がると体液が組織の隙間に漏れやすくなって腫れが起きる。でもお前たち甲殻類の硬い殻を持つタイプは、その殻自体が天然の拘束具みたいなもので、内部の組織がどこまで膨張できるかを制限してるのかもしれない」
「なるほど」
セバスティアンが軽く頷いた。口調は相変わらず謙虚だった。
「つまり皮肉なことに、我々のような者たちのほうが、この戦いにおいて比較的持ちこたえられているというわけですな」
イヤピースの中のコメントも興奮に沸き立った。
『甲殻類にそんな隠れたアドバンテージがあったのか』
『これは予想外だった』
『硬い殻が低気圧への耐性の鍵になるとか、勉強になる』
『セバスティアンたち、これでかなり長く持ちこたえられそう』
『この発見、流れを変えるかもしれない』
「それなら」
俺はアラユ、プルートゥンシャ、セバスティアンを見つめた。頭の中で新しい作戦が形になっていく。
「しばらくの間、お前たち三人にもう少し前線を支えてもらう必要があるかもしれない」
「任せておけ」
アラユが珍しく素直に頷き、鋏を再び構えた。負けん気は相変わらず頑固だった。
ゴーレムも俺たちの攻勢が再び鈍ったことを察知したらしく、分節した全身を振り回し、重い一撃をプルートゥンシャへとまっすぐ叩き込んだ。その重い甲羅に覆われた体は数歩後ろへ弾き飛ばされたが、分厚い防御力のおかげでその場に踏みとどまった。
「プルートゥンシャ!」
セバスティアンが心配しながら駆け寄って支えた。
「大丈夫だ、この甲羅ならまだ耐えられる」
プルートゥンシャは喘ぎながら答えたが、その体に滲む疲労は隠しきれなかった。
俺はこの環境にまったく影響を受けず、着実に稼働し続けるそのゴーレムを見つめ、それから関節の痛みと腫れでどんどん動きが鈍くなっていく仲間たちを見た。深い無力感が湧き上がってくる。俺たちが必死に倒そうとしているこの敵は、もしかしたら目の前のゴーレムだけではなく、ずっとこの悪化し続ける環境全体が、俺たちに容赦なくのしかかってきていたのかもしれない。
「酸素、あとどれくらい持つ?」
俺は叫んだ。空気が薄すぎて、声がうまく届かない。
「ボンベはまだしばらく持ちそうだけど、無限じゃない」
ワカナは手元のゲージにちらりと目をやりながら叫び返した。声に心配が滲んでいたが、その音量はあまりにも小さく、聞き取るのに神経を集中させる必要があった。
「このペースだと、酸素が持っても体のほうが持たない」
ユウキが歯を食いしばりながら分析した。視線は相変わらず完璧な状態を保つそのゴーレムに鋭く据えられている。
「この環境そのものにちゃんと対処する方法を見つけないと、こういう応急処置だけじゃいつか俺たち自身が擦り減ってしまう」
俺はこの低気圧の環境の中でも平然と稼働し続けるそのゴーレムを見つめ、それから酸素ボンベがあってもどんどん疲弊していく仲間たちを見て、理解した。この戦いの本当の鍵は、おそらく目の前の敵をどう倒すかではなく、俺たちの体力と気力を着実に蝕んでいくこの環境そのものを、どう乗り越えるかにあるのだと。
「とりあえず持ちこたえて、戦いながら考えよう」
俺は歯を食いしばりながら決断し、知恵の書を握りしめて、真空になりかけたこの死んだように静かな空間を、終わりの見えないこの消耗戦の中で、一行を導き続けた。




