第19話 ゆうき
市役所の役人とは、てっきりスマホ越しにやり取りするものだと思っていたが、
まさか直接出向いてくるとは。
しかも、見覚えのある顔を連れて。
「……祐希さん?」
俺は虚を突かれた。
「益の回廊」で陣地を死守し、子供を守り抜いたあの女性警官が、私服姿で俺の家の玄関に立っていた。
前回の緊迫した様子とは違い、彼女は好奇心に満ちた様子でキョロキョロと辺りを見回している。
彼女の背後では、ピクシーが若菜の配信カメラをセッティング済みだ。
祐希が画面に映った瞬間、配信の熱度は一気に爆発した。
『待って! あの美人警官じゃん!』
『前に助けた時、二人のアイコンタクト怪しいと思ってたんだよなー!』
『これ、家の前で密会か?(大誤報)』
祐希と役人は、カメラを持つピクシーを凝視して、何かに戸惑っているようだった。
「これは僕の条件です」
俺はカメラを指差した。
「あなた方は政府、僕は一市民だ。
全部公開した状態で話せないなら、僕にとっては不利すぎる。ご了承いただきたい」
「いえいえ、密室で裏取引をするつもりなどありません。ただ、こんな伝説の生き物を間近で見て、純粋に驚いていただけですよ」
役人は慌てて釈明した。
「それならいい。中へどうぞ」
「失礼します、新田さん。こちら、劍持祐希警部補です。以前、あなたに救出された……」
役人は礼儀正しく挨拶したが、その表情にはどこか気まずさが漂っていた。
俺の家は決して広くない。
彼らは適当なスペースを見つけて腰を下ろした。
「新田さんに、政府に協力していただきたいのです。巽の塔を、完全に浄化するために」
俺は片方の眉を上げた。
「配信のアーカイブは、当然チェック済みですよね?」
「ええ」
役人は薄氷を踏むような慎重な口調で答えた。
「我々は気づきました。『知恵の書』『幸運の指輪』の他に、第三の選択肢――『勇気の剣』が存在するはずだと」
役人は息を呑み、言葉が進むにつれて緊張を強めていった。
「我々としては、『勇気の剣』を国家の管理下に置きたいと考えています。しかし……あなたの協力なしにそれらに接触しようとすれば、どれほどの人的被害、いえ、命が失われるか想像もつきません」
俺は祐希にちらりと目をやった。
彼女がここに来た理由は察しがつく。
前回の行動で、彼女は今や世間でも英雄扱いされている。
面識は一度きりだが、印象は悪くない。
政府が彼女を「勇気の剣」の適任者だと考えたのも頷ける。
「ご主人様、お茶が入りましたわ」
冷たい声が横から差し込んできた。
フェアリーが茶器を載せたトレイを持って現れた。
今日の彼女は動作がいちいち「騒がしい」。
カップを置く音がテーブルに重く響いた。
彼女は役人のことなど目にもくれず、その翡翠色の瞳で祐希をじっと値踏みするように見つめている。
そこにあるのは、隠しきれない敵意だった。
「この方が、ご主人様の仰っていた……例の『助け出された』警察官の方かしら?」
フェアリーはわざとらしく「助け出された」という言葉を強調した。
彼女はそのまま俺の椅子の背もたれに寄りかかり、両手を俺の肩に置いた。
独占欲を露骨に示すポーズだ。
祐希はそのプレッシャーを感じ取りながらも、俺を直視して言った。
「……あなたを監視しに来たわけじゃないわ。ただ……こういう規格外の力は、市民の目が届く形で使われるべきだと思うの」
彼女の瞳は澄んでいた。
俺は椅子の背にもたれかかった。
(フェアリーの手のせいで、少し肩が凝りそうだが)。
数秒、考えを巡らせる。
「協力するのは構いません。ですが、ハッキリさせておきます」
「僕は今、配信だけで一生遊んで暮らせるほどの金を稼いでいる。報酬には興味がありません」
俺は役人に向き直った。
「その代わり、誰にも邪魔されない家を用意してください。
記者も、ファンも、政府の人間も寄り付かないような場所をね」
役人は三秒ほど呆然とした後、諦めたような、それでいて清々しい笑みを浮かべた。
「……善処しましょう」
静かな住宅を一軒用意することなど、彼らにとっては造作もないことだろう。
二日後。
俺は一隊の奴工と引っ越し業者に家の整理を任せ、祐希とサチを連れて巽の塔へと足を踏み入れた。
もちろん、その後ろには「領地付き執事」の顔をしたフェアリーがぴたりと張り付いている。
政府は気を利かせて、防具一式を用意してくれた。
刺突や斬撃に強い一流の防弾チョッキ。
軽量で取り回しのいい警棒、スタンガン、そして催涙スプレー。
彼らにできるのはこれが限界だろう。
これ以上は、俺たちが警察官でない以上、渡せる武器がない。
もっとも、武器に関して言えば、俺の手にある「切風翎」の方が拳銃よりもよほど有用なのだが。
配信チャット欄は今、狂ったようにコメントが流れている。
『この修羅場たまんねえ』
『ピクシー女王vs正義の女警、間に挟まれる知恵の書・真澄。』
『サチ、もっと危機感持てよ!w』
「緊張してるか?」
俺は祐希に尋ねた。
「……少しね」
彼女は深呼吸した。
「大丈夫だよ」
サチが彼女の肩をポンと叩いた。
「最初は誰だって緊張するもん! 私が初めて入った時も――」
「お前は勝手に入ってきただけだろ」
俺が突っ込む。
フェアリーが横で鼻を鳴らした。
「ご主人様、あんな野蛮な武器など、奴工たちに探させれば済むことでしょう? 何ゆえ、このような……『よそ者』をあなたの領地へ招き入れるのですか?」
彼女はそう言いながら、わざとらしく俺の襟元を整えた。
その親密すぎる仕草に、祐希は気まずそうに目を逸らす。
一方で、サチは全く気にする様子がない。
これが「正妻」の余裕というものなのだろうか。
俺たちは半日かけて、「観の門」と「益の回廊」を何度も探索した。
――だが、見つからない。
祐希が眉を寄せた。
「おかしいわね……あなたたちは、どうやって装備を手に入れたの?」
「……俺たちは、みんな一人で入ったんだ」
俺は突然、問題の核心に気づいた。
「そうだよ!」
サチが頷く。
「あの時は一人で歩いていって、そしたら三つの扉が見えたの」
祐希は呆然とした。
「じゃあ……私があなたたちと一緒に歩いているから、現れないってこと?」
数秒、沈黙が流れた。
俺は祐希を見つめる。
「一人で、行ってみるしかないな」
彼女の目が少し見開かれた。
「第一層と第二層は俺の支配下にある。危険はないよ。俺たちは回廊で待ってる」
「ご主人様!」
フェアリーが突然俺の腕を掴んだ。
焦りと嫉妬が混じった声だ。
「本当に彼女を独りにするおつもりですか? 万が一、何かに触れたり、あるいは……」
「フェアリー、静かに」
俺が優しくなだめると、彼女は不満げに頬を膨らませて祐希を睨みつけた。
俺たちは最初に入った場所へと戻った。
祐希は深く息を吐き、腰の拳銃を握り直すと、第一層の入り口に漂う光の霧へと踏み込んだ。
「頑張って、祐希姉さん!」
サチが手を振る。
「……いつの間に『姉さん』なんて呼ばれるようになったのかしら」
祐希は苦笑いを浮かべて振り返り、光の中へと消えていった。
配信のコメント欄が、少しだけ真剣なトーンに変わる。
『警察官に勇気の剣は継承できるのか?』
『面接試験みたいなもんだな』
『フェアリーの今の顔、絶対焼きもちだろw』
俺は迷宮の天井を見上げた。
そこには空はなく、果てしない緑の光があるだけだ。
「真澄……彼女、本当に大丈夫かな?」
サチが小声で聞いた。
「彼女は警察官だ。危ない場面の訓練は俺たちよりずっと受けているはずだよ」
俺は答えた。
「それに、俺たちが初めて入った時よりもずっと冷静だ」
フェアリーが後ろで「ふんっ」と鼻を鳴らし、小声で毒づいた。
「冷静だから何だというのです……ご主人様には私という随従がいれば十分。剣を振るうような女はトラブルを運んでくるだけですわ……」
俺はその愚痴を聞き流した。
ピクシーのロイヤルゼリーを取り出し、一気に飲み干す。
そしてステータス画面を開く。
新田真澄 レベル10
EXP 12460 / 51200
HP 550 / 550 MP 200 / 200
反応 22
筋力 20
霊感 24
運 22
自由ポイント:4
知恵の書を確認すると、前回倒した風霊鳥たちがまだ未処理のまま残っている。
全部従者にするべきか?
いや、少なくとも三羽は「武装」に、
一羽は「化身」用に残しておくべきだろう。
次の階層には――
何が待っているのか。
俺とサチは「益の回廊」の最奥へ辿り着いた。
第三層への入り口から、濃密な湿気が立ち昇っていた。
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