第18話 門と回廊の主
秘醸酒を一本飲んだ。
雷撃で焼けた部分がじわじわと新しい皮膚を取り戻していく。
秘醸酒は病気の治療だけでなく、
あらゆる内外傷にも効果があるようだ。
続いて秘醸蜜も飲んだ。
HPがゆっくりと回復していくのをはっきりと感じた。
即座に満タンになるわけではないが、
秘醸蜜はMPだけでなくHPの回復にも使えることが、これで確認できた。
「知恵の書」が開いて、雷霊鳥のいた場所にほんのりと光る文字が浮かんだ。
【「雷霊鳥」撃破】
【特殊アイテム入手:迷宮の影 第二層】
【ドロップ入手:雷霊鳥の羽】
【ドロップ入手:雷電の結晶】
三択が出るのを待った。
化身・従者・武装——
でも何も出なかった。
「知恵の書」は静かに登録を済ませるだけで、
雷霊鳥のページを開いても、浮かんできた選択肢は一つだけだった。
【化身】
チャット欄も気づいた。
『化身だけ?』
『従者の選択肢がない?』
『さっきまでの奴らと違う』
『ボスタイプは自由に選べないのか?』
その選択肢をじっと見ながら、
正直すぐ試してみたかった。
でも顔を上げて周りを見た。
祐希はまだ立ち姿勢を保っているが、
右手の握力が明らかに落ちていた。
加奈は男の子を抱いて、
自分の上着でくるんでいた。
男の子は彼女の肩にもたれたまま目を開けているが、
何も言わない。
この人たちは、もう四十分以上ここにいる。
「まず出よう」
「知恵の書」をしまった。
「新しい能力はあとでいい」
フェアリーはすでに透明翼を一枚ずつ配り終えていた。
「行き先は決まってますか?」
俺は一通り見渡した。
「決まってる」と祐希が言った。
「救急病院。たぶんギプスが必要だから」
「私はこの子を警察署に連れていきます。
お父さんとお母さんがきっと心配してる」
加奈が言った。
頷いた。
転送の光の粒が一つずつ消えていくのを見送った。
回廊が静かになった。
残ったのは俺とサチ、それからフェアリー、
大量のピクシーと何羽かの風霊鳥の従者だけ。
サチは地面に刺さったまままだ煙を上げているバットを見つめていた。
「……もう使えないよね、これ」
「うん」
「残念。弟のなのに」
「新しいの買ってやる」
「カーボン製がいい。
弟がずっとアルミは手が痺れるって言ってたから」
「分かった」
彼女はくすっと笑って、
幸運の指輪をくるりと回してから、透明翼を砕いた。
俺はピクシーの奴工に外まで連れていってもらった。
出てきた後、外がどうなっているかは、
だいたい予想がついていた。
記者がすでに駅の外で待ち構えていた。
警察が反対側に待機していた。
さらに外側には、
スーツ姿の、いかにも政府関係者といった数人が、
「急いではいないが、待つ」という雰囲気を漂わせて立っていた。
その光景を見て、心の中でため息をついた。
意図せず有名人になってしまった。
どうせ逃げ切れない。
一発で解決する手もない。
自宅の前まで押しかけられるよりは、
ここで片をつけたほうがまだましだ。
「若菜」
スマホに向かって言った。
「配信、一旦止めて」
「了解」
そこから二時間以上かかった。
記者には中で何を見たかを聞かれた。
警察には行動の経緯を聞かれた。
政府の人間には
「適切な時期に、より正式な形での協力について話し合う機会を設けることはできますか」
と聞かれた。
できる限り短く答えた。
迷宮内部の詳細に踏み込む質問は全部
「後日改めて」で押し通した。
正直まだ自分でもよく分かっていないのだから。
政府の人間には
「構いません、日程を調整してください」
と一言だけ返して、
若菜に連絡先を控えてもらった。
最後に、駅前の明かりの下で
残っていた記者数人に向かって、一つだけ言った。
「今日中に入っていた消防士と警察官は、
俺より先にあの場所に入って、特別な力も何もない状態で、
救援が来るまで持ちこたえた人たちです。
俺はただ中に入って連れ出しただけで、
実際に中で踏ん張っていたのは彼らです。
このことはきちんと報道してほしい」
それだけ言って、その場を離れた。
若菜が配信を再開した後、
チャット欄にはこの言葉がしばらく流れ続けた。
丸一晩眠った。
翌朝目が覚めると、
フェアリーはもうベッドの傍らに立っていた。
姿勢は正しく、表情は真剣で、
手には自分でまとめたらしいリストが握られていた。
「主人、昨日の益の回廊での戦利品をご報告します」
彼女が読み上げるのを、
ベッドに背を預けながら半眼で聞いた。
N級:風霊鳥の翠羽
R級:風霊鳥の卵殻
S級:風霊鳥の晶涙
U級:風霊鳥の鳴晶
E級:風霊鳥の卵
「説明は?」
「翠羽・卵殻・晶涙は使用すると、
それぞれ反応・筋力・霊感の数値を一時的に倍増させます。
鳴晶は三つの能力同時に強化します。
一般の方であれば、
動体視力の向上、力の増加、頭が冴える、
といった感覚でしょうか」
少し考えた。
「俺には要らない」と言った。
「従者の風霊鳥を傍に置いておけば事足りる。
全部売っていい」
これが市場に出回ったら、
数年後のオリンピックは
ドーピング検査の項目を増やさないといけなくなるかもな。
フェアリーがリストに一筆書き入れた。
その目に、仕事をきちんとこなした
執事の満足感が浮かんでいた。
「では、卵についてですが——」
リストを置いて、
少し近づいてきた。
内緒話をするような声で言った。
「主人、益の回廊もあなたの勢力圏に入りましたので、
迷宮の影を出して見てみてはいかがでしょう?」
ポケットから二枚の迷宮の影を取り出した。
第一層と第二層のものが、
掌の上で触れ合った瞬間に一つに合わさって、
立体的な構造になった。
模型といえば模型だが、
それだけではない。
じっと見ていると、
中に光があって、動いている。
観の門では小さなピクシーたちが
黙々と運搬していた。
ピクシー蜜房の入口をひっきりなしに出入りし、
蜜色の結晶がそばに整然と積まれていた。
益の回廊では、
翡翠色の風霊鳥たちが枝の上にゆったりと止まって、
低く鳴いていた。
ピクシーたちがその傍で忙しく立ち回っていた——
羽毛を整えているもの、
巣を掃除しているもの、
小さな手で寄生虫を取り除いているもの。
天敵という雰囲気は
まるでなかった。
「益の回廊は」とフェアリーが言った。
「今や主人の牧場です」
配信を開いたまま待っていた視聴者たちが、
この映像を見て数秒沈黙した。
『牧場……』
『第二層を畜産業にしてる』
『風霊鳥グッズが市場に出回る?』
『卵って孵化するの?』
『昨日、配信者から買ったやつ届いたよ!』
『マジで?何買ったの?』
『秘醸蜜を三本。一本二万円だった』
『騙されてる!こっちは六千円だったよ。
ピクシーが直接届けてくれた』
翌日にはもう転売業者が出てきているとは思わなかった。
「卵ですが」とフェアリーが続けた。
「主人の手元に卵がある限り、新しい風霊鳥を増やすことができます。
増加速度はピクシーほどではないかもしれませんが、安定した戦力源になります」
迷宮の影をしまった。
ふと思い出して、
第一層でフェアリーを収めた時のドロップ品を取り出した。
ダンジョンの道標灯
ピクシーの王台
ピクシーのローヤルゼリー
ピクシー女王の腰帯
ピクシー女王の首飾り
「これ、何に使うんだ?」
フェアリーはスカートを軽く整えながら、
何とも言えない表情で答えた。
元カレの形見を聞かれた時のような、
微妙な空気だった。
「ダンジョンの道標灯は、各階層の出入り口の場所を示すことができます。
ローヤルゼリーは口にすれば全ステータスを永続的に5ポイント引き上げます。
腰帯は主人には手首に巻くくらいの大きさになりますが、風の障壁を呼び出し、
投射系の攻撃力を弱める効果があります。
首飾りは風呼びの杖と組み合わせることで、
風魔法を自由に使えるようになります」
「それから、王台については……」
フィアリーはポッと頬を赤らめた。
「それは、人間とらピクシーの混血を作るためのものですわ」
俺は内心、ぎょっとした。
そんなことをしたら一瞬で社会的死を迎えてしまう。
とてもじゃないが手を出せる話じゃない。
俺は慌てて話題を切り替えた。
「雷霊鳥の羽と雷電の結晶は?」
説明欄を開いた。
【雷霊鳥の羽:一回限りの強化アイテム。
電気感知能力を獲得する】
【雷電の結晶:装備強化アイテム。
装備することで雷撃魔法が使用可能になる。
取り外し可能】
迷わず雷霊鳥の羽を使って、
雷電の結晶をピクシー女王の首飾りに繋いだ。
電気感知というのは、
不思議な感覚だった。
空気中の電位をぼんやりと知覚できるようになった感じで、
神経の末端に新しいセンサーが取り付けられたような感覚だった。
「念のため」と独り言を言った。
「強化できるものは全部しておく」
もう行きたくないと思った場所ほど、
また行くはめになる。
それはよく分かった。
だからピクシーの建築も
ここで決めておくことにした。
「知恵の書」の建築ページには
選択肢が三つ残っていた。
【翅膜工房】消費:蠕巣蝋 ×50
【法術研究所】消費:蠕巣蝋 ×80
【蜜蝋スタジオ】消費:蠕巣蝋 ×80
法術研究所と蜜蝋スタジオの間で
しばらく迷った。
どちらも役に立ちそうだが、
どちらが先かも決め手がない。
フェアリーを見た。
彼女は首を傾けて、
黙って微笑んでいた。
今回は自分で決めろということらしい。
「目を閉じて適当に選んでもいいな」と言った。
彼女はそのまま微笑み続けた。
目を閉じて、タップした。
【法術研究所 建造中——】
【完了まで:32時間59分】
今回はすぐに完成しなかった。
そのカウントダウンを見て、
これくらいが自然だと思った。
「まあ、待つか」
フェアリーがようやく口を開いた。
「賢明なご選択です、主人」
「目を閉じて選んだんだけど」
「存じております」と彼女は言った。
「でも結果は良かったです」
それ以上言い返さずに、
「知恵の書」をしまって、ベッドに戻った。
今日はネットを見て、
プラモデルを作って、ゲームをして、
映画を見て、それから授業に出よう。
正直なところ、
将来の経済的な不安がなくなってから、
勉強が結構好きだと気づいた。
知りたいという気持ちは、
生存のプレッシャーがない時こそ、
なかなか楽しいものだ。
ちらちらニュースを見ていると、
ここ数日のトレンドには
だいたい俺の顔があった。
駅前のあの時空の裂け目のようなものは、
相変わらず問題を起こし続けている。
そうして二、三日が過ぎた。
市の職員が訪ねてきた。
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