第170話 どうしようもなさの味
俺たちは一歩一歩、エンヴェルと食料部隊たちの待つ場所へと戻っていった。誰もが何かしらの怪我を負い、足取りは鉛を引きずるように重かった。
「やっと戻ってきた!」俺たちの姿を見た瞬間、エンヴェルは隠れていたトタン板の陰から飛び出してきた。顔には隠しきれない興奮が浮かんでいた。「さっきの音も聞こえたし、揺れも感じたし、あんたたちが勝ったんだろうなって思ってたよ」
「勝ったよ」俺は知恵の書を胸元にしまいながら、声に疲労を滲ませた。「もっとも、あいつは最後には砂の山になっちまった。何一つ残らなかった」
かつてトウモロコシだった消防士が進み出て、恭しく一礼した。「私も先ほど、あの気配を感じました。皆様がご無事で安心しました」
先ほどの穴がまだ残ったままのピザが、それでもいつも通り陽気な口調でよろよろと近づいてきた。「その様子だと、簡単な戦いじゃなかったみたいだね?」
ワカナはすでにスマホを掲げ直し、カメラに向かって息をついていた。「みんな、あの生き物はようやく片付けたよ。今ちょっとここで休んでるから、もう少し待っててね」
コメント欄はまばらに流れていた。
『みんなよく頑張った、今回の戦いマジで緊迫感すごかった』
『ワカナも休んでね』
『あれ、マルコってどこ行ったの、まだいる?』
『上の人よく覚えてるね、あたしほとんど忘れてた』
ようやく一息つこうとしていたその時、目の前に見覚えのある光がふと現れ、その中からゆっくりと人影が歩み出てきた――フィヨルニルだった。
「ふむ、どうやらまた一つ厄介な戦いをくぐり抜けてきたようだな」彼はいつも通りの気楽な、飄々とした笑みを浮かべながら、俺たち一人ひとりの怪我を見渡した。声には本物の気遣いが滲んでいたが、それでもいつものおどけた雰囲気は失われていなかった。「叔母上がこちらでかなりの騒ぎがあったのに気づいて、様子を見てくるよう私を寄越したんだ」
「フィヨルニル様」サチが驚いた様子で声を上げた。
フィヨルニルの視線は、少し離れた場所にすでに片付けられている肉と血の跡――マルコの死の最後の名残へと向けられた。ほとんどはもう片付けられていたが、地面にはまだ黒ずんだ染みが残っていた。
「この男の最期、あまり品位のあるものではなさそうだな」フィヨルニルは興味深そうにその染みを見つめた。
「自業自得よ」フェアリーがためらいなく口を挟んだ。羽根を軽く羽ばたかせながら、その声には一片の疑いもなかった。
「彼を弁護するつもりはないさ」フィヨルニルは両手を広げ、笑みを少し深めた。「ただ、こういう遺骸を濁世に放置しておくのはあまり適切とは言えないからな。叔母上に彼の弔いを任せることにしよう」
「弔い?」俺は眉をひそめ、話についていけなかった。
「食料部隊が生まれ変わる様子は、もう見たことがあるだろう」フィヨルニルは遺骸のもとへ歩み寄り、軽く手を振った。すると、肉と血の上に穏やかな光がすぐさま降り注いだ。
「もっとも、知らないだろうが、我々のこの再生の仕組みは、実はあんたたち濁世のいくつかの宗教的信仰とも繋がりがあるんだ」
「どういうこと?」ワカナが興味を惹かれた様子で身を乗り出した。スマホはまだその光景に向けられたままだった。
「二つの世界を隔てる川を渡り、前世を忘れさせる何かを口にする、というふうに考えてみるといい。ある宗教では、それを神が罪を洗い流してくれる行為と考えている」フィヨルニルの口調が不意に真剣なものへと変わった。
「生前この者が誰であれ、何をしたか、どんな執着を抱えていたかにかかわらず、この再生の道に足を踏み入れた瞬間、記憶も人格も、そのすべてが完全に消し去られる。濁世が刻みつけたあらゆる汚れを剥ぎ取られ、清らかな世界へまっさらな姿で辿り着くんだ」
俺は呆然と立ち尽くしたまま、光の中で徐々に形作られていく姿を見つめた。かつては損なわれた肉の塊だったものが、その光の下で少しずつ丸く、ふっくらとした形へと変わっていき、かすかに甘い香りを漂わせ始めた。
「だから、ここで生まれ変わるのは、マルコだったという記憶を一切持たない、まったく新しい命になるわけだ」フィヨルニルは続けた。その声にはほとんど慈しみに近い厳粛さが滲んでいた。
「自分がやったことも、抱えていた憎しみも覚えていない。ただ食料部隊として、まっさらな状態から新しく始めるんだ」
エンヴェルはその場で口を開けたまま、顔が青くなったり赤くなったりを繰り返していた。「これは……これはあまりにも……」何かに悪態をつきたそうだったが、どこから言葉を発せばいいのか分からない様子で、結局小さく呟くしかなかった。「これ、単に殺すよりも不気味だな」
「これでもまだマルコって言えるのか?」俺自身、この一連の光景に本気で動揺していた。
「そうとも言えるし、そうでないとも言える」フィヨルニルはわざとはっきりさせないような言い方をした。
「何よその神様の禅問答みたいな答え!」ワカナはそれを聞いて本当に少し苛立った様子だった。
「彼の魂は変わっていない。変わったのは人格と記憶だけだ」フィヨルニルは笑った。「あんたのパソコンのフォルダみたいなものだと考えてみてくれ。以前はいろんなファイルが入っていたが、今はその中身を全部削除した。それでも、どんな方法でそのフォルダを検索しても、パソコンはちゃんとそれを見つけ出す。ただ、中には何も残っていないだけだ」
「フォルダ、か……」俺はうつむいた。
「清らかな世界を管理する我々にとって、あんたたちが魂と呼ぶものは、実は七次元空間の中で一つの命を定義する座標の集まりに過ぎない。その座標が消えることは決してなく、そこにどんなデータが記録されているかは関係ないんだ」彼はマルコの成れの果てを指し示した。
光は徐々に薄れていき、地面には短く小さな、鮮やかなオレンジ色の細いニンジンが静かに横たわっていた。皮は滑らかで艶やかに光り、頭には小さな緑の茎の房がまだついていて、風に軽く揺れていた。
それはゆっくりと目を開け、瞬きをしながら、迷子のような表情で周りを見渡し、幼く無邪気な声で言った。「あの……ここはどこ?僕は誰?」
サチがしゃがみ込み、ニンジンの頭をそっと撫でた。「あなたは新しく生まれた食料部隊なの。ここがこれからのあなたの家よ」
ニンジンは首を傾げてしばらく考え込むと、無邪気な笑みを浮かべた。ふっくらとした小さな体がわずかに揺れた。「それ、いいね!」
その様子を見ていたワカナが思わず小声で呟いた。その口調には何とも言い表せないものがあった。「この形……なんだか妙に見覚えがあるような」
隣でユウキの口元がぴくりと動いたが、その考えを口には出さなかった。
コメント欄は数秒静まり返ってから、ゆっくりと再び動き出した。
『待って、この見た目、あいつのあだ名へのオマージュか何か?』
『死ぬ、これブラックユーモアが効きすぎてる』
『このシステムやばいな、こっちの世界の生まれ変わりってこういう仕組みなんだ』
『でもそのニンジン、実はちょっと可愛い』
『これ本当にいいのかな、なんか変な感じだけど理由がうまく言葉にできない』
「あいつが悪人だったとはいえ、それでも一時は権勢を誇ったマフィアのボスだ。ヴァルハラの立場からすれば、神々への奉仕期間くらいは務めてもらわなきゃな」
フィヨルニルは両手を打ち合わせた。まるで些細な雑用を片付け終えたばかりのような仕草で、口の端には何かを知っているような笑みが浮かんでいた。「よし、これで片付いた」彼は俺のほうを見た。その口調は再び急に真剣なものに変わった。「ところで、あんたたちは濁世でかなりの時間と労力を使ったな」
「巽の塔……」俺は胃が沈む思いだった。
「巽の塔のあの窓、扉はまだ大きく開いたままだ」フィヨルニルは肩をすくめた。その声には不可解な色があった。「ベルゼブブの本体については、動きがまだはっきりしない。完全に抑え込まれたのか、それともただ息を潜めているだけなのか、正直私自身にも分からないんだ」
その言葉は重く胸に響き、ようやく解けかけていた緊張が、すぐさま肩に戻ってきた。
「とはいえ」フィヨルニルは俺の不安を見透かしたかのように、笑いながら手を振った。「今すぐ解決しなきゃいけない話でもない。あの扉は勝手にどこかへ行ったりはしないんだから、今すぐ急いで戻る必要はないさ」
隣でユウキが肩の傷をさすりながら、静かに呟いた。「一理あるわね。今のこの状態で急いで戻っても、あまりいい結果にはならないかもしれない」
俺は戦闘によって見る影もなく破壊された整備場を見渡し、それから、まだ物珍しそうに周囲を見回している生まれたばかりのニンジンへと目をやった。もつれ合った疲労がどっと押し寄せてきた。
「とりあえず、まずはエンヴェルの件を片付けてから、その後のことを考えよう」俺は長く息を吐き、夕日でゆっくりと赤く染まっていく空を見つめた。




