第169話 塵と化した混沌の体
ユウキの刃は獣の脇腹を薙ぎ払った。本来なら一撃で決着がつくはずの角度だったが、刃が毛に触れた瞬間、奇妙な感覚が伝わってきた――まるで半分固まったゼリーの塊を切っているかのように、抵抗が予測不能に軽くなったり重くなったりして、肉や血が返すはずの手応えとはまったく違っていた。
「これは……」ユウキの表情が変わったが、剣はすでに振り抜かれていて、そのまま長い傷口を切り裂いた。
獣は甲高い悲鳴を上げ、巨体を激しくよじらせた。傷口から溢れ出したのは血ではなく、灰色の塵のような粉末で、それが風に散っていった。
「体全体が滅茶苦茶だわ!」ユウキが叫び、すぐさま距離を取った。
追い詰められた獣の鼻先が再び青く裂けたが、今度は狙いを定めることなく、こちらへ向けてめちゃくちゃに乱射してきた。レーザーは煙と香水で濃くなった空気の中に眩しい軌跡を残しながら、当たったバスを次々と切り裂き、金属の破片があちこちに飛び散った。
「散らばれ!」俺は叫び、全員が一斉に散らばって、車両の隙間へと身を隠した。
その混乱の最中、獣の形が突然揺らぎ始めた――それまではっきりしていた犬のような輪郭が、陽炎のように縁からぼやけ始め、ツチブタのような鼻先が一瞬伸びたかと思うと、次の瞬間には短く縮み、正方形の耳は一瞬二対に分かれてから、また一対に融合した。
「形が変わってる!」サチが叫んだ。声には隠しきれない恐怖が滲んでいた。
「見た目のことは気にするな、隙を突け!」
ユウキは歯を食いしばって再び距離を詰め、今度は首の後ろを狙って一撃を放った。
差し迫った脅威を感じ取った獣は、半ば変形した顔を勢いよくユウキの一撃にぶつけてきた。鋭い牙――本来あるはずのなかった牙が、彼女の肩めがけて凶暴に食らいついてきた。
「ユウキ!」ワカナが叫び、すでに逆手で包丁を投げつけていた。刃は正確に獣の眼窩に突き刺さった。
獣は痛みに頭をのけぞらせ、その隙にユウキはあの鋭い牙をかろうじてかわしたが、肩当てには深い切れ込みが残された。
「あいつの体、今完全に不安定になってる!」フェアリーが空中から切迫した声で叫び、突風を呼び起こしてあちこちに散らばるレーザーを弾き飛ばしていった。「もう長くは持たないはず!」
「あんな風に形を変えられるなら、斬撃や鈍器のダメージはたぶんあまり効いてない……」ユウキは勇気の剣を見つめ、選択肢を考えていた。
「なら物理攻撃は使うな!」
俺はその瞬間を捉え、最強の姿――雷靈鳥へと変身した。
拳を握りしめると、指先で雷が弾けた。獣がまだ眼窩の痛みでよろめいている隙に、俺は一瞬で距離を詰め、鉤爪をその半ば変形しつつある、まだ揺らめいている尻尾に食い込ませた。
「サンダー!」
腕から電流が噴き出し、全身を貫いた。獣は激しく痙攣し、その混沌とした揺らめく輪郭が、まるで何かに支えられていた砂の山が崩れ落ちるかのように、完全に崩壊した。巨体は轟音とともに地面へ崩れ落ち、土埃が舞い上がった。
戦場は一瞬で静まり返り、残ったのは遠くで消えかけている炎のパチパチという音だけだった。
「もう……倒れたの?」サチが慎重に顔を覗かせ、動かなくなった塊を見つめた。
俺はそこに立ち、息を整えながら知恵の書を握りしめ、その力を使って獣を従者か武装に変えようと待ち構えていた。ページが開かれるのを見つめ、あのお馴染みの金色の光を待った――
何も起きなかった。
ページは宙で凍りついたように止まり、まったく動かなかった。まるで見えない力に押さえつけられているかのようだった。
「どうなってるんだ?」俺は眉をひそめ、もう一度試そうと表紙を指で強くこすったが、それでも何も起きなかった。
ユウキが歩み寄り、肩の傷口を片手で押さえながら、困惑した声で言った。「変換に失敗したの?」
「こんなの初めてだ」俺は反応しない本を見つめながら、じわじわと不安が広がっていくのを感じた。
「さっきの、俺たちは敵を倒したんじゃない。何かの動きを阻止しただけなのかもしれない」
ふと気づいた――本は討伐通知も経験値獲得も一切表示していなかった。
ちょうどその時、知恵の書がかすかに震え、ジェフティの声が響いた。珍しいほどの警戒、それに一抹のためらいすら滲んでいた。
『この気配……これから感じ取れるものは、スーテクを思わせる』
「スーテク?」俺は心の中で静かに尋ねた。聞き慣れない、どこか不吉な響きの名前だった。
『お前が何を聞きたいかは分かってる。俺に言えるのは、あいつが昔からずっと厄介な、古い知り合いだってことだけだ』ジェフティの口調は落ち着いていたが、それ以上は何も明かさなかった。
『この獣が固定された形を持たないこと、その奇妙で予測不能な攻撃の仕方、両方ともスーテクの神性と通じるものがある』
「じゃあ、あいつが送り込んだのか?」俺は問い詰めた。
『それはないと思う』ジェフティは一瞬言葉を切った。『あいつはベルゼブブと同じように、伏羲によって封印されてる。それに、辻褄が合わない点が他にもいくつもある。確信を持つには、もう少し時間が必要だ。今はあまり気にしすぎるな』
フェアリーが俺の肩に降り立ち、羽根をかすかに震わせた。「主様、あいつの体、今どうなってるの?」
俺は地面の崩れた塊を見下ろした。かつてはっきりしていた犬のような姿は完全に崩れ落ち、灰色の生気のない塵の山と化していて、それが風に乗ってゆっくりと流れていった。まるで最初から本当に存在していなかったかのようだった。
「消えた……」ワカナが近づいてきて、驚きの滲む声で言った。「死体すら残らなかったんだ」
「それがまさに変換できなかった理由なのかもしれない」ユウキは散っていく塵を見つめながら、考えを整理するように眉をひそめた。「そもそも安定した形を持たなかったなら、知恵の書には最初から登録するものが何もなかったのかもしれないわね」
俺は知恵の書をしまい、レーザーと戦闘によって見る影もなく破壊されたバス整備場を見回した。まだ煙が漂い、空気には焦げた臭いとワカナの香水の名残が奇妙に混ざり合っていた。
「あれが一体何だったにせよ、少なくとも今回は何とか対処できた」俺は長く息を吐いた。肩からようやく緊張が抜けていった。
サチが駆け寄ってきて、ユウキの肩の傷を心配そうに見つめた。「ユウキ、怪我は大丈夫?」
「かすり傷よ、大したことない」ユウキはそう言って手を振ったが、それでもサチに腕を引かれて傷を確かめさせるままにしていた。
ワカナはすでにスマホを掲げ直し、カメラに向かってほっと息をついていた。「みんな、ようやく勝てたよ、この戦いは本当にとんでもない展開の連続だったけど……」
ようやくコメント欄も安心して息をつき、再び動き始めた。
『ついに勝った、めちゃくちゃハラハラした』
『あれ結局何だったの』
『死体すら残らないなんて、この先まだ何かありそうな気配』
『ワカナたちよく頑張った、少し休んでね』
俺は何も残っていない、かすかな塵の跡だけが残る地面を見つめた。どうやっても、胸の中の緊張を振り払うことができなかった。
ジェフティの、あの言い終わらなかった警告が、小さな鋭い棘のように心に刺さったままだった。




