第167話 混沌の中の獣
ワカナは間髪入れずに配信を再開し、揺れるカメラを遠くの消えかけた黒煙に向けた。声にはアドレナリンによる興奮が滲んでいた。
「みんな、たぶん正体不明の飛行物体を撃ち落とせたと思う、今から何なのか確認しに行くね!」
コメント欄が追いつく前に、彼女はもう走り出していて、両手を空けるためにスマホを近くのピクシーに投げ渡して持たせた。
もしあれが普通の生き物だったなら、あの爆発でかなりの重傷を負っているはずだった。さらに未知の高さからの落下も加わって、普通なら、もうとっくに死んでいるはずだった。
だが知恵の書は、討伐した時に見せるあの反応をまったく示していなかった。
「みんな油断するな、知恵の書に経験値獲得の反応が出てない。まだ生きてる可能性が高い」俺はそばに浮かぶ本にちらりと目をやった。
俺たちは消防士とピザ、焼き芋をエンヴェルの「護衛」として残し、先ほどのゴキブリを偵察に先行させた。それが道の先へすばやく走り去り、視界から消えていくのを見届けた。
エンヴェルは置いていかれることに納得がいかない様子で、すぐさま抗議し始めた。「おい、おい、おい、俺だってあれが何なのか自分の目で見たいんだけど!」焼け焦げた顔にもかかわらず、抑えきれない興奮を滲ませながら、今にも駆け出しそうな様子だった。
「お前はここに残れ」俺は振り返らずに言った。
「頼むよ、俺だってそれなりに重要な立場だろ、せめて自分の目で見せてくれよ!」彼は諦めずに追いすがるように叫んでいた。
「あの三人の食料部隊と江戸時代の消防士と一緒にここに残ってろ。お前の戦闘能力は俺たちに遠く及ばないし、もし最前線でお前に何かあったら、お前を助けるために気を割かなきゃならなくなる。そのほうがよっぽど面倒だ」俺はあまり丁寧とは言えない口調でそう言い捨て、その後の彼のぶつぶつには構わなかった。
ピザが諦めたようなため息をつきながらエンヴェルを引き止めた。「旦那、マスミ様の言うことは聞いておいたほうがいいですよ」
エンヴェルはようやく口をつぐんだが、それでも首を伸ばして俺たちが向かった方向を見つめ続け、まったく納得のいかない様子で「戦闘能力が足りないだと?俺はこれでもロシアン・マフィアの実働部隊だぞ」などとまだぶつぶつ呟いていた。
俺たちは、正体不明の物体が落下した場所へと駆け出した。それは俺たちの真上でずっと静止していたが、爆発の衝撃で軌道がずれ、市内のとあるバス会社が所有するバス整備場へまっすぐ突っ込んでいった。
バス整備場……機械だらけ、大型の金属構造物だらけ、可燃物だらけ。悪夢のような戦場になりそうだった。
俺たちは無駄口を叩かず、墜落地点へまっすぐ駆けつけた。砂利と砕けたガラスが足元でざくざくと鳴り、正体不明のエンジンオイルの水たまりを何度も踏み滑らせながら進んだ。
激しく燃える炎の中心で、一頭の獣が、俺が先に送り込んでおいたあのゴキブリの上に片足を乗せて立っていた。
その全体的な形はオスの犬に似ていたが、頭は長く、鼻先はやや下向きに伸びていて、顔つきはツチブタに近かった。真っすぐな尾の先端は二股に分かれ、緩やかに左右に揺れていた。長い耳の先端は奇妙なことに完璧な正方形をしていて、炎の光の中で特に不気味な印象を与えていた。
目は小さく、強い近視のような印象を与えたが、耳と鼻の様子からすると、明らかに聴覚と嗅覚を頼りに敵を追跡しているようだった。おそらくそのおかげで、あのゴキブリを簡単に捕らえられたのだろう。
爪もなく、目立った牙もなく、体のどこにも筋肉らしい膨らみは見当たらず、明らかに近接戦闘向きの体つきではなかった。だからこそ、俺のゴキブリはまだ生きていたのだろう。
それも俺たちに気づいたようで、正方形の耳の先端がかすかに震え、長い鼻を数回ひくつかせて空気を確かめた。
次の瞬間、突進もせず、逃げもしなかった。代わりに、まるでわざと生かしておくかのように、ゆっくりと前脚をゴキブリの上から持ち上げた。
「あたしたちを挑発してるの?」ワカナが不安げに小声で尋ねた。
「あんなにボロボロに吹き飛ばされて、まだ挑発する余力があるのか?」俺は驚きながら、その獣の焦げた毛皮からまだくすぶる残り火を見つめて言った。
「いや、挑発してるんじゃない」ユウキが構えを取り、剣先をわずかに下げた。「ゴキブリを脅威じゃないと判断したのよ。全力を私たちに向けたいんだわ」
俺は獣がゆっくりとこちらへ向き直るのを見て、頭の中に残ったのはたった一つの言葉だけだった――危険。
「物陰へ!」俺は叫び、言い終わる前にすでに隠れられそうな場所を探し始めていた。整備場には修理待ちの部品――タイヤ、ボンネット、金属製の作業台などが散らばっていて、少なくとも身を隠せる角はたくさんあった。
獣の頭がわずかに持ち上がり、鼻先に沿って細い亀裂が開いた。その中には、あの見慣れた、胃がひっくり返りそうになるほど嫌なブルーの光が灯り始めた。
俺はとっさに隣にいた二人を突き飛ばした。
一瞬後、レーザーの光線が俺たちが立っていた場所をかすめ、背後にあったバスの座席の列を丸ごと、まるでコンビニのホットドッグバンズのように切り裂いた。その切り口は不気味なほど滑らかで、まだかすかに白い煙を立てていた。
「おい!レーザーは見えないんじゃなかったのか?」俺はユウキに尋ねた。
「ここは空気中の粒子が多いから見えるのよ」ユウキは転んだ体勢から起き上がりながら説明した。
「近接戦向きの体つきには見えないな」俺はその滑らかで正確な切断面を見つめながら呟いた。背筋に寒気が走った。
「でも『近接戦』って言葉を辞書から丸ごと焼き消すのは本当に得意みたいね」ユウキは歯を食いしばりながら言い返し、それでもまだ隠れ場所を探していた。
サチは横転したバスの残骸に身を寄せ、震える声で言った。「あの火力、後ろに何かとんでもなく強いものがついてる気がする……」
フェアリーは宙に浮きながら、警戒のあまり羽根を硬直させていた。「たぶんまだ前の一撃から回復しきってない、今がチャンスだよ!」
意外にも、ワカナはまったく物陰に隠れようとせず、代わりに鏡から適当に包丁を取り出した。刃が炎の光を受けて冷たく光った。
「マスミ!早く動いて、今がチャンスだよ!」ワカナは俺に向かって叫び、返事を待たずにもう前へ踏み出していた。
俺がまだそれを理解しきれないうちに、ユウキはすでに剣を振り上げて突撃していた。「そうよ!今がベストタイミング、あのレーザーは連続では撃てないはず!」
ユウキの刃が空を切り裂き、赤と青の軌跡が獣の脇腹へまっすぐ収束していった。砕けたガラスを踏む足音が鋭く響いた。
獣の正方形の耳が鋭く震え、何かを感じ取ったかのように、その巨体を驚くほどの俊敏さで旋回させ、間一髪でその一撃をかわした。剣先はわずかに脇腹の焦げた毛先をかすめただけだった。
「反応速度が……見た目通りの俊敏さだ!」ユウキは低く唸りながら剣を引き戻した。
獣はその隙を突いて逃げ出し、驚くほどの速さで足を踏み切ると、積み重なったスクラップバスの山の間に消えていった。その巨体は一瞬で車両の壁の向こうに呑み込まれてしまった。
「あそこに隠れた!」ワカナが包丁を握りしめ、絡み合ったバスの迷路を悔しげに睨みつけた。
俺は、何十台ものバスが積み重なり、交差し合って作り出した迷路を見つめ、眉間に深い皺を刻んだ。「まずいな、あいつは俺たちの位置を完全に把握してるのに、こっちはどのバスの陰に隠れてるのかすら分からない」
フェアリーが俺の肩に降り立ち、重みのある声で言った。「あいつ、完全に自分に有利な戦場を選んだのね」
俺は静まり返ったバスの壁を見つめた。聞こえてくるのは、遠くでまだ燃え続ける炎のパチパチという音だけだった。




