第155話 封鎖された橋の幽霊女伝説
始まりは混乱だった。橋の上のあちこちで兵士たちがパニックになって走り回り、ヘルメットのぶつかる音と足音の混乱が風に乗って伝わってきて、かすかに誰かが声を限りに何かを叫んでいるのが聞こえた。
続いて爆発音が響いた。鈍く、くぐもった振動が遠くから届き、岬に立つ俺たちの足元までかすかに震わせるほどの強さだった。
「一体何が起きてるんだ……」俺はそう言った。不安が隠しきれず、一歩海程の錨を握る手には知らず力がこもり、指の関節が白くなっていた。
ワカナも眉をひそめ、つま先立ちになって少しでもよく見ようとした。潮風が彼女の髪を乱していたが、気にする様子もなく、目にかかる髪を無造作に払いのけていた。ユウキはすでに勇気の剣を抜いていて、朝の光を受けて刃がかすかに輝いていた。この距離では剣なんて何の役にも立たないと分かっているはずなのに、その手は一瞬たりとも緩まなかった。フェアリーは俺の肩にぴったりと身を寄せ、羽根を先ほどよりも激しく震わせていた。
まるで俺の不安に応えるかのように、突然メッセージバブルが漂ってきて、目の前で軽くはじけた。
『大丈夫、たまたまフードが風で飛ばされちゃって、それでボルシチの鍋をひっくり返しただけだよ』
ボルシチの鍋をひっくり返しただけで爆発の説明になるわけないだろ、一体何なんだ!
俺は思わず心の中で叫んでしまった。「ボルシチ」と「爆発」を、どうやってもまともに繋げて理解することができなかった。
すると、また別の泡が目の前ではじけた。
『ルサールカとかいうやつに気をつけて、橋中の兵士たちがルサールカだって叫んでて、めちゃくちゃ怖がってる』
ルサールカ?一体何のことだ?聞き慣れない言葉を頭の中で繰り返し、眉をひそめてみたが、まったく思い当たらなかった。
彼女に直接聞きたくてたまらなかったが、こちらから泡を送り返せば、彼女の位置がばれてしまう。俺にできるのは、泡泡槍を握りしめたまま、苛立ちに任せて数歩行ったり来たりすることだけだった。
そうやって思い悩んでいると、ワカナが真理の鏡を掲げているのに気づいた。口の端が、誰の目にも明らかなほどにやりと吊り上がっていた。
「何笑ってるんだよ、今は彼女のこと心配してるんだぞ!」俺はちょっとむっとして彼女に言い、眉を寄せて睨みつけた。
「あたしも心配だからこそ、こっそり覗いてるんじゃない!」ワカナは鏡を掲げて俺の前で振ってみせた。それが当然のことだと言わんばかりの態度だった。
「真理の鏡ってそんなこともできるのか?」俺は瞬きをして、鏡の表面をよく見ようと身を乗り出した。
「一度映したものなら、何でもできるの」ワカナは片方の眉を上げ、いかにも得意げな顔をした。
「じゃあ俺にも見せてくれ」俺は手を伸ばした。その声には誰の耳にも分かるほどの切迫感があった。
「そんなに彼女のこと心配なんだ?」ワカナがからかうように俺の脇腹を肘でつつき、目にはいたずらっぽい光が浮かんでいた。
「当たり前だろ、サチは俺の仲間なんだから!」俺はすぐさま言い返した。だが耳がなぜか妙に熱くなっていた。
「ただの仲間?」ワカナの笑みがますます意地悪なものになり、耳まで届きそうなほど大きく広がった。
「すごく大事な仲間だ!」俺はつい少しむきになって、意図せず声が大きくなった。
「はいはい、からかうのはこれくらいにしとくね」ワカナはようやくからかうのをやめ、笑いながらも鏡を俺に手渡してくれた。
ユウキとフェアリーも身を寄せてきて、四人の頭がほとんどくっつきそうになりながら、鏡面のかすかな光がそれぞれの顔を照らしていた。
「最初から見られるように少し巻き戻すね、あのおっちょこちょいが何をやらかしたのか」ワカナが鏡の表面を軽く指で払うと、さざなみのような揺らぎが走った。
最初に映ったのは、誰もいない何もない景色だけだった――隠密セットの隠蔽効果は、神器相手でも通用していた!思わず舌打ちが出た。今になってようやく、あの装備がどれほど優れているかを実感した。
鏡の中の景色は次々と移り変わっていき、画面のちょうど中心にあるはずのものが、姿の見えないサチだった。彼女が橋に足を踏み入れた瞬間、映像が一瞬止まった。まるで躊躇したかのように、その場で足がわずかに揺れていた。度胸を決めようとしているようだった。
彼女は少しずつ前へ進み、視界に入る兵士たちが誰も反応していないことを確認してから、ようやく速度を上げて素早く動き始めた。体は透明なままだったが、足元の砂埃が一歩ごとにかすかに舞い上がっていた。
いい調子で走っていたところ、食料補給トラックらしきものの近くで、突然の突風がフードを頭から吹き飛ばしてしまった。
彼女は驚いて悲鳴を上げ、頭が再び現れた。パニックに満ちた表情で両手を振り回してフードを掴もうとしたが、何度も空振りしていた。
セットを使うのは初めてだったので、代わりに迷彩マントを頭までかぶせるという発想が浮かばなかったのだろう。ようやくフードを掴んだ時には、動転しすぎていて、それを被り直して完全隠形を再発動させるという当たり前のことすら思いつかなかった。
隠密行動の経験がなかったため、パニックになった彼女は、手近にあった扉を無理やり開けて隠れようとした――それが食料補給トラックだった。
中には食材と、すぐにでも兵士たちに温めて配られる予定らしい包装済みの食事が積み込まれていた。
サチはトラックの中で我を忘れて暴れ回り、鍋の山をガシャンと大きな音を立てて倒してしまった。
真っ赤なボルシチの入った鍋が、まともに彼女の頭の上にひっくり返った。とろみのあるスープが髪を伝い、頬を流れ、顎から滴り落ちた。彼女は声を限りに悲鳴を上げ、その声が狭いトラックの壁に反響した。
近くにいた兵士たちがその騒ぎを聞きつけ、駆け寄ってきた。一人が扉を勢いよく開けて中を覗き込んだ――
宙に浮かぶ、女の生首。
もつれた髪が緩く垂れ下がり、両目と口の端から濃い赤色の液体が流れ落ち、切断されて宙に浮いた首から絶え間なく滴り、トラックの床に小さな血だまりを作っていた。
……血?
これらの兵士たちは、日々死の恐怖という重圧の下で過ごしていた。精神的な耐久力はすでにほとんど擦り切れていた。そしてこの光景は、残っていたわずかな理性さえも一瞬で奪い去るのに十分すぎるものだった。
一人の兵士のライフルがガシャンと地面に落ちた。自分の手が震えていることにさえ、彼は気づいていなかった。
彼らはサチと一緒になって悲鳴を上げ始めた。
「ルサールカ!ルサールカ!!!」兵士たちはサチを指差しながら金切り声を上げた。その声は、朝の静けさを切り裂くほど鋭かった。
サチは、自分の背後に潜む何か「ルサールカ」という危険なものについて警告されているのだと思い込み、すぐさま振り返って確認した――何もいなかった。
彼女は逆方向へも振り返り、ぐるりと一回転した。まだ赤い……ボルシチを滴らせながら、その動きに合わせてスープがあちこちに飛び散った。
そして安心したように「にっこり」と笑った。全身の力が緩んでいくのが分かった。
だが、くるくると回りながらそんな笑みを向けてくる彼女の姿は、兵士たちの目には、まさに悪意そのものの化身のように映った。彼らの正気は一瞬でゼロまで落ち、再び悲鳴を上げながらあちこちに後ずさりし、中には地面にへたり込んでしまう者までいた。
鏡の中の光景を見ていたユウキが、興味を惹かれた様子でスマホを取り出し、「ルサールカ」を検索した。
「へえ……水死した女の幽霊、か……」彼女は検索結果を読み上げ、わずかに眉をひそめた。
「そりゃあれだけ怖がるのも無理ないな、戦地に水場、なかなか説得力のある舞台装置だ……」俺は思わず笑ってしまい、それにつられて緊張もいくらか解けていった。
ワカナは隣で腹を抱えて笑い転げ、太ももを叩きながら言った。「これ馬鹿すぎるでしょ、サチがスープの鍋一つひっくり返しただけで、キャンプ中の兵士たちが総パニックになったんだから!」
フェアリーは鏡のそばに浮かびながら、瞬きもせずにその光景を見つめ、小声で呟いた。「あの兵士たち、怖がりすぎだよ、主様には全然そんなつもりなかったのに」
兵士たちの悲鳴を聞いて、サチも怖くなって悲鳴を上げた。だが兵士たちの耳には、それは怯えた叫びなどではなく、ここ数日間で自分たちが銃で奪ってきたあらゆる魂の、怒りに満ちた慟哭そのものに聞こえていた。
その悲鳴一つで、兵士たちはその場に次々と崩れ落ちた。腰が抜けて座り込む者、恐怖のあまり漏らしてしまう者、両手を合わせて聖母マリアに必死に祈りを捧げ、震える声でぶつぶつと呟く者、そして誰よりも速く逃げ出す者もいた。
そして、一人の愚か者がパニックのあまり手榴弾を掴み、めちゃくちゃに投げつけた。それは空中で弧を描き、着弾すると爆発し、近くの補給トラックを揺らすほどの煙と土埃を巻き上げた。
その爆発でようやくサチは我に返った。彼女はすぐさまフードを被り直した。動きは慌ただしくも、驚くほど効率的だった。物陰を見つけて身を低くし、俺たちに向けてメッセージバブルを二つ発射した。その後、逃げ惑う兵士たちの混乱に紛れて橋の下へと滑り降り、足取りも軽く逃げまどう人々の間をすり抜けていった。
そこで鏡の中の映像がぼやけ始めた。ワカナは真理の鏡を下げ、長く息を吐いた。
「まあ、なんとか自分で切り抜けたみたいね」ワカナは俺の肩を叩いた。その声は明らかに軽くなっていた。
ユウキも剣を鞘に収め、顔からようやく緊張が抜けていった。「とにかく、無事に橋を渡り切ったのは分かった。あとは合流を待つだけね」
俺は橋のほうへ目をやった。騒ぎは徐々に収まりつつあり、兵士たちはまだ互いに支え合いながらショック状態でいたが、遠くにしゃがみ込んで息を整えている誰かの姿が見えた。
俺は額の冷や汗を拭いながら、呆れと笑いの入り混じった気持ちになった。この海峡大橋の幽霊女事件は、おそらくあの橋の上で、これからかなり長い間語り継がれることになるだろう。




