第143話 戦場の外科手術
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まさか、たった一度のサンダーで、これほどの破壊力になるとは思わなかった。
雷が掌から迸った瞬間、俺自身、うっかり何かの禁忌スキルでも発動させてしまったんじゃないかと疑ったくらいだ。
そもそも今は風靈鳥の歌の強化を受けていない――ベルゼブブのハエどもがうるさすぎて、風靈鳥たちの声はすっかりかき消されていた。
あのブンブンという羽音は無数の鉄針で鼓膜を突き刺されるようで、俺たちの強化効果を邪魔しただけじゃなく、デバフまで重ねて乗せられていたのかもしれない。
『部位破壊――蠅の王の左前翅
経験値+194,733,600
装備強化素材「堕天使の左翼」を獲得。』
手の中に引きちぎった翼を見下ろした。
膜状の翼は電気で焼け焦げ脆くなっていて、縁からはまだ白い煙がくすぶっていた。まるでグリルから取り出したばかりの黒く焦げたウエハースのようだった。
ぬめっているのに、同時に硬く乾いた感触もあって、昆虫と金属の両方の質感を併せ持っているみたいだった。
さっき攻撃力があれほど急激に強くなった理由が、なんとなく分かった気がする。
ジェフティが裏で糸を引いていたに違いない。
「手伝ってないふりして、実は手伝ってる」というあいつの隠れたやり口――今の状況では、それをやらざるを得なかったんだろう。
翼は俺の手の中で、何か不思議な法則に従うように少しずつ姿を変えていった。
膜翼の透明な質感が消え、代わりに黒と白の縞模様の羽根が現れる。軸はまっすぐで、羽枝も整然と並んでいた。
そういえば面白いことに、ベルゼブブには翼が四枚あるが、本物のハエは元来二枚しかない。
昔から今まで、こいつの見た目はまともに生物学的な分類なんて気にしたことがなかったらしい。
翼を肩に担いで、わざと挑発してやった。
「蠅の王、もう一枚くらい翼をよこしたらどうだ?そうすれば本当のハエらしくなるぞ!」
ベルゼブブの姿は戦場の中央にそびえていた。巨大で、おぞましい姿だった。
その体躯は自分が召喚したウルフフライの二倍以上あり、まるで黒い動く塔のようだった。
六本の脚が地面に打ち下ろされるたびに大地がへこみ、粘ついた液体が飛び散った。
彼は振り返って俺を見た――
上半身にはハエの複眼と触角があるが、下半身は――人間の顔と人間の顎だった。
口の中には牙が乱雑に並び、長い刺すような舌が、まるで俺の全身の水分を吸い尽くそうとするかのように伸びていた。
『濁世の人間よ!貴様、魔王を怒らせる代償を知っているのか!』
その声に空気そのものが震えた。
声には荒れ狂う怒りが滲んでいた。彼が俺に語りかけるとき、その激情はもはや抑えが利かないほどだった。
彼は神々に対して使っていたはずのその声で、俺に向かって咆哮した――
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鼓膜に針を刺されたような感覚がした。
『ベルゼブブ!人間相手にその声を使うとは、貴様自身の神としての品格を貶めているぞ!』
ヘイムダルが怒りのこもった声でベルゼブブを叱りつけた。
結局のところ、あの神の声――いや、悪魔の声というべきか――それ自体が攻撃力を持っているんだ。少なくとも俺たちにとっては。
全身に痺れと衝撃の波が走った。
その咆哮は、まるで俺の神経がまとめて引き抜かれ、そのまま叩き戻されたような感覚だった。
HPは実際に最大値の一割以上も削られていた。
受けたダメージ自体は些細な問題だ。本当に危険だったのは、その瞬間の痺れだった。
四肢が氷に閉じ込められたようになり、体内の雷が制御を失って暴走していた。
この巨大なハエは、もう手加減する気がまったくないようだった。
ハエが最も恐れられる能力――速度――を解き放った。
残る三枚の翼のうち二枚を振動させる。
空気が白い線に引き裂かれた。
瞬き一つできないほどの一瞬で――
彼はもう俺の背後に瞬間移動していた。
俺は視界の端でかろうじてその気配を捉えた。
狙いは俺の頭だった。
鉤爪に覆われた右の前脚が、風を切り裂く真空を背負って迫ってきた――その速さは時間そのものを真っ二つに切り裂きそうなほどだった。
咄嗟によけようとした。
だが俺の速度はまるで足りなかった。
頸動脈が、もう切り裂かれていた。
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その一撃のダメージは、俺があのハエに与えたダメージのわずか一パーセントに過ぎなかった。
確信した――ジェフティがあらゆる手段で俺を守ろうとしているんだと。
それでも、その一振りだけで俺のHPはほとんど半分近く削られていた。
首に鋭い痛みが走った。血が激しく噴き出す。
まるで高圧の噴霧ガンから撃ち出されるように、地面を赤く染めていった。
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HP -24
HP -31……
開いた傷口とともに、噴き出す血が命を奪っていく。
視界がぼやけ始めた。耳鳴りは津波が押し寄せるようだった。
「マスミ!」
「マスミ!」
「主様!」
サチ、ユウキ、フェアリーが同時に叫んだ。
三人はすぐさま、自分の危険も顧みず俺のもとへ駆け寄ってきた。
サチの翠甲羅の盾はすでにベルゼブブの黒い霧で穴だらけになっていた。ユウキの剣の光は焦りでリズムを崩していた。フェアリーの風刃は制御を失った竜巻のように振り乱れていた。
だがこの瞬間、冷静に自分にしかできない行動を取れたのは、ワカナだけだった。
彼女はすぐさま手を真理の鏡の中へ差し入れた。
鏡の表面が水のように割れて開き、鏡の中の世界から圧迫止血用の包帯が飛び出してきて、俺の首に巻きついた。
包帯はひとりでに締まり、まるで生きているかのように角度を調整していく。
そして――
一体どこで見つけてきたのか、俺には見当もつかなかった。
軍医――しかもナポレオン時代の軍服を着た軍医?
その軍医はすでに鏡のそばに膝をつき、両手を鏡の中に差し入れて、俺の首を治療していた。
これは本当にすごいことだった。包帯の感触はまだ俺の首に残っている。
だがワカナは指を鏡の表面に滑らせた。スマホで前の写真に戻すみたいな仕草だった。真理の鏡に映る像が、俺の開いた傷口に切り替わった。
軍医はカットガットの縫合糸と手術針を手に取り、縫合を始めた。
配信のコメント欄はすぐに感嘆の声で埋め尽くされた。
『え、どこでブラックジャック見つけてきたの?』
『それブラックジャックじゃなくて――軍服見て、あれはナポレオン時代のドミニク・ジャン・ラレーだよ、三日間で八百件の手術をした戦場軍医』
『エインヘリャルにもああいう人がいるんだ?』
『ヴァニルとアース、エインヘリャルの選び方の基準が違うのかもね』
間違いない――彼は本当に熟練した外科医だった。
俺は立ったまま、ベルゼブブから逃げ回っているというのに、鏡の中の世界には俺の首の一部しか映っていない。この軍医の視点から見れば、俺はまったく動いていないことになる。
麻酔すら打っていなかった――なにしろ、彼の患者は動くはずがないのだから……
でも痛みを感じているのは俺なんだ!
「ワカナ!これ、本当に痛すぎる!」
俺は大声で抗議した。
「麻酔で気絶させるとか考えないでよね――魔王の前で意識を失いたいわけ?」
ワカナが怒った口調で言い返してきた。
ドミニクという名の熟練軍医は、猛スピードで俺の首の傷を縫いながら、同時にワカナがスマホで開いた輸血関連のチュートリアル動画を見ていた。
ナポレオン時代の軍医は手術の腕こそ速かったかもしれないが、その時代には血液についての知識が十分になかった。
でもこいつは、結局のところフレイヤに選ばれたエインヘリャルだ。戦場への理解も、新しい知識の吸収も、桁外れに速かった。
こういう戦い方は、俺の従者の中でもたぶん一番風変わりなものだろう。
一方、ワカナはネオテニック・フォッグシェル・サラマンダーの生体組織と、予備の血液パックを差し出していた。
その動きは手術室の看護師のように落ち着いていて、慌てた様子は微塵もなかった。
これはすごいことだった。
そのまま鏡越しに血が輸血され、体力が回復していく。
鏡の中の血液パックのチューブが俺に輸血をしている――異世界をまたぐ命綱のようだった。
フォッグシェル・サラマンダーの生体組織が、傷口の急速な再生を助けていた。
数秒のうちに、首の傷はあっさり消えてしまった。
そして失っていたHPも、鏡越しの輸血によって少しずつ回復していった。
数字が一つずつ積み上がっていく。まるで命が注ぎ戻されているみたいだった。
ワカナの神器の使い方は、もはやスタンド使いと言ってもいいくらいだった……
彼女は鏡の前に立っていた――落ち着き払い、集中して、まるで戦場全体が自分とは無関係であるかのように。
そして俺は――
もう一度体勢を立て直し、体内の雷が再び灯った。
ベルゼブブは俺を見た。複眼に困惑と怒りが交錯していた。
突き出した舌が空を切り裂くように振られた。まるで俺を引き裂こうとするかのように。
首に残った血の跡を拭って、深く息を吸い込んだ。
「蠅の王――」
俺は手を挙げた。指先に雷が跳ねる。
「まだ死んでないぞ」
俺は再び風のフードを被り、姿が戦場から消えた。




