第130話 猫の手を貸す
「助っ人?」
二匹目の猫が急停止して、サチが前方に放り出された。地面を長く転がっていく。
彼女は土まみれになって立ち上がり、髪の毛がぐしゃぐしゃになっていた。
「俺はそんな話、聞いていないが」
彼はビュゴルの隣に歩み寄り、足を折りたたんで座り込んだ。一対の金色の縦長の瞳孔が、僕たちの上をなぞった。
「トレギュル、そんなこと言わないで!」
サチは彼の前足に飛びついて抱きつき、彼女にしかできないあの強請るような顔で見上げた。
トレギュルは前足をそっとサチの頭に置いて、肉球で優しく叩いた。
その仕草があまりに優しかったので、僕はちょっと面食らった――ついさっき、サバンナに振動を走らせていたあの猫が、だ。
「お前たちは、フィヨルニルと害虫の駆除を約束した側だろう」
彼は言った。口調は、孫娘にせがまれた祖父そのものだった。
サチは目をぎゅっと閉じて、変な顔をして、舌を出した。
「でも、あのおじいちゃんのおばさまが言ってたよ。あなたたち二人がずっとサボってたから、害虫だらけになってるんだって」
向こうにいたビュゴルが、突然慌てて飛んできた。ふさふさの前足を、まっすぐサチの口の上にかぶせる。
「おい!フレイヤ様の名前は出さない約束だっただろう!」
サチはあのふわふわで分厚い前足を引き剥がした。
「うふふ、じゃあ助ける方法、考えて」
目の奥でいたずらっぽい光が瞬いて、その悪戯と笑顔の組み合わせは、ワカナが僕に初めて自己紹介した時のことを思い出させた。
僕は静かに、それだけの情報を頭の中で処理していた。
エインヘリャル。
トレギュルは食料部隊をエインヘリャルと呼んだ。
その名前は知っている――北欧神話で、戦死した戦士たちはヴァルハラに召され、そこで戦闘と死と蘇生のサイクルを永遠に繰り返す。
食料部隊もそういう存在なのか?
この台所の中の戦いは、ある種の永遠の試練なのか?
そしてフレイヤ――その名前も知っている――豊穣、愛、戦の女神。
この台所と彼女の神域には、どんな繋がりがあるんだ?
フィヨルニルとは、いったい何者なんだ?
なぜ僕たちは縮められて、ここに連れて来られた――
「マスミ様!」
戦場の向こうから、もう一つ悲鳴が上がり、僕の思考を断ち切った。
これ以上考えている時間はなかった。
すでにネズミたちは、こちらの隊列に襲いかかっていた。
ネズミ王の計算は、僕が思っていたよりずっと精密だった。
彼は群れ全体を一気に動かしたわけじゃなかった。精鋭を温存しておいて、小グループに分けて、こちらの隊列の弱点を抉るように投入してきていた。
三匹のネズミがムカデを押さえつけている――一匹が頭、一匹が尾、中央の一匹は、ムカデの脊椎の真ん中を噛む隙を窺っていた。
以前にも使ってきた戦術――それを今、また繰り出してきている。
ムカデは足を止めて尾を振らされ、全身をひねって三匹のネズミを振り落とそうとしたが、その振りが逆に両翼から迫っていた蛇部隊を巻き込んでしまった。蛇のうち何匹かが、ムカデの尾で吹き飛ばされた。
僕の蛇部隊は分断され、ムカデは助けに向かう余裕がなくなった。
食料部隊はぎりぎり踏み止まっていたが、一人また一人と、持ち場から押し出されていく。
老昆布のカタツムリは弾かれて回転していた。老昆布は殻の縁にしがみついて投げ出されないようにしていて、昆布の繊維が空中で激しく振り回されていた。
焼きジャガイモは人混みの奥にいて、周りの食料部隊を必死に守り、一歩一歩を死守しながら、太い拳で飛びかかってくるネズミを次々と払いのけていた。
「ワカナ!ライター!」
僕は叫んだ。
「もうない!」
「アルコールは!」
「もう尽きそう!」
「じゃあ何が残ってるんだ!」
「あと残ってるのは……」
彼女が真理の鏡を漁った。
「消火器!」
「それ、火を消すやつだろ!」
「じゃあ今この状況で何しろって言うのよ!」
彼女は撃ち返しながら身をひねって、ネズミの前足の突進をかわし、手の甲をその顔に叩きつけた。
ネズミがその一撃でぐるりと回転した。ワカナは素早く三歩下がって距離を取った。
「ネズミとの戦闘、ホントに私のジャンルじゃないんだから」
彼女は呟いたが、それでも持ち場を守って、逃げてはいなかった。
サチが脇でその様子を見ていた。顔の笑みが、別の表情に変わっていった。
彼女は二匹の猫をちらりと見て、こいつらが手を出す気がないことを察した。
「じゃあ、こうするしかないかな……」
彼女は幸運の指輪を取り出した。
「招かれし運命!」
幸運の指輪が光り始めた。その光は単色じゃなくて――何層もの金や銀の色合いが重なり、引き剥がされ、また重なる、というふうに揺らめいていた。
『何の運命を招きたいのか』
指輪の中から、合唱のような声が聞こえた――老婆、母、乙女の三重奏で、同じ一人の人物が、三つの異なる年齢で同時に話しているような響きだった。
サチは二匹の猫を見て、首を傾けて微笑んだ。
「豊穣と愛を司る運命を、私に招いて」
両方の猫の目が、同じ瞬間に見開かれた。
トレギュルの瞳孔が、縦の細長い線から、急に丸い円へと膨張した。
ビュゴルは尻尾の毛がまず逆立ち、それが体全体に広がって、オレンジ色の一つの毛玉になった。
「ダメだ!それはダメだ!フレイヤ様はダメだ!」
サチは目を細めた。
「じゃあ、助けてくれる?」
トレギュルは苦悶の表情でビュゴルを見た。ビュゴルも同じ苦悶の表情でトレギュルを見返した。
二秒の沈黙。
「直接手は貸せないが、これを貸そう――」
トレギュルが左の前足を、手のひらを上にして差し出した。
『トレギュルの左手』
巨大な猫の前足の形をしたガントレットが、サチの左手に現れた。
サチは嬉しい驚きで左手を持ち上げた。ガントレットは彼女の腕にぴったりのサイズに縮み、縁のオレンジ茶色の毛皮が、ふわりと揺れた。
彼女は握りこぶしを作って重さを確かめ、目はますます輝いていった。
トレギュルがもう一度ビュゴルに目を向けた。
ビュゴルは渋々と白目を剥いて、それから右の前足を差し出した。
「ほら、これを持っていけ……」
『ビュゴルの右手』
猫の前足の形をした頭部を持つ、大きな棍棒がサチの右手に現れた。先端の前足は爪を引っ込めていたが、縁からはオレンジ赤の輝きが漏れていて、何らかの力が封じ込められているのを感じさせた。
トレギュルが頭を下げて、サチに伝えた。「ビュゴルの右手には、広範囲ダメージのための炎の力が宿っている。俺の左手はワールウィンド・クロウ、攻防一体だ。使う時、取り違えるなよ」
「あはは、本当に猫の手を借りちゃった」
サチは両手を見下ろし、目を大きく見開いていた。
彼女は左のガントレットを右の棍棒に軽くぶつけた。澄んだ、よく響く音がした。
ビュゴルが諦めたように言った。「これだけ助ければ、もう十分だろう!」
サチは甘く微笑んで、つま先立ちでビュゴルの鼻を掴み、軽くキスを落とした。
ビュゴルの尻尾がぴくっと跳ね、横にぴっと逸れて、彼は今何もなかったかのように振る舞った。
「二人とも、ありがとう!私、お友達を助けに行ってくるね」
彼女は身を翻して、僕たちのほうへ走り出した。
その速度は僕が思っていたより速くて、一対の猫の手の武器が、彼女の足取りに言葉にならない軽やかさを与えていた。
そして彼女の後ろで、二匹の猫がゆっくりと姿を変えていった――四本の脚が縮こまり、背骨が伸び、毛並みが衣服の色合いに沈み、顔の輪郭は人間のようになった。ただし、一対の縦長の瞳孔だけはそのまま残していた。
彼らはラストベルトの労働者二人といった出で立ちで、傍にはポップコーン、ピザ、フライドチキン、ソーダ、ビールが漂っていた。
それから草の上にぼろぼろのソファを呼び出して、座り込んだ。
ビュゴルがポップコーンを一掴み口に放り込みながら、視線を漫然と戦場の上に漂わせた。
「あの小娘、なかなかいいじゃないか」
彼が言った。
トレギュルはソーダを口に運んで一口含んだ。答えはしなかったが、戦場の方角を見つめ、口角がかすかに上がっていた。
今の二人の姿は、まるでワールドカップの観戦に来た人みたいだった。




