第126話 トカゲとヘビ
僕たちは草原を進んでいた。
草原……というか、そう呼んでいいのかどうか?
僕たちの脇に生えている、草に見えるものは、一本一本が三、四メートルもあった。
その中を歩いていると、春の遠足という感じは全然しなかった。
むしろ収穫間際のトウモロコシ畑か、サトウキビ畑を歩いているような感覚だった。
「草」の茎がずっと僕の肩の高さで体をかすめてくる。葉の縁には細かいギザギザがあって、うっかりすると浅い切り傷を作ってしまいそうだった。
「これは草原なんかじゃない!」
ユウキがぼやくのは珍しい。
彼女は周りの背の高い「雑草」を警戒して見回し、勇気の剣は手に握っていた――抜いてはおらず、ただ柄に手を添えているだけだった。
「こんなに背の高い草、これじゃサバンナだよ……」
「サバンナね」
ワカナが横で頷いた。「しっくりくる」
「受け入れるのが早すぎない?」
僕は言った。
「だって草原って呼び続けてたら気が緩むでしょ。気が緩んだら、奇襲されやすくなる」
ちょっと考えてみて、確かに彼女の言う通りだと納得した。
僕も自分の周りの茂みに警戒を強めた。
ここは敵を隠すには絶好の場所だ。
この世界の住人にとっては、僕たちの周りにあるものは、ただの雑草に過ぎないんだろう。
でも、僕たちの目から見ると、一塊一塊が巨大な障壁だった。茎の一本一本が視界を遮り、葉の一枚一枚が遮蔽物になりうる。
老昆布が後ろから小声で言った。
「我が主、ここは長居すべき場所ではありません。歩を速めるべきかと」
「賛成」
僕は言った。「みんな駆け足にしよう」
「みんな駆け足……」
老昆布が一拍黙った。「行軍隊形は?」
「茂みの中に何が潜んでるかのほうが、もっと気になる」
「承知しました。では走りましょう」
彼はため息をついた。幸い、彼のカタツムリは歩みは遅いが、いざ走り出せばそれなりに速かった。
ある種の考えは、口に出しすぎないほうがいい。
ここに敵がいるはずだと考え始めた瞬間――
敵が現れた。
まず、空気が読めていないトカゲ。
五メートルの長さで、こちらのムカデと同じくらいの大きさだった。
毒もないし、特別速くもなく、特別強いわけでもない。
ただ、隠れるのが本当にうまかった。
舌をちろちろと出しながら、岩の隙間から飛び出して、隊列の先頭を偵察していたゴキブリに食らいついた。
その速さに僕は半秒固まった――アリの巣であれだけ戦ってきたんだから、このゴキブリたちにも警戒心は身に付いていると思っていた。
ところが、岩の隙間から飛び出してくるものに対しては、どれだけ警戒していてもゴキブリには対処しきれなかったらしい。
ワカナが隣で小さく「あっ」と声を漏らし、すぐに口を閉じた。
あの「あっ」は驚きと嫌悪が半々の声だった。相手がネズミじゃなくトカゲだったから、ぎりぎり耐えられたらしい。
もちろん、僕の部下を食わせてやるつもりはなかった。
切風翎を投げて、その場でトカゲの左目を潰した。
HP -124
一撃はかなり深く入った――トカゲの脳の運動を司る部位にも当たったらしい。トカゲは麻痺したように茂みの中に倒れ込み、口の中のゴキブリがこぼれ落ちた。
そのゴキブリは振り返りもせずに後退りして、触角を高速で震わせていた。
僕にはわかる――トカゲは逃げたがっていた。
でも僕の部下たちは、僕が切風翎を投げた瞬間、一斉に駆け寄っていた。
アリの大顎、食料部隊のキッチン用具、ありとあらゆる攻撃が、休む間もなくトカゲに降り注いだ。
HP -26
HP -45
HP -77
……
部下たちの攻撃力は僕とは比べ物にならないけれど、僕が麻痺させた大きなトカゲに大勢の戦士が集って殴りかかれば、こいつが生きて帰れる道はもうない。
モチ米腸詰めが箸でトカゲの腹を払い、ビーツが食事ナイフを背中に突き立て、ゴボウの長い腕が首を押さえて暴れさせないようにした。
トカゲがかすれた呻きを上げて、それきり動かなくなった。
【ヴァナヘイム・スキンクを撃破】
【EXP +2400】
戦闘力はそれほどでもなさそうだ。
「攻撃も並、防御も並――こいつの強さは隠れる上手さだけだね」
ワカナがしゃがんで死骸を覗き込み、立ち上がって手をはたいた。
「こういうの、従者にしてもメリットなさそう」
「うん」
僕は彼女の見立てに同意した。
直感が、これは兵装に変換しろと囁いていた。
ためらわずに、この巨大な爬虫類を兵装に変換した。
『隠密の迷彩マント』
ふっ、直感は外れていなかった。
迷彩マント――聞いたとおり、姿を隠す装備っぽい。
しかも、これで隠密セットの三つ目だ。
「何それ?」
ワカナが覗き込んできた。
「セットの三つ目。あと二つで揃う」
僕はマントを肩にかけて、いくつか動きを試してみた。
マントが体に乗った瞬間、その縁が周囲の茂みの色に少しずつ染まり始めた――黄色から緑へ、徐々に背景に溶け込んでいく。
「なかなかいいじゃん」
彼女が僕を上から下まで見た。
「ただし色がちょっと変」
「どう変?」
「そのマント……今、ちょうど後ろの草と同じ色になってる」
下を見ると、確かにマントは僕の背後の草むらと、ほぼ同じ黄緑色になっていた。
「ああ、これが擬態か」
「うん、でもなんか不気味」
「どう不気味?」
「マスミがそんなふうに歩くと、後ろから見たら、首だけが浮いて移動してるみたいに見える」
ユウキが横から目をやって続けた。「マジで気味が悪い」
ユウキにそう言われたら、もう返す言葉がなかった。
僕はマントを前に引き寄せて顔も覆った。一瞬で、ワカナの視界から消えた。
「誰を脅かしてるの!」
彼女は一歩後ろに飛び退いた。
「ワカナが首だけ浮いてるみたいって言ったんでしょ」
「それより悪い!」
僕は急いでマントをきちんと装備し直した。セットの説明をもう少しちゃんと読もうとしたところで、また戦闘が始まった。
今度は巨大な蛇だった。
少なくとも二十メートルはあって、こちらのムカデよりだいぶ大きい。
茂みの奥から滑り出してきた時、音はほとんどなかった――ただ草の葉が分けられていく、かすかな擦れる音だけだった。
ニシキヘビ?
いや、はっきりはしない。
何もかもがスケールアップしたこの世界では、こいつの本来の大きさはもっと地味な種類かもしれない。
「ヤマカガシかもしれないし、シマヘビかもしれない」
ユウキは蛇から目を離さず、慎重な口調で言った。
「でも確認するために近づきたくはない」
蛇は、僕が従者にしていたネズミの一匹に噛みついた。
ネズミは全力で暴れたけれど、蛇は顎をきつく閉じたまま、全身を使ってネズミを締め上げていった。
その「巻きつき」の動きが、不気味なほど速かった。
蛇の体はぴんと引かれたロープのように、一巻きまた一巻きとネズミに巻きつき、最後には完全に包み込んでしまった。
ネズミの脚を蹴る力は少しずつ弱まり、ひげも垂れ下がっていった。
「……」
ワカナが拳を握りしめ、険しい顔をしていた。
「あのネズミ、こっち側の子だよね?」
「うん」
僕は答えた。
「ついさっきまで、ネズミの群れの精鋭だった子だ」
「ってことは、ネズミの天敵か……」
ワカナは蛇を見つめて、考え込んだ。
どうやらこの蛇は、ネズミの完璧な天敵らしい。
かなり強い――残念ながら、こいつはムカデみたいに毒は持っていないようだ。噛まれたネズミに毒の兆候はまったくない。
無毒種、ということか?
体を巻きつけて獲物を締め上げるあの狩りの仕方を見ると、外見はニシキヘビっぽくなくても、狩りの方法はかなりニシキヘビ寄りだ。
今回は、僕が手を出す必要はなかった。
目の前の蛇は一対一なら手強そうに見える。完璧な静寂の中に身を隠し、瞬時にネズミに食いつき、すかさず全身で獲物を押さえ込んだ。
ネズミには反撃の余地が一切なかった。
もしこんな奇襲を僕が受けていたら、同じくなす術もなく飲み込まれていたと思う。
でも、この蛇の相手は軍勢だった。
さっきトカゲをボコったばかりの部隊が、すぐに蛇を取り囲んだ。
蛇に何ができる?口は一つしかなく、今はネズミを咥えていて、そのネズミもまだ死にきってはいない。
蛇はすぐに獲物を放り出して、逃げようとした。
でも、僕の従者と部下たちが逃がすわけがなかった。
焼きジャガイモが蛇の背に飛び乗り、太い節くれだった拳で蛇の背骨を思い切り叩きつけた。
蛇が痛みでのけぞり、体が激しくのたうった。頭がワカナのほうへ振られてきた時、彼女は身軽に横に飛び退いた。
「キモい!」
彼女は避けながら叫んだ。
押し寄せた食料部隊が、ナイフ、フォーク、スプーン、箸――手元のあらゆる調理器具を構えて、蛇に叩き込んだ。
一分もかからなかった。
【ヴァナヘイム・グラススネークを撃破】
【EXP +2400】
倒した。
でも、今度は迷っていた。
こいつの攻撃力はネズミを相手取れるレベルだ。
それに、奇襲の仕方からして、こいつを兵装に変換すれば、間違いなく隠密セットの一つになる気がする。
従者か、兵装か?
強力な蛇の従者なら、これからネズミ狩り専門にできる――ネズミは僕の虫たちの天敵で、蛇はネズミの天敵、この食物連鎖は戦場で役に立つ。
一方で、セットは五つ揃って真価を発揮する。今は三つで、あと二つ。この蛇はそのうちの一つかもしれない。
「あんた、これを従者にするか兵装にするかで悩んでる?」
ワカナは僕の表情を一発で見抜いて、ちょっとからかうような声を出した。
「その『決められない』顔、あんたですら面倒だと思ってるってことでしょ?」
「面倒だよ」
僕は素直に認めた。
「悩む必要、なさそうじゃない?」
僕たちのやり取りを聞いていたユウキが、勇気の剣を抜き、剣先を前方の分かれた茂みのほうへ向けた。
そこにはまた別のトカゲがいて、葉の隙間からゆっくりと頭を出し、舌を出して空気を味わっていた。
「全部片付けよう」
ユウキが剣先で周囲をぐるりとなぞった――
木の上、茂みの中、地面の上。
至るところに――トカゲと蛇がいた。
視界に入る範囲だけ数えても、控えめに見て十数匹は超えていたし、もっと遠くを見れば、茂みの奥に動く影がさらにあった。
「私たちさ……」
ワカナはゆっくりと言った。「こいつらの縄張りにモロに踏み込んじゃった気がする」
「僕もそう思う」
僕は言った。
「迂回する?」
ユウキが聞いた。
「迂回路はない。泡はこっちの方向に飛んでいったから」
僕は言った。「突っ切るよ」
ワカナは長く息を吐き、バットを持ち上げて、手のひらにポンと打ち付けた。
「全部片付けたら、私の分のセットも用意するの忘れないでよ」
ムカデが後ろからガサガサと近づいてきた――こちらも準備万端の様子だった。




