第127話 隠密部隊
蛇もトカゲも、群れで暮らす生き物じゃなかった。
巽の塔の中の生態系は、こちらの世界の理屈でそのまま説明できる代物じゃないけれど、僕たちの周りにいる連中は、互いに連携している様子は見せていなかった。
それぞれが自分の茂みの中に身を潜めて、自分の獲物が通り過ぎるのを待っているだけだった。
そのおかげで、部隊が掃討を進めるのはずっとスムーズだった。
本当なら、部隊が行軍するだけの空間を確保できれば、それで十分だった。
でも一匹倒して蘇生させるたびに、僕の戦力は一段階上がっていく。
特にヴァナヘイム・グラススネークは――こいつらの大物は、グラトン・ジャイアントラットの完璧な天敵だ。
あのネズミとの戦闘で、僕は自分の側の戦力がまだ足りないんじゃないかと疑い始めていた。
あの奇襲で連れ去られた百人を超える仲間のことを思うと、名前のつけられない焦燥感が胸の奥に居座っていた――今の力では、まだ足りないんじゃないか、という焦りが。
僕はもう一度、皆殺しの命令を下した。
胸の中の良心という、ほんの小さな欠片が、しずかに離れていくのを感じた。
一匹、二匹、五匹、十匹……
撃破通知が表示されるたびに、頭の中は「まだ足りない」の一語に占められていく。
その欠乏感はどんどん強くなって、自分が今、仲間を守りたいだけなのか、それとも心の奥に埋まっていた血の渇きを満たしているだけなのか、もう判然としなくなっていた。
『大丈夫、蘇生させればいいんだから……』
力に飲まれていった人間は、きっとみんな「大丈夫」という一言から始めて、振り返ることもなくその道を歩いていったんだろう。
怖かったのは、自分にブレーキの掛け方が分からなくなるかもしれないということだった。
「マスミ……もう、やめたほうがいいんじゃない?」
ユウキの目に宿った心配を、僕は見逃さなかった。
「無理だよ……蛇があと何匹か必要なんだ。あのネズミ相手に、何が来るか予測できないままじゃ」
僕は怖かったんだ――ここで手を緩めたら、取り返しのつかないことが起きるかもしれない、と。
「いい加減にしなよ!」
ワカナが助走をつけて駆け込んできて、僕の脳天に手刀を叩き落とした。
衝撃で額がカッと熱くなった。僕は頭を押さえてよろめいた。
「いたっ! いきなり叩くな!」
「自分の顔見てみなよ!」
彼女は僕を指さした。
「その目つき、街ひとつ吹っ飛ばす爆弾抱えたテロリストと変わらないんだから!」
「そんなこと――」
「あるの!」
僕は額から手を下ろして、深く息を吸い込んだ。
不思議なことに、あの手刀を一発もらった後、ネズミに対して抱いていた焦燥と恐怖が一段階引いていた。
「ワカナ、ユウキ……ブレーキかけてくれてありがとう。じゃなかったら僕、一つの種族を滅ぼした犯人になってたかもしれない」
僕はまだ熱の残る額をさすった。
ユウキはそれを聞いて、ほんのり頬を赤くして、気まずそうに視線をそらした。
「私は何もしてないよ。ただ一言、聞いただけ」
「その一言で十分だったよ」
僕は答えた。
ワカナはと言うと、両手を腰に当てて、わざとらしく怒った声を出した。
「ったく! そういう怖いこと、衝動でやらないでよね!」
「うん……もうやめる」
僕は周囲を見回した。蛇とトカゲ討伐に放った各部隊は、かなり広範囲に散らばっていた。
すでに二百匹を下らない巨大爬虫類を片付けていた。
茂みの奥で動いていた影は、そのほとんどがもう動かなくなっていた。
「集合! みんな戻ってきて!」
僕は戦闘終了と再集結の命令を出した。
同時に、蛇の一匹を兵装に変換した。
『隠密の毒牙ガントレット――近接攻撃に毒の効果を付加する』
近距離での暗殺向けの装備に見えた。
ふむ……一対一の戦闘から離れて久しい。
こいつを手にしたことが、なんとなく僕に思い出させた――流血から離れた人間は、本当に命の重さを忘れてしまうものなんだ、と。
僕は新しい装備を畏敬の眼差しで眺め、それから迷いなく装着した。
隠密セット 4/5
隠密の地雷砲
隠密の壁伝いブーツ
隠密の迷彩マント
隠密の毒牙ガントレット
セット効果その一――敵意感知
その二――サイレントフィールド
その三――反応速度トリプル恒久化
「どんな感じ?」
ワカナが横から覗き込んできた。
「四つ揃った」僕は答えた。「あと一つ」
「そのサイレントフィールドって……」
彼女はセット説明にざっと目を走らせた。
「音を立てずに動けるってこと?」
「たぶんね」僕は答えた。「全部揃ったら、反応速度ブーストと迷彩マントと組み合わせて、完全な気配遮断の奇襲ができるはずだよ」
「でもこのセット、マスミにはあんまり似合わなくない?」彼女が言った。
「なんで?」
「お人好しすぎ。奇襲とか向いてないよ。さっき草原の爬虫類を皆殺しにしかけて、その後で自分を責めてたの見たでしょ」
「……自分を責めてた話は、持ち出さないでくれ」
「そういうとこなの。『こっそり悪いことして、後で罪悪感に苛まれる』タイプ。暗殺者の素質はないって」
ユウキかワカナのほうが、ずっと向いてそうだ。
そう考えると、セット完成へのモチベーションが少し萎えてきた……
「確かに、僕が直接暗殺者になるのは向いてない。考え直してみると――暗殺部隊を運用する王様役のほうが、僕の役割だと思う」
僕は喋りながら考えを整理した。
「この装備でまず奇襲部隊を組んで、セットの各パーツはワカナに複製してもらって、適した連中に配ればいい」
僕はワカナに目を向けた。
「そうだ、ワカナは複製できる」
ユウキの目が少しだけ明るくなった。
「ふっ、鏡に映させてくれれば全部こっちのものだよ」
ワカナはもう真理の鏡を取り出していた。
「もうそんなに早く?」
僕は彼女の動きに驚いた。
「ずっと待ってたんだから」
彼女はいかにも当然というふうに言った。
「何を?」
「マスミが全部揃えるのを。そしたら複製したやつが完成品になるでしょ」
「……それを待ってたのか」
「賢いでしょ?」
彼女は歯を見せてにっと笑った。
ユウキがワカナのほうを見て、口角をかすかに上げた。
「私の分も一つ欲しい」
「謀略の動きが速いね、二人とも」
僕は言った。
二人にそう言われたら、五つ揃える意欲が一気に戻ってきた。
隠密セットの五つ目を手に入れられれば、こちらの戦力は間違いなく強化される。
僕の力とワカナの力が並んで動けば、奇襲専用の隠密部隊を組むのは難しくない。
僕は体格の小さい、足の運びが軽そうな食料部隊を五十人以上選んで、隠密の四つの装備を着けさせた。
こうして小規模の奇襲部隊が、その場で組み上がった。
食料部隊が装備を着けた瞬間、彼らの姿は背景に溶け込み始めた。僕の位置から見ると、輪郭がぼやけて、色合いが草とほぼ一致していた。
「いい感じだね」
ユウキも自分用の一式を装備した。
それぞれのパーツが、彼女の体に合わせて自動で調整された。
「みんな、すっごく強くなった気がする!」
ワカナは装備をチェックしている食料部隊に向かって手を振った。
「ちょっと気になるんだけど」
ユウキが五十人の食料部隊を見つめた。
「彼ら、自分たちが何をしようとしてるか分かってるのかな?」
「説明したよ」僕は答えた。
「敵地に忍び込んで、こっそり仕留めて、ドロップを抱えて戻ってくるって」
「食料部隊にも、奇襲を楽しめる連中がいるんだね」
ユウキは、悪戯っぽい弟を見守るお姉さんみたいな目で、その一団を眺めていた。
グラトン・ジャイアントラットの縄張りまで、もうそんなに遠くなかった。
組み上がったばかりの隠密部隊が、やる気満々で偵察に入っていった。
数分後、僕の経験値がどんどん上がっていくのに気づいた。
通知が雨のように、次から次へと流れてくる――途切れない、安定したリズムで。
「マスミ、何ニヤニヤしてんの?」
ワカナが僕の表情を覗き込んできた。
「経験値、貯金してるんだ」僕は答えた。
「自分の見てみなよ。今、ワカナのところにも受動的にどんどん経験値が入ってきてるよ」
僕は知恵の書を開いて、二人のステータスのページを見せた。
二人の経験値も、僕と同じように増えていた。
ただ、僕たちの今の段階でレベルアップに必要な経験値はとんでもない量で、正直、その爽快感はあまりなかった。
ほどなくして、隠密部隊が両手いっぱいのドロップを抱えて戻ってきた。
それぞれが二、三個のグラトン・ジャイアントラットの右耳を握っていて、全員の顔に、激戦を終えた直後の興奮が宿っていた。
先頭にいた食料部隊――小柄なハマグリの一人だ――が、手の中の耳を地面に積み上げて、僕を見上げ、反応を待つように突っ立っていた。
「お疲れさま」
僕は声をかけた。
彼の体が嬉しそうに小刻みに揺れ、すぐにぴしっと姿勢を正し直した。
隣の食料部隊たちも、興奮を隠しきれない様子だった。
彼らが僕の前に積み上げたグラトン・ジャイアントラットの右耳は、二百個近くあって、血まみれのまま山になっていた。
もちろん、わざわざ耳だけ切り取って戻ってきたわけじゃない。
ネズミを倒したあとで、僕がこの連中を自分の戦力に変換しやすいように、一匹ずつ耳だけ持ち帰ってくれたんだ。
「ふぅ! これは戦力大幅アップだ!」
僕はグラトン・ジャイアントラットの一匹を兵装に変換した。
『底なしの胃袋ポーチ』――驚くほど大容量のアイテムポーチ。
これまで、鞄が必要だと思ったことはあまりなかった。
必要なものはすべて観の門の倉庫に置いてあって、必要な時にピクシー・ドラッジを呼んで届けさせればよかったから。
でもフィヨルニルに空間転移能力を封じられた今、こういうアイテムの便利さが、ようやく身に染みて分かるようになった。
僕は隠密部隊が戻ってきた方向を振り返って、ネズミを攻略する自信がまた一段上がった。
向こうは百人以上の仲間を奪っていった。こちらはその二倍近いネズミを倒した。
数で言えば、損失は取り返した――それも、お釣りまで来ている!
おまけに、敵地に忍び込んで戻ってきた以上、隠密部隊は囚われている仲間の居場所も、間違いなく突き止めてくれているはずだ。




