第121話 シロアリの巣
僕は部屋の上の通気口を見上げた。
あの穴はせいぜいアリ一匹が通れる程度の大きさで、僕の害虫部隊の半数以上は通れない。
また掘らせるしかない。
僕は心の中でため息をついた。とはいえ、もう驚きはない――このアリの巣に入ってから、ほぼ三十分ごとに新しい通路を掘ってきたんだから。
幸い、今回の工事は比較的シンプルだ。
ただ穴を広げればいい。土も石も自分で下に落ちてくるから、わざわざ外に運び出す手間もない。
彼らに作業させている間、僕はワカナにフェアリーの世話を任せて、ユウキを連れてシロアリの巣の偵察に出ることにした。
中にいる敵のほとんどは殺虫スモークで殺せたはずだし、侵入口の通路もすでに広げてある。中を見に行かない理由はない。
「私たちだけで?」
ユウキは穴掘りを待っている部隊のほうを振り返った。
「ワカナは残ってもらう――何かあった時のために、そのほうが対処しやすい」
僕は言った。
「中はほぼ片付いてるはずだから、二人で十分だよ」
彼女は頷き、腰の勇気の剣の位置を整えると、僕の後ろに続いた。
僕たちは通路を進んでいった。
シロアリだらけだった。
しかも、全部が死んでいるわけじゃない――多くが、死と生の中間にいた。
このシロアリたちは家庭の害虫よりひと回り大きいから、殺虫スモーク数缶では完全に駆除しきれる量じゃなかったらしい。
でも、麻痺させて動けなくするには――十分すぎるほどだった。
半死半生のシロアリたちが通路の両側に転がり、触角だけがかすかに動いていて、立ち上がることもできずにいた。
僕はなるべく彼らを踏まないように歩こうとして、足取りがちょっとぎこちなくなった。
後ろを歩くユウキは、本当に正確に足を運んでいた――一歩一歩がきれいに空いた場所に着地していた。
僕は死んだシロアリの一匹を兵装に変換した――
『菌栽培シロアリの抗菌ガントレット』
『寄生虫、菌、フェロモンに対する耐性』
「ほう~」
僕は小さく口笛を吹いた。
「これがあの戦いの前に手に入ってたら、もっと楽だったろうな」
「そうだね」
ユウキはガントレットを見つめた。声に少し残念そうな響きがあった。
「もし分かってたら、先にシロアリの巣を片付けるべきだった」
「あの時点では、シロアリの存在自体知らなかったし」
「それもそうだね」
彼女は抗菌ガントレットを受け取って装着し、何度か指を握ったり開いたりした。
「着け心地、いいね」
僕はシロアリを何匹か従者として復活させた。
純粋に蒐集癖、それだけだった。
こいつらは敵としては本当に厄介だったけれど、自軍に組み込んだ後、正直どう使えばいいのか分からなかった。
敵の体内に菌を植え付けて戦闘中に支配する――その能力は、僕の「敵を従者にする」能力と被りすぎている。
比べてみると、僕の能力のほうが穏やかな代わりに、シロアリのほうが速く、範囲も広く、そしてはるかにえげつない。
そういうわけで、僕はほとんどの死骸を兵装に変換して、シロアリの巣の通路を広げる作業中のアリたちに運ばせることにした。彼らが運び出してくれれば、外で待機している食料部隊に、全員分の装備を行き渡らせることができる。
ガントレットに変換できるシロアリの割合は、思っていたより低かった。
カード遊びの最中、経験値の通知が絶え間なく流れていたから、てっきりシロアリの巣をほぼ全滅させたものと思っていた。
でも実際には、十分の一にも届いていなかったらしい。
「どうしたの?」
ユウキが眉を寄せた僕に気づいた。
「カードしてる間にスモークでほとんど殺せたと思ってたのに、実際は一部しか倒せてなかった」
「この巣、思ったより大きいんだね」
彼女は通路の奥のほうへ目を向けた。
「うん。だから、ここに踏み込んだのは正解だったよ」
このシロアリの巣を見逃せば、遅かれ早かれまた同じ連中の相手をする羽目になる。
僕たちはシロアリの孵化室を通り過ぎた。
壁一面にびっしりと並ぶシロアリの卵を見て、ユウキは頭皮にぞわっとした感覚を覚えていた。
卵は乳白色で、巣の壁の凹みに何層にも積み重なっていて、それぞれがしっとりとしたかすかな光沢を放っていた。
あまりの数に、孵化室全体が真っ白な真珠の絨毯を敷き詰めたように見えた。
「ここ、燃やしちゃったほうがいいんじゃない……」
ユウキは歩きながら何度も振り返り、不安そうに卵を見ていた。
「やめて、さっきと同じことを繰り返したいの?」
僕は彼女の腕を引っ張って、孵化室から足早に離れた。
「でも、このシロアリたちをそのままにするのも……」
ユウキは頭を下げて、別の通路へついてきた。
「大丈夫、これからこいつらを確実に制御する方法を探しに行くんだ……」
通路の終点に着くと、そこにあったのは――シロアリの巣全体で最大の部屋だった。目の前に広がっていた。
シロアリの女王が、その巨大な腹を引きずりながら、ここで一心不乱に卵を産み続けていた。
この地下の女帝の体は、普通のシロアリよりはるかに巨大だった。
僕の角度から見ると、彼女は地下に停まったままの列車のようで、「乗客」を一人ずつ降ろしているみたいだった。
「……」
ユウキはあの巨大な腹を二秒間見つめて、口を開いた。「この光景、一生でもう二度と見たくない」
「もっとひどいもの、もう見てるじゃない」
「こういう光景は、比較できる類のものじゃないよ」
虫の体型がどれだけ人間に近づいても、その顔はいつも空白だった。
おまけに、彼女の目がどこにあるのかさえ、見つけることができなかった。
彼女は動けない――あの巨大な腹のせいで、純然たる生産工場と化していた。
純粋な戦闘能力という観点で見れば、彼女はゼロだった。
彼女は僕を見ていなかったが、僕の匂いは嗅ぎ取っていた。
触角が必死に左右に振られ始め、産卵のペースが一気に速くなる。
たぶん、働きアリや兵隊シロアリを呼んで自分を守らせようとしているんだろう。
彼女には気の毒だが――そいつらはもう殺虫スモークで完全に戦闘不能になっていた。
僕は切風翎を手に、前へ歩み出た。
僕の中に確信があった――殺意は持っていない。少なくとも、感情としての殺意は。
この女王には、敬意に似た何かを抱かされた。
彼女の存在こそが、シロアリの巣全体を機能させているものだ。彼女自身は全く攻撃的じゃない――ただ、自分の役目を果たすことに全てを捧げているだけだ。
でも彼女がここにいるからこそ、この巣は兵を補充し続け、アリの巣を侵食し続け、ゾンビを量産し、胞子をまき散らし続けることができていた。
僕は視線を引き戻して、知恵の書を開いた。
「ふむ……そういう仕組みか」
僕は深く息を吸い込み、彼女から目を離さなかった。
「ちゃんと狙うよ」
僕は切風翎を、彼女の食道の上にある神経節に突き立てた。
HP -45
まだ死んでいない。
でも、彼女の頭は動きを止めていた。
シロアリは僕たち脊椎動物と違って――たった一つの脳に生命を依存しているわけじゃないのだ。
僕は彼女の背中によじ登り、胸部を踏みしめた。
六本の脚はまだ目的もなく蠢いていて、背中はかなり不安定だった。
危うく足を滑らせそうになり、慌てて体重をずらしてバランスを取った。
ユウキが下から僕を見上げた。
「私が上に行こうか?」
「いいよ、地上を見ててくれ」
僕は言った。「もし護衛が来たら、ユウキが止めて」
僕は彼女の体の構造を測り、胸部の神経節の位置を見定めて、もう一度刃を突き立てた。
HP -33
シロアリの蠢いていた手足が一斉に脱力し、足元が急に落ちた。
僕は咄嗟にピクシーのタトゥーを発動させてバランスを取り戻した。
シロアリはもう全く動かなくなっていたけれど、それでもまだ死んだことにはなっていなかった――腹はまだ卵を産み続けていた。
僕はゆっくりと、安定した動きで前方へ漂っていった。
切風翎を続けざまに何度も突き立てた。
彼女の巨大な腹には複数の神経節があり、僕は一突き、また一突きと刃を入れていった。
HP -18
HP -26
HP -41
……
ようやく。
【菌栽培シロアリの女王を撃破】
【EXP +24600】
【特殊アイテム獲得:シロアリ女王の剣掛け】
剣掛けは見た目はただの金属のフックだった。
ただ説明によれば――構えている間、武器にエネルギーを集めるらしい。
「これはユウキに渡す」
僕は剣掛けをユウキに手渡した。
「ありがとう。この効果、準備万全の勇気と完璧に噛み合う気がする」
ユウキは明るい笑顔で受け取った。
彼女は剣掛けを鞘の側面に取り付けて、指でそっと撫でた。顔には、ブティックから両手いっぱいの戦利品を抱えて出てきた人みたいな満足感が浮かんでいた。
その後、知恵の書は僕に何も聞かず、女王の死体を兵装に変換した。
『虫の女王の冠』
それはなかなか凝った装飾の冠だった。
白を基調とした台座に、細長い触角の形をした飾りがいくつも取り付けられ、正体不明の石が幾粒か嵌め込まれていて、半透明の輝きで光を捉えていた。
見た目だけ言えば、この冠は本当に上品に作られていた――虫から取れたものだなんて、とても思えない代物だった。
ただ、デザインが……あまりにも美しすぎた。
僕がこれを被るには、僕の度胸が追いついていない気がする。
ユウキが珍しく、からかうような目で僕を見て笑った。
それから彼女は虫の女王の冠を手に取って、迷いもなく自分の頭に乗せた。
「ふむ――シロアリ全員、それからアリたちとも、頭の中で繋がってる感じがする」
彼女は目を閉じた。
「じゃあ――シロアリを操れるってこと?」
「操るだけじゃない。彼らが自分の体の延長線上にいるみたいな感覚。私たちは個体を超えた存在になってる」
ユウキは感嘆を声に滲ませた。
「ふむ……超個体って言うんだったかな。知恵の書に、シロアリもアリもそういう仕組みで動いてるって書いてあった」
「ちょっと集中するだけで、アリ一匹一匹の視覚情報まで見える。これ、すごく面白い……」
ユウキは目を閉じたまま立ち尽くし、別の世界に漂う巫女のように静止していた――でもその顔には、滅多に見ることのない子供みたいな表情があった。
あちこちから流れ込んでくる視覚情報を探りながら、口角が自然と上がっていた。
彼女がこんな目で世界を見ている姿を、僕は滅多に見たことがなかった。
「あ、僕も次やりたい」
「ふふ、堪能したら渡してあげる」
ユウキはまだ満足していない様子で、その場にじっと立ったまま、次々と別のアリの視点に切り替え続けていた。
「アリの中に、巣にいない子たちもいる。それも、台所にもいない」
彼女の声が、急に真剣な響きを帯びた。
「じゃあ、どこにいるの?」
僕の好奇心は完全に引き寄せられた。
「いるのは……あっ!サチだ!」




