第118話 火をつけたのが、最大の過ちだったかもしれない
ゾンビ化した食料部隊……
僕はトリュフチョコレートがふらふらと左右に揺れながら、こちらに近づいてくるのを見つめていた。
体の表面は隙間なく白い菌糸に覆われている。
皮膚――というか、チョコレートの外殻は、もう元の形を完全に失っていた。
こんなもの、もう誰も食べたいとは思わない。
食料部隊にとって「食べてもらえない」とはどういう意味なのか?
それは、自分という存在の意味そのものを、根こそぎ否定されるということだ。
もしあのトリュフチョコレートにまだ意識が残っているなら、今の自分の姿は、死よりも悲しい運命だと感じているはずだ。
食料部隊は死を恐れない。でも、自分の死には意味を求める。
彼らにとって、美食家に味わってもらうことこそが、究極の解放だった。
この戦いに踏み出すということは、こいつらを倒しながら、その重い気持ちをずっと抱え続けるということだ。
僕はフェアリーを振り返った。
彼女はトリュフチョコレートの包み紙を丁寧に畳んでしまい込み、目には炎が宿っていた。
怒り、そして言葉にならない悲しみ。
それが彼女の目の中にある燃料だった。
シロアリの前を、食べ物のゾンビが波のように歩いていた。
僕の食料部隊が、慎重にカトラリーを構えた。
このゾンビたちは、前にハエの巣で出会った連中とは違った――動きは遅いが、感染力はずっと強い。
ミントチョコレートが、一匹のアリに飛びついた。
特別な攻撃方法を使ったわけじゃない。
口を開けて噛みついたわけでもなかった。ただ抱きついただけだ。
ミントチョコレートの体の菌糸が、すぐにアリに広がっていく。
慌てたアリが大顎を彼に噛みつけた。
しかしチョコレートの菌糸は、その一噛みを好機として、内側からアリに侵入していった。
感染と寄生――数秒で完了した。
また一体、ゾンビが誕生したのだ。
そのゾンビ・アリは即座に向きを変え、僕たちのほうへ歩いてきた。
「これ……」
喉がぎゅっと詰まった。
近接戦闘なんて、絶対に無理だ!
触れるだけで感染する。これは地雷を踏むのと変わらない。
「みんな、触っちゃダメだ!」
僕は叫んだ。
前線にいた食料部隊が、振り上げかけた包丁を引っ込め、互いに顔を見合わせた。
「じゃあ、どうやって戦うんですか?」
ニンジンが困惑して聞いた。
それは僕自身にも答えのない問いだった。
ユウキが勇気の剣を振るい、グミ・キャンディを真っ二つに斬った。
しかし分断されたグミは地面を這って、諦めずに彼女の足元へ向かってもがき続けていた。
彼女は一歩下がって踏みつけたが、それでもなお動いている。
「……これ、どうやって殺すの?」
眉をひそめ、さらに数太刀振った。
地面のグミはまだ蠢いていた。細かく刻まれて動きは奪われていったが、こんな戦い方は、勇気の剣を持つ彼女以外、こちらには誰もできない。
彼女は深く息を吸い込み、柄を握り直した。
「分かった。一体ずつ片付ける」
自分に言い聞かせるように、静かに言った。
ちょっと……
そういうのを気合だけで乗り切ろうとしないでよ!
本気でそう投げ返したかった。
でも実際、僕にも彼女の方法より良い手は思いつかなかった。
「うわっ!全員、下がって!」
ワカナが悲鳴を上げながら、近づいてきたポップコーンのゾンビにバーナーを振りかざし、炎を吹きつけた。
ポップコーンは油を多く含んでいて、火がつきやすい。
体の上の菌糸は、その熱に耐えられなかった。
数秒で機能を失い、その場に膝をつき、ついに完全に動かなくなった。
「火は効くね」
ユウキがワカナの隣に駆け寄り、肩を並べて立った。
「効くけど、ゾンビが多すぎる!火を出せる道具が足りないよ!」
ワカナはこの方法が使えると分かった瞬間、限界の速度で鏡から物を取り出し始めた。
鼻にかけたマスクは、汗でもう半透明になっていたが、彼女は手を止める気配を見せなかった。
バーナー、ライター、マッチ。
そして可燃物――トイレットペーパー、消毒用ジェル、アルコールのボトル。
足元に物資が次々と積み上がっていく。ワカナの手は、一瞬たりとも止まらなかった。
「火の魔法が使えたらよかったのに」
僕はちょっと残念そうに言った。
その時、フェアリーがアリの巣の壁に手をついて、こちらへ歩いてくるのが見えた。
体はまだ完全には回復していないけれど、その目には戦闘に身を投じたいという熱が宿っていた。
「火の魔法は直接使えないけど、私たちの風で、火をコントロールすることはできるよ」
彼女はワカナの真理の鏡を指さした。
「鏡の中に、燃えやすいものを結構複製してあるみたいだし」
その言葉で、僕はハッとした。
「ワカナ、アルコールをもう何本かちょうだい」
長年の阿吽の呼吸で、彼女はすぐに僕の意図を察した。
四、五本のアルコールのボトルの蓋を開けて、僕に渡してくれた。受け取った僕は、その中身を空中にぶちまけた。
液体が空中に散り、あの鋭いアルコールの匂いを漂わせる。
ユウキは半歩横に避けて、マスクを少し引き上げた。
「風を吹かせて!」
僕はフェアリーに目をやった。
復讐の炎を宿した目で、彼女は低レベルの風の魔法を放った。
緩やかな気流がうねりを上げる。風の強さはちょうどいい。
うねる気流がボトルから散ったアルコールを細かな雫に砕き、渦巻く風がそのアルコールの霧をくるんで、空中に浮かぶ透明な泡を作り上げた。
ワカナが一巻きのトイレットペーパーに火をつけ、遠くからその渦巻くアルコールの風の中に投げ込んだ。
炎が空中で爆発した――
轟音が炸裂し、熱風が押し寄せて、僕の前髪まで吹き上げられた。
ユウキが本能的にワカナの前に身を投げ出し、僕も思わず一歩後ろに下がった。
アリの巣の壁の菌糸が熱風を浴び、縁が丸まって黒く焦げ、焦げた甘さの混じった臭いを放った。
フェアリーが困った顔で言った。
「この激しい燃焼は、数秒しか保たないよ。
この炎を、できるだけ長く燃やし続けないと」
僕は首を回して周囲を見渡した。この炎には燃料が必要で、その燃料は――目の前の敵の中にある。
僕は目の前の食べ物ゾンビたちを見回し、一番燃えやすそうなものを選び始めた。
クラッカーの細かい多孔質の構造――悪くない。
ふわふわのマシュマロ――よく燃える。
ポップコーン――油も多いし、何より数が多い。
背後でざわつきが起きた。
「マスミ、何を見てるんですか?」
ゴボウが後ろから聞いてきた。
「燃料を選んでる」
「燃料……あれは食べ物ですよ!」
「分かってる」
僕は一拍置いた。
「でも、もう食べ物じゃない。今、彼らを助けられる方法は、綺麗に燃やしてあげることだけだ」
ゴボウはそれ以上、何も言わなかった。
僕もそれ以上、何も言わなかった。
こういう時は、はっきり言葉にすればするほど、重さが増していくだけだ。
何よりちょうどよかったのは、ポテトチップスの一群がこちらに歩いてきていたことだった。
薄い――表面積が広い。
油を含んでいる――驚くほど火がつきやすい。
主成分はデンプンで、最初こそ火がつきにくいが、油が燃え尽きて熱が十分に上がれば、持続的な燃料として極めて優秀だ。
僕は灯台を見つけた船乗りのような気持ちで、フェアリーに大きく声をかけた。
「ポテトチップスから先に火をつけて。火が回り始めたら、マシュマロに連鎖させる。クラッカーとポップコーンは最後に、燃焼を維持するために使う――」
僕は、あのポテトチップスの列を指さした。
フェアリーが風の魔法を操り、火をゾンビの群れの中へ広げていった。
HP -543 HP -321 HP -390 HP -117
菌糸に覆われたゾンビは、炎の中でどんどん歩みが遅くなり、次々と倒れていった。
倒れたゾンビはそのまま燃え続けた。菌糸が炎の中でよじれて縮み、白い糸が一本一本溶けていくようだった。
臭いは耐え難く、甘さと腐臭の入り混じった、あの奇妙な匂いが立ち込めた。
でも、この火はちゃんと仕事をしていた。
「やった!この方法、効くよ!」
ワカナが声を上げた。声に興奮が滲んでいる。
彼女がまた一本、空中にアルコールをぶちまけ、フェアリーの風に乗せて広げていく。
ユウキも自分のリズムを掴んでいた。勇気の剣の赤い光が炎と重なり合い、まるで剣を振るう軍神が火の中で舞っているようだった。
足元に注意を払いながら剣を振り、倒れたゾンビの残骸を踏まないよう、一歩一歩を正確に運んでいた。
その後ろでは、食料部隊が彼女の動きに倣い、長柄のキッチン用具を使ってゾンビを押しのけ、できる限り直接触れないように立ち回っていた。
このままなら、本当にこの戦いに勝てるんじゃないか――そう思い始めた、その時。
ワカナが突然、激しく咳き込み始めたことに気づいた。
「ワカナ?」
僕は振り向いた。
彼女は身をかがめ、片手で膝を支え、眉を深く寄せながら、マスクの上から口を押さえて咳き込んでいた。
「これ、おかしい……何か、変……」
周囲の仲間たちが、次々と倒れ始めた。
ヤスデの足音が最初に乱れ、それから胴体全体が地面の上でゆっくりと丸まっていった。
アリが数秒間震えてから横向きに倒れ、触角がまだかすかにピクピクと動いていた。
包丁を握っていたニンジンの手が、ゆっくりと下がり、膝が崩れて地面に座り込んだ。「ううっ――」という小さな声が、口から漏れた。
モチ米腸詰めは隣のアリの巣の壁に手を伸ばしたが、空を切って、そのまま壁にもたれかかるように崩れ落ちた。
ユウキも動きを止めていた。勇気の剣の切っ先を地面に突き立て、全身で柄に体重を預けながら、顔色が見るからに青ざめていた。
「マスミ……」
彼女が顔を上げ、声を絞り出した。「ちょっと、目眩が……」
その瞬間、僕の周りの世界もぐるりと回り始めた。
胸の中が、誰かに押さえつけられているみたいに重い。どれだけ必死に息を吸い込もうとしても、わずかな量しか肺に入ってこない。
呼吸ができない。
酸素だ!
このほぼ密閉されたアリの巣の中で、さっき僕たちが点けたあの火が、ここの酸素を全部燃やし尽くしてしまったんだ。
火をつけたのが、最大の過ちだったかもしれない。




