第117話 強制投薬
何かをやろうと思っていたのに、すぐに手をつけずに後回しにしてしまって、それから本当にトラブルが起きた時――後悔というのは、本当にずっしりと積み重なるものだ。
渙之泉庭で手に入れたフォッグシェル・サラマンダーの血清――注射すれば、ウイルス性および微生物性疾患に対する永続的な免疫が得られる。
僕はすぐに注射器具を探しに行くべきだったんだ……
注射器が手元になくても、ワカナに鏡で複製してもらって、最初から血清をチーム全員に配っておくこともできたはずだ。
僕の怠け癖のせいで、それが何一つ進んでいなかった。
その怠惰のツケを、今まさに払わされているんだ。
僕は急いで風の魔法を発動させ、できる限り胞子を吹き飛ばそうとした。
でもこのアリの巣は実質、密閉された空間だ。風を吹かせたところで、汚染された空気はそう簡単には流れていかない。
胞子は細かい白い砂のように、空中をぐるぐると渦巻き、僕の風の魔法に押されはするものの、本当の意味でどこかへ消えてくれるわけではなかった。
強く吹かせれば吹かせるほど焦り、焦れば焦るほど、あの白い霧が目の前でただ円を描いて回っているだけのように見えてくる。
「ワカナ!」
僕は叫んだ。
「もう動いてるって!」
彼女の声が後ろから返ってきた。
「急いで、これをみんなに配って!」
ワカナは真理の鏡から、ピクシーの秘醸酒のボトルを限界まで素早く取り出していた。
一本、二本、三本と、床に一列に並んでいく。
『あらゆる疾病を一服で治癒可能』
それが秘醸酒の機能説明だった。
これは――僕が観之門で三千匹を超えるピクシーを倒して、ようやく三十本ほど手に入れた代物だ。
観之門のピクシーたちが今も醸造を続けてくれているとはいえ、一本仕上げるのにはそれなりの時間がかかる。
ワカナの真理の鏡は、僕の命綱とも言えるあの霊薬を、今この場で大量生産していた。
ピクシーの秘醸酒が、ジュースの缶を取り出すくらい手軽な存在になってしまっている。
正直、観之門で身を粉にして醸造してくれているピクシーたちに、少し申し訳ない気持ちになった。
彼女は秘醸酒のボトルを一本取り出すたびに、マスクも一枚一緒に取り出していた。
「最初からこうなることを見越してたみたいだね」
僕は彼女の手が一瞬も止まらずに出し入れを繰り返すのを見ながら言った。
「見越してたなんてことない。ただ学習しただけだよ! 前の階のあのヘックスバインダーで、あんたが受けた苦しみだけじゃ足りなかったの?」
彼女は思い切り白い目を向けてきた。
それでも手は止まらず、むしろ速度を上げていた。
僕は秘醸酒を一気に飲み干し、彼女が放り投げてきたマスクを着けた。
そして、秘醸酒とマスクを全員に配り始めた。
最初は本当に、このピンチを大して苦労せずに乗り切れるだろうと思っていた。
誠に、それがどれだけ甘い考えだったかに気づくまで、そう時間はかからなかった。
ワカナの鏡の口は小さすぎて、一度に大量のものを取り出すことができない。
彼女は必死で、機械的に物資を一つずつ引っ張り出し続けた。腕がほとんど攣りそうになっていた。
顔色も悪くなってきて、額には細かい汗が浮かんでいる。
「ワカナ、大丈夫?」
ユウキが急いで彼女の側に駆け寄り、その背中にそっと手を当てた。
「平気」
ワカナは歯を食いしばった。
「薬を配り終えてからにして。時間ができたら休むから」
近くで薬を飲めずにいた食料部隊が、次々と倒れ始めていた。
「しっかりして! 寝ちゃダメだ!」
ゴボウが全力でニンジンを揺さぶっていた。
苦肉の策で、秘醸酒をニンジンの喉に流し込んだ。
「はぁ……」
良かった、効いてくれた。ニンジンはふらつきながら立ち上がり、マスクを着けた。
顔色はまだ酷いけれど、立てるだけで十分だ。
ニンジンはゴボウを見上げ、それから周囲を見回した――まだ意識がはっきりしていない様子で――それから床に転がっていた包丁に手を伸ばし、しっかりと握り直した。
「敵はどこですか?」
声はまだ少しかすれていた。
「敵は後回しでいい、まずマスクをきちんと着けて」
ゴボウはニンジンのマスクをちょっと引き上げて整えた。「ちゃんと着けるのが先だよ」
菌の感染は発症も早く、症状も激烈だった。
しかも感染後の症状は、個体によって全然違った。
意識を失うのは、まだマシな部類に入る結末だった。
何人かは、明確な攻撃性を見せ始めた。
ラディッシュが突然、隣のビーツに腕を振り下ろした。
ビーツは避ける暇もなく、数歩よろめき、手に持っていた包丁が床にカランと落ちた。
ビーツはラディッシュを見つめた。その目には困惑がいっぱいに広がっていた。
ラディッシュには攻撃しているという自覚がなかった――ただ滅茶苦茶に腕を振り回しているだけで、顔に表情はなく、視線も焦点を失っていた。
「ラディッシュ!」
ゴボウが飛び込んできて、もう一発の拳をその身で受け止め、衝撃でよろけた。
「正気に戻って!」
ラディッシュは反応しなかった。ただ腕を振り続けるばかりだった。
しかも力が弱いわけじゃない。早く気絶させないと、次に殴られる誰かが大怪我をする。
「暴れていない者たちの治療を続けて」
僕は首から下がっているピクシー女王の首飾りを軽く撫でた。
風の魔法だけじゃない――今度は電気もそこに絡ませた。
益之迴廊のあの雷霊鳥を倒して雷の結晶を手に入れて以来、この雷魔法を使う機会がまだなかった。
今がその時だ。
電流が指先にゆっくりと集まってきて、首飾りのピクシーのタトゥー模様が電流の流れに合わせてかすかに光り始めた。
この能力がどれくらい強いのか、正直まだ自分でも把握できていない。
でも、ここの食料部隊たちのレベルなら、低レベルの放電なら一時的に動きを止めるだけで、本当の意味でのダメージは与えないはずだ。
たぶん……。
僕は深く息を吸い込んだ。
「みんなならこのくらい耐えられるよね!」
僕の瞳に電光が走った。
僕は最低レベルの雷を放ち、駆け出して、暴れているハマグリの一匹を捕まえ、その水管をぎゅっと押さえつけた。
「しっかり耐えて。パルスショック!」
HP -33
ハマグリの殻が、気を失ってふわりと開いた。
このくらいの攻撃力なら、塔に踏み込んだばかりの頃に出会った、レベル1のピクシーたちなら確実に致命傷だっただろう。
でもここの食料部隊なら、ほとんどが耐えられるはずだ。
たぶんレベル8か9くらい?
知恵の書には食料部隊のデータはないけれど、レベル9のダイアガストロポッドと肩を並べて戦えるんだから、HPは三百から四百くらいはあるはずだ。
僕は次々と標的を変えていった。
HP -27
HP -78
HP -14
HP -49
……
ラディッシュ、ビーツ、紫色のブドウ数人……次々と倒していった。
倒れた瞬間、まだ無事な仲間たちが駆け寄って、口に当たる部分をこじ開け――無理やり薬を流し込み、マスクを押し当てた。
「正直、口をこじ開けるのはかなり酷だね」
僕は、また暴れ出した食料部隊の一人を雷で気絶させながら、ユウキに言った。
「目が覚めたら、ちゃんと謝ろう」
ユウキは、薬を飲ませたばかりの一人の顔にマスクを押し当てた。「まずは助けるのが先」
仲間たちの数が、少しずつ戻り始めた。
強制投薬され、無理やりマスクを着けさせられた食料部隊が、続々と立ち上がっていく。その様子を見ていて、胸の中で固く結ばれていた焦りが、ようやく少しほどけてきた。
ほぼ全員が、目を覚ました瞬間にまず周囲を見回して、仲間の位置を確認した。
この食料部隊たちが、意識を取り戻して真っ先に考えるのは、自分のことじゃなく仲間のことだった。
その姿を見ていたら、「大勢の人に電気ショックをかけてしまった」という罪悪感が、だいぶ和らいだ。
もっと厄介な問題は、僕が従者にしていた害虫たちだった。
彼らは狂った牛のように、突進したり跳ね回ったりした。
僕が雷で倒した後、食料部隊が駆け寄って秘醸酒を流し込んだ。
それからが本当の苦労だった。
呼吸器の構造が、一匹一匹違って、しかもどれも複雑だった。
カタツムリとナメクジは、まだ扱いやすい部類だった。
呼吸孔がそんなに探しにくいわけじゃなかった。
呼吸孔にマスクを当て、ワカナが裁縫道具を取り出して、何人かの食料部隊が悪戦闘しながら、マスクを呼吸孔に直接縫い付けていった。
幸い、彼らは痛覚があまり発達していなかった。
マスクを縫い付けられたカタツムリの一匹が、ゆっくりと殻の中に引っ込んでいった。何かに突かれている感覚があったのかもしれない。
「あ、引っ込んじゃったよ……これでまだ大丈夫なの?」
ニンジンが殻を見つめて、首をかしげた。
「殻の中は外気から遮断されてるから、たぶん……大丈夫、かな?」
僕自身も自信があるわけじゃなかったけれど、これが今できる最善だった。
ゴキブリ、アリ、ヤスデ、ダンゴムシ――こういう節足動物のほうが厄介だった。
気管が多すぎる。
一匹あたり何枚ものマスクと、テープを丸ごと一巻き使った。
「これじゃ虫のエステじゃないか……」
モチ米腸詰めがゴキブリにテープを貼りながらぼやいた。
「喋らないで、胞子が入る」
隣のゴボウがすかさず注意した。
モチ米腸詰めは即座に口を閉じた。泣きたいような、こらえているような、なんとも言えない表情を浮かべて。
ひと通り走り回って、ようやく部隊全体を戦闘可能な状態に戻すことができた。
僕は何度か深く息を吸い込んだ。マスクの中の空気は息苦しいけれど、全員が無事だと分かるだけで、呼吸が少し楽になる気がする。
ワカナはようやく手を止めて、両腕を投げ出してアリの巣の壁にぐったりと寄りかかった。
「全部出し終わった」
声には疲労の重みが滲んでいた。
「ありがとう」
ユウキが歩み寄って、そっとワカナの手を握った。
ちょうどその瞬間――シロアリが現れた。
別の通路から押し寄せてきて、僕たちを取り囲んだ。
しかも、巨大な軍勢を引き連れていた――菌に感染し、ゾンビ化した食料部隊と、あらゆる種類の害虫の群れだった。
ゾンビになった食料部隊の目は虚ろだったが、その足音は不気味なくらい揃っていた。
体にまとった菌の膜がアリの巣の薄暗い光に淡く白く光り、まるで薄い白い経帷子をまとった行進する死者の列のようだった。
その先頭を歩いていたのは、トリュフチョコレートの抜け殻だった。
体のあらゆる裂け目から菌糸が突き出し、それぞれが微かに揺れている。周囲の空気を感じ取っているようだった。
その後ろには、僕の知らないお菓子族、バラバラにされてから繋ぎ合わされた虫たち、そして数匹のカタツムリまでいた。
カタツムリは動きが遅かったが、殻には菌糸がびっしりと生え、白い棘の長い列を作っていた――まるで奇妙な白いハリネズミだった。
光景は滑稽の域に達していたけれど、見ていて頭皮がしびれた。
「どうやらシロアリは胞子を使って、感染した連中を直接遠隔操作してるみたいだね」
僕は言った。
「これ……」
ワカナの声が一瞬詰まった。
「このお菓子族たちや、あのトリュフチョコレートも、フェアリーたちの仲間だったの?」
僕はフェアリーを振り返った。
彼女は何も言わずに、近づいてくるゾンビたちをじっと見つめていた。手にはまだあのトリュフチョコレートの包み紙が握られていて、指の節が白くなるほど強く握りしめられている。
目は動かない。視線をそらさない。
ただそのまま、隊列の先頭を歩く、菌糸に覆われたトリュフチョコレートを真っ直ぐに見つめ続けていた。
「フェアリー」
僕はそっと呼びかけた。
彼女は応えなかった。視線も動かさなかった。
僕は何も言わずに、彼女の肩に手を置いた。
ある種のことは、何を言っても余計になってしまう。傍にいることだけで十分んだ。
ワカナもやって来て、フェアリーの反対側に立った。
僕たち三人はそのまま、押し寄せてくる食べ物のゾンビの濁流を、真正面から見据えた。




