第110話 狭い蟻の巣
アリの侵入口は戸棚の上のほうにあった。
僕は首を傾けて、あの真っ黒な開口部に目をやった。
食料部隊にとってこの位置は、まるで天井をはるか彼方に見上げるような遠さだ。
僕たち三人にはピクシーのタトゥーがあるし、ゴキブリもいる――まっすぐ飛び上がるのは造作もない。
でも、それ以外の連中はどうする?
自力で登れる者は登り、登れない者はカタツムリの殻にどっかり腰を下ろして、運んでもらう。
「ジャガイモ卿、ちゃんと座ってますかー!?」
カタツムリの背中からラディッシュが声を張り上げた。
「これくらいの高さなら、重心を低く保つだけだ!」
焼きジャガイモはカタツムリの殻に両足をふんばって、背筋をぴしっと伸ばしていた。
「あまり動かないほうが……落ちますよ」
蒸しガニが横から鋏を一本伸ばして、彼を支えた。
最後にはバターロブスターが両方の鋏を伸ばして、この勇敢な戦士をカタツムリの殻に押さえつけて、ようやく彼は大人しくなった。
ゴボウとヤマイモ――あの細長い二人組――は、四肢を使って自力で戸棚の木目をよじ登っていた。
ビーツ、モチ米腸詰めなど、登攀の心得がまったくない連中は、ジャガイモみたいに一人ずつカタツムリに乗り込み、カタツムリの強力な登攀能力に頼ってアリの巣まで運んでもらった。
食料部隊の面々が四方からアリの巣の入口へ向かって移動していくのを眺めていて、ふと思った――なんだか変な引っ越し屋を指揮しているような気分だ。
ユウキが腰の勇気の剣をぽんと叩いて、視線をこちらに向けた。
「マスミ、私が先に偵察に行こうか?」
「いや、いいよ。ムカデを先頭にしたほうが安全だ」
僕は首を振った。
「通路があんなに狭いんだから、あいつの体は動く盾みたいなものだよ」
「確かに」
ユウキは小さく頷いた。
「じゃあ私は最後尾について、はぐれる人が出ないか見てくる」
そう言って彼女は振り返り、部隊の人数を数えに行った。背中のポニーテールが、一歩ごとに優しく揺れていた。
ワカナが後ろから駆けてきて、スポーツドリンクを僕の手に押し込んだ。
「マスミ、入る前にこれ飲んで。中で絶対大きな戦いになるから、先に水分補給して電解質を整えておかないと。あそこの酸っぱい臭いはきついから、口を開けただけでマスミはきっと参っちゃうよ」
「中の酸っぱい臭いがきついって、なんで分かるの?」
「開口部の下に立っただけで嗅げるじゃん。ゴキブリの臭いで鼻でも壊れた?」
彼女は指で僕の頬をつついた。
「……壊れてないよ」
正直、彼女のこの、周りの人をみんな弟妹みたいに扱う癖は、ちょっと苦手だった。
でも……真剣に押し返そうとすると、なぜか後ろめたい気持ちになってしまう。
「ね、言ったでしょ、うちのマスミは甘やかされすぎ。こんな小さなことまで私が気にかけてあげなきゃいけないんだから」
その態度はまるで幼稚園児の弟を連れ回すお姉ちゃんの教科書通りだった。
「はいはい。確かに甘やかしすぎだよ……」
仕方なく、僕はスポーツドリンクを口に運んで二口飲んだ。冷たくて爽やかで、塩気がほんのり、酸味と甘味が混じっている。どこで手に入れたのか、見当もつかない。
侵入の準備はもうこれで全部終わっているはずだ。
僕は全員に目をやった。
連れてきたムカデが先頭になって、アリの巣に潜り込んだ。
それは長い長い間、たった一頭でさまよっていた野良ライオンが、ずっと水牛の群れに手を出せずにいたかのようだった。
でも今、その背後にはライオンの群れがついている。
そして滅多に拝めないご馳走――アリ――にありつこうとしているのだ。
巨大なムカデが穴に潜り込むと、無数の体節と肢が一斉にうねうねと動いた。
背中の装甲が戸棚の上から差し込むかすかな光を受けて、油を塗ったような暗い赤色に輝いていた。
触角は休みなく揺れて、何かを前方で嗅ぎ取っているようだった。
「こいつ、けっこうお腹空いてるみたいだね」
ワカナは腕組みしながら眺めていた。
「上に誘導してから一緒にいる時間はまだ短いし、その前にちゃんとした食事をしてたかどうかも分からないし」
僕は言った。
「じゃあ、もうすぐお腹いっぱいにしてあげようね」
ユウキが前のほうから投げかけてきた。
アリの巣の入口は大きく見えたが、通路自体は比較的狭かった。
幅はせいぜい二、三メートルといったところ。
先頭を突っ走る巨大ムカデが、ほぼ通路全体を埋め尽くしていた。
廊下には酸っぱい臭いが立ち込めていて、土の湿った匂いと、名前のつけられない甘ったるい腐臭が混ざり合っていた。
一息吸い込んだだけで、吐きそうになった。
これはきっと、アリの巣特有の臭いなのだろう。
子供の頃、虫眼鏡で玄関の前の引っ越し中のアリを観察していたことを思い出した。あの時はあんなに近づいていたのに、こんな臭いは一度も嗅いだことがなかった。
通路にはアリが次々と現れた。
攻撃はそれほど積極的ではない。出てきた瞬間からひたすら回避に徹していた。
遠くから蟻酸を吹きかけられるかぎり、あのムカデには近づかない。
「蟻酸って、けっこう遠くまで飛ぶんだね」
ワカナが顔の前で手を振った。
「気をつけて、当たらないように。あれ、ただのギ酸じゃないかも」
僕は思わず彼女を脇のほうへ引き寄せた。
ユウキは勇気の剣を手に前を歩き、刃がかすかな赤い光を放っていた。
今の彼女の心境は「準備万全の勇気」らしい。
一対一なら、ムカデは難なく相手を片付けられる。
ただ、一匹ずつ仕留めるのは、あまり効率が良くないように感じた。
僕は眉をひそめながら、ムカデが一匹のアリを倒すのに数秒かかるのを見ていた。
このゆっくりしたペースで進み続けたら、巣の奥まで到達する頃には何度日の出を迎えることになるか分からない。
おまけにアリは自分のホームで戦っているわけだから、援軍をいくらでも投入できる。
こういう消耗戦は、こちらにとってかなり不利だ。
「あのアリたち……みんなも、時間を稼がれてるって感じる?」
僕は後ろの仲間たちに振り向いて聞いた。
「ん?」
ワカナが首をかしげた。
「ただ死ぬのが怖いだけだと思ってたけど」
「私も同じ感じがしてた」
ユウキが前から振り向いて、一度頷いた。
「攻撃の頻度が低すぎる」
「我が主、彼らはただ時間を稼いでいるだけではありません。我々を奥へ誘い込んでいるのです」
老昆布がカタツムリに乗って、後ろから慌てて駆けつけてきた。
その老いた体がカタツムリの殻の上で揺れていたが、深い緑のヒゲは一ミリも動じていなかった。
「巣の中に誘い込む、でも何のために?」
僕は彼が見上げなくて済むようにしゃがみ込んだ。
「私が思うに、奥に開けた場所があるはずです。ムカデがそこに突っ込んだ瞬間、四方八方から一斉に襲われることになります」
「ああ……」
僕は息を吸い込んだ。
その光景が頭にぱっと浮かんだ――広い空間の真ん中で身動きの取れなくなった巨大ムカデに、あらゆる方向からアリが飛びかかって噛みつく。想像しただけで頭皮にちりちりとした感覚が走った。
「対策はある?」
僕はすぐに聞いた。
老昆布はヒゲを撫でた――本物のヒゲはないんだけれど、裂けた昆布の繊維がそう見えるだけで、彼がこの仕草をすると不思議とそれがヒゲに見えてしまう。
「最低でも、先にゴキブリを偵察に行かせるべきです。そして、こうすれば……」
老昆布は声を落として、自分の作戦を披露した。
聞き終わって、僕は思わず頷いた。
この老昆布、面白い発想を持っている。この方法なら、こちらの仲間を一人も失わずにこのアリの巣を制圧できるかもしれない。
「さすが老昆布、頭の回転が速いね」
ワカナが親指を立てた。
「老人がこれだけ長く生きてきた経験があるだけのことです。色々な場面を見てきただけですよ」
老昆布は謙遜して手を振った。
「ただ褒められたいだけですよ。二人とも、騙されないでね」
蒸しガニが横から鋏を伸ばして彼を指さした。
「……カニ兄、暴露しないでください」
食料部隊のこうした掛け合いを眺めていて、思わず笑いがこぼれた。
ユウキも振り返ってこちらを見て、口元をかすかに上げていた。
僕はすぐにゴキブリたちをムカデの先頭に走らせた。
普通なら、ムカデはまずゴキブリを獲物にするはずだ。
でもこの巨大ムカデの知能は、たぶん僕たちの世界のムカデより上だ。
タイミングをちゃんと心得ている。目の前にこれだけのアリのご馳走が並んでいるのに、どこでも手に入るおやつ程度のゴキブリにわざわざ手を出すわけがない。
ゴキブリたちが前に押し出されると、案の定、彼らは尻込みした。
六本の脚がわずかに丸まり、触角が後ろに向かってひっきりなしに揺れた。
でも彼らは知恵の書によって蘇った従者だ――僕の意志に本当の意味で逆らうことはできない。
僕の強引な指示の下、敏捷なゴキブリたちが先に偵察に走った。
アリがゴキブリを攻撃すると、すかさずムカデが引き継ぎ、ゴキブリは偵察を続けられる。
この入れ替わりは予想外に滑らかに回った。
ゴキブリが偵察と囮を担い。
ムカデが収穫を担う。
アリを一匹片付けるたびに、ムカデは喉の奥から低いキシキシという音を出した――きっとあれが彼の満足の表現方法なのだろう。
その嬉しそうな様子を見ていて、僕はあのアリたちが少し可哀想にさえ思えてきた。
ワカナは前方の虐殺を眺めながら、思わず鼻をつまんだ。
「この臭い、どんどん強くなってる。蟻酸とアリの体液が混ざって……マジで鼻にくる」
「さっき僕の鼻が壊れてるってからかってたじゃない」
「笑うのは笑う、臭いのは臭い」
「正直に言うと、ワカナの鼻のほうが敏感すぎなんだよ」
僕は小声で呟いた。
「何?」
彼女は後ろから手を伸ばして、僕の首筋をつねった。僕は思わずびくっと縮こまった。
ほんの数分で、僕たちはアリの巣の奥にある巨大な広間に出てきた。
さっきまで歩いてきたあの廊下は、台所の壁の中をうねうねと外へ伸びていた。
感覚的には、もうあの台所は離れているかもしれない。
じゃあ、ここはいったいどこなんだろう?
ここは地下だが、上に広がっているのはフィヨルニルの住む世界なのか?
僕たちはもう巽の塔の外に出てしまったのか?
頭上の空間はあまりに高く、終わりが見えなかった。
地面はごつごつしていて、足元からカサカサと乾いた音が立った。
四方の壁は柔らかな土黄色の光を放っていた。何かの苔や菌糸が発光しているようだった。
空気中の酸っぱい臭いはさらに濃く、ほのかな甘さも混じっていた――腐った果物のような匂いだ。
「……この臭い」
ユウキが鼻にしわを寄せた。
「アリ、ここで何か飼ってるのかな?」
ワカナが周囲を見回した。
「食料の備蓄かもしれない」
僕は推測した。
僕たち三人はこの空間に足を踏み入れた瞬間、誰に言われるでもなく足音を抑えた。
人間の本能がそう告げていた――ここはただ事じゃない、と。
考える間もなく、アリの群れが僕たちを取り囲んできた。
整然とした隊列を組んでいる――まるで切れ者の将軍が指揮しているかのように。
巨大な大顎を持つメリーアントが前方を取り囲む。
膨らんだ尾を持つアシッドスプレイヤーアントが後方に控える。
少数の飛行アリが頭上をかすめていく。
中央には特徴の見分けがつかないが、せわしなく行き来しているアリがいた――あれがクーリエアントだ。あいつらこそ、最優先で狙うべき相手だった。
さっきの老昆布の助言通り、なんとしてもあいつを一匹、従者にしなければならない。




