第107話 ジャム作り
僕は背後のアリとの前線を振り返った。アリは押し返されに押し返され、ほとんどが巣の縁ぎりぎりまで撤退していた。
さっきまで途切れることなく溢れ出していたあの黒い長蛇の列が、今は逆方向の敗走となって、壁の隅に向かってひしめき合っている。群れは互いに押し合いへし合い、巣の隙間に潜り込もうと必死だ。なんとも情けない光景だった。
今もアリと戦っているのは、わずかな食料部隊と、僕が連れてきたあの巨大なムカデだけだった。
巨大なムカデは戸棚の真ん中で暴れまわり、退却が間に合わなかったアリに片端から襲いかかっていた。赤と黄の胴体が黒い虫の塊の中を縫うように動き、一噛みごとに何匹ものアリの首が落ちる。
他の面々のほとんどは、戦場の片付けを始めていた。
カニ部隊はアリの死骸を一つずつ運んで、隅に山積みにしていた。ハマグリたちは殻を閉じて、白い陶磁器の皿の上でくつろいでいた。根菜の食料部隊はお互いの怪我を確認し合い、体に付いたほこりや虫液をはらい落としていた。
傷を負ったマスカットたちは、涙を流しながら嘆いていた――
「害虫に噛まれてしまった!もう美食家の皆様には食べてもらえない!」
あの淡い緑白色の丸い体には大小さまざまな傷が刻まれ、それぞれの傷口からねっとりした果汁が染み出して、涙と混ざりながら陶磁器の上に滴り落ちていた。
そうやって嘆く彼らを見ていて、僕は本当に何と言えばいいか分からなかった。
「生食材の宿命ですよ……」
焼きジャガイモが首をかしげながら教えてくれた。
「虫に噛まれたら、食感も見た目も全部台無しになりますからね」
「君たちも噛まれるのは怖くないの?」
僕は聞いた。
「たいていの場合は、噛まれた部分を切り取ればいいんですよ」
ジャガイモは肩をすくめた。
自分の黄金色のカリカリした皮を指さして言った。「私みたいに既に料理済みの場合、この外側の皮が保護殻になります。中の身がちょっと齧られても、その部分だけ切り落とせば、残りは食べられますからね」
「でも新鮮な生食材は、傷ができた瞬間から想像もつかない速さで腐っていきます」
そういうことか……。
僕は泣いているマスカットたちを見て、頭の中にまたいくつかの理解のピースがはまっていった。
この食料部隊にとって、「美食家に食べてもらえるかどうか」が存在意義のすべてらしい。虫に噛まれてその資格を失うのは、彼らにとって死よりも辛いことなのだろう。
真っ赤な殻のカニが一人、こちらへ歩いてきた。
「生食材は傷ができたらすぐ料理しないといけません。私もその道を歩んだ口です」
その緋色の殻は戸棚の光を受けてつややかに輝き、脚は一本一本きびきびと動いていた。見るからに、ただのカニじゃない。
ジャガイモがカニに会釈して、世間話のような気軽な口調で尋ねた。
「蒸し料理?」
カニが体を前に二度ゆすった。あれが頷きということだろうか。
なるほど……。
食料部隊同士の挨拶って、相手がどう料理されたかをそのまま聞くものなのか。この世界の常識は、僕の予想を裏切ってばかりだ。
「あの果物たちは、料理の選択肢があまりないですからね……」
蒸しガニが言った。
「たぶんジャムでしょう」
ジャガイモは並んだ瓶のほうへ目をやった。
案の定、さっきマスカットたちを慰めていたジャム瓶の人が、傍にしゃがみ込み、スプーンを手に取って、虫に噛まれた箇所を一つ一つ丁寧に抉り取り始めていた。
そのスプーンは小さくて光沢のある銀のティースプーンで、彼の手の中でひらりひらりと回転する様は、ベテラン外科医のような熟達した手つきだった。
マスカットたちは歯を食いしばって痛みに耐え、噛まれた箇所を一さじずつ抉られていく。
「もう少しの辛抱だよ、ほとんど終わるから……」
ジャム瓶が優しくなだめる。
抉り取られた一塊ごとに、こぽっという柔らかい音がして、傷ついた果肉が傍の小さな器に置かれていく。マスカットたちの体はだんだん小さくなっていったが、その表情はだんだん覚悟を決めたものになっていった。
次は皮を剥き、それから種と軸を取り除く。
その工程の一つひとつが、深い気遣いをもって行われていた。皮を一枚剥くごと、種を一粒取り出すごとに、ジャム瓶は小さく「ごめんね」と呟いた――その雰囲気は料理というより、厳かな儀式に近かった。
傍で見ていた食料部隊は静まり返っていた。焼きジャガイモまで、いつもの笑顔を引っ込めて、神妙な顔つきになっていた。
別のほうでは、傷を負わなかった大勢のマスカットたちが、巨大なフライパンを運んできていた。
カトラリーや陶磁器の破片の上にフライパンを乗せると、その下に火を点ける――命の炎ではない。
炎はフライパンの下で踊り、暖かなオレンジ色の光を放っていた。じっと見ると、ただの普通の火だと分かる――命の炎にあるあの「新たな命を授ける」神聖な気配は、そこにはなかった。
皮を剥かれたマスカットたちは、一粒ずつフライパンに飛び込んでいった。
飛び込むとき、もがきも、悲鳴もなかった。代わりに、顔には固い決意が浮かんでいた。
「再生のために……」
「もう一度、美食家の御馳走となるために……」
互いに頷き合い、握手を交わし、次々と湯気の立つフライパンへ身を投じていく。
フライパンの縁では、別の食料部隊が長い杓子を構え、飛び込んできたマスカットを一粒ずつ潰しては、グラニュー糖を山ほど投入していた。
弱火でじっくり煮込まれ、やがてマスカットの果肉は一つに溶け合っていった。
淡い緑白色の果実ペーストがフライパンの中でぐつぐつと泡立ち、濃厚な甘い香りを放っている。砂糖が溶け込むと、鍋全体の色が深まり、その香りは戦場に残った臭気さえも上書きするほどだった。
食料部隊たちはマスカットのペーストを一杓子ずつ、あらかじめ用意してあった瓶に流し込んでいった。
その瓶は隅々まで洗われ、ぴかぴかに磨き上げられて、ジャムが注がれるのを静かに待っていた。
最後の一杓子が注がれ、瓶はなみなみと満たされた。
ジャム瓶がほんのわずかに震えた。
そして――
新たな食料部隊が誕生した――マスカットジャムの人だ。
「私たちは生まれ変わった!数え切れないマスカットたちの想いが、私の中で生きている!新しく生まれたジャム瓶――マスカットジャムの人です!」
彼は自分の頭の上で蓋をしっかりと締め、ヒーローのように胸を張って前に立った。
その淡い緑白色の体は戸棚の光を受けて見惚れるほどの輝きを放ち、ガラス瓶の表面にはマスカットの絵が描かれた上品なラベルが貼られていた。
「おおおおー!」
食料部隊全員が歓声を上げた。
これは間違いなく祝うべき瞬間だった。
「アリ?私が仇を取ります!」
マスカットジャムの人が吠えた。
鍋から生まれたばかりだというのに、その闘志はすでに頂点まで沸騰していた。ガラス瓶全体が、彼の怒りでかすかにカタカタと震えている。
食料部隊が一斉に戸棚の一角を指さした。そこには大きな穴があった――アリが戸棚を奇襲してきた経路だ。
「うわあああー!」
マスカットジャムの人はすぐにスプーンを掴むと、アリの侵入口めがけて駆け出していった。
その走り方ときたら、なかなか間抜けだった――何しろガラス瓶だから、体全体が上下にぴょこぴょこ揺れながら突進していく。それでも放つ気迫だけは、誰にも侮らせないものがあった。
「マスカットジャムさーん!待ってー!」
何人かの若いフルーツたちが追いかけていった。
その一団が遠くへ走り去るのを見送って、僕はちょっと途方に暮れた。
「ついていく?」
僕は二人の仲間に目をやった。
ユウキは勇気の剣を握り直し、眉をひそめた。
「私たちの使命は炊事場の害虫を一掃すること。だから突撃するのは間違ってない。でも……」
その先を、彼女は言わなかった。
「分かってる。サチとフェアリーが心配なんでしょ」
ワカナが代わりに続けた。
ユウキが頷いた。
その瞳にはちらつくような不安――仲間を気遣う心配が見えた。ワカナも僕も、同じ気持ちだった。
サチとフェアリーがどこにいるのか、今は全く分からない。安全なのか、危ない目に遭っているのか、まったく見当もつかなかった。そんな状況で、全力でアリの巣へ攻めかかるというのは、どうにも気持ちが落ち着かない。
「行方の分からない仲間を探したいんだろう?」
モチ米腸詰めが前線から戻ってきて、串焼きの串みたいな槍を下ろした。
その長い竹串にはまだアリの体液がこびりついていて、彼は布で丁寧に拭き取り、串の状態を入念に確かめた。
僕は多くを語らず、ただ頷いた。
「仲間がどこにいるか、心当たりは?」
モチ米腸詰めの小さな目がこちらを見据え、その口調には本物の気遣いがこもっていた。
僕はワカナにちらりと目をやった。
彼女は首を振った。
「だったら、君たちにできるのはアリの巣の掃討に加わることだけだろう?」
モチ米腸詰めが言った。
その声には、状況を見極めた人特有の地に足のついた重みがあった。
「その通りだ」
僕は武器を手に取った。カタツムリから変化したハンマーを片手に、ゴキブリから変化した地雷砲をもう片手に。
「行こう。今度はアリの巣そのものに突っ込むよ」
僕は宙に浮かび、戸棚の隅の穴へ向かってまっすぐ飛んでいった。
僕の後ろには、ユウキ、ワカナ、モチ米腸詰め、そしてあの大勢の食料部隊が、ぞろぞろと続いてきた。
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