第103話 この足、だいぶ少ないな
ヤスデは群れを作る生き物ではない。だから、組織だった連携攻撃なんてしてこない。
ただ、集まりはする。環境が合えば数が増え、種類まで増える。
この高さから見下ろすと、戸棚の底の地面はびっしりとヤスデで埋め尽くされていた――大きいの、小さいの、長いの、短いの、全部ごちゃごちゃに押し合っている。
足のリズムはバラバラで、一匹一匹が勝手なテンポで動き回っている。全体的に見ると、まるで支離滅裂なダンスを踊っているみたいだった。
下で這い回るヤスデには大小さまざまいた。
体の小さなやつは、最初の一斉砲撃であらかた片がついた。
真珠、鱗、種がまるでメテオみたいに降り注いで、小型のヤスデたちを叩き潰した。
地面には今、粘ついた体液の水溜まりが点々と広がり、真珠のかけらと潰れたヤスデの残骸が混ざり合っている。
「うわ……これは……」
ラディッシュが口を押さえた。
「見るな見るな!」
ニンジンが慌てて視線をそらせた。
残った体の大きなやつらは、こちらの遠距離攻撃をものともせずに登ってくる。
甲羅がかなり厚いらしく、真珠が当たっても「ドンッ」という鈍い音がするだけで、ヤスデはよろめきながらも登り続ける。魚の鱗の手裏剣を撃ち込んでも浅くしか刺さらず、体を揺すられただけでポロリと落ちてしまった。
ハマグリの一匹が、惜しげもなく最後の一粒を投げつけた。
その真珠は空中に美しい弧を描いて落ちていく。光を受けてきらきらと輝くそれを見ていると、本当に胸が痛くなる。
金銭的な価値という意味では破格の攻撃だったわけだが――
直撃を食らったヤスデはただ丸まって、タイヤみたいに横へ転がっていった。数秒後、あの長い多足の体をまた広げて、登り始める。
「俺の真珠……」
そのハマグリは落ちていった真珠を悔しそうに見つめていた。
「惜しくなってきたか!」
俺は思わず聞いた。
「なんで惜しいんだよ!あんなの排泄物みたいなもんだろ……」
「じゃあ何が惜しいんだ」
俺はため息をついた。
「……投げるものがなくなった」
彼は歯を食いしばった。
ヤスデたちが、どんどん近づいてくる。
「接近戦の準備!」
俺は指揮を飛ばした。
全員が近接用の武器を手に取った。
カニとロブスターが大きなハサミを振りかざす。ハマグリは二枚の殻を広げてタンク役の構えを取った。
前衛の甲殻類の盾の後ろでは、根菜の騎士たちが武器を構えていた――食事用のナイフはグレートソードのまま、スプーンは戦槌に、箸とフォークは槍と戟になった。
俺の食料部隊が、攻守一体の方陣を形成していた。
「主のために――持ちこたえろ!」
ジャガイモがナイフを掲げた。
「美食家のために――」
ダイコンの声が戸棚の足元に響き渡った。
「持ちこたえろ――!」
ヤスデの大群が次々と攻め上がってくる。一波、また一波。
だが高低差のある防衛戦では、守る側が圧倒的に有利だ。
カニのハサミが開いては閉じ、登ってくるヤスデを片っ端から真っ二つにする。ハマグリの殻が即席の盾壁となって、根菜たちに噛みつこうとする口を防いだ。後方の根菜の兵士たちは長いフォークや箸を伸ばし、盾の隙間から突き刺す。
中型のヤスデたちは、臭腺からさまざまな悪臭を放ちながら迫ってくる――
アーモンドのような匂いのシアン化物、ヨードチンキに似たフェノール系化合物……
その臭いが断続的に漂い上がってきて、ハマグリの潮の香りやヤスデの体液の生臭さと混ざり合って、辺り一帯が耐えがたい空間になっていった。
根菜の中には、その臭いを嗅いだだけで葉っぱが萎れてしまうものもいた。
ビーツの頭に茂っていた鮮やかな緑の葉っぱが黄色くなって丸まり始め、ヤマイモの葉に至っては一枚がまるごとポトリと落ちた。
料理済みの面々も、もはや食欲をそそる見た目ではなくなっていた。
焼きジャガイモのあの黄金色のカリカリした皮は、今では放置された残り物みたいに見えるし、スモークサーモンの色艶も曇ってしまった。
海鮮族に至っては変色し始めていた。
さっきずっと小さな球を吐き出していた魚は顔が青ざめ、とろ刺身の身もあの健康的なピンク色から不健康な灰白色に変わっていった。
「主人……この臭い……」
ニンジンの声が震えていた。
「もう限界です……」
ビーツの葉っぱがほとんど垂れ下がってしまった。
毒ガスには即死させるほどの危険はないが、放っておけば戦力にかなり深刻な影響が出る。
俺は急いで風呼びの杖を取り出した。
さっと一振りすると、巻き起こった突風が毒ガスを吹き散らした。
「ふうっ――」
清々しい気流が一瞬で足元から湧き出して、あの臭いを下へ全部吹き飛ばした。防衛線上の食料部隊が一斉に息をつき、顔色も戻ってきた。
「ああ……やっと息ができる!」
ヤマイモがもう一度背筋を伸ばした。
「我が主、あの杖すごいですね!」
ラディッシュの花びらが元気を取り戻した。
根菜も海鮮も一気に士気が上がり、俺たちの踏ん張りのもとで、最も速く登ってきた一群のヤスデが完全に撃退された。
カニのハサミ、根菜のナイフとフォーク、ハマグリの盾壁が連携して、押し寄せるヤスデを一匹ずつ弾き返した。弾き落とされたヤスデは木の足から転落し、重苦しい衝突音を立てた。
残ったのは、最も体の大きな数匹だ。
動きは遅い。しかし――
その体格は、壁を這い登るバスといった規模だった。
巨大な体が戸棚の木の足に張りついてじわじわと登ってくる。木材がその重さで「ギシギシ」と軋んでいる。十数節に分かれた胴体からは何十本もの足が伸びていて、その足が一斉に木をつかむ音だけで、鳥肌が立つほどだ。
「うわ……」
ハマグリが息を呑んだ。
「でかすぎる!」
まるで原始人に突進するマンモスのように、その巨体が俺たちの防衛線を激しく打ち崩した。
ドオォン――!
一匹の巨大ヤスデが盾壁に体当たりし、ハマグリたちが吹っ飛んだ。遠くまで飛ばされて地面に落ち、甲高い破砕音を立てた。
殻がなければ、地面にまた一つ、血と内臓の染みができていただろう。
続いて、二匹目、三匹目の巨型ヤスデも突っ込んできた。
「うわあああ――!」
「どけ!」
俺は慌てて部下の食料たちに退くよう指示を飛ばした。
そのとき、隊列の後方で塩昆布がすでに一列のダンゴムシを整列させていた。
丸まった体が一個一個、まるでトゥーム に仕掛けられた転がり石トラップのように並んでいる――あの臭くてでかい虫めがけて突撃する気だ。
「転がれ!」
塩昆布の号令が飛んだ。
ダンゴムシ軍団が一斉に転がり出した。灰色の球それぞれが凄まじい衝撃力を帯びていた。一つ目がヤスデの側面に激突し、あの巨体がまるごとひっくり返る。二つ目、三つ目と続いて、ヤスデの群れをまとめて戸棚から叩き落とした。
ヤスデの外骨格はダンゴムシほど硬くない。衝突を受けた後、床に叩きつけられて内臓をぶちまけるか、でなければバランスを崩して柔らかい腹を晒すかのどちらかだった。
地面に落ちたダンゴムシは、コートの外に転がったバスケットボールのように何度か弾んで、それからほどけた。
傍で待ち構えていたのは、さっき落とされたハマグリたちだ。彼らは次々とダンゴムシの背に乗って、戸棚の足を伝って登り返してきた。
防衛線に残っていた食料部隊がその隙を逃さず、一斉に押し寄せた。ナイフ、フォーク、箸が、露わになったヤスデの腹へと突き刺さる。
「突撃――!」
「我が主のために――!」
ニンジンのフォークが一匹のヤスデの柔らかい腹に刺さり、そのヤスデは声もなく痙攣して、節が何度か震えてから動かなくなった。ダイコンは手慣れた様子で食事ナイフを振るい、晒された腹を次々と切り裂いていった。
「お爺さん、さっきのは見事でしたよ!」
俺は思わず称えた。
「微力を尽くしたまでのことです」
老昆布はヒゲを撫でながら、目を細めた。
その得意げな表情は、もう隠しきれていなかった。
数回の防衛戦を経て、残ったのはとうとう最後の一匹だけになった。
体長十メートルを超え、ドラム缶ほどの太さがある。
放つ悪臭は、風で吹き飛ばすことさえできない。
口を開けて息をする気にもなれなかった――吸い込んだ瞬間、舌の上がざらざらとした痺れるような感覚に包まれる。
あまりに濃厚な臭いは風呼びの杖の風でも消せず、空間全体があいつの気配に支配されていた。
全軍が厳戒態勢を取った。
こいつを倒せないわけじゃない。
でも、仲間を何人か失うのは避けられないだろう。
ここまで一緒に戦ってきた戦士たちを見渡すと、胸に重いものがこみ上げてきた。元は流し台の下や戸棚の隅に住んでいた連中が、この俺みたいな余所者のために命懸けで戦ってくれている。
根菜も海鮮も、全員が覚悟の目をしていた。
手の武器をぎゅっと握りしめ、一人ひとりが戦死する準備をしていた。
「わが主、命令を」
ダイコンの声は揺れていなかった。
「怖くないですよ」
ニンジンも続けた。
俺は歯を食いしばった。
ヤスデが上半身を大きく振り上げ、俺たちが最初の一撃を受ける覚悟をしたその瞬間――
一対の大顎が、奴の背後から噛みついた。
持ち上げられた。
十メートル超の巨体が、何百本もの足を俺たちの目の前でもがかせながら宙に浮いた。
「え?」
俺は完全に固まった。
あれほど猛威を振るっていたヤスデが、今は首根っこを掴まれた子猫みたいに、力なく宙ぶらりんになっている。節が暴れてはいるが、もう何の脅威にもならない。
その背後を見た。
見た瞬間、全身から冷や汗が吹き出した。
ヤスデの三倍はあろうかという巨体。赤と黄色の多節で平べったい体。鋭い爪脚。長い触角――
俺たちの前に姿を現したのは、台所に棲む頂点捕食者だった。
ムカデ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
面白いと思っていただけたら、
よろしければ ブックマークや評価、感想 をいただけると嬉しいです。
あなたの応援が、
これからの執筆の励みになります。




