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空気を読めない男、空気を読んで最強に至る ~10年間の暗黒奴隷生活。空間を数え続けた俺は、物理的な”空気”を読み切って成り上がる~  作者: ミツキイザナ
第四章 闘技大会

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0185.正義と暴風



 視点:俯瞰


 

 一勝一敗。

 大将戦までもつれ込んだ準決勝。

 会場の熱気は最高潮に達し、

 固唾を呑んで二人の姿を見守る。

 

 『虹の都』大将、正義の赤(ガーネット)

 

 燃えるような赤髪をなびかせ、

 軍服のような白の装束に身を包む。

 

 その腰には、装飾のない実直な剣。

 立ち姿は剣のように鋭く、

 迷いのない瞳が相手を射抜く。

 

 対する『三風神』大将、

 暴風剣のゼフィール。

 

 銀の仮面の下から覗く瞳は、

 勝気で、好戦的な光を宿している。

 

 腰に差した魔剣『ストームブリンガー』が、

 鞘の中で微かに唸りを上げていた。

 

「……ようやくアタシの番ね」

 

 ゼフィールが仮面越しに鼻を鳴らす。

 

「待ちくたびれたわ。さっさと終わらせて、

 可愛い弟に会いに行くんだから」

 

 その言葉には、

 微塵の油断もないが、

 隠しきれない愛情が滲んでいた。

 

 弟──ヴェルのことだ。

 

 観客席で見ている彼に、

 いいところを見せたいという姉心。

 そして何より、

 自分が一番強いのだという証明。

 

「私情を持ち込むか。嘆かわしい」

 

 ガーネットが冷徹に言い放つ。

 

「戦いとは、信念のぶつかり合い。

 正義なき剣に、重みなどない」

 

「はっ! 正義だぁ?

 堅苦しいこと言ってんじゃないわよ」

 

 ゼフィールが剣の柄に手を掛ける。

 

「アタシの剣にあるのは、

 ただ一つの純粋な“意志”だけよ。

 邪魔なものを吹き飛ばす、

 暴風のような意志がね!」

  

 『第三試合、開始ッ!!』

 

 銅鑼の音が響くや否や、

 ゼフィールが動いた。

 

 ──ドォンッ!!

 

 足元の石畳が爆ぜる。

 風を纏い、砲弾のように突っ込む。

 

「速攻で決めるッ!」

 

 抜刀。

 

 魔剣ストームブリンガーが、

 緑色の閃光となって走る。

 

 単純だが、極限まで磨かれた一撃。

 速さ、重さ、鋭さ。

 全てが桁外れの剣撃が、

 ガーネットの首を狙う。

 

 だが、ガーネットは動かない。

 剣を抜く素振りすら見せない。

 ただ、静かに口を開いた。

 

「『翻るは正義の旗(ジャスティスオーダー)』」

 

 凛とした声が響く。

 

「──剣を振るう者は、裁かれる」

 

 その言葉が、世界に定義された。

 

 ボッ!!!

 

 紅蓮の炎が、

 ゼフィールの全身を包み込んだ。

 

「なっ……!?」

 

 ゼフィールの動きが止まる。

 

 熱い。

 ただの火ではない。

 身を焦がし、魂を焼くような、

 断罪の炎。

 

「ぐぅッ……!」

 

 ゼフィールはたたらを踏み、

 バックステップで距離を取る。

 

 炎は消えない。

 彼女が剣を握っている限り、

 その身を焼き続ける。

 

「なんだ、こりゃ……!?」

 

 ゼフィールが剣を振るい、

 風圧で火を消そうとするが、

 炎は皮膚に食らいついて離れない。

 

「無駄だ」

 

 ガーネットが静かに告げる。

 

「私の能力は“ルールの強制”。

 この場において私が定めた法は絶対だ。

 法を破る者には、等しく罰が下る」

 

 ガーネット自身もまた、

 剣を抜いてはいない。

 自身が剣を使えば、

 彼女もまた炎に焼かれるからだ。

 

「剣士封じか……性格の悪い能力ねッ!」

 

 ゼフィールは舌打ちをする。

 

 だが、剣を離しはしない。

 剣士が剣を捨てれば、

 それは敗北と同じだからだ。

 

「根性試しってわけ? 上等よ!」

 

 ゼフィールは炎に焼かれながらも、

 強引にマナを練り上げる。

 

「風よ、巻き上がれ!」

 

 魔剣が唸りを上げる。

 刀身に纏わりつく風が、

 超高密度の鎧となって、

 ゼフィールの身体を覆っていく。

 

 風圧で、炎を物理的に押し留める。

 完全に消すことはできなくとも、

 皮膚へのダメージを最小限に抑える。

 

「熱いけど……我慢すればいいだけの話!」

 

 ゼフィールが再び突っ込む。

 炎を纏ったままの特攻。

 まるで火の玉だ。

 

「愚かな。罰を受け入れてなお罪を重ねるか」

 

 ガーネットは眉をひそめ、

 次なる法を紡ぐ。

 

「──地を駆ける者は、裁かれる」

 

 ボボボッ!!

 

 ゼフィールの足元から、

 火柱が噴き上がった。

 

 剣を持っている罪。

 地を走っている罪。

 

 二重の罰が、

 ゼフィールを焼き尽くそうとする。

 

「くっ、そぉぉぉッ!!」

 

 ゼフィールは悲鳴を上げる代わりに、

 気合の咆哮を上げた。

 足が焼かれるなら、

 地に着けなければいい。

 

 ヒュオッ!

 

 ゼフィールの身体が浮き上がる。

 風のマナを足裏から噴射し、

 空中を滑るように移動する。


風の滑走(スイフトウォーク)』の応用。

 いや、本家本元の空中機動。

 

「空なら文句ないでしょッ!」

 

 ゼフィールが空から急降下する。

 重力と加速を乗せた必殺の唐竹割り。

 

 だが、ガーネットは動じない。


「信念なき力など……!」

 

 ガーネットが、腰の剣を抜いた。

 瞬間、彼女の全身もまた、

 紅蓮の炎に包まれる。

 

『剣を振るう者は裁かれる』

 

 そのルールは、彼女自身にも適用される。

 だが、彼女は躊躇わない。

 

 ガギィィィンッ!!

 

 空中のゼフィールと地上のガーネット。

 二つの剣が激突する。

 互いに、全身を裁きの炎に焼かれながら。

 

「ぐっ……!

 アンタ、自分も燃えてるじゃない!」

 

 ゼフィールが鍔迫り合いの中で叫ぶ。

 

「正義を成すためならば、

 この身が焼かれることなど些細な代償だ」

 

 ガーネットの瞳は揺らがない。

 狂気すら感じるほどの正義への執着。

 痛みを感じていないわけではない。

 ただ、意志の力でねじ伏せているのだ。

 

「……気に入らないわね」

 

 ゼフィールが、

 ギリギリと剣を押し込む。

 

「自分を痛めつけて、それで勝って嬉しいの?」

 

「勝利ではない。執行だ」

 

 ガーネットが剣を弾き返す。

 

「悪を断つ。そのために私は在る」

 

「悪、悪ってうるさいわね!

 アタシはただ……!」

 

 ゼフィールが空中で回転し、

 遠心力を乗せた横薙ぎを放つ。

 

「弟にかっこいいとこ、

 見せたいだけなのよォッ!!」

 

 ドォォンッ!!

 

 風の刃と、鋼の剣がぶつかり合う。

 

 衝撃波が炎を散らし、

 周囲の空気を振動させる。

 単純な動機。

 

 だが、それゆえに強い。

 

「ふん、俗物め」

 

 ガーネットが冷たく吐き捨てる。

 

「ならば、その俗念ごと焼き尽くそう」

 

 ガーネットが指を鳴らす。

 新たなルール。

 更なる制約。

 

「──マナを操る者は、裁かれる」

 

 カッッッ!!!

 

 視界が白く染まるほどの、

 猛烈な業火が発生した。

 

 ゼフィールは風の魔剣使い。

 常時、膨大な量のマナを操っている。

 その全てが、罪と判定された。

 

「ぎゃあぁぁぁぁっ!?」

 

 ゼフィールが悲鳴を上げる。

 

 風の鎧すら貫通する熱量。

 骨の髄まで焼かれる激痛。

 

 もちろん、ガーネット自身も、

 マナを使って身体強化をしている。

 

 彼女の体もまた、

 白い炎に包まれていた。

 だが、彼女は一歩も退かない。

 痛みに顔を歪めることすらない。

 

「我慢比べといこうか。

 貴様の俗念と、私の正義。

 どちらが先に燃え尽きるか」

 

 ガーネットが一歩踏み出す。

 

 焼かれながら、剣を振るう。

 狂っている。

 この女は、自分の命すら、

 正義という天秤の重りにしてしまっている。

 

「くっ……! 熱い……熱いわよバカッ!」

 

 ゼフィールが後退る。

 

 マナを使わなければ、

 この炎は消える。

 

 だが、マナを切れば、

 ガーネットの剣撃を防げない。

 

 詰みだ。

 ルールという檻の中で、

 なぶり殺しにされる未来が見える。

 

(……負ける?)

(アタシが? こんな、わけのわからない女に?)

 

 視界が揺れる。

 熱で意識が朦朧とする。

 

 観客席を見る。

 そこには、心配そうにこちらを見つめる、

 弟たちの姿があった。

 

 だが、ヴェルの顔はちがった。

『姉貴なら大丈夫だろ』

 そんな信頼の眼差し。

 

(……あぁ、そうよね)

 

 ゼフィールの口元が、

 ニヤリと吊り上がった。

 

 あの子の前で。

 無様な姿なんて、晒せるわけがない。

 

「……ねぇ、正義さん」

 

 ゼフィールが、

 炎の中で剣を構え直す。

 

「アンタのルール、穴だらけよ」

 

「何?」

 

「マナを操る者は裁かれる……。

 なら、操らなきゃいいんでしょ?」

 

 ゼフィールは、

 体内のマナ制御を、手放した。

 制御を失ったマナが、

 暴走を始める。

 

 だが、それは彼女の体内ではない。

 魔剣『ストームブリンガー』へと、

 全マナを垂れ流すように注ぎ込んだ。

 

「持ってけドロボウ!

 アタシのマナ、全部くれてやるわ!」

 

 魔剣が、歓喜の産声を上げる。

 

 主の制御を離れ、

 ただのエネルギーの塊として、

 暴風を呼び起こす。

 

 これは、マナ操作ではない。

 ただの“放出”だ。

 ダムが決壊したように溢れ出す風の暴力。

 

「なッ……!?」

 

 ガーネットが目を見開く。

 ゼフィールの周りの炎が吹き飛んだ。

 

 あまりに強大すぎる風圧が、

 物理的に炎を掻き消したのだ。

 

 そして、ゼフィールの身体から、

 “マナを操る”という判定が消える。

 ルールから外れる。

 

暴風蹂躙(ストームドライヴ)!!」

 

 ゼフィールが剣を振るう。

 いや、剣に振られているようにも見えた。

 

 制御不能の暴風が、

 竜巻となって横に走る。

 

 それは、ルールも、正義も、

 何もかもを飲み込む災害。

 

「ぐ、ぬぅッ……!!」

 

 ガーネットが剣を構え、

 保持の力で耐えようとする。

 

 だが、彼女はまだ、

 自らのルールに縛られている。

 

 マナを使えば焼かれる。

 防御を固めれば固めるほど、

 内側からの炎が彼女を蝕む。

 

「正義だの、法だの……。

 そんなちんけな枠に、

 アタシの風が収まると思ってんの!?」

 

 ゼフィールの叫びと共に、

 竜巻がガーネットを呑み込んだ。

 

 炎がかき消される。

 鎧が砕ける。

 地面がえぐれ結界が悲鳴を上げる。

 

「が、ぁぁぁぁぁぁッ……!!」

 

 ガーネットの身体が、

 木の葉のように舞い上がった。

 正義の旗は、

 理不尽な暴風の前に折れたのだ。

 

 ズドォォォォォォンッ!!!

 

 場外の壁に、

 深々とガーネットがめり込む。

 

 意識を失い、

 白目を剥いて崩れ落ちた。

 

 ……嵐が過ぎ去る。

 

 リングの上には、

 肩で息をするゼフィールだけが残っていた。

 

 服はボロボロ、肌も焼けている。

 だが、その手にはしっかりと、

 勝利の剣が握られていた。

 

『しょ、勝負ありぃぃぃッ!!

 勝者、ゼフィール選手ゥゥッ!!』

 

 実況の声が静寂を破る。

 

 ワァァァァァァァッ!!

 

 歓声が爆発する。

 

 ゼフィールは、

 仮面の下でニカっと笑った。

 そして、観客席の弟へ向けて、

 Vサインを掲げる。

 

(……見たか、ヴェン。

 お姉ちゃんは、最強なんだからね!)

 

 その姿は、誰よりも自由で、

 誰よりも強かった。

 

 『三風神』の勝利。

 

 決勝への切符は、

 彼女たちの手に渡ったのだった。



 

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