0185.正義と暴風
視点:俯瞰
一勝一敗。
大将戦までもつれ込んだ準決勝。
会場の熱気は最高潮に達し、
固唾を呑んで二人の姿を見守る。
『虹の都』大将、正義の赤。
燃えるような赤髪をなびかせ、
軍服のような白の装束に身を包む。
その腰には、装飾のない実直な剣。
立ち姿は剣のように鋭く、
迷いのない瞳が相手を射抜く。
対する『三風神』大将、
暴風剣のゼフィール。
銀の仮面の下から覗く瞳は、
勝気で、好戦的な光を宿している。
腰に差した魔剣『ストームブリンガー』が、
鞘の中で微かに唸りを上げていた。
「……ようやくアタシの番ね」
ゼフィールが仮面越しに鼻を鳴らす。
「待ちくたびれたわ。さっさと終わらせて、
可愛い弟に会いに行くんだから」
その言葉には、
微塵の油断もないが、
隠しきれない愛情が滲んでいた。
弟──ヴェルのことだ。
観客席で見ている彼に、
いいところを見せたいという姉心。
そして何より、
自分が一番強いのだという証明。
「私情を持ち込むか。嘆かわしい」
ガーネットが冷徹に言い放つ。
「戦いとは、信念のぶつかり合い。
正義なき剣に、重みなどない」
「はっ! 正義だぁ?
堅苦しいこと言ってんじゃないわよ」
ゼフィールが剣の柄に手を掛ける。
「アタシの剣にあるのは、
ただ一つの純粋な“意志”だけよ。
邪魔なものを吹き飛ばす、
暴風のような意志がね!」
『第三試合、開始ッ!!』
銅鑼の音が響くや否や、
ゼフィールが動いた。
──ドォンッ!!
足元の石畳が爆ぜる。
風を纏い、砲弾のように突っ込む。
「速攻で決めるッ!」
抜刀。
魔剣ストームブリンガーが、
緑色の閃光となって走る。
単純だが、極限まで磨かれた一撃。
速さ、重さ、鋭さ。
全てが桁外れの剣撃が、
ガーネットの首を狙う。
だが、ガーネットは動かない。
剣を抜く素振りすら見せない。
ただ、静かに口を開いた。
「『翻るは正義の旗』」
凛とした声が響く。
「──剣を振るう者は、裁かれる」
その言葉が、世界に定義された。
ボッ!!!
紅蓮の炎が、
ゼフィールの全身を包み込んだ。
「なっ……!?」
ゼフィールの動きが止まる。
熱い。
ただの火ではない。
身を焦がし、魂を焼くような、
断罪の炎。
「ぐぅッ……!」
ゼフィールはたたらを踏み、
バックステップで距離を取る。
炎は消えない。
彼女が剣を握っている限り、
その身を焼き続ける。
「なんだ、こりゃ……!?」
ゼフィールが剣を振るい、
風圧で火を消そうとするが、
炎は皮膚に食らいついて離れない。
「無駄だ」
ガーネットが静かに告げる。
「私の能力は“ルールの強制”。
この場において私が定めた法は絶対だ。
法を破る者には、等しく罰が下る」
ガーネット自身もまた、
剣を抜いてはいない。
自身が剣を使えば、
彼女もまた炎に焼かれるからだ。
「剣士封じか……性格の悪い能力ねッ!」
ゼフィールは舌打ちをする。
だが、剣を離しはしない。
剣士が剣を捨てれば、
それは敗北と同じだからだ。
「根性試しってわけ? 上等よ!」
ゼフィールは炎に焼かれながらも、
強引にマナを練り上げる。
「風よ、巻き上がれ!」
魔剣が唸りを上げる。
刀身に纏わりつく風が、
超高密度の鎧となって、
ゼフィールの身体を覆っていく。
風圧で、炎を物理的に押し留める。
完全に消すことはできなくとも、
皮膚へのダメージを最小限に抑える。
「熱いけど……我慢すればいいだけの話!」
ゼフィールが再び突っ込む。
炎を纏ったままの特攻。
まるで火の玉だ。
「愚かな。罰を受け入れてなお罪を重ねるか」
ガーネットは眉をひそめ、
次なる法を紡ぐ。
「──地を駆ける者は、裁かれる」
ボボボッ!!
ゼフィールの足元から、
火柱が噴き上がった。
剣を持っている罪。
地を走っている罪。
二重の罰が、
ゼフィールを焼き尽くそうとする。
「くっ、そぉぉぉッ!!」
ゼフィールは悲鳴を上げる代わりに、
気合の咆哮を上げた。
足が焼かれるなら、
地に着けなければいい。
ヒュオッ!
ゼフィールの身体が浮き上がる。
風のマナを足裏から噴射し、
空中を滑るように移動する。
『風の滑走』の応用。
いや、本家本元の空中機動。
「空なら文句ないでしょッ!」
ゼフィールが空から急降下する。
重力と加速を乗せた必殺の唐竹割り。
だが、ガーネットは動じない。
「信念なき力など……!」
ガーネットが、腰の剣を抜いた。
瞬間、彼女の全身もまた、
紅蓮の炎に包まれる。
『剣を振るう者は裁かれる』
そのルールは、彼女自身にも適用される。
だが、彼女は躊躇わない。
ガギィィィンッ!!
空中のゼフィールと地上のガーネット。
二つの剣が激突する。
互いに、全身を裁きの炎に焼かれながら。
「ぐっ……!
アンタ、自分も燃えてるじゃない!」
ゼフィールが鍔迫り合いの中で叫ぶ。
「正義を成すためならば、
この身が焼かれることなど些細な代償だ」
ガーネットの瞳は揺らがない。
狂気すら感じるほどの正義への執着。
痛みを感じていないわけではない。
ただ、意志の力でねじ伏せているのだ。
「……気に入らないわね」
ゼフィールが、
ギリギリと剣を押し込む。
「自分を痛めつけて、それで勝って嬉しいの?」
「勝利ではない。執行だ」
ガーネットが剣を弾き返す。
「悪を断つ。そのために私は在る」
「悪、悪ってうるさいわね!
アタシはただ……!」
ゼフィールが空中で回転し、
遠心力を乗せた横薙ぎを放つ。
「弟にかっこいいとこ、
見せたいだけなのよォッ!!」
ドォォンッ!!
風の刃と、鋼の剣がぶつかり合う。
衝撃波が炎を散らし、
周囲の空気を振動させる。
単純な動機。
だが、それゆえに強い。
「ふん、俗物め」
ガーネットが冷たく吐き捨てる。
「ならば、その俗念ごと焼き尽くそう」
ガーネットが指を鳴らす。
新たなルール。
更なる制約。
「──マナを操る者は、裁かれる」
カッッッ!!!
視界が白く染まるほどの、
猛烈な業火が発生した。
ゼフィールは風の魔剣使い。
常時、膨大な量のマナを操っている。
その全てが、罪と判定された。
「ぎゃあぁぁぁぁっ!?」
ゼフィールが悲鳴を上げる。
風の鎧すら貫通する熱量。
骨の髄まで焼かれる激痛。
もちろん、ガーネット自身も、
マナを使って身体強化をしている。
彼女の体もまた、
白い炎に包まれていた。
だが、彼女は一歩も退かない。
痛みに顔を歪めることすらない。
「我慢比べといこうか。
貴様の俗念と、私の正義。
どちらが先に燃え尽きるか」
ガーネットが一歩踏み出す。
焼かれながら、剣を振るう。
狂っている。
この女は、自分の命すら、
正義という天秤の重りにしてしまっている。
「くっ……! 熱い……熱いわよバカッ!」
ゼフィールが後退る。
マナを使わなければ、
この炎は消える。
だが、マナを切れば、
ガーネットの剣撃を防げない。
詰みだ。
ルールという檻の中で、
なぶり殺しにされる未来が見える。
(……負ける?)
(アタシが? こんな、わけのわからない女に?)
視界が揺れる。
熱で意識が朦朧とする。
観客席を見る。
そこには、心配そうにこちらを見つめる、
弟たちの姿があった。
だが、ヴェルの顔はちがった。
『姉貴なら大丈夫だろ』
そんな信頼の眼差し。
(……あぁ、そうよね)
ゼフィールの口元が、
ニヤリと吊り上がった。
あの子の前で。
無様な姿なんて、晒せるわけがない。
「……ねぇ、正義さん」
ゼフィールが、
炎の中で剣を構え直す。
「アンタのルール、穴だらけよ」
「何?」
「マナを操る者は裁かれる……。
なら、操らなきゃいいんでしょ?」
ゼフィールは、
体内のマナ制御を、手放した。
制御を失ったマナが、
暴走を始める。
だが、それは彼女の体内ではない。
魔剣『ストームブリンガー』へと、
全マナを垂れ流すように注ぎ込んだ。
「持ってけドロボウ!
アタシのマナ、全部くれてやるわ!」
魔剣が、歓喜の産声を上げる。
主の制御を離れ、
ただのエネルギーの塊として、
暴風を呼び起こす。
これは、マナ操作ではない。
ただの“放出”だ。
ダムが決壊したように溢れ出す風の暴力。
「なッ……!?」
ガーネットが目を見開く。
ゼフィールの周りの炎が吹き飛んだ。
あまりに強大すぎる風圧が、
物理的に炎を掻き消したのだ。
そして、ゼフィールの身体から、
“マナを操る”という判定が消える。
ルールから外れる。
「暴風蹂躙!!」
ゼフィールが剣を振るう。
いや、剣に振られているようにも見えた。
制御不能の暴風が、
竜巻となって横に走る。
それは、ルールも、正義も、
何もかもを飲み込む災害。
「ぐ、ぬぅッ……!!」
ガーネットが剣を構え、
保持の力で耐えようとする。
だが、彼女はまだ、
自らのルールに縛られている。
マナを使えば焼かれる。
防御を固めれば固めるほど、
内側からの炎が彼女を蝕む。
「正義だの、法だの……。
そんなちんけな枠に、
アタシの風が収まると思ってんの!?」
ゼフィールの叫びと共に、
竜巻がガーネットを呑み込んだ。
炎がかき消される。
鎧が砕ける。
地面がえぐれ結界が悲鳴を上げる。
「が、ぁぁぁぁぁぁッ……!!」
ガーネットの身体が、
木の葉のように舞い上がった。
正義の旗は、
理不尽な暴風の前に折れたのだ。
ズドォォォォォォンッ!!!
場外の壁に、
深々とガーネットがめり込む。
意識を失い、
白目を剥いて崩れ落ちた。
……嵐が過ぎ去る。
リングの上には、
肩で息をするゼフィールだけが残っていた。
服はボロボロ、肌も焼けている。
だが、その手にはしっかりと、
勝利の剣が握られていた。
『しょ、勝負ありぃぃぃッ!!
勝者、ゼフィール選手ゥゥッ!!』
実況の声が静寂を破る。
ワァァァァァァァッ!!
歓声が爆発する。
ゼフィールは、
仮面の下でニカっと笑った。
そして、観客席の弟へ向けて、
Vサインを掲げる。
(……見たか、ヴェン。
お姉ちゃんは、最強なんだからね!)
その姿は、誰よりも自由で、
誰よりも強かった。
『三風神』の勝利。
決勝への切符は、
彼女たちの手に渡ったのだった。




