0184.天候を統べる魔女
視点:ヴェル
フィールドの中央で対峙する二人。
『堅固の黄』トパーズと、
S級『霧魔女』ミストラル。
物理特化の不死身の拳闘士と、
天候を操る大魔導師。
どう転ぶか予想がつかないカードだ。
トパーズは、軽い足取りで跳ねる。
「へへっ、S級サマがお相手とはね。
光栄すぎて涙が出そうだよ」
口調は軽いが目は笑っていない。
全身の筋肉がバネのように収縮し、
いつでも飛びかかれる態勢だ。
「アタイの硬さ、試してみるかい?
それとも、泣いて逃げ出すかい?」
挑発。
あからさまな煽りだ。
だが、ミストラルは動じない。
扇子で口元を隠し、
冷ややかな瞳で見下ろすだけだ。
「……品性がありませんこと」
吐息のような言葉。
次の瞬間、世界が白く染まった。
──パキィンッ!!
音が、遅れて聞こえた。
トパーズの動きが止まる。
いや、止められた。
彼女の全身が、分厚い氷の棺に
閉じ込められていたのだ。
「なッ……!?」
俺は思わず身を乗り出す。
詠唱がない。
予備動作すらなかった。
ただ、其処に吹雪が発生し、
一瞬で対象を凍てつかせた。
「粗雑な石ころなど、
砕けておしまいなさい」
ミストラルが扇子を一振りする。
パリーンッ!!
氷像が、内側から砕け散った。
トパーズの身体ごと、
無数の氷片となって飛散する。
瞬殺。
あまりにも呆気ない幕切れ──
「……寒っ!!
いきなり二つかよ、姉ちゃん!」
氷の礫が集まり、人の形を成す。
トパーズだ。
五体満足、傷一つない姿で、
何事もなかったかのように立っていた。
「『七転八起』……!」
セリアが声を漏らす。
死ぬたびに蘇り、
死因となった攻撃への耐性を得て、
さらにはその属性を我が物とする能力。
今の攻撃で二回の死の判定があったらしい。
「へへっ、覚えたぜぇ!
氷結と、粉砕! 頂きだッ!」
トパーズが地面を蹴る。
その拳には、冷気が纏わりつき、
触れるものを砕く振動を帯びていた。
「凍って砕けなッ!!」
必殺の右ストレート。
だが、ミストラルは避けない。
「学習なさい」
ヒュオォォッ!!
突風。
トパーズの身体が、
見えない壁に弾かれたように吹き飛ぶ。
「うおっ!?」
体勢を崩したトパーズの周囲に、
真空の刃が無数に発生した。
カマイタチ。
「八つ裂きですわ」
ザシュシュシュシュッ!!
肉が裂ける音が重なる。
トパーズの身体が、
一瞬で細切れの肉片へと変わった。
「……えぐい」
シンが顔をしかめる。
だが、肉片はすぐに盛り上がり、
再びトパーズの姿へと戻る。
「痛ってぇなぁ……! 斬撃も追加かよ!」
トパーズが首を鳴らす。
今の彼女は、氷結無効、粉砕無効、
そして三度目の死、斬撃無効の肉体だ。
「お返しだッ!」
トパーズが手刀を振るう。
ヒュンッ!
指先から真空の刃が放たれる。
ミストラルと同じ、カマイタチだ。
それは一直線にミストラルを襲うが、
彼女の目の前で氷の壁が出現し防がれた。
ガギィン!
「あら、芸がありませんわね」
ミストラルが、
空を見上げるように扇子を掲げる。
「少し、日差しが足りませんわ」
その言葉と共に、
会場の気温が急上昇する。
上空に、小さな太陽が出現していたのだ。
「は……?」
俺は目を疑った。
太陽? いや、超高密度の火球か?
だが、その熱量は本物だ。
「『疑似恒星』」
ジリジリと肌が焼ける。
観客席に結界があるにも関わらず、
汗が吹き出すほどの熱波。
「あ、熱っ!? なんだこりゃ!」
トパーズが悲鳴を上げる。
氷の耐性はあっても、
熱への耐性はない。
ミストラルは自身の周囲に
濃密な霧のヴェールを展開し、
涼しい顔で立っている。
「干からびなさい」
熱線が、トパーズを焼く。
水分が一瞬で蒸発し、
トパーズの身体がミイラのように萎び、
炭化して崩れ落ちた。
四度目の死。
だが、灰の中から、
トパーズはゆらりと立ち上がる。
「あっちぃ……!
やってくれるねぇ、お嬢様!」
復活。
今度は、全身が赤熱している。
熱耐性獲得。
「熱いのはお互い様だッ!」
トパーズが両手をかざす。
掌から、灼熱の熱線が放たれた。
直線的な破壊の光。
ミストラルは、ふぅ、と溜め息をつく。
「雨乞いでもしましょうか」
ザァァァァァッ!!
局地的な豪雨。スコールだ。
熱線が雨粒に当たり、ジュワッと蒸発する。
それだけではない。
空中に浮かぶ無数の水滴が、
ミストラルの意思で整列する。
「水のレンズ、ですわ」
トパーズの放った熱線が、
水滴によって屈折し、拡散し、
明後日の方向へと逸れていく。
「なっ、攻撃が曲がっ……!?」
「お返しです」
ミストラルが指を回す。
雨と風が混ざり合い、
巨大な竜巻が発生した。
ゴォォォォォッ!!
「うわぁぁぁぁっ!?」
トパーズが巻き上げられる。
水を含んだ重い暴風。
呼吸ができない。
肺の中の空気が吸い出され、
代わりに水がねじ込まれる。
「窒息なさい」
竜巻はトパーズを遥か上空まで巻き上げ、
そして唐突に消滅した。
ヒュルルルル……ドォォンッ!!
数百メートルの高さからの自由落下。
地面に叩きつけられたトパーズは、
原形を留めない肉塊となった。
窒息死、落下……いや衝突死か?
六度目の死である。
「……しぶといのう」
アノンが顔をしかめる。
肉塊が蠢き、また元の姿へ。
「ごほっ、ごほっ……!
落とすなんて卑怯だぞ!」
トパーズが空を睨む。
落下耐性と、暴風の力を得て。
「やり返すッ!」
トパーズが両手を掲げる。
彼女の左右から、二つの竜巻が発生した。
ミストラルが見せた技の模倣。
だが、威力は本物だ。
「吹き飛びなッ!」
「本当に芸がありませんわね」
ミストラルは扇子をパチリと鳴らす。
迫りくる二つの竜巻に対し、
彼女は“逆回転”の竜巻を生成し、
真正面からぶつけた。
ボフンッ!!
回転が相殺され、風が消える。
「えっ……?」
トパーズが呆気にとられる。
その頭上には、まだ雨が降っていた。
「固まりなさい」
ミストラルが呟く。
降り注ぐ雨粒が、一瞬で凍結する。
ただの氷ではない。
一つの巨大な氷塊となって、
トパーズを包み込んだ。
「ぐ、ぎぃ……ッ!?」
氷漬けではない。
氷の塊の中に、生きたまま閉じ込められた。
逃げ場のない圧力。
数トンの氷が、全方向からプレスする。
グチャッ。
トパーズが圧死した。
これで、七度目の死。
氷が割れ、中からトパーズが出てくる。
「はぁ、はぁ……ッ!
水も、氷も、もう効かないよ!」
彼女の周囲に、水流が渦巻く。
水を操る力を得たのだ。
トパーズは勝利を確信したように笑う。
「アンタの攻撃は全部覚えた!
もう殺す手段なんて……」
「あら、そうですの?」
ミストラルは、
飽き飽きしたように空を見上げた。
その瞳は、トパーズを見ていない。
ただ、天候という名の
盤面を支配する女王の目だ。
「終わりですわ」
カッッッ!!!!
閃光。
そして、轟音。
ズドォォォォォォンッ!!!
雷。
極太の落雷が、トパーズを直撃した。
「ぎゃあああああああっ!?」
水を纏っていたことが仇となった。
水流が導線となり、
雷撃の威力を余すことなく
トパーズの体内へと流し込む。
細胞の一つ一つが焼き切れ、
神経が炭化する。
八度目の死。感電死。
黒焦げになったトパーズが倒れる。
……動かない。
八度目は、なかった。
トパーズの身体が光の粒子となり、
場外の蘇生陣へと転送されていく。
『七転八起』
その蘇生回数の限界を、
ミストラルは削りきったのだ。
『しょ、勝負ありぃぃぃッ!!
勝者、ミストラル選手ゥゥッ!!』
実況の声が響くが、
会場は静まり返っていた。
圧倒的すぎた。
ミストラルは、
開始位置から一歩も動いていない。
扇子を振り、指を鳴らしただけ。
それだけで、
不死身の七彩の使徒を、八回殺した。
晴れ、雨、風、雷、雪。
天候の全てを支配する、
まさに『霧魔女』の名に相応しい蹂躙劇。
「……化け物、だな」
カルドが震える声で漏らす。
俺は、ただ頷くことしかできなかった。
(リリー……強くなりすぎだろ……)
子供の頃の、お転婆な面影。
それとはかけ離れた、
絶対強者としての姿。
ミストラルは、
つまらなそうに一つあくびをして、
くるりと背を向けた。
そして、去り際に観客席の俺の方へ、
扇子越しにチラリと流し目を送り、
優雅に手を振った。
「……ひぃっ」
俺は思わず背筋を伸ばした。
『見てましたわよね?』
そんな声が聞こえた気がした。
「モテモテじゃのう、ヴェル」
アノンがニヤニヤしながら肘で突く。
「うるせぇ。寿命が縮むわ」
会場のざわめきが戻ってくる中、
俺は冷や汗を拭った。
そして、運命は加速する。
『第三試合、最終戦!
両チーム、大将前へ!!』
『虹の都』からは、
燃えるような赤髪の女性が進み出る。
『正義の赤』。
その腰には、装飾のない実直な剣。
対する『三風神』からは、
銀仮面の剣士、ゼフィール。
俺の姉貴だ。
「……私の正義を、見せてやる」
ガーネットが剣に手をかける。
「ふん、正義だのなんだの。
アタシの剣で、黙らせてあげるわ」
ゼフィールが、
魔剣ストームブリンガーを抜く。
剣士同士の激突。
S級と、トップファミリアの幹部。
この戦いもまた、
俺たちの想像を超えるものになるだろう。
俺は、固唾を呑んでフィールドを見つめた。




