0182.悪いことこそ
視点:俯瞰
氷の迷宮が砕け散り、
瓦礫のような氷塊が散らばるフィールド。
荒い息を吐くリアッチョの肩が、
大きく上下していた。
(クソッ……! クソクソッ!!
あの迷宮を作るのにマナを使いすぎたッ!
もう一度展開するのは……無理だッ!)
『隠したい経歴』の維持と、
大規模な氷結魔法の連発。
彼のマナは既に枯渇寸前だった。
だが、それは相手も同じはずだ。
そう自分に言い聞かせ、
リアッチョは眼鏡の位置を直す。
「へへッ……!
だがなァ、テメーも限界だろォがッ!
近寄らせなきゃあいいんだよォ!」
リアッチョが両手を振るう。
大気中の水分が凝結し、
二本の無骨な氷の片手斧が形成された。
「死ねやァァァッ!!」
投擲。
回転する氷の刃が、
唸りを上げてシンに迫る。
「っと……!」
シンは身をよじってそれを躱す。
だが、足元が悪い。
フィールド全体が凍りついているせいで、
得意のステップが踏めないのだ。
ツルリと足が滑り、体勢が崩れる。
「チッ、やりづれえな……」
シンは舌打ちをし、
雷槍『アル=ラキーブ』を杖代わりに、
なんとか踏み止まる。
そこへ、二撃目、三撃目の斧が飛来する。
シンは槍で弾き、あるいは最小限の動きで、
氷の上を滑るように回避する。
だが、近づけない。
氷の足場と、絶え間ない遠距離攻撃。
シンの最大の武器である、
槍による接触からの雷撃が封じられている。
カツ、カツ、カツ。
シンは苛立つように、
左手に持ったクナイで、
槍の柄をリズムよく叩いた。
それは焦りの表れか、
それとも思考のリズムか。
「オラオラオラァッ! どうした情報屋ァ!
近づけねえのかよォォッ!?」
リアッチョが嘲笑う。
本に記された情報通りだ。
遠距離手段に乏しいシンは、
この状況を打破できない。
シンは、ふぅーっと息を吐いた。
そして、ヤケクソ気味に、
手にしたクナイを投擲した。
シュッ。
風切り音と共に飛ぶクナイ。
だが、その軌道は素直すぎた。
「ハッ! 無駄だつってんだろォがッ!」
リアッチョは避けようともしない。
全身に分厚い氷の鎧を纏わせ、
仁王立ちでそれを受け止める。
カォンッ!
硬質な音が響く。
クナイはリアッチョの左肩、
氷の鎧の表面にサクリと突き刺さった。
だが、それだけだ。
本体には傷一つ届いていない。
「ギャハハハッ!
なんだァその豆鉄砲はよォォッ!!
テメーの武器じゃあ、
俺の皮一枚削れねえってことだァッ!」
リアッチョが勝ち誇る。
会場中が、シンの敗北を予感した。
決定打がない。
近づけない。
そして、唯一の遠距離攻撃も通じない。
──詰みだ。
だが。
シンは、下を向いていなかった。
むしろ、口の端を吊り上げ、
ニヤリと不敵に笑っていた。
「……へへっ。
ありがとな、避けないでくれて」
「あァ……?」
リアッチョが怪訝な顔をする。
シンはゆっくりと、
雷槍の穂先をリアッチョに向けた。
「なぁ、リアッチョ。
お前、俺の弱点は調べ尽くしたよな。
接触しなきゃ雷は撃てない。
槍で触れなきゃマーキングできない」
「だからどうしたァッ!
触れてねえじゃねえかッ!」
「いいや……触れてるぜ」
シンの指輪が、
かつてない輝きを放ち始める。
「そのクナイ。
俺がずっと、槍の柄を叩いてたろ?
……たっぷりと、セットされてるぜ?」
リアッチョの顔色が凍りつく。
肩に刺さったクナイを見る。
その柄が、微かに紫電を帯びていた。
「まさか……ッ!?」
シンが吠える。
「食らいやがれッ! 『追撃する狼』ッ!!」
バチィィィィィンッ!!
槍から放たれた蒼き雷撃が、
狼の形を成して虚空を駆ける。
それは一直線に、
標的であるクナイへと殺到した。
「うおォォォォォッ!?」
リアッチョが慌てて氷壁を展開する。
だが、雷の狼は生き物のように軌道を変え、
壁を迂回し、背後へ回り込む。
「逃げられねえぞ!
そいつはクナイに吸い寄せられるッ!」
「クソッ! クソクソッ!
なんでだァァァッ!
本には書いてなかったぞォォッ!」
リアッチョが氷の上を滑走して逃げる。
だが、狼は執拗に追いかける。
肩に刺さった避雷針がある限り、
地獄の果てまで追いすがる。
「外れろォッ!!」
リアッチョがクナイを引き抜こうとする。
だが、凍りついた鎧に深く食い込み、
焦りもあって抜けない。
「おせェんだよ!!」
ドガァァァァァンッ!!
雷の狼が、リアッチョの背中に着弾した。
「ぎゃああああああッ!!」
氷の鎧が砕け散る。
感電し、動きが止まるリアッチョ。
そこへ、追撃のクナイ。
……勿論、帯電されたもの。
「トドメだッ! 『粉砕する犀』ッ!!」
巨大な雷のサイが、槍先から顕現する。
それは、身動きの取れないリアッチョを、
正面から跳ね飛ばした。
ズドォォォォォォンッ!!!
激しい閃光と轟音。
リアッチョは氷の破片と共に吹き飛び、
場外の壁へと叩きつけられた。
「が……はッ……」
黒焦げになり、
痙攣しながらリアッチョが崩れ落ちる。
本が、手から滑り落ちた。
「な……なんでだ……。
情報は……完璧だったはず……」
うわ言のように呟くリアッチョ。
シンは、肩で息をしながら、
ゆっくりと彼を見下ろした。
そして、冷たく言い放つ。
「情報ってのはな……。
自分に都合の良いことばかり、
集めるもんじゃねえんだよ」
シンは、髪をかき上げる。
「自分にとって“都合の悪いこと”……。
例外や、想定外の可能性。
そいつを調べ尽くしてこそ、
本物の情報屋ってもんだろうが」
リアッチョは、悔しげに歯ぎしりし、
そのまま意識を失った。
『しょ、勝負ありぃぃぃッ!!
勝者、自由の風、シン選手ゥゥッ!!』
実況が絶叫する。
『これにより、準決勝進出は……、
チーム・自由の風に決定しましたァァッ!!』
割れんばかりの歓声。
シンは槍を掲げ、観客に応える。
「へへっ、やったぜ……!」
満身創痍。
だが、その顔は晴れやかだった。
「よくやったぞ、シン」
ベンチに戻ったシンを、
カルドが力強く迎える。
「ヒヤヒヤさせおって! 心臓に悪いのじゃ!」
アノンも文句を言いつつ、嬉しそうだ。
「ナイスファイトでした!」
セリアがタオルを渡す。
フィアも、腕を組んだまま、
小さく頷いてみせた。
「……悪くない戦いだった」
一方、敗れた『アンチ』のベンチ。
「チクショオォォォッ!
なんで負けんだよォォッ!
納得いかねェッ! クソがァァッ!」
目を覚ましたリアッチョが、
地面を叩いてキレ散らかしている。
その横で、パイナップル頭のテッシも、
涙目で喚いていた。
「兄貴ィッ! 悔しいっスよォ!
俺たちの方が強かったはずなのにィ!」
そんな二人を、
金髪のアマドリブルが宥める。
「泣くんじゃあない、テッシィ。結果が全てだ。
負けたってことは、何かが足りなかった。
それだけの話だろうが」
「でもよォ……!」
リーダーのシゾットが、
静かに歩み寄り『自由の風』の方を見て、
小さく呟いた。
「……見事だった。次は、負けん」
アマドリブルも、ニヤリと笑う。
「ああ。借りは返させてもらうぜ。
……勝ち上がれよ、自由の風」
そう残して、彼らは清々しく、
会場を去っていった。
「さて……次は準決勝だな」
ヴェルが、掲示板を見上げる。
勝ち上がったのは『自由の風』。
そして、もう一つの山からは……『迷い猫』。
まよねこたちのチームだ。
「ついに、来たな」
ヴェルが拳を握りしめる。
「まよねこ、ミキ、リラ、キロロ。
……最高の相手だ」
「望むところだ。
全力で叩き潰してやる」
カルドが気合を入れる。
「ミキのごぼうは脅威じゃが、
妾の炎で焼き尽くしてくれる!」
仲間同士の潰し合い。
だが、そこに悲壮感はない。
互いに全力を尽くし、
高め合うための戦い。
楽しみで、仕方がなかった。
そして、会場のスクリーンに、
次の試合のカードが表示される。
Bブロック、準決勝。
その文字を見た瞬間、
会場の空気が一変した。
ざわめきが、どよめきに変わる。
『準決勝 第2試合』
『虹の都 vs 三風神』
水の国のトップファミリア、虹の都。
七彩の使徒を擁する、最強の集団。
対するは、
S級ミストラル率いる、謎多き三風神。
ヴェルにとっては、
姉と許嫁のチームだ。
「……潰し合いか」
フィアが唸る。
この勝者が、決勝へ上がってくるだろう。
どちらが勝っても、
間違いなく化け物が相手になる。
「見届けよう。俺たちの、未来の敵を」
ヴェルの言葉に、全員が頷く。
闘技大会は、佳境へと入っていく。
最強を決める戦いは、
ここからさらに激しさを増していくのだ。




