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空気を読めない男、空気を読んで最強に至る ~10年間の暗黒奴隷生活。空間を数え続けた俺は、物理的な”空気”を読み切って成り上がる~  作者: ミツキイザナ
第四章 闘技大会

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0181.苛つくぜ~ッ!



 視点:俯瞰


 

 大歓声が渦巻く闘技場。

 その中心で拳を突き上げたヴェルだったが、

 ふらりとその身体が傾いた。


「おっと……」


 倒れそうになるヴェルの背中を、

 素早く駆け寄ったシンが支える。


「へへっ、かっこつかねぇな……」

 

 ヴェルは自嘲気味に笑う。

 

 顔色は蒼白で、脂汗が滲んでいる。

 限界を超えた『循環』の酷使。

 立っているのが不思議なくらいだった。

 

「十分だ。最高にかっこよかったぜ」

 

 シンは相棒の肩を叩き、

 ニカっと笑って見せる。

 

「あとは俺に任せて、

 そこで高みの見物といけよ」

 

「……悪い、頼むわ」

 

 ヴェルはシンの手を借りて、

 よろめきながら場外へと退いた。

 

 セリアとカルドが駆け寄り、

 彼を受け取るのを確認してから、

 シンはくるりと踵を返した。

 

 フィールドに残されたのは、

 シンただ一人。

 

 対する『アンチ』の陣営からは、

 一人の男が苛立ちを隠そうともせずに、

 ドカドカと歩み出てくる。

 

 青い髪に、赤いフレームの眼鏡。

 手には分厚い不気味な本を抱えている。

 リアッチョだ。

 

「チッ……! シゾットの野郎、

 あんなにあっさりやられやがって!

 クソがッ! 手間かけさせんじゃあねぇ!」

 

 リアッチョは悪態をつきながら、

 抱えた本を乱暴にめくった。

 能力『暴かれる経歴ブラックアルバム』。

 

 視認した相手の弱点や秘密を、

 文字として浮かび上がらせる能力。

 

 シンは槍を肩に担ぎ、

 その様子を冷めた目で見つめる。

 

「よぉ、メガネ。

 そんなにカリカリすんなよ。

 カルシウム足りてねぇんじゃねぇか?」

 

「あァン!? 誰がメガネだコラァッ!

 テメェのデータなんざ、

 もう丸裸なんだよォッ!!」

 

 リアッチョが本を指差して叫ぶ。

 そこには既に、シンの詳細な情報が

 びっしりと書き込まれているのだろう。

 

 シンは、わざとらしく肩をすくめた。

 

「へぇ……そいつは怖いねぇ。

 俺の恥ずかしい過去から弱点まで、

 『根掘り葉掘り』調べられてるってか?」

 

 シンが何気なく口にした、その言葉。

 それが、リアッチョの導火線に火をつけた。

 

 ピクリ。

 リアッチョの眉が跳ね上がる。

 

「……根掘り葉掘り……?」

 

 静かな、けれど怒りを孕んだ声。

 

「あぁ、そうだ。根掘り葉掘りだ。

 人のプライベートを覗き見るとは、

 いい趣味してやがるぜ」

 

 シンが煽るように続けると、

 リアッチョの顔が瞬時に紅潮し、

 こめかみに青筋が浮かび上がった。

 

「……それだよォッ!!

 その言葉……クソッ!

 昔っから納得いかねぇんだよォォッ!!」

 

 リアッチョが突然、絶叫した。

 本を地面に叩きつけそうな勢いで、

 両手を振り回す。

 

「『根掘り葉掘り』……ってよォ〜〜。

 『根を掘る』ってのは、わかる……。

 スゲーよくわかる。

 根っこは土の中に埋まっとるからな。

 だが、『葉掘り』って部分はどういう事だ

 ああ〜〜っ!?」

 

 シンは呆気にとられた。

 いきなり何をキレているんだコイツは。

 

「葉っぱが掘れるかっつーのよーーッ!

 ナメてんのかクソォッ!

 葉っぱ掘ったら裏側へ

 破れちまうじゃあねーか! 掘れるもんなら

 掘ってみやがれってんだ! チクショーーッ!」

 

 リアッチョは地団駄を踏み、

 唾を飛ばしながら喚き散らす。

 

「どういう事だ!

 どういう事だよッ! クソッ!

 葉堀りってどういう事だッ!

 ナメやがって、クソッ! クソッ!」

 

 会場中が、ポカンとしていた。

 誰もがシンの勝利を確信しかけたその時。

 リアッチョの周囲の空気が、

 急速に冷え込んだ。

 

 ヒュゥゥゥ……。

 白い冷気が足元から立ち上る。

 

「……あァ、クソ。イライラするぜ。

 テメェのその涼しい顔がよォ!」

 

 リアッチョが眼鏡の位置を直すと、

 そのレンズが白く曇った。

 

「俺の『氷』で……

 テメェのそのふざけた口ごと、

 カチコチに凍らせてやるぜェッ!!」

 

『第五試合、開始ッ!!』

 

 審判の声と同時に、

 リアッチョが地面に手を叩きつけた。

 

 バキキキキッ!!

 

 鋭い音が響き、石畳が一瞬で凍結する。

 氷の刃が地面を這い、

 シンに向かって殺到した。

 

「氷使いかよ……!」

 

 シンはバックステップで距離を取る。

 

 だが、足元のグリップが効かない。

 床が鏡のように凍りついている。

 

「滑るな……ッ!」

 

 シンは雷槍の石突を地面に突き刺し、

 強引にブレーキをかける。

 だが、その隙をリアッチョは見逃さない。

 

「おらおらおらァッ!!」

 

 リアッチョが両手を振るうたびに、

 氷塊が礫となって飛んでくる。

 シンは槍を回転させ、

 氷を弾き飛ばすが、防戦一方だ。

 

(……こいつ、厄介だな)

 

 シンは冷静に分析する。

 

 リアッチョの本領は、

 あの『本』による情報収集と、

 この強力な氷魔術のコンボだ。

 

 『ブラックアルバム』には、

 おそらくシンの能力の詳細が

 書かれているはずだ。

 

 シンの雷槍『アル=ラキーブ』。

 その特性は『追撃』。

 

 槍で突いた、あるいは触れた対象に

 『マーキング(セット)』を行い、

 そこへ雷を誘導して必中させる。

 

 逆に言えば。

 一度も触れていない相手には、

 あの強力な誘導雷撃は撃てない。

 

「近づけさせなきゃいいんだろォ? ええッ!?」

 

 リアッチョが嘲笑う。

 

 やはり、バレている。

 リアッチョは徹底して距離を取り、

 氷の壁を作り出してシンの進路を塞ぐ。

 

「邪魔だッ!」

 

 シンが槍を振るい、

 目の前の氷壁を粉砕する。

 

 だが、砕いた先には、

 また新たな氷壁が聳え立っていた。

 

「無駄だ無駄だァッ!

 テメェの攻撃範囲外から、

 じわじわとなぶり殺してやるよォ!」

 

 リアッチョの声が、壁の向こうから響く。

 いつの間にか、

 シンの周囲は幾重もの氷壁に囲まれていた。

 

 気温が急激に下がる。

 吐く息が白く染まり、

 指先の感覚が鈍くなっていく。

 

「チッ、囲まれたか……」

 

 シンは周囲を見渡す。

 そこは、氷の迷宮だった。

 

 透明度が高く、

 磨き上げられた鏡のような氷の壁。

 それが何層にも重なり、

 光を乱反射させている。

 

「どこを見てるんだァ?」

 

 声がした方を向く。

 氷の壁の中に、

 リアッチョの姿が映っていた。

 

「ここかッ!」

 

 シンが槍を突き出す。

 

 ガシャァン!!

 

 氷が砕ける。

 だが、そこにリアッチョはいなかった。

 ただの虚像。鏡に映った幻影だ。

 

「ハハハッ! 残念だったなァ!

 こっちだよ、バーカ!」

 

 背後から声。

 振り返れば、別の氷壁に、

 嘲笑うリアッチョの姿がある。

 

「そこだッ!」

 

 シンは再び突く。

 だが、それもまた鏡像。

 本体はどこにもいない。

 いや、どこにでもいるように見える。

 

 氷の鏡合わせが作り出す、無限の回廊。

 

 無数のリアッチョが、

 四方八方の壁の中から、

 シンを見下ろし、嘲笑っている。

 

「どうだァ? 自分がどこにいるかも、

 わからなくなってきたんじゃあねぇか?」

 

 声が反響して、

 発生源すら特定できない。

 

 リアッチョは、本を片手に、

 余裕たっぷりに観察していた。

 

(こいつの攻撃手段は槍のみ。

 遠距離攻撃手段は、

 懐に隠した数本のクナイだけ……)

 

 本に浮かぶ文字をなぞる。

 

(クナイじゃあ、この氷壁は貫けねぇ。

 槍で直接触れなきゃあの強力な雷は撃てねぇ。

 なら、近づかせなきゃ俺の勝ちは確定だ)

 

 完璧な作戦だ。

 リアッチョは確信する。

 この『氷鏡迷宮ミラー・ラビリンス』の中で、

 シンはただの的でしかない。

 

「オラオラオラァッ!!」

 

 氷の中から、無数の氷柱が射出される。

 シンは槍を回転させ、必死に弾く。

 だが、全ては防ぎきれない。

 頬を、腕を、氷の刃が切り裂いていく。

 

「くそッ……!」

 

 シンは焦燥の表情で、

 手当たり次第に氷壁を突きまくる。

 

 ガシャン! ガシャン!

 氷が砕ける音だけが虚しく響く。

 

「はははッ! 必死だなァ!

 だが無駄だ! 全部ハズレだぜェッ!」

 

 リアッチョは腹を抱えて笑う。

 

 本物を見つけられないまま、

 体力を消耗し、凍えて倒れる。

 それがシンの末路だ。

 

 シンは、肩で息をしながら、

 数十回目となる突きを放った。

 

 またもや虚像。

 砕けた氷片がキラキラと舞い散る。

 

 その様子を見て、リアッチョは思う。

 

(……終わったな。

 冷静さを欠いた情報屋なんざただの雑魚だ)

 

 相手の弱点は完全に把握した。

 自分の能力との相性も完璧だ。

 負ける要素など、どこにもない。

 

 ──そう、思っていた。

 

「……へっ」

 

 不意に、シンが笑った。

 追い詰められているはずの状況で。

 口元を歪め、ニヤリと。

 

「なに笑ってやがる……?」

 

 リアッチョがいぶかしむ。

 シンは槍を構え直し、周囲の氷壁──

 自分が砕き、傷つけた無数の鏡たちを、

 満足そうに見回した。

 

「なぁ、リアッチョ。

 お前のその本、すげぇ便利だよな。

 俺の弱点も、手札も、全部お見通しだ」

 

 シンは静かに語りかける。

 

「槍で触れなきゃ雷は撃てない。

 遠距離手段はクナイしかない。

 ……正解だ。何も間違っちゃいねぇ」

 

 シンが指輪にマナを込める。

 雷槍が、かつてないほど激しく、

 バチバチと紫電を帯び始めた。

 

「だがよォ……。

 短所を知ってるってだけで、

 勝った気になってんじゃねぇよ?」

 

 シンの瞳が、鋭く光る。

 

「お前は知っていたかもしれないが、

 『理解』してはいなかったんだよ。

 俺の武器の……長所をな」

 

 リアッチョの背筋に、悪寒が走る。

 

(何をする気だ……!?)

 

 シンは、槍を大きく振りかぶった。

 狙いは、特定の誰かではない。

 この空間、そのもの。

 

「俺が今までなんで無駄に壁を突いてたと思う?」

 

 シンが問う。

 リアッチョの脳裏に、閃きが走る。

 

 まさか。

 

 まさか、ハズレを引いていたのではなく。

 全ての鏡に──

 『セット』していたというのか!?

 

「気づくのが遅せェんだよ!!」

 

 シンが槍を突き立てる。

 

散らばる鼠(ショットガン)ッ!!!」

 

 ──カッッッ!!!!

 

 槍から放たれたのは、一筋の雷ではない。

 無数の、細かく枝分かれした雷撃の礫。

 いや、鼠が飛び交う。

 

 それが、シンが傷つけた全ての氷壁へ、

 蜘蛛の巣のように張り巡らされた

 『マーキング』めがけて、一斉に飛んだ。

 

 バリバリバリバリバリッ!!!

 

 雷鳴が轟く。

 全ての鏡が、同時に炸裂した。

 

 逃げ場などない。

 死角などない。

 空間そのものを埋め尽くす雷の嵐。

 

「ぎゃあああああああッ!?」

 

 どこかに隠れていたリアッチョの悲鳴が、

 破砕音の中に混じる。

 

 氷の迷宮が、内側から崩壊していく。

 舞い散る氷の礫と、荒れ狂う紫電の中で、

 シンは不敵に笑って立っていた。

 

 戦いは、まだ終わらない。

 だが、盤面はひっくり返った。

 

 砕け散った氷の破片が、

 キラキラと降り注ぐ中。

 シンはゆっくりと、

 崩れ落ちたリアッチョの方へと、

 歩みを進めるのだった。


 

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