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空気を読めない男、空気を読んで最強に至る ~10年間の暗黒奴隷生活。空間を数え続けた俺は、物理的な”空気”を読み切って成り上がる~  作者: ミツキイザナ
第四章 闘技大会

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180/197

0180.空気を読む




 視点:ヴェル


 銅鑼の音が、遠くで鳴った気がした。

 だが、俺の意識は既にトップギアだ。

 

 様子見? 牽制?

 そんな悠長な手札は、もうない。


 相手は、触れたものを複製する。

 なら、複製される『前』に。

 認識されるより速く、終わらせる。


風穿一閃(ペネトレイト)ッ!!」


 踏み込みと同時に、放つ。

 風を纏い、抵抗をゼロにしたナイフ。

 俺の持つ、最速にして不可避の一撃。


 それは、光の線となって、

 シゾットの眉間へと吸い込まれた。


 ──ドスッ。


 湿った音がして、

 シゾットの頭が後ろへ跳ねる。

 脳天を貫通し、後ろの壁へ突き刺さる。


「……悪いが、卑怯だとは言うなよ」


 勝った。

 確信と共に、脱力しかけた、その時。


 背筋が凍った。

 

 倒れたはずのシゾットが、

 ゆらりと立ち上がる。

 いや、立ち上がったのではない。

 倒れる途中で、身体が“割れた”。


「随分と、急ぐじゃあないか」


 穴の空いた額が、

 泡立つように塞がっていく。

 それと同時に、背中から、

 もう一人のシゾットが這い出る。


「な……ッ!?」


 俺は目を見開く。

 触れていない。何も触れていないはずだ。

 なのに、なぜ増える?


「簡単な話だ。

 俺の細胞は、隣り合う俺の細胞に、

 常に触れているだろう?」


 二人に増えたシゾットが、

 同時にニヤリと笑う。

 その声が、不気味に重なって響く。


「「失った細胞を、失う瞬間複製した。

 ただ、それだけのことだ」」


 ……ハメられた。

 

 セリアとの戦いの時、

 わざわざ自身の腕に触れていたのは、

 俺たちに見せるためのブラフか!

 

 本来は、触れる動作すら必要ない。

 ただ、そこに在るだけで、

 こいつは無限に増殖する。


「「「「残念だが……。

 これでオマエの勝ちはなくなった」」」」


 二人が四人に。四人が八人に。

 細胞分裂の映像を見ているようだ。

 黒い装束の男たちが増えていく。


「「「「「「「「では、始めよう」」」」」」」」


 黒い津波が、押し寄せてくる。

 殺意の濁流。


 俺は唇を噛み締め、地を蹴った。


風の滑走(スイフトウォーク)ッ!!」


 風を纏い、床を滑るように移動する。

 迫りくるシゾットの群れを、

 縫うように、避けるように駆ける。


 ナイフで切りつける必要はない。

 触れるだけで消えると言うならば、

 とにかく触っていけば良い。

 触れて、十秒耐えれば、消える。


 すれ違いざまに肩をぶつける。

 蹴りを入れて距離を取る。

 掌底で押し返す。


 だが──減らない。

 触れて消える端から、

 新しいシゾットが湧き出してくる。

 ……勝手に、増え続けている。

 

 触れる必要がないから。

 ただ、そこにあるだけで増えるからだ。


「「「「俺はオマエに……近づかない」」」」


 無数のシゾットが、嘲笑う。

 包囲網が狭まる。


「じゃあ近づいてくるなよッ!!」


 俺は叫びながら、

 風の刃で周囲を薙ぎ払う。

 

 言ってることとやってることが違う。

 こいつら、俺を殺す気満々で、

 距離を詰めてきやがる!


 傷口に触れられたら負け。

 セリアの時のように、

 血液を複製されて破裂させられる。


 傷つけられたら終わり。

 即死の鬼ごっこ。


 風を呼ぶ者(ウインドテイカー)で手刀は逸らせる。

 だが、それは俺のマナがある間だけだ。


 戦いは、俺のマナが切れる前に、

 シゾットの本体を見つけて、

 どうにかして倒すしか無い。


(どこだ……!? どこにいる!?)


 俺は『空間把握』を全開にする。

 会場の空気、音、振動。

 全てを脳内に取り込み、処理する。


 だが、わからない。

 

 シゾットが言っていた通りだ。

 全てが、同じ。

 マナの波長、心音、足音の癖、

 呼吸のリズムに至るまで。

 完璧な複製(コピー)


 ノイズだらけのレーダーみたいだ。

 赤点が多すぎて、

 どれが本物か判別できない。


 神速と言えるほどの高出力で動かなきゃ、

 倍々で増えていくシゾットを止められない。

 動き続けなきゃ、囲まれて終わる。


「クソッ、ジリ貧だッ!!」


 俺のマナが、

 ありえない速度で減っていく。

 息が上がる。視界が明滅する。


 どうしたらいい。

 どうしたらいい?

 どうしたらいい!!


 俺は思考をぶん回す。

 もっと、考えろ。もっと、もっと!!

 このままじゃ、負ける。

 みんなの想いを、無駄にする。


「ッツ!!」


 強烈な頭痛が、こめかみを刺した。

 無意識に『循環』を使って、

 思考を加速させていたことに気づく。

 脳が焼き切れそうだ。

 統制者(アドミニオン)戦の二の舞か。


(……いや、待てよ?)


 あの時。

 カノープスとの戦いで、気付いたこと。

 俺の脳が焼き切れなかった理由。


 奴が俺にかけた、土の『保持』。

 あれが、脳の血管を、神経を、

 崩壊しないように繋ぎ止めていた。


 脳を保持で守りつつ行う、

 限界を超えた循環のゾーン。


 あの精度なら、

 もしかしたら今よりも……?


(やるしか、ねぇ……!)


 俺は、走りながら意識を内側へ向ける。

 風の循環を、さらに加速させる。

 限界を超えろ。回転数を上げろ。


 同時に、土の保持を、

 自分の脳血管へとかける。

 

 アノンほど器用じゃない。

 ゼノンさんほど繊細じゃない。

 付け焼き刃だ。

 失敗すれば、脳が弾けて死ぬかもしれない。


 でも、少しでいい。

 仮に死んでも、ここなら蘇生できる!


 今だ。

 今使えるようにしろ!

 無茶をしてでも、今。

 今乗り越えろ!!


 ──シュンッ。


 世界から、音が消えた。

 色が、褪せた。

 時間が、泥のように粘りついた。


 辿り着いた、感覚の極地。


凪の世界(オーバークリア)


 全てのシゾットが視える。

 増えるシゾット。

 消えるシゾット。

 振り上げられる手刀。

 舞い上がる砂埃。

 

 全てが、スローモーションで。


 目に映る景色がそれを教えてくれる。

 響くはずの、響かない音が教えてくれる。

 何かにぶつかり軌道を変えた風が、

 肌を撫でて教えてくれる。


 まるで、空から見下ろすかのように。

 この闘技場のすべてを俺は把握できている。


 風の流れ。

 マナの揺らぎ。

 殺気の方向。

 空間の歪み。


 

 ──空気が、読めている。



 全てを把握し、縦横無尽に、

 無数のシゾットの隙間を縫っていく。

 

 触れて、消して、また触れる。

 最小限の動きで。最短のルートで。


 その中で、俺は“それ”に気づく。


 無数の複製の中に混じって。

 常に、一定の距離を保つ一体のシゾット。


 他の複製が俺に向かってくるのに対し、

 そいつだけは常に複製の影に隠れるように、

 俺の視線の死角へと移動し続けている。


 微かな、風の乱れ。

 足音の、ほんの僅かな重みの違い。

 複製にはない、

 “命”を守ろうとする本能的な動き。


(……アイツが、本物だ!!)


 見つけた。

 黒い波の奥底に潜む、元凶を。


 切っても複製される。

 貫いても複製される。

 だが、その複製を超える速さで斬りつければ!

 

 再生が追いつかないほどの、

 暴風で飲み込んでしまえば!


 俺は、ラグアスから買った双剣を構える。

 ナイフじゃない。

 リーチが伸びた分、風を多く纏える。


 マナを込める。

 限界まで。

 循環の回転数を、さらに上げる。


 風穿一閃(ペネトレイト)でもない。

 風斬一閃(レジスタンスゼロ)でもない。


 俺の、もう一つの必殺技で。

 初めて格上を倒した、

 グレイヴバードを仕留めた技で。


 俺は、本物を目掛けて駆ける。

 一直線に、迷いなく。


 奴が俺の視線に気づき、

 驚愕に目を見開くのが見えた。

 複製たちを壁にしようと、

 指示を出そうとしている口元が見えた。


 ──もう遅いぜ!


繚乱旋風(エングレイヴ)……」


 俺は双剣を十字に振るった。

 全てを、切り刻む為に!!


双頭の竜巻(デュアルテンペスト)ッ!!」


 巻き起こるは、二つの風。


 右手の剣が生む旋風と、

 左手の剣が生む旋風。

 二つの風は互いに干渉し合い、

 やがて、二つの巨大なつむじ風へ。


 二つのつむじ風は絡み合い、

 二つの斬撃の嵐へ。


 そして、二つの斬撃の嵐はやがて、

 全てを刻み、飲み込み、空へ昇る、

 双頭の竜巻へと変貌した。


 ゴォォォォォォォォォッ!!!


「ぐ、ぐぉぉぉぉぉぉッ!!」


 シゾットの叫びが、暴風に飲まれる。

 複製たちが、紙切れのように舞い上がる。


 何度、複製で再生しても。

 その風は、お前を食い尽くすまで止まない。


 肉を、骨を、断末魔の叫びを。

 全てを切り裂き、塵に変え、

 無に返して、空の彼方へ吹き飛ばす。


 圧倒的な、風の暴力。

 会場の結界が、

 内側からの圧力で悲鳴を上げた。


 やがて。

 風が、止む。


 舞い上がった塵が、

 キラキラと光りながら落ちてくる。


 全ての複製のシゾットが消えた。

 本体が塵となって消し飛んだのだろう。


 歓声すらも消えた、リングの上。

 俺は一人、静かに立っていた。


 頭痛は、嘘のように引いていた。

 体は重いが、心は軽い。


 俺は、観客席を見上げた。

 そして、リング脇の仲間を見た。

 呆然と、だが、嬉しそうに俺を見ている。


 俺は、拳を突き上げた。

 高らかに、宣言する。


「俺の……勝ちだ!!」


 ワンテンポ。

 世界が、目の前の事実に気づくまでの時間。


 それを経た、静かだった世界。


 その世界は、

 耳をつんざくような大きな歓声と、

 満足感に溢れた世界だった。


「うおおおおおおおおおッ!!」

「すげぇぇぇぇぇぇッ!!」

「自由の風ェェェッ!!」


 その声を浴びながら、

 俺はゆっくりと息を吐いた。


 空気は、読める。

 

 今の俺には、この熱狂の空気が、

 何よりも心地よく感じられた。


 

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