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空気を読めない男、空気を読んで最強に至る 〜奴隷の坑道で磨いた"物理的な空気読み"。死闘を重ねて俺は這い上がる〜  作者: ミツキイザナ
第四章 闘技大会

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0177.竜虎決戦

 


 荒い息遣いだけが、戦場に残っていた。

 舞い上がる土煙の向こうで、

 二人の漢が対峙している。


 カルドの大盾と鎧は砕け、

 身体中から血が噴き出している。

 アマドリブルの右腕はだらりと垂れ、

 どす黒く変色していた。


 満身創痍。

 誰の目にも明らかな限界状態。

 だが、二人の瞳に宿る光は、

 いささかも衰えてはいなかった。


 むしろ、極限まで研ぎ澄まされ、

 静かな炎となって燃え盛っている。


 言葉はいらなかった。

 拳と剣で語り合った数分間が、

 互いの魂を理解させていた。


(……こいつは、止まらねぇな)


 アマドリブルはカルドの瞳を見て確信する。

 小手先の技や、半端な覚悟では、

 この不沈艦を沈めることはできない。


(……来るか)


 カルドもまた、

 相手の空気が変わるのを感じ取っていた。

 後のことなど考えていない。

 いや、考えていては勝てないと理解った。


(後は……ヴェルたちに任せる)


(オレが燃え尽きても、シゾット達がいる)

 

 ただ、目の前の敵を倒す。

 その一点のみに、全てを賭けると決めた。


「へっ……。上等じゃあねぇか、鉄屑野郎」


 アマドリブルが、

 左手でネクタイを緩める。

 その口元には獰猛な笑みが張り付いていた。


「オレの全てを、テーブルに乗せるぜ。

 ……受けて立てるか?」


「愚問だ。俺は……一歩も退かん」


 カルドが大剣を構え直す。

 震える腕を意志でねじ伏せ、

 切っ先を敵に向ける。


 その返答を聞き、

 アマドリブルは満足げに頷いた。

 そして、静かに告げる。


「『気品ある賭博師(グレイスフルベット)』ッ……!」


 キィィィィン……!!


 空気が軋む。

 

 黄金のオーラが、

 アマドリブルの全身から噴き出す。

 だが、それは今までとは質が違う。


「オレは……この一撃に『命』を賭けるッ!!」


 ドクンッ!!

 心臓の音が、会場全体に響いた。

 黄金のオーラが爆発的に膨れ上がり、

 獣の形を成していく。


 それは、誇り高き猛虎。

 牙を剥き、爪を研ぎ、

 獲物を食らい尽くさんと咆哮する、

 破壊の権化。


 対するカルドは、

 静かに目を閉じた。


(……やはり、そう来るか)


 命を賭した一撃。

 それを受け止めるには、

 生半可な技では足りない。


『大地喰らい』

 

 あれは強力だ。

 だが『あぎと』は撃たない。

 アマドリブルほどの男であれば、

 扇状に広がる衝撃波では躱される可能性がある。


 ならば──。


(……やるしかないな)


 カルドは、足元の地面を強く踏みしめる。

 大地からマナを吸い上げる。

 だが、それを外へは放たない。


 全て、己の内側へ。

 筋肉へ、骨へ、血液へ。

 自身の肉体そのものを、

 破壊の器へと変える。


 かつて、相棒と話した夜を思い出す。


『なぁヴェル。この技に新しい名前をつけたい』


『おっ、またか? 今度はどんなのだ?』


『広範囲に放つのが(あぎと)なら、

 自分自身を喰らわせて、

 暴れる獣になるような……』


『なるほどな。自分を捧げるわけか。

 なら……『贄』ってのはどうだ?』


『贄……。悪くない』


 カルドは目を見開く。

 その瞳は、土気色に濁り、光を失っていた。

 人であることを辞めた、竜の瞳。


「奥義……『大地喰らい(ランドイーター)(ささげ)』」


 ズズズズズッ……!!


 カルドの身体が、岩のように隆起する。

 皮膚がひび割れ、

 そこから赤黒いマナが噴き出す。


 その姿は、荒れ狂う暴竜。

 大地そのものが人の形をして、

 暴威を振るわんとする姿。


「うぉぉぉぉぉぉッ!!」


「はぁぁぁぁぁぁッ!!」


 二人の咆哮が重なる。

 黄金の虎が駆ける。

 土色の竜が駆ける。


 小細工はいらない。

 ただ、正面から。

 己の全てをぶつけ合うのみ。


 距離が、ゼロになる。


 ──カッッッ!!!!


 閃光が、世界を白く染めた。

 音すらも置き去りにする衝撃。

 会場の結界が悲鳴を上げてきしむ。


 観客たちは呼吸を忘れてその光景を見つめた。

 何が起きたのか。誰が勝ったのか。


 やがて。

 光が収束し、土煙が風に流れていく。


 リングの中央。

 そこに立っていたのは──。


 ……アマドリブルだった。

 

 彼は、立っていた。

 両足でしっかりと、地面を踏みしめて。


 だが。

 その身体には、

 胸から上が、存在しなかった。


 命をチップとして支払った代償。

 あるいは、暴竜に食い千切られた末路。


 そして、カルドは。

 ……影も形もなかった。

 

 爆散したのだ。

 アマドリブルの一撃と、

 自身の中の暴走するマナによって。

 肉片すら残さず、

 塵となって消え失せていた。


「…………」


 審判が、口をパクパクさせている。

 言葉が出ない。

 あまりに壮絶な相打ちに、

 判定を下すことすら忘れている。


 シュウウウ……。


 二人の痕跡が光の粒子となって空へ溶ける。

 そして、場外に設置された

 巨大な魔法陣が輝きだした。


 パァァァッ!


 光の中から、二つの人影が再構成される。

 五体満足の姿で。傷一つない状態で。


 だが、その精神は、

 死の淵を見てきた直後だ。

 二人はフラつきながら、

 その場に膝をついた。


「……はぁ、はぁ……」


「……くくっ、はは……」


 沈黙を破ったのは、

 二人の乾いた笑い声だった。


 アマドリブルが、

 空を仰いで呟く。


「……完敗だ。

 まさか、骨まで消し飛ばされるとはな」


「俺もだ。……痛みを感じる暇もなかった」


 カルドが首を振る。

 互いに相手を倒し、そして倒された。


「こりゃあ……」


「……引き分け、だな」


 二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑う。

 そこには、戦った者同士にしか分からぬ、

 奇妙な友情が芽生えていた。


『しょ、勝負ありぃぃぃッ!!

 りょ、両者、戦闘不能ッ!

 よって……引き分けェェッ!!』


 審判の絶叫が響く。

 一拍おいて、会場が爆発した。


「うおおおおおおおおッ!!」

「なんだ今の試合ッ!?」

「すげぇもん見たぞッ!!」


 割れんばかりの歓声と拍手。

 二人はふらつく足で立ち上がり、

 互いの健闘を称えて握手を交わした。


 そして、それぞれのチームの元へ、

 ゆっくりと戻っていく。


「……わりィ。決めきれなかったぜ」


 アマドリブルが、

 バツが悪そうに頭をかく。

 その姿を、仲間たちが迎える。


「兄貴ィッ!!」


 目を覚ましていたテッシが

 泣きながらアマドリブルに抱きつく。

 そして、眼鏡の男、リアッチョが、

 青筋を立てて怒鳴り散らした。


「テメーはよくやったッ!

 よくやったがなァ!!」


 リアッチョは地団駄を踏む。


「なんでそこで命なんか賭けるんだよォ!

 次からはオレにも口出しさせやがれッ!

 チキショーがよォ! 手間増やしやがってェ!」


 キレている。

 だが、その手はアマドリブルの肩を支えていた。


 リーダーのシゾットは、

 無言でアマドリブルの前に立った。

 そして、短く告げる。


「……後は、任せておけ」


 ポン、と肩を叩く。

 それだけで十分だった。

 この男が動くなら負けはない。


 一方、『自由の風』のベンチ。


「カルドォォォッ!!」


 俺は駆け寄り、

 相棒の背中をバシバシと叩いた。


「お前、最高にかっこよかったぞ!

 あんなでかい花火打ち上げやがって!」


「無茶しすぎじゃ阿呆!

 見てるこっちが肝を冷やしたわ!」


 アノンもポカポカと殴ってくる。

 セリアは涙目で、

 カルドの身体をペタペタと触っている。


「本当に……本当に治ってるんですよね?

 痛くないですか? 魂とか欠けてませんか?」


「……大丈夫だ。少し、疲れただけだ」


 カルドは照れくさそうに、

 でも誇らしげに微笑んだ。


「へへっ、いい試合だったぜ。カルドさん」


 シンがニッと親指を立てる。

 フィアも、腕を組んで頷いた。


「……ふん。及第点を与えてやる」


「素直じゃないのぅ」


 やんややんやと盛り上がる俺たち。

 だが、戦いはまだ終わっていない。


『三人目、前へッ!!』


 審判の声が、次なる戦士を呼ぶ。


「……行きます」


 凛とした声が響いた。

 セリアだ。

 彼女は、静かに立ち上がる。


「セリア、行くのか?」


「はい。皆さんが繋いでくれたバトン、

 私が落とすわけにはいきませんから」


 セリアは杖を握りしめる。

 いつものふわふわとした雰囲気はない。

 そこにあるのは『撲殺天使』としての覚悟。


「任せたぞ、セリア!」


 俺たちは彼女の背中を押す。

 セリアは一度だけ振り返り、

 にっこりと笑ってリングへと向かった。


 対する『アンチ』の陣営。

 そこから、一人の男が歩み出る。


 黒い装束に身を包み、

 感情の読めない瞳を持つ男。

 リーダー、シゾット。


「……葬る」


 短く、冷たい言葉。

 その身から放たれる殺気は、

 これまでの相手とは桁が違う。


 心優しき癒やし手と冷酷な暗殺者。

 

 あまりに対照的な二人が、

 フィールドの中央で対峙する。


 緊張が走る。

 静寂が、熱気を飲み込む。


『第三試合、開始ッ!!』


 銅鑼の音が、運命の歯車を回した。

 三回戦の火蓋が、今、切って落とされた。



 

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