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空気を読めない男、空気を読んで最強に至る 〜奴隷の坑道で磨いた"物理的な空気読み"。死闘を重ねて俺は這い上がる〜  作者: ミツキイザナ
第四章 闘技大会

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0176.漢の背中



 視点:俯瞰

 


「ふはははは! どうじゃ!

 見たか凡人ども!

 これがS級の娘の実力じゃ!」


 アノンがドヤ顔で走ってくる。


 真っ黒焦げになったテッシを、

 背景にしたままローブを翻し、

 意気揚々とこちらのベンチへ、

 凱旋しようとした、その時。


『あ、あの……アノン選手?

 場外に出られましたよね?』


 審判の困惑した声が、

 会場のマイクを通して響いた。


 アノンの足が、ピタリと止まる。


「……なんじゃ?」


『いえ、あの……。

 ルール上、場外に出たら、

 その時点で負け扱いに……』


「……は?」


 アノンが固まる。

 俺たちも固まる。

 会場中が、固まる。


「な、なんじゃとおおお!?

 勝ち名乗りを上げようと、

 戻ってきただけじゃぞ!?」


 審判が無情な宣告を下す。


『アノン選手、退場です!!

 この試合、両者場外につき、引き分け!』


「う、嘘じゃあああああ!!」


 アノンの絶叫が虚しく響く。

 圧倒的な勝利だったはずが、

 まさかのルール負け。


「……やれやれ」

「詰めが甘いですねぇ」

「まぁ、アノンらしいがな」


 俺たちは顔を見合わせ、

 苦笑するしかなかった。


 アノンが涙目で戻ってくる。

 さっきまでの威勢はどこへやら、

 しょんぼりと肩を落としている。


「うぅ……ごめんなさいなのじゃ。

 調子に乗ったのじゃ……」


 珍しく、素直な謝罪。

 その姿に、責める気も失せる。


「まぁ、一人抜いたんだ。十分だろ」


 俺が頭をポンと撫でると、

 アノンは「うぅ〜」と唸り、

 セリアの腰にしがみついた。


 さて、問題は次だ。

 両者場外扱いということは、

 次は互いに次鋒を出すことになる。


 『アンチ』側のゲートから、

 一人の男が歩いてきた。


 金髪をオールバックにし、

 仕立ての良いスーツを着崩した男。

 アマドリブルだ。


 彼は、黒焦げになって気絶している、

 弟分……テッシを見下ろした。


「テッシィ……」


 静かな声だった。

 だが、そこには確かな感情があった。


「様になってたぜ、テッシィ。

 オメーの『宣言』……。

 最後には、覚悟が乗ってた」


 意識のない弟分に、

 アマドリブルは語りかける。


「だがな、まだ足りねえ。

 言葉にする前に、身体が動く。

 そこまで行かなきゃダメなんだ」


 彼は懐からハンカチを取り出し、

 テッシの汚れた顔を拭った。


「休んでな。……あとの始末は、

 このオレがつけてやる」


 アマドリブルが顔を上げる。

 その瞳に宿るのは、

 冷徹な殺気と、熱い情動。


「おい、自由の風。次はどいつだ?

 オレの相手をするのは」


 挑発ではない。

 確認だ。

 対等な敵としての、問いかけ。


 その“兄貴”としての背中に、

 俺たちの“兄貴”が反応した。


「……俺が出よう」


 カルドが、重い腰を上げる。

 大盾を持ち、大剣を背負う。

 その動作に、迷いはない。


「カルド、いけるか?」


「あぁ。あいつは……、

 口先だけの男じゃない。

 覚悟を決めた、漢の顔だ」


 カルドの目が、鋭く光る。

 同じ匂いを、感じ取ったのだ。

 背負うものの重さを知る者同士。


「行ってくる」


 短く告げ、カルドは歩き出す。

 その背中は、岩山のように大きく、

 そして頼もしかった。


 フィールドの中央。

 二人の男が対峙する。


「いいツラだな、テメー」


 アマドリブルが、

 カルドを見てニヤリと笑う。


「お前みたいな奴が出てきてくれて、

 オレも嬉しいぜ」


「良かったかどうかは戦って確かめるんだな」


 カルドもまた、

 不敵な笑みで返す。


 言葉は、それだけで十分だった。

 互いに理解したのだ。

 目の前の相手が、強者であると。


『第二試合、開始ッ!!』


 銅鑼が鳴る。


「オレの能力は、『気品ある賭博師(グレイスフルベット)』……!」


 アマドリブルが、

 ジャケットのボタンを外す。


「この戦い……オレは、

 『防御』を捨てることを賭けるッ!」


 キィィィン!!


 アマドリブルの周囲の空間が、

 歪むように震えた。

 大気中のマナが、渦を巻いて彼に集まる。


 テッシの能力と同じ系統。

 だが、その質は段違いだ。


 テッシは「宣言」で結果を求めた。

 だが、アマドリブルは違う。

「対価」を差し出すことで、

 過程そのものを強化する。


 防御を捨てる。

 即ち、一撃でも貰えば終わるリスク。

 その命懸けのチップと引き換えに、

 彼は爆発的な身体能力を得る。


「来いよ、鉄屑!!」


 ドンッ!!


 アマドリブルが消えた。

 いや、速すぎる。

 目にも止まらぬ踏み込み。


「ッ……!」


 カルドが反応する。

 大盾を構える暇もない。

 本能で、大剣の腹を前に出す。


 ガギィッ!!


 重い衝撃。

 カルドの巨体が、数メートル滑る。


「ほう、反応するか。

 図体の割に、器用じゃあねーか」


 アマドリブルの拳が、

 大剣の刀身にめり込んでいた。

 素手だ。

 魔法による強化ではない。

 純粋な、身体能力の暴力。


「次は、避けてみろよッ!」


 アマドリブルが追撃する。

 嵐のような連打。

 拳が、蹴りが、肘が。

 あらゆる角度からカルドを襲う。


「くッ……!」


 カルドは防戦一方だ。

 大盾で受け、大剣で弾く。

 『不動明王・かまえ』。

 マナで身体を硬化させ、耐える。


 だが、重い。

 一撃一撃が岩を砕くハンマーのようだ。


(こいつ……マナが尽きないのか?)


 カルドは歯を食いしばる。

 普通、これだけの強化魔法を使えば、

 マナはすぐに枯渇する。


 だが、アマドリブルは違う。

 『賭け』が成立している限り、

 世界そのものが彼にマナを供給する。

 無限のスタミナ。

 尽きることのない、暴力の嵐。


「守ってばかりじゃあ、勝てねえぞォッ!!」


 アマドリブルの回し蹴りが、

 カルドの大盾を捉える。


 ズンッ!!


 衝撃が骨に響く。

 だが、カルドは動かない。

 足を地面にめり込ませ、

 城壁のごとく耐え抜く。


「……勝つさ」


 カルドが、低く唸る。


 今回は、勝ち抜き戦だ。

 予選のように一発限りの大技である

 『大地喰らい』は使えない。

 

 あれを使えば、後は動けなくなる。

 それでは、後ろに控える仲間に、

 負担をかけてしまう。


(俺の役割は一つでも多く勝つことだ)


 カルドの目が、

 静かに、しかし熱く燃える。


「不動明王……うつしッ!」


 アマドリブルの拳が迫る。

 

 カルドは盾を僅かに傾け、

 衝撃を正面から受けずに流す。

 そして、その勢いを殺さず、

 自身の回転力に変える。


「ふんッ!!」


 裏拳のように大盾の縁を叩きつける。

 受けた力を倍にして返す、

 攻防一体のカウンター。


「ハッ、甘ェんだよッ!!」


 だが、アマドリブルは笑った。

 彼は空中で身体を捻り、

 盾の縁を足場にして跳躍した。


「防御を捨てたって言ったよなァ?

 だが、それはよォこういうこったッ!

 当たらなければどうということはねーッ!」


 空中からの、カカト落とし。

 重力と加速を乗せた、必殺の一撃。


「ぐぅッ……!!」


 カルドが盾を掲げる。

 衝撃で膝が折れそうになる。

 地面がひび割れ、陥没する。


「まだやれるか、テメー」


 アマドリブルが着地し、

 距離を取って構え直す。

 息一つ乱れていない。


「やはり……口だけじゃないようだな」


 カルドもまた、

 口元の血を拭い、ニヤリと笑う。


 互いに、認め合っていた。

 言葉はいらない。

 拳と剣で、魂を削り合う。

 その熱量だけが、真実だ。


「次は、右腕を賭けるぜ」


 アマドリブルが、

 スーツの袖をまくり上げる。


「この右腕が砕けてもいい。

 その代わり……。テメーの守りをブチ抜くッ!」


 キィィィン!!


 黄金のオーラが、

 右腕に一点集中する。

 筋肉が膨張し、血管が浮き上がる。

 見るからに危険な、破壊の光。


「……上等だ」


 カルドが大剣を地面に突き刺す。

 両手で、大盾のグリップを握る。

 全身のマナを、盾へ。

 守りへ、硬さへと変換する。


「不動明王……つどいッ!!」


 絶対攻撃 vs 絶対防御。

 男たちの意地が、激突する。


「うぉぉぉぉぉぉッ!!」


「はぁぁぁぁぁぁッ!!」


 ドォォォォォォォンッ!!!


 会場が揺れた。

 爆風が、観客席まで届く。

 土煙が舞い上がり、

 二人の姿を隠す。


 静寂。

 固唾を呑んで見守る観衆。


 やがて、煙が晴れる。


 そこに立っていたのは──。


「……これでも抜けねえちゃあいねえか」


 アマドリブルの右腕は、

 だらりと垂れ下がっていた。

 どす黒く変色し、折れている。

 賭けの代償だ。


 対するカルド。

 大盾は砕け、鎧にも穴空いていた。

 だが、その足は、

 一歩も下がっていなかった。


「……いや、効いたぜ。あんたの拳」


 カルドが、静かに答える。

 その顔は、晴れやかだった。


 勝負は、まだ終わらない。

 二人の“兄貴”の戦いは、

 さらに熱を帯びていく。


 

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