0122.火の国 Cランク依頼
会計を終えて俺たちは外へ出た。
火の国の夜気は、
まだ少し熱を帯びている。
空には月が浮かんでいるが、
街の灯りの方が主張が激しい。
そんな店の前で、
俺たちを待っていたのは――
仁王立ちする相棒、カルドと。
その足元にまとわりつくラフェルだった。
どうやら俺たちが中の個室で、
ヤエさん達と深刻な話をしていた間、
カルドはずっと捕まっていたらしい。
途中からになるが、
カルドがうんざりした顔で聞いている、
ラフェルの話に耳を傾けてみる。
「つまりだー。借りは返さねばならないー。
後から請求されても困るー。
忘れた頃に言われたら損した気になるー」
間延びした、やる気のない声。
地面に座り込み、カルドの脚を掴んで、
自分の理論を展開している。
「俺に言うな。シンやヴェルに言え」
カルドは俺たちに気づき、
やっと来たか! と言わんばかりに、
スッ……と俺たちの後ろに移動する。
あまりに自然な動き。
無言のパス。
つまり、押し付けられた。
目の前に残されたのは、俺。
そして地面のラフェル。
彼女はゆっくりと顔を上げ、
気怠げな瞳で俺を見た。
「おぉー、ご飯係ー。
お前たちにー、借りを返してやるー。
行く宛がー、わからないしー、
とりあえずー、泊めろー」
論理が破綻している。
借りを返すと言いながら、
新たな借金を作ろうとしている。
「いや、結構です。
お仲間をお探しください」
俺は淡々と返す。
この手合いは知っている。
やり口が最初のアノンに近い。
つまり面倒臭い。以上である。
俺はカルドに目配せをして、
その場を立ち去ろうとした。
だが。
「いいからー、野垂れ死ぬぞー。
こんな可愛い子がー、襲われてー。
罪悪感でー、えーと……腹減るぞー?」
自分の空腹を、
俺の罪悪感にすり替えてきやがった。
「あ、じゃあその時飯食います。
お元気で!!」
俺はズンズンと進む。
関わってはならない。
これ以上、変人を増やすわけにはいかない。
しかし、デジャヴが俺を襲う。
『ズリズリ……ズリズリ……』
足が重い。見なくてもわかる。
しがみつくラフェル。
まるで子泣き爺のような重量感。
なんで、俺毎回こんなことになるの!?
「お前ー、きっといい奴ー。
ゼフィールと同じタイプー。
ワタシを見捨てられまいー」
ラフェルは俺の腰にしがみついたまま、
地面を引きずられながら言った。
「誰だよそいつ! あぁもう!!」
ゼフィール?
聞いたこともない名前だ。
だが、この粘着質。
ただ事ではない。
こうして結局、訳のわからない、
子泣き爺のような女に絡まれ、
俺達は宿へとズリズリ進むことになった。
後ろを振り返ると、
シンとカルドが肩を並べて、
ニヤニヤしながらついて来ている。
……シン、カルド、お前達笑ってたけど、
覚えとけよな??
◇
視点:俯瞰
一方、時は数時間巻き戻る。
ヴェルたちがヤエと密談をしている頃。
別行動となっていたもう一つの風。
まよねこ、ミキ、リラ、キロロ。
迷い猫のメンバーは、
フラムタウンの冒険者ギルドに来ていた。
熱気が渦巻く火の国のギルド。
荒くれ者たちの視線が刺さる中、
依頼板の前に立つ彼らは、明らかに浮いていた。
吟遊詩人に、電脳歌姫、子供。
そして、挙動不審なオタク、まよねこ。
リラが依頼書に目を通しながら言った。
「ふむ、国の特性上だろう。
まよねこ君、嫌と言っても無駄なようだよ?
この国は討伐依頼ばかり。腹を括るしかない」
まよねこは脂汗をかきながら、
首をブンブンと横に振る。
「む、無理でござるよぉ!
拙者は平和主義者!
争いごとはゲームの中だけで十分で……」
「まよねこの腹を括ったらボンレスハムヨ」
ミキが淡々とツッコミを入れる。
手にはいつものごぼう。
「ぼく、なんでもたおせるよ!
まよねこおにいちゃん! まかせて!」
キロロが無邪気に笑い、
小さな腕で力こぶを作る真似をした。
周りの冒険者たちが、
「なんだありゃ?」「サーカスか?」
とヒソヒソ話している。
だが、リラは気にしない。
彼女は眼鏡の位置を直し、淡々と告げる。
「ボクたちはゼノン殿の修行もこなし、
既にDランク。Cランクの依頼受注権も得た。
いいかい? 自由の風に追いつくなら、
まごついている時間はないのだよ」
その言葉に、
まよねこの背筋がピクリと反応した。
憧れのヴェル。
彼と肩を並べるという目標。
そう言って、リラは一つの依頼書をちぎる。
「これでいいだろう。
D同様、Cへの昇級は実力を見られる。
特に火の国でするなら尚更だ」
手にとった依頼は、
レッドスコーピオンの討伐 200体。
フラムタウン周辺の街道に出没する、
赤い甲殻を持つサソリ型の魔物である。
十歳ほどの子供のサイズくらいあり、
冒険者ならまだしも一般人にしては、
厄介な魔物であり、とにかく数が多い。
討伐数が多い上に、
証拠部位である尾を回収する手間があるため、
敬遠されがちだが、Cランク昇格のための
「実績作り」としては常駐のサービス依頼だ。
「これなら、ボクたちにとって大したことない。
そして、常に募集されている依頼だ。
とにかくこれを回して実績を積む」
「サ、サソリ……でござるか」
まよねこは依頼書を覗き込む。
道中、馬車から見ていた魔物である。
アノンやリラが下級魔法で軽く追い払い、
ヴェルたちが蹴散らしていた雑魚だ。
「サソリくらいなら拙者でもなんとか……
いや、数が多いのは怖いでござるが……
ヴェル殿に追いつくためなら……!」
「では、行こう。
火の国での迷い猫のデビュー戦さ!」
リラが竪琴を背負い直す。
ミキがごぼうを構える。
キロロが「おー!」と声を上げる。
こうして、まよねこ達はサソリ狩りへ向かった。
◇
──そして、これである。
「うぉぉぉぉぉ!!
聞いてないでござるよォォォ!!」
荒野に絶叫が響き渡る。
まよねこ達が相手をしているのは……。
「おっきぃねぇ! すっごいよぉ!!」
キロロが見上げる先。
砂煙の向こうにそびえ立つ、巨影。
「大物ヨ! 当たってはだけろヨ!!」
ミキがごぼうを構え直す。
「ふふ、キミは女の子なんだから、
はだけてはならないよ??
それに『砕けろ』さ」
リラが優雅に訂正を入れるが、
その額には一筋の汗が流れていた。
「いいから逃げるでござるよォォォォ!」
小屋ほどの大きさのサソリ。
全身が燃えるような赤に染まり、
ハサミ一つで馬車を粉砕しそうな威圧感。
レッドスコーピオンのボス、
レッド・G・スコーピオンだ。
まよねこは撤退を叫んでいるが、
好戦的なパーティメンバーはやる気だ。
勿論、ボスの出現に伴い、
レッドスコーピオンもわらわら湧いてくる。
むしろ入れ食い状態である。
「これは一体でCランク相当。
付随する雑魚も倒せば今日で五件は稼げる」
リラは呑気にそんなことを言っていた。
魔法の準備をしながら、目は笑っている。
まよねこの気持ちは変わらず、帰りたいである。
「ひぃぃ! こっち見たでござる!
あの複眼、絶対拙者をロックオンしたでござる!
人生オワタ\(^o^)/でござるぅぅ!!」
腰を抜かしそうになるまよねこ。
リラはそんなまよねこの心情を察し、
詠唱の合間にポツリと呟く。
「まよねこ君、キミは十分強い。
考えても見たまえ。
あの魔物が……ゼノン殿より怖いかい?」
その言葉に、
まよねこの時が止まった。
まよねこはボスサソリに目を向ける。
巨大な鋏。毒々しい尾。
殺意の塊のような姿。
普通に怖い。
この世界なら当たり前かもしれないが、
まよねこはまごうことない地球人。
元ニートの、ただのオタクだ。
こんなのが日本に出たら、
自衛隊が出てくるレベルである。
それも戦車が出てきそうだ。
怪獣映画のプロローグだ。
……でも。
彼も確実にこの世界に毒されていた。
あの「地獄の一週間」によって。
「ゼノン殿よりは……」
脳裏に蘇る、あの笑顔。
穏やかな声で告げられる、死の宣告。
ある時は、水の塊に囲まれて、
呼吸の仕方を忘れるほど溺れた。
肺が焼けるような苦しみの中、
「まだいけるね?」と笑う声。
ある時は、切り刻む風が、
まよねこを遥か天空へと誘った。
自由落下のエンドレスループ。
ある時は、隕石のような岩石が、
空より降り注いだ。
メテオだ。あれは魔法じゃなくて災害だ。
ある時は、鉄をも溶かす炎弾が、
容赦なく飛んできた。
熱いとか通り越して、魂が蒸発するかと思った。
それに比べれば。
目の前のサソリは……。
ただ、デカい虫だ。
物理法則の中にいる。
……理不尽の塊のような、
あの大賢者に比べれば些細な無視である。
「ゼノン殿よりは、マシでござるな……」
その表情、悟りを開いたそれであった。
恐怖の限界値を更新されすぎた男の、
なんかもう……可哀想な顔であった。
まよねこは意を決して手を前に突き出す。
イメージするのは、かつての相棒。
ガシャッ。
AK-47|(ミキスキン仕様)が具現化される。
続けて、頭にミキたそのバンダナを巻き、
チェックのシャツをズボンにインする。
正装|(戦闘服)だ。
「チームストレイキャッツに命ずる!」
まよねこの声が変わる。
ねっとりとした湿度が消え、
FPSでクランを率いていた頃の、
「隊長」の声色が戻る。
リラは「ようやくだね」と微笑み、
ミキは「やっとヨ!」とごぼうを振る。
キロロは「やった! たたかいだ!」と喜ぶ。
まよねこは銃を握り、
人が変わったように……いや、違う。
震える膝を隠すように。
自身を奮い立たせるように、続けた。
「これよりスコーピオン掃討作戦を行う!」
響くはまよねこの声。
「了解ヨ、隊長!」
「承知した!」
「わかったぁ!!」
新生 迷い猫の戦いが、今、始まる。




