0120.シロナとクロナ
「というわけで、シロ、クロ!
ちゃんと挨拶しな?」
ヤエさんは自分の席に戻り、
ドカッと腰を下ろして二人に告げる。
白い獣人のシロナさんは、
心底めんどくさそうな表情を浮かべ、
黒い獣人のクロナさんは、
虫唾が走るといった表情を浮かべた。
第一印象、最悪。
愛想が悪いどころの騒ぎではない。
その態度が良くなかったらしい。
「んー、シロもクロもさぁ……、
媚びるな、下手に出るなとは教えたよ?
けど挨拶も出来ない子に育てた覚えは……。
いっっさい、ないんだけど?」
そう言って、ヤエさんはバッと姿を消した。
空間把握ですら捉えきれない速度。
そして、次の瞬間には二人の間で、
ヤンキー座りを決めている。
逃げようとした二人の頭を、
ガシッと鷲掴みにして……。
「うにゃ! やめて!
わかった! ごめんなさい!」
「ふぎゃ! する! 挨拶をする!
ちゃんとするから!!」
万力のような力で締め上げられているのか、
S級であるシロナさんとクロナさんは、
半べそをかいて謝っている。
……あれ、S級なんだよな?
世界に十数人しかいない、
化け物の一角なんだよな?
でもシンは、いつものことだとばかりに
クスクス笑ってるし、これは日常なのか?
ヤエさんの前では、S級も形無しらしい。
ようやく解放された二人は、
頭をさすりながら渋々と言った顔で、
俺とカルドに向けて挨拶を始める。
「シロはシロナ。死神姉妹の姉。拷問担当。
得意なことは、息の根を止めないこと」
「私の名はクロナ。諜報を担当している。
得意なことは音を出さず、
目標の首を落とすこと。以上だ」
えーと……。は?
拷問担当は良いとして。
いや良くないけどさ。
自己紹介で「息の根を止めない」
なんてフレーズ、初めて聞いたぞ。
諜報担当の方、それ、暗殺じゃない?
諜報って情報を集める仕事だよな?
首を集める仕事じゃないよな?
「質問、ある?」
「無いならなくて良い。手間が省ける」
二人とも今すぐ終われって圧をかけてくる。
クロナさんからは特に指をトントントンって、
机を叩く音がリズムを刻んで、
めちゃくちゃイライラが伝わってきている。
関わりたくない。
全力で関わりたくないが、
俺には一つだけ、伝えなきゃいけない
伝言があった。
あ、そういえば……。
「えっと、ディアさんが……
二人によろしく伝えてって
そういえば言ってました」
その言葉を聞いた瞬間だった。
ピリッ、と空気が凍りついた。
二人の表情から感情が消える。
能面のような顔で、二人は同時に言った。
「よろしくしないで。って返しておいて」
「私に筋肉オカマの知り合いなぞ居ない」
……拒絶反応がすごい。
この二人、ディアさん嫌いなの?
ヤバい、地雷がわからないぞ??
ディアさん、あの調子で
「可愛い子猫ちゃんたち〜♡」とか言って
追いかけ回したんじゃないだろうな。
戸惑っている俺を見て、ヤエさんが笑う。
「ハッハッハ! いや、この子達ね、
ディアに一度も勝ったことないから、
勝手にライバル視してるのよ!!」
痛快な笑い。と言うのはコレだと、
まさにそんな笑い方である。
それを聞いて、シロナさんが
悔しそうに唇を噛む。
「……次やれば、勝てる。
筋肉が邪魔なだけ」
「そもそも見た目が気持ち悪いのだ。
戦う気すら起きない。目が腐る」
と言ってるが、完全に負け惜しみである。
なるほど、ディアさんの
『愛裸武勇』の前には、
死神姉妹の暗殺術も通じなかったか。
服を脱げば脱ぐほど強くなる変態だもんな。
とりあえずディアさんの名前は、
今度から出さないようにしようと思った。
S級って常識と冗談通じないから。
下手に刺激すると、
拷問と暗殺のフルコースにされかねない。
「よし! これで顔合わせは終了!
ヴェルもカルドも休みな!
シンも今日は休みで良いよ。
旧友と親交を暖めておいで!」
「了解っすわ〜」
シンが言うと同時に、姉妹は消えた。
足音もなく、気配もなく。
まさに“死神”のように。
ヤエさんも「じゃ、またね!」
と言って姿を消す。
嵐のような時間が、ようやく過ぎ去った。
「さっ、じゃあお前達どうする?」
何事もなかったかのようにシンが立ち上がる。
ぐっ! と伸びをして俺たちの元へ。
どうするって言っても……なぁ。
正直、色んな情報が入ってきて、
疲れたってのが本音だ。
プレイアデス教団。神域。
四英傑の死。
そして死神姉妹との対面。
胃もたれしそうな情報のフルコースだ。
でも、シンと久しぶりに会ったわけだし。
このまま解散ってのも味気ない。
「三人で飯にでも行くか?」
カルドが提案をする。
それも良いかもしれない。
どうせ今日の夜は、
聞いた話を思い出して寝る前にモヤモヤする。
気分転換を今のうちにしておくのも良い。
火の国の酒と飯で、
頭の中を上書きしてしまおう。
「そうするか! ゴチになりまーす!」
「バカ! 次は割り勘だよアーホ!」
俺とシンは軽口を叩き合い、
カルドはそれを聞きながら静かに笑う。
坑道の頃と変わらない距離感。
それが、今は何よりの救いだ。
そして、俺たちは外へと向かった。
「……シン、あれ毎回乗るの?」
俺たちは、部屋ごと動くエレベーターで、
またオクテットの裏口へと戻ってきた。
ガコン、という重い音と共に扉が開く。
あの浮遊感と横揺れは、
何度乗っても慣れそうにない。
「身内だけが通れる通路ならあるぜ。
でも、結構面倒な道で罠だらけ。
お前たちとなら無難にアレ使った方が早い」
「罠だらけって……
自分の拠点の通路に罠仕掛けるのかよ」
「先生の趣味だ。
いわく『忍びの道は険しい』らしい」
やっぱりあの人、忍者かぶれか。
S級ってのは、どいつもこいつも
趣味に命をかけすぎている。
「俺は嫌いじゃないけどな、あの部屋」
「わかるぜカルドさん! 面白いよな!
あんなのにビビってるのはヴェルだけだ。
まぁ、まだ十五歳だしな(笑)」
「うるせえ巨乳星人。ビビってねーよ」
十五歳を強調するな。
中身はもっと行ってるんだよこっちは。
と戻ってきたオクテットは
まだ賑やかで騒がしい。むしろ増えている。
外から差し込む光的に、どうやら夕方。
地下にいたから時間の感覚が狂っていたが、
ちょうど酒場が盛り上がり始める時間帯だ。
「まぁ、ここも美味いんだけどさ」
そう言いながら外へと向かうシン。
「オススメの飯屋があんだよ。
肉がめちゃくちゃ美味い店だ」
と先導されて俺たちは街中を歩いた。
それにしても、やはり賑やかである。
夕方に連れて露店が片付けられ始めているが、
その代わり飲食店や大道芸などが増えてきた。
松明の明かりが灯り始め、
街全体が熱気を帯びているようだ。
通り過ぎる人々も、
どこか浮き足立っているように見える。
「てか、本当に人多くないか?」
五歳までしかいなかったとはいえ、
風の国のストームタウンは、
こんなに雑多で賑やかではなかった気がする。
騎士団が巡回し、もっと規律正しかった。
同じ首都でもこんなに違うんだろうか。
俺の質問にシンは振り返って答えた。
「あぁー、これな。
近々半年に一回のメインイベントがあんだよ。
次の部はパーティ戦の闘技大会。
個人戦と団体戦で年一回ずつあんだ」
パーティ戦のコロッセオ?
闘技大会?
わぁ、嫌な予感がするぜ?
背筋に冷たいものが走る。
まさかまさか、ゼノンさん。
……これを狙ってたな?
火の国に行けと言ったのは、
ただCランク依頼を受けさせるためじゃなく、
この大会にぶち込むためだったんじゃ……。
カルドも同じことを思ったらしい。
チラリとこちらをみて渋い顔をしている。
無言のアイコンタクト。
「逃げられそうにないな」と語っている。
「お前たち自由の風も出るのか?
出場資格はCランクから。出れるぜ?」
シンは茶化すような顔つきで、
ニヤニヤしている。他人事だからって!
自分は出ないから気楽なもんだ。
俺は少しだけ考えて答える。
「いや、まぁ〜。出なくていんじゃね?
パーティ戦が年一回なら人も多いだろ?
俺たちは地道に依頼をこなすよ」
目立つのはもう十分だ。
Aランク依頼で新聞に載ったばかりだし、
これ以上有名になったら動きづらくなる。
「先生が言うには結構賑やからしいぜ?
それに今年は虹の都の七彩や、
戦盤遊戯も来るって話だ。
勿論、この国のトップファミリア、
勝利の女神も来るだろうな」
「じゃあ出ねえよ!!」
シンの話を聞いて確定した。
即答で拒否だ。
各国のトップが出張ってくる大会?
出るわけないじゃんか。
そんなの、死亡フラグの展示会だろ。
大体、団体戦の大会編みたいなのは、
ヤベーのが出てくるし、事件になるんだよ。
きな臭いやつが出てきて
大会どころじゃなくなるもんだ。
漫画やアニメで散々見てきた展開だ。
訳のわからん筋肉サングラスの弟とか、
仮面をつけたヤベー炎使いとか。
試験でも里崩しとかしてくるんだぜ?
で、虹の都が来る?
そいつら、ラスボスだから多分。
「へへっ、お前は相変わらず難しい顔して、
考え込む癖やってんだな!
まぁ、出たくなったら出ればいいさ。
それより、もう着くぜ。
この角を曲がって進めばすぐさ」
シンはそう言って角を曲がる。
大通りから外れ、人通りが少ない路地裏へ。
さっき変な奴らに絡まれたばかりで、
俺もカルドも一応身構える。
ここは火の国。油断は禁物だ。
「心配すんなよ。
そうそう変なやつが出たりはしな……」
シンの言葉が止まった。
ソレが目に入ったからだ。
俺たちの進行方向。
路地裏の壁際に、ソレはいた。
チャイナ服のような、
長めのツヤのある深緑の服を着た女性。
肩くらいまでの黒髪は乱れており、
スリットから白い脚が見えている。
年齢は……十代後半くらいかな?
そんな女性が、なんて言えばいいんだ?
壁に向かってでんぐり返りして、
途中で止まったみたいな……。
頭を地面につけ、足を壁に投げ出し、
逆さまの状態で静止している。
ヨガ?
いや、行き倒れ?
にしてはアクロバティックすぎる。
そんな訳のわからない格好で、
こちらをじーっと見つめて……こう言うのだ。
「おー、やっと人が来たぞー。
頼みがあるー。ワタシ死んでしまうよー」
間延びのあるやる気のない声。
死んでしまうと言いながら、余裕がある声。
そして、続けた。
「ご飯奢ってくれー。死んじゃうー」
……なんで、毎回変な奴に絡まれるんだ?




