0118.共解のヤエ
「……くくくくっ」
ヤエさんが急に笑い出した。
「くく、あーはっはっは!!」
大爆笑だ。
なんだなんだ?
気でも触れたか?(失礼)
俺たちが固まっているのが、
面白かったのだろうか。
ヤエさんは腹を抱え、肩を揺らして、
笑いながら言った。
「いやぁ、驚かせちゃったね!
ようこそ、オクテットへ!
ゼノンの教え子っていうからさ、
驚かせたかったんだわ!」
そう言って、気軽に近づいてくる。
距離の詰め方が火の国流だ。
この国の太陽みたいに遠慮がない。
そして――
「なっ! ちょっ!」
俺をグイッと抱きしめた。
身長差のせいで、
俺の顔が豊満な胸に埋まる!!
……いい匂い。香の匂いじゃない。
汗でもない。たぶん柑橘っぽい匂い。
ふへぇ……。
「な、何しておるのじゃ貴様!!」
視界が胸いっぱいなので見えてないが、
アノンが迫ってくる!
空間把握が教えてくれる!
足音! 杖! 殺気! プライドの悲鳴!
だがヤエさんは、俺をほいっと離した。
離し方が雑というか手慣れている。
次の瞬間、アノンを抱え上げて胸に埋める。
貧乳代表アノンは「ひゃっ!」と声をあげ、
たぶん今、めちゃくちゃ恥ずかしがってる。
空間把握? いいや、耳が真っ赤だからな。
空間を見なくてもわかる。
さらに次々と、仲間たちが抱き寄せられる。
胸は押し付けられ、背中は叩かれ、
頭は撫でられ、頬はつままれ、肩は揉まれ、
なんか色々“火の国方式の歓迎”をされた。
……抵抗しないカルド。
むしろ待ってた感がある。
お前それでいいのか?
まあ、男の子だもんな……。
うん。気持ちはわからんでもない。
わからんでもないが。
そして、最後。
まよねこの順番が来た。
見るからにワクワクしてる。
「いや、そんな、デュフゥ!」とか言いながら、
目がギラギラしてる。期待が漏れてる。
汗が湿度を増してる。気持ち悪い。
だが、無情にもそれは起きた。
ビシッとまよねこにヤエさんが言った。
「ただしまよねこ、テメーはダメだ」
「ぶひぃっ!!」
orzポーズのまよねこ。
いや、わかる。わかるけど気持ちは。
でもお前おっさんだからな。
絵面的な問題もある。
多分そこだ。絶対そこだ。
てか、何でこの人は俺たちの世界の名言や、
物とかをそんなに知ってるんだ?
ゼノンさんより知ってないか?
と思って口にしようとした時。
「アタシも地球人だからだよ、ヴェル」
ヤエさんがこっちも見ずに、
心を読んだみたいに言った。
「メキシコ生まれの、ブラジル育ち!
ジャパンのアニメをこよなく愛する乙女!
それがアタシさ! コーヒー飲む?」
そう言ってアッハッハと笑う。
えっ? えっ?
メキシコ? ブラジル?
何それ情報量多すぎる。
ってことはまさか……。
「もしかして、
ゼノンさんに色々吹き込んだのって……」
「ん? アニメの話をかい?
そうだよ! アタシが全部教えた!
随分と前の話だけどね!!」
おおう。
全ての始まりはここにあった。
この人がゼノンさんに教え、
ゼノンさんがアノンや師匠に。
全ての元凶である。
「おかげで、広まってますよ。色々と……」
俺がげんなり言うと、
ヤエさんは肩をすくめて笑う。
「そのようだね! 覗かせてもらったよ!
いや、リズって子もあんなにハマるとはね!」
「覗かせてもらった?」
どういうことだ?
遺跡での話や修行を見てたのか?
疑問符が浮かぶ俺たちに、シンが答えた。
「先生の能力は触れた相手の体験を読み取る。
もしくは、自身の体験を相手に体験させる。
だから『共解』なんて二つ名がついてんだ。
情報屋にうってつけの能力ってわけさ」
ってことは……?
「ブヒィっ! ではまた拙者のグングニル!
いや、ポークピッツヴァイアーが!?」
「いや、キミは触れられてないだろう?」
リラがクスクスと笑いながら告げる。
だがヤエさんが引き笑いをしながら、
腹を抱えて言った。
「その子の体験はミキから読んだよ!
だから……まよねこは読まなかったのさ!
随分と小さな……ひーっ!!」
思い出して笑ってるのか、
ヤエさんは本当に腹を抱えて笑った。
転げ回ってもおかしくないレベルだ。
「せ、拙者の尊厳がァァァァァ!!」
止まらないorzポーズと嘆き。
伏線回収したな。止まるんじゃねぇぞ。
「いやぁ、悪いね勝手に読んで。
これも職業病ってかさ!
礼はするから許しとくれよ!」
そう言って、落ち着いたのか、
ヤエさんはバッとポーズを取って言った。
「その人に眠る体験を読み取る!
もしくはアタシの体験を与える能力!
それが、古き体験さ!!」
この人あって、ゼノンさんあり。
もう突っ込む気すら起きないのであった……。
◇
とりあえず、それぞれの部屋に案内された。
オクテットの裏側は、
“酒場の奥”というより“拠点”だ。
壁の厚さ、扉の重さ、空気の澄み方が違う。
ここは火の国のど真ん中にあるのに、
別世界みたいに静かだ。
それぞれが自室で休むとなったが、
俺とカルドだけシンに呼ばれ、
さっきの扉、ヤエさんの元へ向かう。
「おぉ、いらっしゃい!
休ませるところ呼び出してごめんね!」
扉を開けるとヤエさんはあっけらかんと言う。
さっきまで笑い転げてたのに、
今はちゃんと“仕事の顔”が混じっている。
「ほら、その辺に座って座って!
あ、コーヒー飲む?」
「いや、この身体だとまだ苦いんで……」
「そっかそっか! 転生タイプは大変だよね!
カルドはどうするんだい?
砂糖とミルクがあればいいんだろ?」
「……もらおう」
カルドは渋い顔してるが二十歳だからな。
まぁ、まだ味覚はおこちゃまではある。
てか、その嗜好までバレてんのな。
ヤエさんは鼻歌みたいに笑いながら、
カルドの分、そしてシンの分を淹れ始めた。
動きが手慣れている。手首が柔らかい。
“誰かのために飲み物を淹れる”という行為が、
生活として染み付いている人間の動きだ。
「アタシも転生タイプでね」
ヤエさんがカップを置きながら言う。
「旦那と色々すれ違って……さ。
旦那との喧嘩で打ちどころ悪くて……。
死んだんだよ。前の世界でね」
笑って言うのに、言葉の端が少しだけ痛い。
重くはない。でも軽くもない。
“乗り越えた傷”って、こういう音がする。
「もっとちゃんと伝えられたら。
そして、もっとわかってあげられてたら。
そんな後悔をしたよ。アタシ鈍感だから。
そうしたらもっと一緒にいれたのにって」
コトン、とカルドとシンの前に
コーヒーのカップが置かれる。
湯気が立ち、甘い香りが広がる。
温かさが、部屋の空気を少しだけやわらげた。
「そしたらさ、気づけばおぎゃーだよ。
この世界に来てた。もう四百年くらい前!」
「四百!?」
ブフォッとカルドが吹き出した。
え、見た目三十歳くらいだぞ!?
「いやー、古き体験は“伝えられたら”
“わかってあげられたら”って後悔からだけど、
ずっと一緒に居たいって後悔の方が、
不老の力をもたらしたみたいなんだよね!
向こうで死んだ年までで成長が止まった!
ラッキーでしょ? ハッハッハ!!」
豪快に笑う。
強がりじゃない。強い笑いだ。
それがヤエという人の生き方らしい。
「え、でも四百年も前だと、
その、色々な知識が合わなくないか!?」
「あー、それね?」
ヤエさんは指を鳴らすように笑った。
「こっちに魂が来る時に時空を通ることで、
時間がシャッフルされるみたい。
ってのがゼノンの仮説だね。
アタシより前の異世界人で、
西暦2262年から来たやつもいるらしいよ?」
「未来すぎる!!」
「だよなぁ! 奇妙な冒険譚は何部なんだろうな?
ほら、あの作者って石仮面被ってる!
って言われてるじゃんか?」
「確かにあの人老けないけどさ!?」
この人、ずーっと笑ってる。
でも話してると元気が出る。
多分、これがシンがヤエさんに、
惚れた理由の一つなのかもしれない。
シンが俺たちを見てニヤリと笑う。
「なっ? ヴェル、カルド、わかったろ?
先生はめちゃくちゃ素敵な女性なんだよ!!
俺は一生かけてでもこの人と結婚すっから!」
「お前、本人を目の前によく言えるな」
公開プロポーズにも程があるぞ。
「隠しても読まれちまうんだ。
だったら想いを自分の口で言う方がいいだろ?
ウジウジしても仕方ねえ」
堂々としてんなぁ。
で、ヤエさんの反応は――
「まぁー、ありがたい話ではあるよ?」
ヤエさんは笑い、でも少しだけ目を細めた。
「でも、ケツの青いガキはさぁ……
ショタコンと思われてもアレじゃん?
一応アタシババアだし。ハッハッハ!」
「ショタコンってアレだろ?
キロロみたいな年齢の話だろ?
俺は十八歳だし、今はまだ弱いけど、
いつか必ず先生を守れる男になるぜ!?」
「ふふっ、期待せずに待っててやるよ!
勝手に青春してろ青年!」
「ちぇっ」
どうやら毎回の流れらしい。
このやり取り、慣れすぎてる。
引くのが早いシンのこの反応も、
ヤエさんの笑い方も、完全に“日常”だ。
「と、まぁそんな感じだ。
アタシの自己紹介は終わり!」
ヤエさんが笑い終えた瞬間、空気が変わった。
コーヒーの湯気が、妙に静かに見える。
蝋燭の火さえ、揺れを止めた気がした。
何か大事なことを告げる。
空気がそれを俺に教えてくれている。
「呼んだ理由は、アンタたちの過去の話。
アンタ達を捕まえて穴を掘らせた連中の話」
胸の奥が、冷たくなる。
“穴を掘らせた”という言葉だけで、
喉がきゅっと狭くなる。
カルドの指も、カップの縁で止まったのが、
視界の端に見えたうっすらと見えた。
シンも、笑いを引っ込めている。
そして、静寂の中で告げられた。
「アンタたちを攫ったのは、
最近、大規模な裏組織をつくったようだよ」
俺は息を飲む。
「前、ゼノンやアンタの婆さん。
そしてゴードンとジュラが倒したはずの女。
そいつが関与する組織だ」
英傑の再来って呼ばれたメンバーが倒した相手。
詳細は俺は聞いてない。
……寝ちゃったもんな、あの日の話。
ヤエさんは一拍置いて、名を告げた。
「……女の名前はステラ。
そして、組織の名はプレイアデス教団。
新手の新興宗教組織だよ」
それが、俺たち。
人生を壊した奴らの名だった。




