0117. 隊長ォォォォ!
オクテットについた俺たちは、
早速カウンターに向かおうとする。
酒場に女子供がわらわらと入って来た訳だが、
チラチラ見られはしたものの、
あまり騒ぎにはなってないようだ。
火の国の人間は大雑把で、
悪く言えば他人に構わない。
良く言えば“いちいち驚かない”。
俺たちみたいな集団が入ってきても、
「へぇ」くらいで済むのはありがたい。
「いらっしゃい……何を飲むかい?」
来た!
この言葉の後に確か……合言葉。
俺はメモを頭の中で再生し、慎重に口を開く。
「オリジナルを頼めるかい?」
このセリフで合ってるはずだ。
だが、マスターは顔色すら変えない。
間違ってたのだろうか。胸の奥がひやっとする。
俺は続きも言ってみる。
ここまで来たら引けない。
「カシャッサのロックにライムと砂糖。
つまみは豚肉をカリカリに焼いてくれ」
「あいよ」
即答。
マスターは淡々と頷き、次にさらっと続けた。
「料理に時間がかかる。
アンタらは人数もおおい。
……奥の部屋で待っててくれ」
……通った。
通ったらしい。
(おぉ、これはやはりハンター試験……!)
俺は心の中で勝手に盛り上がりながら、
奥の部屋に通される。
酒場の奥は静かで、ザワザワとする表の喧噪が、
一枚の布で遮られたみたいに遠くなる。
板張りの床、簡素なテーブル、
壁に掛けられたよく分からない獣の角。
“客を通すための部屋”というより、
何かを選別するための部屋っぽい空気がある。
だが――。
しばらく待って運ばれてきたのは、
人数分の酒とカリカリの豚肉。
普通に酒場だ。普通にうまそうだ。
……あれ?
「ヴェルさんが間違ったのでしょうか」
「まったく、凡人に任せるとすぐこれじゃ」
女子ーズの非難を浴びる俺。
メモを見返しても合ってるっぽいんだけど?
「ごゆっくりどうぞ」
運んできた女性のウェイターが、
にこりと微笑んで言う。
そして、スライド式のドアを閉めた。
――その時である。
「地震!?」
大きな揺れを感じた。
揺れというより足元がずれたような……横揺れ?
床そのものが、少しだけ“横に滑った”感じだ。
だが、揺れはすぐに止まった。
不自然なほど静かに。
「な、なんじゃ今のは!
ミキ、妾を守るのじゃ!」
「姿勢を低くしろ。重心を下げて構えておけ」
「地震にしては、静まるのが随分と早い。
ボクは地震ではないと考えるよ」
アノン、カルド、リラ。
それぞれの反応が、性格そのままに飛ぶ。
アノンは相変わらずお子ちゃまムーブで、
近くのミキに飛びついている。
束の間。
今度は逆方向への横ずれ。
床が、また滑った。今度ははっきりと分かる。
そして次の瞬間、腹の底がすっと抜けた。
体が軽い。
床が、下へ――動いてるのか!?
リラが「ふむ」とこぼし、淡々と告げる。
「ボクの予想だと、次は床に引かれるように、
重力を感じることになるだろう。
カルド君の言う通り、重心を下げると良い」
そう言って、いきなり腹ばいで寝転ぶ。
恥じらいとかないのだろうか。
ぼてっ。って感じで倒れてる。
見た感じ、金◯一少年でよく見る、
“事件現場”の遺体みたいにしか見えないのだが。
まよねこも慌ててリラの真似をする。
だが――腹ばいになったまま、
左手が前に伸び、人差し指だけを突き出す。
まさか。
「止まるんじゃねぇぞ……」
と、まよねこが呟いた。
(鉄血の隊長ォォォォ! いや違う!!)
お前もミキもいい加減にしてくれ!
てか、今は止まってほしいんだよこっちは!!
とりあえず、お前も止まれ!
そしてリラの言った通り、
ぐんっと身体全体に重い網をかけられたように。
――いや違う。
全ての部位を同時に“掴まれた”かのように、
下へと引っ張られた。
「ぶへらっ!!」
俺はまよねこに突っ込んでたせいで、
亀がひっくり返されたみたいに転んだ。
そして、ゆっくりとスライドドアが開けられる。
「何やってんだよヴェル」
シンの声だ。
「ほら、ここからは俺が案内してやる。
立てよ、ヤエ先生のところにいくぜ」
俺に手を貸して、そう言って引き上げる。
……? なんか、力強くなってないか?
こうして俺たちは、
どこなのかわからない場所を歩いて行った。
──地下っぽい空気。
あたりを見てみると、壁ってよりも、
掘り進めて作ったような空間だ。
灯りはたまに埋め込まれた火属性の灯り石。
湿度は低い。空気は乾いている。
どことなく、俺は奴隷時代の坑道を思い出した。
でも、ここには絶望はない。
理不尽な死の匂いも、乾いた汗の匂いも、
嘆きも、絶望も感じない。
あるのは“整ってる”という感覚だけだ。
進み始めて数秒後、沈黙を嫌ったのか、
まずはシンが自ら紹介を始めた。
それを引き取って、俺がみんなに告げる。
「ってわけで、俺とカルドが出会った、
坑道奴隷の仲間の一人なんだ。
チャラついててキザだけどいい奴だ」
「……根は熱いやつだ。
よろしくしてやってくれ」
俺とカルドの言葉に、鼻を擦ってニヤけるシン。
「へへっ、まぁそんな感じだ。
……しかし、可愛い子ばかりで羨ましいぜ」
そう言ってチラチラと、
セリア、アノン、リラを見る。
……あれ、ミキは?
シンの言葉に女子ーズが答える。
「可愛いだなんて……。
なんだか照れちゃいますね?」
「ふんっ、何を当たり前のことを。
お前は糸目の凡人じゃ!!」
「可愛いと言われると、こそばゆいものだね。
ボクの名前はリラ。吟遊の詩人さ。
よろしく頼むよ、シン君」
「ミキは? ミキには何かないのかヨ!
糸目で見えてないのかヨ??」
それぞれらしい返しが飛ぶ。
もはやこれが自己紹介の代わりになるな。
「シン、セリアとアノンとリラとミキだ」
「あぁ、名前と顔は知ってるぜ」
シンが軽く言った。
「撲殺天使と紅蓮の大魔導師。
そして迷い猫の参謀と、
そこのまよねこって人の異世界能力の歌姫。
だろ? バッチリ調べてあるぜ?」
その言葉に、それぞれ驚いた顔を浮かべる。
特に“まよねこの能力”のところだ。
別に言いふらしてるわけじゃない。
ミキは表情が不自然でも普通に人間に見える。
「言ったろ? 情報屋やってんだ。
これくらい、序の口って奴だぜ」
シンが肩をすくめる。
「……それより、着くぜ。
ここが、ヤエ先生の部屋だ」
鉄の扉が開かれる。
中は少し広い土の部屋。
香の匂いと土の匂いが混ざる。
灯された蝋燭の火が作る影は、
独特な揺れを持っていた。
ふわっと火が揺れ、影が揺れる。
部屋そのものが“呼吸している”ように見える。
そして中央の奥。
椅子に座っていた人物が立ち上がる。
俺は――この人を見たことがある。
その瞬間、全てが繋がっていく。
カルドが買い、シンが持っていた、
この世界にはあるはずないドラゴンソード。
シンが知るはずのない数々の語録。
ゼノンさんの旧知なら知ってておかしくない。
そして、胸が大きい美人という情報。
『いやいや、こちらこそ! またね!』
露店で聞いた、あの言葉。
ただのお土産屋が言うには、
妙に“確信”のある言い方だった。
普通なら『また』なんてものはない。
部屋の奥、そこに立っていたのは、
カルドがドラゴンソード露店のお姉さん。
少し肌が褐色で、胸が豊満で、
ラテン系か? と感じたお姉さん。
その人が、静かに言った。
「人の出会いは重力」
某神父の名台詞みたいに、重く、滑らかに。
そして続ける。
「君は『引力』を信じるか?」
これが、シンの先生であり、
ゼノンさんの旧知の友人。
情報屋『共解のヤエ』との出会いだった。




