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7月、慣れないことは身を削る



 テスト、終わったー!

 やなぎんと映画を観に行った日から、2週間と少し。

 夏休み前の定期テストが終わった。

 放課後の教室やら、予備校の自習室やら、誘惑の多い自分の部屋やら。

 どこにいても付きまとっていたテスト勉強からの解放感に任せて大きく伸びをする。


「隙あり!」


 ガラ空きになっていた脇腹をつつかれて、悲鳴をあげた。


「わっ、恵那、やめてよ」


 満面の笑みで、恵那が顔を近づけてくる。


「遊びに行こ!」


 わたしは大きく頷いた。


「うん、行こ!」


 さっきまでの笑みを引っ込めて、マジな目をした恵那が言う。

 

「よし、そしたら柚、男子も誘おう」

「へ」

「ほら、前言ったでしょ、あんたの友達に頼んで合いそうな子連れてきてもらおうって」

「え、今日の今日でそれは無理があるんじゃ」


 たしかにそんな話をした。したけども、急だ。

 

「それならとりあえず誰でもいいから」

「恵那、だんだん雑になってない?」

「柚のやる気が感じられないから」

「やる気……」


 痛いところをつかれ、黙り込んでしまう。

 好きな人が欲しい、その気持ちは変わっていないけれど、はたしてこのままで本当に好きな人なんてできるんだろうか、と感じ始めているのもあって。

 

「いいの? 好きな人、欲しいんじゃないの?」

「……よくわかんなくなってきた」

「え」


 わたしの正直な気持ちの吐露に、恵那はぽかんと口を開けた。

 そんな彼女の目を見つめて、ここ最近考えていたことを離す。

 

「よく考えたら、よく知らない男子とたくさん会ったところでそんなすぐに好きになれるもの?」

「なれそうな人とまた会えばいいんだって」

「それがわかんないんだよ」

「わかれ!」

「無茶言わないでよ」


 恋愛初心者に対して、恵那はなかなか難しいことを言う。

 でも付き合わされている恵那にしてみたら、何をぐずぐずしてるんだ、と思っていてもおかしくないし。


 うんうん唸って考え込むわたしを見かねて、恵那は呆れたようにため息をついたけれど、少しだけ笑って言った。

 

「……じゃあ、とりあえず今日で最後にしよ。それで、今まで会った人の中で印象に残ってる人に連絡してみるとか」

「なるほど」


 やり方を変えてみるときなのかもしれない。

 アドバイスに素直に頷いて、とりあえず今日の予定を立てる。

 スマホの連絡先を繰りながら、ぶつぶつ呟く。

 

「りさっちはテスト来週って言ってたし……未央は今日までだったはず」

「未央ちゃんってどこ高?」

「駅向こうの都立」


 わたしたちの学校があるのは、いわゆる学園都市的な街。最寄り駅を同じくする高校はそれなりに多い。

 

「近いじゃん、ちょうどいいね」

「うん、今日空いてるかな」


 話しながら、文字を打っていく。メッセージ画面に表示される、わたしの言葉。

 恵那が髪を指でくるくるいじりながら、聞いてくる。

 

「なんて打った?」

「テスト終わったなら遊ばない? って」


 つ、と眇められる恵那の目。

 

「男子は?」

「あ」

「おばか柚……」


 心底呆れたという声に首をすくめる。

 

「返信来た! いいよって」

「今からでもいい、男子連れてきてって可愛くお願いしなさい」

「えええ、騙したみたいになっちゃう」

「あとで謝ろう! それに無理なら断ってくれるはず!」

「しょうがないか……」


 未央、ごめん。

 心の中で未央に土下座して、わたしはメッセージを打った。

 

 『何人か男子連れてきてよ! 共学でしょ??』


 と、はったおしたくなるような文面で。










 もう一人クラスの子を誘って、わたしたちは待ち合わせ場所である駅前へ。

 行先はカラオケだ。迷ったらとりあえず。流行の歌でなんとなく盛り上がれるし、同い年だから小さい頃に見ていたアニメの歌とかでもなんとかなる。


 未央は心なしか表情が疲れていたけど、三人男子を連れてきてくれていた。

 そこまで男友達が多い方ではない彼女の性格的に、無理をさせてしまった可能性が高い。

 ねぎらいを込めて、こっそり親指を立てておいた。勇ましい表情で頷く未央。


 そんな未央の様子を見て、未央と漢字違いの同じ名字である渡邊と名乗った後は一言も発していないのんびりした男子が少し笑った。

 お? ここはそういう感じかな?

 未央曰く、ノリノリの他の二人の男子とは別で、渡邊くんは付き添いらしい。

 付き添いとは。ちょっと謎だ。


 ぬるっと始まった合コンもどきのカラオケ。

 河西くんという少しチャラ目の男子と恵那たちは好きなバンドが一緒だったらしく、けっこう楽しそうに語り合っている。


 自然と、大人しい未央たちわたなべ組と、わたしともう一人の男子……森本くんがなんとなく一緒に話す流れに。

 森本くんはおちゃらけた感じの親しみやすい子だった。そこはかとなく、小学生の頃ボール遊びをしていたころのノリを感じる。そういう意味では、わりと楽しい。


 一度飲み物を取りに部屋を出たとき、未央が追いかけてきた。

 

「柚ちゃん、好きな人、できそう?」


 こそっと小さな声できかれ、ぎくっと体が強張る。

 なぜか冷や汗まで出てきた。ほんとになんで?!

 

「が、頑張ってるよ」


 そう答える自分の顔がぎこちないことは、鏡を見なくてもなんとなくわかる。

 未央が首を傾げた。長くて綺麗なポニーテールが揺れる。

 

「や、そんな頑張るものでも……まあ、焦らずね。今日連れてきた男子、私もそこまで深くは知らないから申し訳ないんだけど」


 申し訳なさそうな表情の未央に驚いた。そもそも、申し訳ないのは無理をさせたわたしの方なんだけど。

 

「え、そうなの? 一人だけ大人しい……渡邊くん? 仲良さそうに見えるけど」


 ただひたすらウーロン茶を飲んで大人しくしていて、マイクを握ろうともしないのが一周回って面白い渡邊くんは、たまにちらっと助けを求めるように未央を見る。

 話を聞いたところによると、未央はクラスでそこそこ仲がいい渡邊くんに頼んで友達の森本くんに声をかけてもらったらしい。河西くんはノリでついてきたとか。

 

「渡邊くんは、なんかこう同じ名字のよしみで」


 ふむ?

 あんまりつつかないほうが良さそうな気がして、追求をやめた。




 



 テスト疲れか途中で未央の体調が悪くなってしまって、渡邊くんが付き添って二人は帰っていった。

 それをきっかけに、わたしたちもなんとなく解散の運びになる。

 

 恵那とふたり、無言の帰り道。

 反対方面の電車に乗る私たちだから、改札をくぐったらお別れなのだけど。


 ホームにあがる階段の前にあるジュースバーで、恵那がバナナジュースを買って壁の端の方にもたれかかる。


「……」


 わたしは猛省していた。

 無理をさせて付き合わせた挙句、具合が悪いのにも気づけないなんて。


 ごめんね、と改めてメッセージを送ると、フルーツパフェを奢ることになった。それくらい、お安い御用だ。未央の優しさに余計申し訳なくなる。


 とともに。


「……恵那」

「なに?」

「やっぱりわたし、こういうの向いてなかったよね」


 好きな人なんて、簡単にできるわけないんだ、と思ってしまう。

 

「……柚は友達になるのは早いけどそこで止まる感じだよね」

「そうだよね……」

「森本くんと盛り上がってたけど」

「や、楽しい人だなとは思ったけど、友達って感じというか……なんか、さ。森本くん、好きな人いそうじゃない?」

「珍しく鋭いじゃん。わかる。あれは本人も無自覚なパターン」

「そんな感じする……」

 

 というわけで。


 これ以上無理してもできないものはできない、自然の流れに任せるべし、と思い直して、わたしはとりあえず学生の本分である勉学に励むことにした。

 二年の夏のうちに基礎を固めておけば後が楽という橋本さんのアドバイスもあって、出世払いの額が増えたけれども、予備校の夏期講習を取ることに決めた。






 

 夏休み前、最後の登校日後。

 早速夏期講習のコースを始めようと、予備校までやって来ると。

 テスト期間中、たまに自習室で会って以来のやなぎんがいた。

 

「やなぎん、テストお疲れ!」


 わたしの声に振り向いた彼は、少し髪を切ったようでさっぱりとした印象を受ける。

 小さく頷いたその顔は、夏休みの始まりだからか心なしか嬉そう。

 

「沢渡さんも。……夏期講習、取ることにしたの?」

「うん、テスト、悪くなかったんだけどね、それでちょっと志望校のレベルあげちゃったから」


 頑張らないと、という意味も込めてそう言うと、やなぎんは微かに目を細める。

  

「……いいと思う。下方修正は後でいくらでもできるし」

「おお……! その考え方、いいね」


 最近、やなぎんと話していると、こう思うことが多い。

 一見ネガティブのようなんだけど、ポジティブというか。

 そうあろうとしているような。


 そんな彼だからなのか、わたしはいつも、こんなことを聞かされても困るだろうな、ということまで勝手に口が動いてしまう。


 帰り道、言うつもりなんてなかったのに、迷走していた合コン行脚の結末を話してしまった。


「もうね、無理しても仕方ないから、自然の流れに任せることにしたの」

「うん」


 いつもと変わらないシンプルな相槌に気が緩んで、ふと思い立つ。

 

「こんなこと聞いていいのかわかんないんだけど、あ、嫌なら全然答えなくていいんだけど」


 言い出してから冷静になる。でも話し始めてしまったからには続けざるを得なくて長くなった前置きに、やなぎんは首を傾げた。

 

「うん?」


 もう止まれない。早くも後悔しながら、口を開いた。

 

「やなぎんは、好きな人欲しいって感覚、共感できる?」

「……いや、あんまり」


 さほど間をおかずに、首を横に振るやなぎん。

 

「え、じゃあ、恋人欲しいって思ったことある?」


 やなぎん、長考。

 やがて、珍しいことに少し照れくさそうに、学生鞄を持ち直して言った。

 

「…………え、と。それって根本は同じような気がするけど」

「あ、だよねえ? でも似て非なるものらしいんだよね、どうやら」

「だとしたら、どっちもあんまないと思う」

「そっかあ」


 会話が途切れた。

 同じような感覚でいることがわかって嬉しい気持ちもあったけど、どこかもやもやした気持ちもあった。

 そんな気分を吹き飛ばすように、ふうっと大きく息を吐く。


「慣れないことすると、疲れるよね。向いてなかったなあ、やっぱり」


 愚痴っぽくなっちゃってごめん、そう言おうとしたとき、やなぎんと珍しく目が合って。

 その瞬間どうしてか、言葉が出なかった。


「向いてなかったって気づけたんなら、それも必要な時間だったんじゃないかな」


 真剣な瞳は、夏の夜を映したように澄んでいる。

 目が離せなかった。

 


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