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国守の愛 第3章 red eyes ・・・・  作者: 國生さゆり    
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シーン13 盾石化学研究所



 シーン13 盾石化学研究所


 

 研究室でデジタルマイクロスコープを覗き見ている富士子は、ポータブルワイヤレス・スピーカーをスマホと同調させて歌劇・運命の力の第4幕を聴きながら、ウルトラマリンライトに色づけした粘菌が迷路ケースをなんなくクリアしてゆき、捕食ほしょくに向かう様子を経過観察していた。



 観察し始めた当初、触手の枝が伸びる速度は精密時計のように10分で8.8ミリ成長し、正確な亀甲模様を描きながら、獰猛どうもうに進行していった。その様はまるで好みの獲物を的確に狩り出す捕食者を思わせ、用意した8つの迷路ケースの結果はみな同じで、約8時間でクリアする。



 粘菌の核には恐ろしくも貪欲どんよくな頭脳が存在し、その脳には正確無比な俯瞰ふかん設計図があり、容赦ようしゃのない目的意識をゆうすると、富士子は実験結果から確信した。同時に支配的な亀甲模様は富士子に偶然とは言いがたい、精密な神の数式を見せつけもした。



 そして、核は回を重ねるたびに学習するのか、記憶していくのか、到達タイムを日々更新していく。核のどの部分をどう切断しようが再生し、記憶を失うこともなく。その様に富士子は興味をいだく。このメカニズムを解明かいめいし、この粘菌に完全体・液体デイバイス技術を融合ゆうごうできれば、自己再生能力をも液体デイバイスは獲得かくとくする事になる。それは可能だと、言い切る自信が富士子にはあった。



 一旦いったんは液体デイバイス研究から遠ざかった富士子だったが、ある学術会議に提出された論文を読んでこの粘菌の存在を知り、1ヶ月前から研究を再開させていた。



 ふと、視線を上げた富士子はあかつきの中、要が言った言葉を思い出す。「あなたは僕のものだ。もう、あなたのものですらない。大切にして欲しい」要は富士子にそう言った。



 昨晩さくばん、富士子は要に寄り添って、要が話すこの1年半の空白の日々を聞いた。夜半やはんすぎ、富士子に眠気がまとわりつき始め、追い払おうと頭を左右に振ったら、逆にあくびを呼んだ。富士子の我慢する仕草に気づいた要は足の間に座る富士子をフワリと抱き上げ、目をしばたたかせた富士子は頬をしゅに染めて「あっ、私」細く口にする。



 「あと、2時間もすれば夜が明けだします」と言った要に、富士子が「初めてなんです」と早口で告げる。後をどう続けたらいいかわからず、顔をそむけて要の視線からのがれた富士子に、要は何が言いたいかをさっして、富士子の表情をしかと見た。




 朱色は富士子の耳から首筋へと染め広がり始め、要は富士子をベットに横たえながら「そういうつもりで抱き上げた理由わけでありません。ゆっくり休んで欲しかっただけです。まったくあなたという人は」と言った。花残し月に、桜の花びらが舞い落ちたげな鴇色ときいろの富士子は、バツの悪さに要に背を向けて丸まった。



 要は開いたスペースに座り、ベットヘッドに上半身を預けて足を伸ばすと「こちらを向いてください。綺麗なお姉さん」と言い、おずおずとためらう富士子の下に左腕を入れ、やんわりと左手を返して自分の方を向かせ、腕にのる富士子を軽々と引き上げて胸に引き寄せると「承知しました。重要な機密情報をありがとうございます」と言い、要の顔を見上げた富士子に、誠実な眼差しを向けた要は「大切にします」と言った。富士子にそそいでいた眼差しを天井に向けた要は、左手で富士子の髪をすき始め「少し眠ってください。2時間後に送っていきます」深海のただずまいでそう言い、富士子はゆるやかに目を閉じた。



 2人はホテルを出た後、徒歩で富士子の自宅に向かい、要は門前に立った富士子の髪を左手でれながら、自分を見上げている煤竹色すすたけいろの瞳を壁ドン並の目で見つめ「あなたは僕のものだ。もう、あなたのものですらない。大切にして欲しい」と口にした。その支配欲の力強さに一瞬にして飲まれた富士子は、はにかみながら要の広く第二関節のたくましい手にほほあずけてうなずいた。



 天の差配さはいの元、決まっていたかのような要さんとの再会だった。



 社内携帯が鳴り、現実に引き戻された富士子は「研究、所、統括、、盾石」少々マゴついておうじる。その口調を聞いた国男は「富士子、忙しいところすまない」気兼きがねの気配をまじえて言い、富士子は「いえ、お父様。ちょうど休憩を取っていました。大丈夫です」と慌てて言いえながら、内心で何の休憩よ、と思うや、富士子の心が深々(しんしん)と熱をび出す。



 無口になった富士子に、国男は「あまりこんを詰めるな。ところで今夜、食事でもしないか?どうだ?」とさりげなく切り出すが、今夜、予定が無いのはすでに樽太郎に確認して知っていた。「ええ。浮子にも連絡しておきます」と答えた富士子に、国男は「ああ、そうだな。どの店がいいか浮子と相談してメールしてくれ。18時に会長室でいいか?それから富士子、出かける前に医務室に寄って、健康診断をねた血液検査をしてもらおう」と言った後段こうだんに、本来ほんらいの目的を付け加える。利益を求め、盲目的に突き進まずにはいられない己の商魂の頑強がんきょうさと、富士子に対して空々(そらぞら)しくもスラスラと言える自分に、後味の悪さを感じつつの国男であった。



「わかりました。18時に会長室に行きます。あの、お父様と私は先月、会社の健康診断を受けたばかりですけど」とげた富士子に、「ああ、そうだったな。まっ、私もこの歳だ。月に一度、血液検査したほうがいいだろう。付き合ってくれ」どこまでも、呑気のんきな調子で言った国男の心が痛む。



 「はい」と屈託くったくなく返事した富士子に、「ありがとう」はからずも真っ直ぐにそう言ってしまった国男は受話器をおき、しばらく電話機を見つめていた。





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