出発前、ギルドにて
時は流れ、現在は模擬戦があった週の最後の平日。
つまり、金曜日だ。
俺は遅れないようにと、早めに家を出る。
向かう先はもちろん、冒険者ギルド本部。
模擬戦が終わった後にアルカから聞かされたように、俺は集合場所であるギルド前へと向かっている。
腰には、アルカも愛用している空間が拡張された鞄。
そして、同じく腰に巻いているベルトのホルダーには、鞘に入った相棒・桜吹雪を差している。
昨日の夜に予め準備していたこともあり、忘れた物などなく、実習の用意は完璧だ。
外はまだ日が昇ったばかり。
春とはいえ、未だ朝方は空気が澄んでいて涼しい。 というよりも、少し肌寒いくらいだ。
空は青く、雲一つない。
どうやら雨が降る様子はなく、移動中に雨に濡れる心配をする必要はなさそう。
雨が降ると移動に差し支えがあるだろうし、一安心といったところ。
俺はまだ人があまり出歩いていない街中を進み、軽く景色を見ながら歩く。
春だということもあり、道を彩る桜の木々は美しく色鮮やかな花を咲かせている。
風に吹かれて散る様は風情があり、より美しさや儚さといったものを俺に感じさせてくれた。
(やっぱり桜の花はいいな。 ご先祖様たちが好きだったのもうなずける。 ……うん、良い香りだ)
俺は風に吹かれて漂ってくる桜の香りを楽しみつつ、さらに街中を歩いていく。
◇ ◇ ◇ ◇
ほどなくして、俺はギルドの前に着いた。
レンガ造りのギルドの前には人影。
てっきり一番は俺かと思っていたが、目の前にはすでに先客がいた。
「あれ? メルトはもう来てたんだな。 俺が最初かと思ってたのに……ずいぶん早いじゃないか」
俺はギルド前に佇んでいたメルトを見て、思わず口を開いた。
メルトは突然声をかけられたからかビクッと肩を震わせ、恐る恐ると言った感じで俺の方へと視線を向けてくる。
「あ、あぁ……なんだ、ライクでしたか。 驚かせないでくださいな」
視線を向け、声をかけてきた相手が俺だとわかると、メルトは俺の方に向き直った。
俺は特に驚かせたつもりなんてなかったんだが……ここは素直に謝っておこう。
結果として、驚かせてしまったのは事実みたいだしな。
「いやぁ、あはは。 驚かせてごめん。 まさか先に来てるやつがいるとは思ってなかったからさ。 俺の家ってこの近くにあるんだよ。 それでてっきり、最初にここに着くのは俺だと思ってたんだ。 だから思わず声かけちゃってさ。 ホント、ごめんな?」
俺がそう言うと、目の前のメルトは目を軽く開き、すぐに俯いてしまう。
(あ、あれ? 俺、言葉選び間違えたか? 変な事言ったつもりはなかったんだが……)
不安になり、メルトの表情をうかがうも、俯いているためにちゃんとはわからない。
だが、申し訳なさそうにしているのはなんとなく雰囲気から察せる。
そんな申し訳なさそうな雰囲気を漂わせているメルトは、おもむろに口を開く。
「いえ、私の方こそすみません。 少し手持ち無沙汰でしたので、つい考え事に意識を集中させてしまっていて……」
「いやいや、謝らなくて大丈夫だよ。 この時間じゃ何もない……というか、そもそもここには暇を潰したりするものなんてないからな。 一人だったら考え事してたっておかしくないよ。 だから気にしなくていいぞ?」
俺はなるべくメルトが気にしすぎないようにとフォローを入れてみるが、どうにも表情は変わってくれない。
頭を軽く悩ませていると、メルトの立っている後ろの方から他のメンバーが近づいてくるのが見えた。
「ほら、メルト。 もう皆来たみたいだし、気にするのはやめにしないか? そんな顔してたら皆にも心配されるしさ、な?」
俺は他のメンバーのことダシに使い、なんとか気持ちを切り替えさせようと試みる。
「……そう、ですね。 すみません、ライク。 貴方の言う通りです。 お気遣いありがとうございます」
俺の試みは一応成功したようで、メルトは先ほどとは違い、華やかさのある笑顔を浮かべてくれた。
(良かった。 やっぱり美人は笑顔の方がいいよな。 沈んだ表情もそれはそれで絵になるかもしれないけど、やっぱり笑顔が一番だ)
メルトに面と向かって言うのが恥ずかしいことを考えつつ、俺はやってきた冒険者育成科のメンバーを出迎えた。
◇ ◇ ◇ ◇
結局、一番遅くにやってきたのはアルカだった。
何やら準備に手間取っていたらしい。
詳しい事は話してくれなかったが、どうせ前日までに用意を終わらせていなかったとか、そういうことだろう。
とにかく、俺たち育成科メンバーは揃い、点呼を取った後にギルドの中へ。
木製の扉を開き、涼やかな鈴の音と共に中へと足を踏み入れた俺たちは、まだ他の冒険者の姿も見えない室内を進む。
扉を開けてすぐの左手には木製のテーブルとイス。
右手の壁際には、緑の色が鮮やかな観葉植物たちが置かれている。
まっすぐ前を向けば、目的の受付カウンター。
受付カウンターにはすでに仕事をしている人が見えた。
「おはようございます」
受付カウンターへと着いた俺は、代表者としてカウンターで作業をしていた人へと挨拶をした。
受付カウンターを挟んで向こう側にいたのはセシリアさん。
今日も今日とて、美人受付嬢として仕事をしているようだ。
セシリアさんは俺の声に反応し、何かしらの作業をしていた手を止めて顔を上げた。
こちらを向いたセシリアさんの顔には満面の笑みが浮かび、整った顔立ちをさらに華やかに彩っている。
「あ! おはようございます! お久しぶりですねっ! 今日は確か……実習で行う依頼の受注で来られたんですよね?」
元気に声を発し、さらに笑顔を輝かせたセシリアさんは、確認するように俺へと問いかけてきた。
「はい。 ジゼット村の依頼だったと思うんですが、どういう依頼なんでしょう?」
「ちょーっと待ってくださいね。 えーっと……これじゃなくて……あ、これですこれです」
セシリアさんは目の前にある書類の束をぱらぱらとめくり、一枚の依頼書を引き抜く。
引き抜いた依頼書に一度目を通し確認したかと思えば、セシリアさんは俺へと手渡してきた。
俺は渡された依頼書を手に取り、確認する。
依頼書に書かれていたのは『ジゼット村周辺の森の調査』だ。
依頼書によると、どうやら近頃、森の動物たちの様子がおかしいらしい。
どこか怯えたような様子だったり、殺気立っていたりするみたいだ。
そこで、どういう理由から様子がおかしくなっているのかを調べて欲しい、というのが依頼のようだ。
「なるほど。 森の調査ですか。 最近こういうよくわからない異常が多いですね。 街道で目撃される魔物なんかもそうですけど」
「ええ、ホント多いですよね。 ジゼット村の人も、それもあって念のために依頼を出したようなんです。
ただ、移動距離や依頼料の関係もあって受けてくれる冒険者がいなくって……。
そこで、ライクさんたち冒険者育成科に依頼が回ってきたというわけなんです」
セシリアさんは俺たち育成科が受ける依頼についてのいきさつを教えてくれた。
だが、疑問が残る。
「あの、質問良いですか」
「はい、大丈夫ですよ。 なんでしょう?」
セシリアさんはきょとんとした顔で小首をかしげ、俺に続きを促がしてきた。
俺は軽くうなずき返し、質問を投げかける。
「この依頼、俺たちが受けることは相手も当然わかっているんですよね。
相手、よく納得してくれましたね?
俺以外は冒険者としての登録すらまだだというのに」
そう、すでに確認済みだったが、現状では俺以外は冒険者ですらない。
上はSから始まり、A、B、C、D、E、Fと全七つのランクに分かれた、いずれのランクにも所属していないんだ。
なのにもかかわらず、相手は依頼を俺たちに受けさせている。
依頼を受ける場合、受ける側のランクなどの様々な情報を依頼を出した側へと伝える。
その上で相手が良いと言えば、依頼を受けることができるようになっている。
なので、どうして依頼を受けさせてもらえるのか、という理由がいまいちよくわからない。
「ああ、それならですね。 アルカさんとライクさんがいるからですよ。
最高ランクのSと上位に位置するAランクの冒険者。
この二人が低予算の依頼料で依頼を受けてくれるというだけでも破格の条件。
その上、他の冒険者もランクは低いものの戦闘能力はアルカさんのお墨付き、という話になっています。
あ、ちゃんと報告時点では冒険者でないことも伝えてありますからね?
全てをお話したうえで、先方は快く承諾してくださいました。
……疑問は解決しましたか? ライクさん」
セシリアさんは不安気に問いかけてくるが、俺は話の内容に驚いて返事が遅れてしまう。
だってそうだろう。
まさか後で冒険者になるということがわかっていても、普通なら依頼を受けさせないはず。
そんな不安要素しかないような人間に依頼を任せたくないだろうしな。
ただ、今回は俺とアルカのランクが相手を納得させたらしい。
話を聞けば、まあ納得しないでもない。
依頼料は低ランク向けの金額だったし、そんな少ない金額で最強と名高いSランクが一人とAランク冒険者が付いてくるなら、他のランクが低かろうが関係ないと言ったところなんだろう。
どうせ低ランク組が失敗したところで高ランク二人がなんとかしてくれると判断したんだと思われる。
「はい。 やっぱり決め手はアルカと俺のランクでしたか。
予想はある程度出来てましたが、アルカの存在が大きいんでしょうね。
ちょっと気になるから調査して、って感じの内容でSランクが付いてくるなんて思わないでしょうし。
……っと、そうだ」
「ん? どうしました?」
俺が思い出したように言葉を漏らしたのを聞き、セシリアさんは小首をかしげて問いかけてくる。
すぐさま俺は、頭からすっぽ抜けていたことを話した。
「いえ、俺のクラスメイトの冒険者登録しないといけないと思いましてね。
依頼の話をしていてまだ登録していませんでしたし」
「ああ! そうでした! えっと、後ろの皆さんですよね? 懐かしいデザインの制服を着てらっしゃいますし」
セシリアさんは手の平同士をぽんっと合わせて音を鳴らすと、視線を俺の後ろに控えていたクラスメイトたちへと向けた。
(そう言えばセシリアさんも魔術学院の出だったな。 前に聞いたのにすっかり忘れてた)
俺は三カ月前にセシリアさんから聞いた話を思い出しつつ、言葉を返す。
「ええ、そうですよ。 人数が少し多いのでお手数おかけして申し訳ないですけど、お願いしますね」
「はい! 任せてください! きっちりとお仕事させていただきます!」
◇ ◇ ◇ ◇
冒険者の登録には用意されている書類への記入が必要。
そのため、俺以外のクラスメイト全員が登録用紙へと自分の情報を書き込んでいく。
書かなければいけないのは主に四つ。
まず、書かされるのは名前だ。
ここで重要なのが、偽名を使えない点にある。
なぜなら、書類自体に契約の魔術が仕込まれており、偽名かどうかを判断できるからだ。
どういう仕組みかと言えば、契約の魔術が記入と共に発動し、対象の魔力を検知して解析。
そして、解析の結果と記入された文字とを調べることによってわかるらしい。
正直、説明を聞いても俺は腑に落ちない気持ちでいっぱいだったが、より詳しいことは国家機密レベルの話らしく聞いても教えてもらえなかった。
また、偽名だと分かった後は、衛兵へと引き渡すことになっている。
まあ登録前にちゃんと説明はしているから、まずそんなことにはならないが。
少なくとも、俺がギルド職員として働いている内に見たことは一度もない。
アルカからもそんな話は聞いてないしな。
次に武器。
これに関しては何でもいい。
自分の得意な武器、よく使う武器、とにかく何か一つでも書けば問題ない。
極端な話、素手と書いても大丈夫だ。
強化魔術を施し、徒手格闘を行うやつもいるから当然だな。
次は使用可能な属性。
これについては名前と同じく、嘘を吐くことが許されない。
理由は、指名依頼などで指名する際の判断基準になったりするからだ。
まあこれに関しても契約の魔術で使えるかどうかは解析されるので、そもそも嘘はつけないが。
後は出身国。
こちらも名前や属性と同じく嘘はつけない。
さらに、書かれた国へと連絡がいき、記入した対象がどんな人物かということが調べられるらしい。
詳しくは俺も知らない。
あくまでも俺はAランク冒険者ってだけで、ギルドマスターみたいな何かしらの権限を持つような地位にもいないしな。
「じゃあ、書けた人から私に渡してくださいねー」
どうやら皆は書き終わっていたようで、順番にセシリアさんへと登録用紙を渡していく。
渡された用紙を一枚一枚に目を通し、記入漏れなんかがないことを確認すると、セシリアさんは俺たちに一声かけてから席を離れた。
セシリアさんが席を立った理由は一つ。
ギルドカードの発行をするためだ。
出来上がった書類はギルドカードを作成する為の四角い箱のような魔道具へと入れられる。
そして、書かれた情報を読み取った魔道具がギルドカードを作成。
魔道具には作成したカードを吐き出す穴が開いており、そこからカードは出てくる。
後は出来上がったギルドカードに使用者の魔力を通せば、登録完成という流れだ。
カウンターの奥へと移動したセシリアさんは数分後、手に書類とは別の物を持って帰ってきた。
その手に持っている物こそ、作成したギルドカードだ。
ちなみに、作成したギルドカードはランクによって色が違う。
アルカのようにSランクなら、『黒色』のカード。
俺のようにAランクなら『金色』で、縁に黒いラインが入っている。
その下のBランクは縁に黒いラインがなく、金色一色。
Cランクなら『銀色』に黒枠で、Dランクなら銀色一色。
Eランクは『銅色』に黒枠で、一番下のFランクは銅一色。
とまあ、こんな感じで色がわかれているので、皆のカードは当然一番下のランクの『銅色』だ。
「えっと、それじゃあお渡ししますね。
渡されたらカードに魔力を流してください。
それで登録は完了です」
皆は名前を呼ばれた順にカードを受け取り、魔力を流していく。
魔力を流されたカードは一瞬淡く光を放ち、すぐに光は消えた。
これにて登録完了。
皆も立派に冒険者を名乗ることができるというわけだ。
……まあ、まだ下っ端も下っ端だけど。
「皆さん、魔力は流し終わりましたね。
それでは、これで登録作業は完了となります。
依頼に関してはライクさんにお渡しした依頼書をご確認ください。
それでは皆さん、道中お気をつけて!」
「はい!」
俺たち冒険者育成科のメンバーは声を揃えて返事をし、ギルドを後にする。




