不憫なヴェイグと仲の良い女性陣
(え……? 国王様の……娘? え?)
俺の頭の中を駆け巡る言葉。
あまりの事態に、俺たち五人の間には静かな時が流れる。
周囲には先ほどの生徒同士の争いを仲裁するべくやってきたと思われる、フェリス先輩と風紀委員の腕章を付けた生徒の声。
他には野次馬をしていた生徒たちの声だけが聞こえる。
だが、俺たちは彼らに対して反応など出来るはずもない。
いったい俺は何を聞いたのか。 俺の頭は彼女――姫様の言葉を信じられない、いや、信じたくない。
誰でも俺と同じように思うだろう。
先ほどまで気軽に声をかけていた相手が、実は王国を治める王族の血筋の人間。
王族の中でも王妃様譲りの整った美しく可愛らしい姿をしている、と噂される美少女。
一度も顔を見たことが無く、知らなかったとはいえ……不味いだろう。
今、俺の額には冷や汗が噴き出すように浮かんできているはず。
「すっ!……失礼な言動を取ってしまい申し訳ありませんでした」
俺は思わずいつも通りの口調で、すみませんと叫びそうになるのを堪えた。
口調もだが、今叫べばいったいどうしたと周りに思われてしまうと考え、口調を整えて静かに謝罪の言葉を口にする。
「あの、私たちも申し訳ありませんでした。 どうかご容赦いただけますと幸いです」
しかし、俺の気遣いは無駄になった。
エレノアは今日一番の驚きの表情を浮かべたかと思えば、すぐさま俺と同じよう謝罪をしたんだ。
もちろん、ヴェイグの頭を押さえながら。
(なんかヴェイグの扱いひどくないか? いや、ヴェイグの態度が一番問題になりそうなのはわかるんだけど……)
ただ、今の状況を見ているだろう皆がどう思うのかも出来れば考えてほしかったなぁ、とも思ってしまう。
ティアはというと……とてつもなく激しく小刻みに震えていた。
絶望、なんて言葉が似合いそうな表情を浮かべ、青ざめるなんてところはとうに通り越し、もはや白い……というか灰になっている。
少しでも突けば崩れ落ちて粉々になりそう、なんて思ってしまう程だ。
俺もさっきのティアのように振る舞っていたなら同じようになっていただろうし、気持ちはよくわかる。
ただ、もう少し落ち着けティア、と思わずにはいられない。
「あ、いや、そんな! 全然大丈夫ですから! 頭上げてください! 周りの皆さんが少し不審がってますから、ね? ここでは私も一学生として振る舞うように父から言われていますので……」
俺たちの態度を見て、慌てたような態度を見せる姫様。
姫様の言う通り、周りから向けられている視線には不思議そうに思っていそうな色が宿っている。
周りからの視線もあり、姫様は少し挙動不審になりつつ小声で話す。
「いえ、ですが……」
「大丈夫ですから。 お願いします、エレノアさん」
姫様の真摯な眼差しにエレノアは折れたようで、少し目を瞑り息を吐くと、静かにうなずいた。
「……わかりました。 姫様がそこまでおっしゃられるのであれば。 さ、兄さん、ちゃんと立ってください」
「お前な、抑えつけたのエレノアじゃねぇか。 ……ったく。 というか、姫さん。 知らなかったとはいえ悪かったな」
ヴェイグはエレノアに言われるまま姿勢を正し、姫様に向かって普段通りに言葉をかける。
言葉が耳に届くよりも先に、俺の背筋が凍るような冷たさを感じ取った。
さっきの視線の主か!?なんて思ったが、違う。
俺の視界に映ったのは……鬼。
いや、鬼と言っても、違和感が仕事しないほどに恐怖を感じさせる表情を浮かべたエレノアだ。
なんかもう怖い。 ひたすら怖い。
笑顔で人を殺せるんじゃないか、と思うほどに。
通常が無表情のエレノアだからこそ、強烈な圧力を感じさせる笑みが非常に怖い。
「に・い・さ・ん?」
「姫様、申し訳ありませんでした」
あまりにも鋭いエレノアの眼光と重く圧し掛かるような言葉に耐えられなかったのか、ヴェイグは先ほどまでと一変して別人のような振る舞いと口調で謝罪する。
(……ヴェイグってちゃんとした感じの言葉遣いもできるんだな)
俺は現実逃避気味に思考を巡らせた。
「あの、皆さん? 同じ学院の生徒なんですし、私のことはシャルって呼んでもらえると嬉しいのですが……ダメでしょうか」
姫様は悲し気に顔を俯かせ、瞳を少し潤ませる。
表情と相まって、姫様の言葉は俺たちを激しく揺さぶった。
(姫様の願いだから叶えたいとも思うんだが……身分的に後が怖いよなぁ……)
姫様の希望に応えたい自分と身分差を考え遠慮してしまう自分が、心の中でせめぎ合う。
「お言葉は大変光栄に思うのですが、私たちはあくまでも平民。 王族の方をそのように気軽に呼ぶのは不敬に当たるのではないかと」
エレノアは自分たちの身分を考えた上で、冷静に言葉を返している。
ティアの方を見れば、先ほどと同じく震えているが、エレノアの意見に賛同を示すように頭を激しく縦に振っていた。
ヴェイグはおとなしく控え、折り目正しい態度。
先ほどまでのヴェイグはどこに行ったんだ、と思いたくなってしまう。
「大丈夫です。 その王族たる私が良いと言っているのです。 ですから、その……できればお友達と接する時のように普通の接し方をしていただけませんか?」
姫様は懇願するように、必死さが伝わってくるような真っ直ぐな瞳を向けてくる。
(はぁ……エレノアだけに対応させるわけにもいかないな。 俺が返事しよう)
俺は覚悟を決めると、息を整えて態度を改める。
「では……シャル、とお呼びしてもよろしいですか?」
「はい。 ですが、敬語もおやめになってくださいませんか? 堅苦しいのは止めにしましょう。 私もそうしますので。 ね?」
姫様改め、シャルは可愛らしい笑顔を浮かべた。
華やかな笑みは噂されるのが理解できるほど美しく、周囲がシャルの正体に気付かない理由がわからないほど。
「えーっと……じゃあ、シャル?」
「ッ! はいっ!」
よほどシャルと呼ばれたのが嬉しかったのか、顔には姫としての笑みではなく、一人の少女としての可憐な笑みが浮かんでいた。
(ん? そういえば、姫様って変装とかしてるわけじゃないと思うけど……なんで誰も騒がないんだ?)
俺はふと疑問に思った。
いくら人前に顔を出す機会が少ないとはいえ、今の状態はおかしいんじゃないかと。
少なくとも、誰か一人くらいは気づいても良さそうなものだ。
しかし現状、誰かが姫様と呼んだりすることはない。
いったい……?
「あーシャル。 聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「はい! どんとこいですっ! 何でしょう!」
意外に元気系美少女らしいシャル。
どこかセシリアさんに通ずるものがあるように感じるのは……今まさに幻視している犬耳と尻尾のせいだろうか。
シャルの頭の上には跳ねるように動く耳、腰の辺りには激しく振り回される尻尾があるんじゃないかと思わせられるくらいに元気だ。
少しシャルの態度の変わり様に驚くものの、平静を装って質問する。
「なんでか知らないけど、誰もシャルの正体に気付いてないみたいなんだが……どういうことかわかるか?」
「あ、それは私も思ってました。 どういう事なんでしょう? 失礼ながら、私はお顔を拝見したことがなかったので気付かなかったんですが……」
エレノアは俺と同じくシャルの顔を見たことがなかったみたいだ。
無表情ではあるけれど、声音からは不思議そうに思っているのがわかる。
「それは……何ででしょう? 特に私は魔道具等で認識をおかしくしたり、なんてこともしてないですから。 ただ、可能性としては私の成長のせい、というのがあるかもしれません。 以前、人前に顔を出したのはずいぶん昔ですからね。 うーん、約七年ほどに前になるでしょうか」
指を口元に当てて首をひねっている姿からもわかるが、どうやらシャル自身よくわかっていないらしい。
ただ、シャルが言った可能性はあるかもしれない。
シャルの歳が俺の一つ下ということを考えれば、現在は十五。
十五から七年前なのだから、当時のシャルは八歳だ。
八歳から十五歳への成長を考えれば、皆がシャルを姫様だと認識できる可能性も少ないだろう。
「ああ、なるほど。 それだけ期間が空いていればそういうこともあり得る、か。 とは言っても多少気付きそうなもんだけど」
「たぶん、先ほどの皆さんと同じような理由が問題になっているのかと」
「さっきの? ……あぁそうか」
シャルの言葉で理解する。
さっきの俺たちというのは、つまり。
身分の下の者が上の者に対して丁寧な態度を心がけるのと一緒で、たとえ正体に気付いていても遠慮して言い出せなかったりする、ということだろう。
「なるほど。 自分がついさっき経験したことですし、理解しました。 それにしても七年ですか……長いですね」
「ええ。 お父様がなかなか外に出るのを許してくださらなくて。 お父様ったら私の事溺愛しすぎなんです! 子供として親に愛してもらえるのは嬉しいですけど、限度というものがありますよ!」
シャルの父親、つまり我が国の王はずいぶん娘を可愛がっているようだ。
言葉こそ怒っているような感じだが、シャルの声音には嬉しさや照れといった感情の色が見える。
「あ……ライクさん、ごめんなさい」
「ん?」
シャルは俺の顔を見ると突然顔色を変え、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
俺は一瞬何のことかと疑問に思ったが、すぐに答えは見つかった。
恐らく父親である国王様から何かしら俺の事情を聞いていたんだろう。
「……あぁ、そういう事か。 気にしてないから大丈夫だよ」
なるべくシャルが気にして落ち込まないように心がけて、優しめの声音で返す。
「でも……」
しかし、なおもシャルの浮かべる表情は暗いまま。
(確かに、あの時のことを思い出すと未だに悲しい気持ちが込み上げてきたりもする。 だけど、すでに気持ちの整理は済んだ。 俺はもう前を向くって決めたからな)
少しだけ昔を思い出し、哀しみが胸の中で渦巻く。
俺はシャルに気付かれないように哀しみをしまい込み、平然とした態度で笑みを浮かべる。
「いいんだよ。 終わったことだし、とっくに気持ちの整理はついてる。 だからそんなに気にしなくていいよ」
「え……っと、もしかしてライクさんのご両親って……」
俺とシャルの意味深なやり取りに、エレノアは確信したような言葉を口にして表情を硬くする。
まあ、賢そうなエレノアなら簡単に想像できて当然、っていったところ。
恐らくエレノアの想像通りだと思う。
「ああ、想像通りで合ってると思うよ。 ちなみに言うなら、俺は一人暮らしだ」
「では、やはり……すみません。 ダメだとは思ったんですが」
「あはは、良いって言ってるだろ? 大丈夫だよ。 今の俺には皆がいるし、日々楽しく暮らしてるからさ」
「……ライクさんは優しい人ですね。 ありがとうございます」
俺の言葉に納得してくれたのか、エレノアは表情を崩して柔らかく笑みを浮かべる。
「いえいえ。 さてと、ちょっとごめん。 おい、ティア、ヴェイグ、戻って来い」
俺は未だ絶望中のティアと静かに佇んでいたヴェイグの意識を呼び戻す。
絶望中だったティアは驚いた表情を浮かべ、跳ねる様に体を直立させた。
「へぁ!? す、すんまへん! ホンマすんまへん! えらい失礼な態度取ってもうて……ウチどないしたらええんや……」
ティアの表情は目まぐるしく変わる。
驚きの表情を浮かべたかと思えば、不安げな顔に。
不安げな表情を浮かべたかと思えば、次は泣きそうな顔に。
そして再び驚きの表情に変わったかと思えば、肩を落とし元気をなくす。
「いや、落ち着けよ。 別にシャルは怒ってないみたいだからさ、な?」
大丈夫だと確信してはいたが、念のためと思い、シャルに視線を向ける。
シャルは俺の視線の意味をちゃんと理解してくれたようで、任せてくださいとでも思ってそうな堂々とした表情でうなずく。
「ええ、私は全然怒ってないですよ。 ですが、そうですねぇ。 悪いと思っているなら、私とお友達になってくれませんか? 異性のお友達はもちろん、同性のお友達もいないので」
「ッ! なる! こんなんで良ければ全然なるよ! むしろお友達になってください!」
シャルの言葉に嬉しくなったのか、はたまた心配事がなくなったからか。
(まぁ、どっちもなんだろうな)
ティアは絶望一色の表情から一変、嬉々とした表情で元気に返した。
「ふふふ。 楽しい人ですね。 よろしくお願いしますね、ティアさん」
「うん! よろしゅう頼みます! シャル、でええんよね?」
「はい。 そう呼んでもらえると嬉しいです。 エレノアさんもそうしてもらえると嬉しいのですが、どうでしょう?」
シャルは少し不安げに問いかける。
(不安そうにしてるけど、まぁ大丈夫だろ。 ティアの時のことを考えれば、エレノアがシャルと仲良くするのを嫌がるとは思えないからな)
案の定、エレノアは心配しなくても大丈夫だと言わんばかりに微笑んだ。
「ふふ。 では、私もシャルと呼ばせてもらいますね。 口調に関しては癖ですので見逃していただけると」
「はい! よかったぁ。 学院一日目にしてお友達が出来ました! ありがとうございます!」
「そんな、友達になったくらいでお礼なんていいですよ。 むしろこちらこそありがとう、という感じですしね」
「そやな! まさか友達になれるやなんて思てないしなぁ。 ありがとうな!」
女子は女子同士、今後も仲良くできそうだ。
今の三人を見ている限り、今後も関係は良好なものを築いていけるだろう。
(それに比べて……ヴェイグは、ちと難しそうだな)
異性である俺とヴェイグには、女子三人のような仲の良い感じは無理かなぁなんて思い、男であることを少し恨んでしまう。
とはいえ。 男だからこそ女子の仲の良い姿を見て可愛いと思えるのだから、まあいいのか、なんて風にも思う。
「おーい、ヴェイグ。 生きてるか?」
俺は女子たちの話の輪の外で所在なげに佇むヴェイグへと、冗談交じりに言葉を投げる。
ヴェイグは俺の顔を恨めし気に軽く睨みつけ、深く息を吐いた。
「生きてるっつの。 こんなバカバカしいことで死んでたまるか。 ただ単に、あの女だけの話の中に入っていけないだけだ」
「あー、まあわからんではないな。 俺だって無理だわ」
「だろ?」
俺たちは男同士笑い合いながら、女子たちの会話を外から眺める。
すると、ヴェイグの方から大きな音が聞こえてきた。
俺たちは突然聞こえてきた音に驚き、ヴェイグの方を見てしまう。
「あ、わりぃ。 さすがに腹が減っちまってな」
ヴェイグは少し恥ずかしそうにしつつ、音の原因について話す。
(あーそういやまだ飯に食べに行く前だったわ)
生徒同士の喧嘩だとか、同級生の正体が姫様だったとか、色々と衝撃的なこと続きで忘れていた。
「あぁそう言えば、お昼ご飯を食べにいくところでしたね」
「さすがにそろそろ行くか。 シャルは、昼は王城の方で食べるんだよな?」
恐らく考えている通りだとは思うが、念のため聞いておく。
もし一緒に食べられそうなら一緒が良いだろう。
せっかく友達になれたわけだし。 何より、シャルが一緒に行きたそうな目をしているからな。
「ええ、そうなってますね。 でも、せっかくですからご一緒したいなぁ。 ……さすがに怒られるでしょうか」
俺の思っていた通り、シャルは一緒に来たいと言い出した。
ただ、シャルも言っている通り、王族ともなれば一般の飲食店などに行くのはダメなのかもしれない。
いや、恐らくダメだろう。
だが、俺の口からダメだとはさすがに言えない。
「うーん、俺からは何とも言えないな。 そういえば、お付きの人とかいないのか?」
「正門の外で待機しているはずですが……そうだ、カレンに聞いてみましょう! 許可が出ればご一緒してもいいですか?」
良いことを思いついたと言わんばかりにシャルは目を輝かせる。
正直許可がもらえるとは思えないが、聞いてみるくらいは良いだろうと頷き返す。
「ああ、許可が出るならこっちは問題ないよ。 なあ?」
「ええ、私と兄さんは問題ありません」
「ウチも全然問題ないで! ご飯は皆で食べた方が美味しいしな!」
「という事だ。 俺たちは問題ないよ」
全員の意見は一致。
後はシャルの付き人をしているカレンという人の許可があれば問題ない。
「ありがとうございます。 それでは正門の方に行きましょう」
何やら自信満々な表情で歩いていくシャルだが、何か秘策でもあるのだろうか?
(普通に考えて無理なんだけどなぁ)
疑問に頭をひねるが答えは出ず、俺たちはシャルの後をついて行く形で正門へと歩き出した。




