至高の一品
魔術学院正門前。
王国の象徴たる桜の花が舞い散り、未だ生徒がまばらに見える中。
俺たちはシャルの付き人である、カレンという人と会っていた。
「初めまして、シャルロット様のご学友の方々。 私はシャルロット様の専属メイド、カレン・モルトカルと申します。 今後ともどうぞよろしくお願いいたしますね」
恭しく美しい所作で、一礼と共に自己紹介をしてくれた彼女がカレンさん。
頭には桜の花を模した装飾の付いたホワイトブリムが乗っていて、顎くらいまで伸ばされた髪は青みがかった薄紫。
髪は内側に向かって軽く巻かれていて、風に吹かれて柔らかそうに弾んでいる。
俺たちを見る瞳は優し気で、どこか安らぐ印象を受ける淡い緑蛍石色。
顔の造形は整っていて、見目麗しい姿には思わず見惚れそうになってしまうほどだ。
やはり王国には美人が多いみたいだな。
視線をさらに下へと向ければ、目の前に現れるのは均整の取れた華奢な体を覆うメイド服。
いや、メイド服と言うにはわずかばかり華美に思えるドレス風の衣装。
形の良さそうな豊かな胸に押し上げられているワンピースは青紫を基調としていて、膝より少し下ほどにある裾には黒いレースがあしらわれている。
エプロンは基本である白色で、背中の腰の部分には少し大きめのリボン。
足には膝下あたりまであるレースアップブーツを履いており、肌の見えている部分はほとんどない。
「初めまして。 俺は桜ノ宮雷紅と言います。 よろしくお願いします」
「俺はヴェイグ。 ヴェイグ・リジェスタだ。 口調は見逃してもらえっとありがたい。 よろしく頼む」
「兄がすみません。 私はエレノア・リジェスタと申します。 兄共々よろしくお願いしますね」
「最後はウチやな。 ウチはティア・クレイドルゆうもんです。 よろしゅうしたってください」
俺たちは順番に自己紹介をしていき、頭を下げる。
周りは何をしているのかと一瞬俺たちの方を見たりしていたが、すぐに興味を失った様子で俺たちの横を素通りしていく。
「これは皆さま、ご丁寧にどうもありがとうございます。 それにしても……やはり、貴方がライクさんでしたか」
カレンさんは俺の方を見ながら気になることを言ってくる。
(やはり? 国王様にでも聞いてたのか?)
俺は疑問に首をひねり、カレンさんを見つめた。
「えっと、俺のこと知ってたんですか?」
「ええ。 シャルロット様のお父上、つまり旦那様より貴方のことは聞いておりました。 と言いますか、他の皆様についても多少は知っていますね。 失礼とは思いますが、シャルロット様が学院へ入ることになった際にある程度調べておりますので。 ご気分を害しましたら申し訳ありません」
カレンさんは申し訳なさそうな表情を浮かべ、深々と頭を下げた。
少々思っていたよりも規模が大きいところもあったが、俺の予想は当たっていたようだ。
ただ、俺に関してはセシリアさんの報告内容も含まれているんだろう。
……今さらだが、ちょっと恥ずかしい気もする。
「いえ、気にしないでください。 シャルのことを考えれば当然だと思いますから。 俺については、例の報告の後にでも聞いたんですかね」
「はい。 なんでもあの雷帝と戦って傷を付けさせたとか。 凄まじい剣の技量をお持ちなのだと聞いています。 今代の剣帝も大変気にしていましたよ。 出来れば一度手合わせ願いたい、なんてことも言ってましたね」
カレンさんは可憐な笑みを零しながら言葉を紡ぐ。
なぜ笑みを浮かべたのかと少し気になったものの、俺にはもっと気になることがあった。
「え? 《剣帝》オルトヴェン・アストレイさんがですか!?」
《剣帝》オルトヴェン・アストレイ。
かの御仁は剣技においてアルファリア王国最強と名高い剣士だ。
代々受け継がれているというアストレイ流剣術は国内最大の剣の流派であり、彼は流派内でも歴代最強と呼ばれている。
王国内ではアルカと同じく、五本の指に入ると言われている人物。
数々の武勲を上げ王国に名を轟かせる、高名な《剣帝》。
彼に興味を持たれるどころか、手合わせをしたいと思われるなんて……なんて嬉しいことだろうか。
「はい。 あの、《剣帝》オルトヴェンですよ。 まあ彼、剣術バカなところがあったりするので、時間があったら相手してもらえると、私としてもありがたいですね」
私としても、というところに多少疑問は抱いたものの、気にしていられる話題ではない。
俺は《剣帝》の言っていたらしい言葉に笑みを浮かべ、声に少し喜びの色を滲ませる。
「それはもちろん! というか、むしろ俺なんかで良いのかと恐縮してしまいますけど」
「気にしなくても構いませんよ。 あのお馬鹿は剣を使う相手と手合わせしてみたいだけですから」
カレンさんはどこか疲れたような表情を浮かべ、息を吐いた。
(なんかカレンさんの態度を見てると剣帝のイメージがぶれるな。 いったいどんな人なんだ?)
俺がカレンさんの態度に困惑していると、エレノアが口を開く。
「カレンさん、何だか親し気な感じですね。 もしかしてかの《剣帝》と友人だったりするのでしょうか?」
エレノアは無表情のままではあるが、不思議そうに思っていそうな声音でカレンさんに問いかける。
(そういや、さっきのアルカのことも何だか親し気な雰囲気出しながら言ってたな)
カレンさんはエレノアの質問を聞いて、何かを考えるように少し目線を上に上げた。
「友人……まぁそう言ってもいいのかもしれません。 私とオルトヴェン、それに今では雷帝なんて呼ばれているアルカ、この学院の学院長であるアリシアの四人は、同時期に学院に在籍していたメンバーですからね」
「おぉ、そりゃすげぇ。 有名どころばっかりじゃねぇか。 てことは、カレンさんも結構強かったりすんのか?」
ヴェイグはカレンさんから聞かされた事実に楽し気な雰囲気を纏い、ニヤニヤと笑っている。
やっぱりヴェイグは強い人と戦うのが好きなんだろうなぁ、なんて他愛無い感想を抱いた。
「ふふふ。 さあどうでしょう? まあでも、簡単には負けるつもりはありませんよ? 何せシャルロット様の護衛も兼ねていますから……今日は学院のルール上、お傍に居ることは叶いませんでしたが」
蠱惑の笑みを浮かべ、カレンさんは答える。
会ってすぐも思ったが、所作の一つ一つが美しい。
周りを散りゆく桜の花びらと相まって幻想的にも思える景色が、俺の視界を埋め尽くすように映った。
「学院の決まりですから仕方ありません。 それでカレン、この後の予定なんですが……皆さんと食事に行っても大丈夫ですか?」
シャルは一番の目的である昼食の件について、おずおずと不安げに問う。
俺に名前を呼ばれた時とは違い、シャルの姿は捨てられて子犬のように所在なさげだ。
(やっぱり無理なんだろうか。 できればシャルの希望通りになってほしいものだけど)
俺の願いは通じたのか、カレンさんは微笑みを返す。
「ふふふ、ご学友とのお食事ですか。 大変結構。 人見知りしがちなシャルロット様がもうそれほどまでに仲良くされているとは……メイドとしてお世話をさせていただいてきた身としましては、大変うれしく思います。 うぅ……」
カレンさんは感極まったのか、エプロンのポケットから取り出したハンカチで目元を拭う素振りを見せる。
シャルはカレンさんの突然の変わりように目を見開くほどの驚きの表情を浮かべた。
「え? え!? ちょっとカレン!? 大げさすぎますよ!?」
シャルは驚きの声を上げ、どうしていいのかわからないらしくカレンさんの周りで慌てふためいている。
だが、俺はシャルが慌てているのを見ていて気付く。
周りでシャルが不安げに歩く中、カレンさんの口角が上がり、楽し気な色を帯びていることに。
「ふふ、冗談ですよ、冗談。 泣いてなどおりませんから、ご安心を」
まさかの冗談。
カレンさんはどうやらお茶目なところもある女性のようだ。
どこかの誰かさんみたいだな、なんて風にも思うが、今は関係ないか。
「えぇ……カレン……あなたって人は……」
カレンさんの突然の豹変ぶりに、シャルは呆れてまともに言葉もでないような様子。
表情には呆れだったり安堵だったりと、様々な感情が入り混じっているように感じられた。
「申し訳ございません。 あ、嬉しかったのは本当ですよ? おめでとうございます、シャルロット様」
ひとしきり笑みを零した後、カレンさんは心底嬉しそうに柔らかで美しい笑みを満面に浮かべる。
笑みにはどこか懐かしい感じを覚え、一つの答えに行きつく。
(あぁ……母さんもこんな優しい笑顔をしてたっけ)
もうすでに少し薄れ始めている母さんの顔。
だが昔とはいえ、俺に微笑みかけてくれた母さんの表情はだけは今でも鮮明に覚えている。
顔立ちなんか全然似てないのに、カレンさんに母さんに似た物を感じてしまうなんてな。
正直、馬鹿か俺はなんて風に思う。
「なんというか釈然としない部分もありますが……ありがとうございます。 それで、どうです?」
「ああ、そうでした。 構いませんよ。 ただ、場所はこちらでご用意させていただいてもよろしいですか?」
「えっと、どうしましょうライクさん。 構いませんか?」
カレンさんの提案にシャルは確認を取ってくるが、恐らく皆同じ考えだろう。
少し視線をシャルから外し、皆の顔をうかがってみたが、三人ともうなずき返してくれた。
(ま、やっぱりそうだよな)
俺は三人へと無言でうなずき返すと、再度シャルに視線を向ける。
「いいよ。 皆も大丈夫みたいだし。 でも、どこの飲食店を利用するんです?」
シャルへと言葉を返し、カレンさんの方に向き直る。
王族がいても問題ない飲食店ってどこかあったか?と思考を巡らせながらカレンさんの返事を待っていると、思いもよらぬ答えが返ってきた。
「飲食店ではありませんね。 シャルロット様のご自宅です。 とは言っても、あちらではなく、学生として生活する為に用意された別宅の方ですが」
あちら、つまりは王城のことだろう。
まあ、もし王城だったら食事どころの騒ぎではなかったので一安心といったところか。
とは言ってもだ、学生として生活する為に用意された別宅だと?
王族の考えは庶民にはわからないが……とりあえず、国王様がシャルを溺愛しているだろうということは嫌というほど理解させられた。
「え、それって……」
「はい。 僭越ながら、私が料理を作らせていただこうかと思っております。 せっかくシャルロット様がご学友の方とお食事されるのですし、一番良い案かと思いまして。 いけませんでしたか?」
◇ ◇ ◇ ◇
場所は変わり、王都東区。
貴族の人々が多く住まう東区の中でも、特に広い敷地を持つ大きな家々が建ち並ぶ場所。
今、俺たちはシャルの自宅へとお邪魔している。
シャルの自宅は広く、王都では珍しい木造の住宅だ。
家の中にあるもののほとんどが木製で、木のいい匂いがほのかに香ってきたほど。
(やっぱり木の香りはいいもんだな。 自然の温かみが感じられるってのは)
懐かしささえ覚えるシャルの家からはある種のこだわりを感じた。
「いかがです? 私の作った料理はお口に合いましたでしょうか?」
カレンさんは少し不安げな眼差しを向けてくるが、瞳の奥には確かな自信の色が見える。
「ええ、すごく美味しいです! これって"ハンバーグ"ですよね?」
「はい、そうですよ。 桜ノ宮の方ですし、やはり知っていましたか。 お口に合ったようで何よりです」
不安げな表情は一変、ほころぶ花のような笑みが俺の視界を埋め尽くす。
俺は目の前に置かれているのはハンバーグ。
主に挽肉とみじん切りにした野菜にパン粉を混ぜ、塩や胡椒を加えて肉の粘性を出し、卵を繋ぎとしてフライパンなどの調理器具で加熱して焼き固めたものだ。
焼き固められた肉の塊へフォークを刺し入れてみれば、溢れるように湧き出す肉汁。
一口大に切り分けて食べれば、口いっぱいに広がる芳醇な肉の香りと旨み。
ひたすらに主張する肉の香りと旨みは俺の口の中を蹂躙し、飲み込んでもなお充足感を感じさせてくれる。
付け合わせの根菜のグラッセや葉物野菜のバターソテーも、ハンバーグの旨みをさらに引き立ててくれる絶妙な味加減。
(ああ、美味い)
他に言葉など要らないだろうとさえ思ってしまう。
千の言葉を持ってしても、万の言葉を持ってしても語りつくせないだろう至高の一品。
ゆえに一言で良い。 ただ、美味いという一言で。
「ふぁぁあ! 美味い、美味いで! こんなん初めてやわ! これ、ハンバーグっていうん? 知らんかったで! ホンマ美味いわ!」
俺の隣では、初めてハンバーグを食べたティアが、まるで幼子のように元気にはしゃいでいる。
まあ無理もない。
カレンさんの作った物は、元々ハンバーグを知っている俺でさえ驚愕させるほどの旨さ。
初見も初見、初めて口にした物が至高の一品であればなおのことハンバーグの旨さの虜になることだろう。
「ええ、私も知りませんでした。 このような料理は初めて見ましたね。 ただ肉を切り分けた物ならありますが、これは細かくされた肉を成形しているようですし。 このような重厚な旨みは知りません。 本当に美味しいですね。 ……癖になってしまいそうです」
ティアとは逆の隣にいるエレノアも表情を崩し、目をまんまるに見開いていた。
一口ハンバーグを口に入れれば、頬はほんのり赤く染まりとろけるような笑みが零れ落ちる。
(さすがに落ち着きのあるエレノアでもこの美味さの前には無力だったみたいだな)
エレノアは言葉通り、ハンバーグを大変気に入ったようで、飲み込んだらすぐもう一口分の肉を口の中へと放り込み咀嚼している。
「ああ、マジでうめぇな。 ただ肉食ってるだけでも美味いが、調理法が違うだけでこんなに違うもんなのかよ」
どうやらヴェイグもハンバーグの虜らしい。
さすがは兄妹というべきか、エレノア同様に次々にハンバーグを口へと運んでいる。
「ふふふ、皆さまお気に召していただけたようですね。 調理した者として最上級の賛辞、ありがとうございます」
楽し気に笑みを浮かべ、カレンさんは俺たちに優し気な眼差しを向けている。
カレンさんの横では同じように楽し気な笑みを浮かべるシャルの表情が見えた。
◇ ◇ ◇ ◇
俺たちはハンバーグに舌鼓を打ち、食事は大好評のまま終わった。
今は玄関前。 すでに帰宅の準備を整え、シャルの家を後にする寸前だ。
「はぁ……ホンマうまかったわぁ。 また食べたいって思ってもうたもん。 もうすっかりカレンさんの料理のファンやで」
今日一番ハンバーグに対して過剰とも言える反応を見せていたティア。
顔にはとても言葉では言い表せそうにないほどのとろけた表情が浮かんでいる。
「ふふふ、ありがとうございます。 ぜひまたいらしてください。 姫様もそう思っていらっしゃるでしょうし、ね?」
カレンさんは軽く目を閉じウインクを一つ。
シャルはカレンさんの問いに満面の笑みを浮かべて返した。
「ええ! 今日は本当に楽しかったです! ぜひまた一緒にお食事しましょう!」
「俺たちこそ楽しかったよ。 カレンさんもシャルも本当にありがとう」
「いえいえ、楽しんでいただけたなら幸いです。 お帰りの際はお気を付けくださいね? どうも最近物騒ですから」
最近物騒というのは恐らく、魔物のことだろう。
ティアも言っていたが襲われた人もいたみたいだし、心配する気持ちは分かる。
ただ、さすがに王都の中で出るとは思いたくないけど。
「あはは、さすがに魔物が王都内に出たりはしないでしょうけど……お気遣いありがとうございます。 気を付けて帰りますね」
「ええ、そうしてください。 何事も用心するに越したことはないですからね」
カレンさんは深くうなずきながら言葉を返してくる。
瞳の奥には濃い心配の色が見え、心から心配してくれているのがわかった。
「おう、サンキュな。 それじゃ帰らせてもらうぜ」
「はい。 それでは皆様、お気をつけて」
俺たちはカレンさんの言葉を聞き、街へと歩き出す。
学院で話していた通り、ヴェイグたちに王都を案内するためだ。
さすがに時間があると言っても王都は広いため、今回は今いる東区を少しだけ案内して回る。
予定通り町の案内を済ませた後は、互いに別れを告げて各々別の方向へと足を向け、家へと帰っていった。




