刀術師、アイドルと出会う
「はぁ……はぁ……な、なんとか間に合ったか……」
俺は学院の玄関口、正門前で壁に手をついて荒い息を吐いていた。
多くの新入生がチラチラと俺を見る中。
そんなことを気にしていられる状況じゃないといった風に、俺は構わず息を整えることに集中する。
学院の校舎、その壁面に設置された大きな時計を見る限り、現時刻は開会のおよそ五十分ほど前。
つまり、約十分ほどで学院に到着できたみたいだ。
(意外と早いな……)
全力での身体強化のおかげか、思いの外早く着いたことに安堵する。
「はぁ、はぁ……ふぅ。 ……よし。 もう大丈夫だな」
呼吸が安定してきたこともあり、バクバクと激しく鼓動していた心臓は徐々に落ち着きを取り戻した。
俺は少し俯きがちだった姿勢を戻し、まっすぐとその場に立つ。
すると、すぐそばから女性の声が聞こえた。
「何が大丈夫なんですか?」
「――ッ!? ご、ごほごほっ!!」
突然かけられた声に驚き、落ち着きを取り戻したはずの心臓は再び激しく脈を打つ。
それと同時に息は乱れ、むせて咳き込んでしまう。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
むせて咳き込む俺の背中をふわりと優しい触り方で撫でながら、彼女は心配そうな表情を顔に浮かべて声をかけてくる。
彼女のおかげで落ち着いた俺は、手で制するようにして、大丈夫だと意思表示をする。
「あはは……ちょっと驚いてむせただけなんで大丈夫です。 背中を撫でてもらったおかげで楽になりました。 ありがとうございました。」
俺は感謝の気持ちを表すため、彼女に向かって頭を下げた。
彼女はブンブンと手と頭を振って、
「い、いやいや、驚かせてしまったのは私ですから! ……ごめんね?」
彼女は俺と比べると少し背が低い。
そのため、最後のごめんという言葉を言った時の彼女は、自然と上目遣いになっていた。
彼女の表情は悲し気な色を帯び、どこか庇護欲をくすぐられるような印象を受ける。
同時に、申し訳ないと思っているのがいやでも理解できた。
上目遣いに少しドキッとしたものの、すぐに気持ちを落ち着けて言葉を返す。
「いえ、大丈夫ですよ。 気を抜いていたのはこちらですし。 ですから、気にしないでください」
そう言って、彼女がこれ以上気にすることがないように、という気持ちを込めて笑いかける。
俺が笑いかけると、声をかけてきた彼女も同様に、それでいてふわりとした女性特有の可愛らしい笑みを向けてくる。
落ち着いて見てみると、彼女はとても端整な顔立ちをした美人だった。
着ている服に目を向けてみれば、そこにあったのは同じデザインの制服。
少し着慣れている感じがするし、色も少し違う。
俺の方には袖に青い色があるのに対し、彼女の制服の袖にあるのは赤い色。
事前に聞いていた話からして、おそらく彼女は最高学年である三年生だろう。
彼女の明るい赤色の髪は腰の辺りまでストンと綺麗に真っ直ぐ伸びており、光を浴びてキラキラとした輝きを放っている。
優し気な眼差しの奥に見える瞳は、紫がかった菫青石色。
物腰は柔らかく、とても落ち着いた雰囲気を纏ったお姉さんといった感じだ。
決して老けているわけではないのだが、どこぞの女よりもさらに年上の女性らしい印象を受ける。
「今、何か失礼なこと考えませんでした?」
俺の考えが読めたのか、彼女は先程の笑みを引っ込めて少しジト目でこちらを見つめてきた。
ジト目のまま、彼女は責めるような態度で俺の顔を覗き込むように近づいてくる。
そんなフェリス先輩から少し距離を取るように後退りながら言葉を返す。
「え? いえいえ、綺麗な人だなぁくらいしか思ってませんよー。 あはは!」
俺は本音半分誤魔化し半分といった感じで答えた。
(うぉい……女の勘ってやつか? 凄まじいな、おい)
内心驚きつつも、それを表に出さないよう最大限の注意を払う。
しかし、なおも彼女は疑いの眼差しを向けてこちらを見つめてくる。
「ホントですかぁ? んー……まぁいっか。 綺麗って思ってくれてありがとう。 君って、その色からして新入生の方ですよね? 制服も真新しいですし」
まだ少し疑っていたようだが、そこまで気にしてもいなかったらしく、彼女は話題を変えてきた。
これ以上追及されても困ってしまうため、彼女の話題に乗っかる。
「はい。 今日からこの学院に通うことになります。 桜ノ宮雷紅と言います。 よろしくお願いします。 ……えっと、先輩……で、いいんですよね?」
返事と共に自己紹介をし、予想はついていたが念のため彼女に質問を投げかける。
彼女はポンッ、と軽く手を叩き、思い出したように言葉を返してきた。
「あ、自己紹介をしてませんでしたね。 私は三年のフェリス・ティンゼルと言います。 ここ、魔術学院では生徒会長を任されています。 わからないこととかあったら何でも聞いてくださいね? これからよろしくお願いします、ライクくん」
どうやら彼女――フェリス先輩は生徒会長だったらしい。
つまりはこの学院に在籍する学院生たちのトップ。
名前こそ聞いたことは無かったが、生徒会長の噂は俺も聞いたことがあった。
この魔術学院で学院のアイドルなどと言われ慕われており、最強の代名詞とも言われている学院生。
どんな人かと気になってはいたが……まさかこの人だったとは。
「よろしくお願いします、先輩。 というか、先輩が噂で聞いた学院最強の生徒だったんですね。 実は一度会ってみたいと思ってたんです」
「むぅ。 その言われ方、好きじゃないんですよねぇ。 会ってみたいって思ってもらえていたのは、素直に嬉しいですけど」
「えっ? あ、すっ、すみません!」
フェリス先輩の言葉にわたわたと慌てて頭を下げた。
(まさか、フェリス先輩に学院最強と言うのは禁句だったのか……?)
俺は下げた頭はそのままに、チラリとフェリス先輩の様子をうかがう。
そんな俺に対してフェリス先輩は苦笑いを浮かべる。
「あはは、ごめんなさい。 ちょっと意地悪でしたね。 そんなに気にしなくて大丈夫ですよ? ただ……そうですねぇ。 許してほしかったら、罰として、私を名前で呼んでください。 それで許してあげます。 ……ふふふ」
まだ新入生が大勢いる正門前。
そんな場所で、誰もが聞こえるような声でフェリス先輩は言った。
その瞬間、俺の背筋を冷たいものが走る。
(――ッ!? なんだこの殺気は! 尋常じゃねぇ!)
俺はバッと周囲を見渡す。
するとこっちを見ていたらしい他の新入生たち――特に男子――は下手くそな口笛をぴゅ~ぴゅ~と吹きながら明後日の方向を向く。
(こ、こいつら……全然誤魔化す気ないだろ……)
耳を澄ませてみれば、ぼそぼそと聞こえてくる彼らの声。
――なんだアイツ。 うらやまけしからんぞ!
――あのお美しいお方と親し気に話しやがって。 ……もげろっ!
――これだからちょっとばかし顔の良い奴は……爆発しろっ!
――貴様の顔、しかと覚えたぞ。 ジュルリ……。
他にも様々な彼らの心の声が恨みがましい視線と共に俺へと届く。
……おい、最後のやつ。 お前はいったいなんなんだ。
というか、俺はただ話してるだけだろうが!
そんな俺の心の声は誰にも聞こえることもなく、なおも視線は体へと突き刺さる。
「もう、聞いてます? ライクくん?」
突き刺さる視線に意識が持っていかれていて、フェリス先輩に返事をするのが遅れてしまった。
そんな俺の顔を再度覗き込むようにしてフェリス先輩はムッとした顔を近づけてくる。
「き、聞いてます聞いてます! ちゃんと聞いてますから、少し離れてください! 顔が近くて、その……」
いくらギルドの美人な女性たちである程度慣れているとはいえ、ちょっと動けばキスできてしまいそうな距離に綺麗な女性の顔があっては心穏やかではいられない。
走ってきた時とは別の意味で、心臓がバクバクと激しく鼓動してしまう。
頬も軽く熱を持ち、鏡を見て確認せずとも、顔が赤く染まっているだろうことは容易に想像がついた。
「え? あ、あはは。 ちょーっと近付きすぎちゃいましたね。 ごめんなさい」
フェリス先輩は少し口調を崩しながら苦笑いを浮かべた。
「いえ、すぐに返事できなかったのは俺ですから。 それでその、フェリス先輩とお呼びすればいいのでしょうか?」
「んー及第点といったところでしょうか。 もう少し砕けた口調で話してくれて大丈夫ですよ? 私は特にそういうのは気にしませんから……ね?」
どうやらフェリス先輩は少しいたずら好きな先輩のようだ。
フェリス先輩の顔に浮かぶのは、最初に見たお姉さんっぽい笑みではなく、どこかいたずらっぽい笑み。
少し心配だったが、特に怒っていたりはしないらしい。
俺はフェリス先輩の態度に安堵し、ほっと胸をなでおろしながら答える。
「さすがに初対面の、それも先輩に砕けた口調というのは……」
「むぅ、別にいいんですけどねぇ……ま、仕方ない。 それじゃ、私はいつもの感じで話させてもらおうかな? 生徒会長としてのちゃんとした口調って、常に気を張ってないといけないから疲れちゃうんですよ」
「あはは。 そういうことでしたか」
「むむむ、ライクくんと普通におしゃべりしたいって思ってるのもホントなんですよ? だから、いつでも砕けた口調で話しかけてくれていいですからねっ! 文句言う子は、えいっ、ってしてあげましょうっ!」
フェリス先輩はそう言って片手を握り、俺のお腹の辺りにぽすっと軽く当ててきた。
(なんか最初と印象と違うけど……これがフェリス先輩の素の部分なんだろうなぁ)
最初こそ綺麗でおしとやかな大人の女性っぽさを感じさせたフェリス先輩だが、今の姿を見ると年相応、いや、少し子供っぽさも兼ね備えた女性なんだと理解させられる。
「はははっ、了解です。 フェリス先輩」
俺は可愛らしい姿を見せるフェリス先輩に少し笑みを零し、言葉を返した。
(そういえば……なんでフェリス先輩は俺に話しかけてきたんだ?)
ふと思いつき、先程から疑問になっていたことを聞いてみることにする。
「あの、聞いてもいいですか?」
「はい? 何でしょう? 私に答えられることなら答えますよ」
「では失礼して。 フェリス先輩ってなんで俺に声かけてきたんです?」
俺の質問に対し、フェリス先輩は少しきょとんとした顔でぱちぱちと瞬きをした。
フェリス先輩はすぐに表情を戻し、質問に対して答えを返してくる。
「実はライクくんのこと、事前に聞いてたんですよ。 といっても、こういう感じの見た目をしている男の子ーっていうと名前だけですけどね? なんとなく、君がそうなんじゃないかと思って声をかけたわけです 」
「なるほど、事前に。 ……って誰から聞いたんですか?」
フェリス先輩の言葉に素直にうなずこうとしたのだが、事前に聞いていたというのがひっかかり、再度質問を投げかけてしまう。
「ん? 学院長先生から聞きましたよ? 新入生に知り合いがいるので、もし見かけたらよろしくお願いしますねって言われたんです」
「あー……そうだったんですね。 なんだかすみません」
「いえいえ。 気にしなくていいですよ。 私がライクくんに会いたかったっていうのもありますし」
「俺に……ですか?」
どういう理由で俺に興味を持ったんだろうか。
聞いてた感じ、特にそれっぽい理由など見当たらないのだが。
「ええ。 ライクくんは桜ノ宮の人でしょう? ということは、勇者様の子孫なわけで……どんな人かなーって単純に気になってしまって。 気を悪くしたなら、ごめんなさい」
「いえいえ、全然大丈夫です。 先輩みたいな綺麗な人に声をかけてもらえるきっかけになりましたから、むしろ嬉しいくらいですよ」
そう言って冗談交じりに返す。
フェリス先輩は目をまんまるに見開き、驚いた表情を見せた。
そして、すぐさま驚きの表情は鳴りを潜め、代わりに美しい微笑みが顔を出す。
「もう、ライクくんってそういうお世辞言い慣れているんですか? もしかして結構な遊び人だったのかなぁ? ふふふ」
フェリス先輩は終始楽し気な笑みをこぼし、こちらをからかうように言ってくる。
しかし、さすがに今の言葉は聞き捨てられず、焦るようにして言葉を返す。
「フェ、フェリス先輩? さすがに遊び人はやめてくださいって! そんなんじゃないですから!」
「ふふふっ。 もちろん、冗談ですよ。 仕返し成功ですっ。 えへへっ」
俺たちが少しふざけあうようにして話していると、重く体に響くような鐘の音が聞こえてきた。
「あ、れ……? 今のって、もしかして……?」
鳴り響く鐘の音に、俺は嫌な予感が胸の中で広がる。
「学院の時計と連動して鳴るようになっている鐘の音ですね。 ちょっと立ち話しすぎたみたいです」
フェリス先輩の言う通りのようだ。
先程まで俺に対して向けられていた、軽く殺意の混じった眼差しはすでになく。
羨まし気にささやかれていた彼らの声も聞こえず。
辺りには誰もおらず、遠くに数人の案内をしていただろう上級生が見えるだけ。
学院の正門前は、その静けさを湛えていた。
「え、っと。 ……これって遅刻になっちゃいます?」
「いえ、私と一緒に向かえば問題ないですよ。 私から説明しますし、ライクさんに会ったら少し遅くなるかもしれないと事前に連絡してありますから。 だから安心してください。 大丈夫ですよ」
「そ、そうですか。 よかったぁ……全力疾走して間に合ったのに、遅刻扱いだったらどうしようかと思いましたよ。 それを聞いて安心しました」
俺はフェリス先輩の言葉に安堵し、体の力が抜けそうになるのを感じた。
さすがにあれだけ急いで遅刻では割に合わない。
遅刻にならずに済んで良かったと、心底胸をなでおろした。
「あはは、ごめんね? それじゃあ、入学式は講堂であるから行きましょうか。 案内しますのでついてきてくださいね」
「はい、お願いします。 フェリス先輩」
そうして俺はフェリス先輩の後をついて行き、入学式が行われる講堂へと向かうのだった。




