第六話「四大将軍」
会議室には、四大将軍と総称して呼ばれる四人が集まっていた。
まずは赤獅子の異名がある剛腕戦士ゴード。そして、褐色の肌の女戦士エッガ。補助魔法や回復魔法のエキスパートのマリア。戦闘民族であり戦場で華麗に舞う女ディステル。
この四人が会議資料を前にし、ゴードがまず議題を出した。
「では、まず侵入者の話から……と言いたいところだが、緊急に話さねばならないことができてな。結界のことだ。どうやら不十分な場所があるらしく、時々、モンスターが侵入してくるらしい。大型モンスターではないから、まだ大事には至ってはいないがな」
「結界の専門はマリアだろう。なぜ、そんな異常が起きたのか原因はわからないのか?」
すかさずエッガが訊くと、マリアはゴードに言う。
「詳細を言うと二週間前ほどからなのですが、神樹の魔力維持が急激に低下しているようで……私たちが神樹に魔力を与えても、その維持すら難しくなってきているのです。おそらく、その影響で結界の力が弱くなっているのだと思います」
「二週間前からか。その頃は確か、隣国が魔獣の軍団によって滅ぼされたと聞いたな」
ゴードは無精ひげを触りながら唸るように悩んだ。
今までも、魔獣によって結界が壊されたことが度々あった。但しそれは、結界の薄いところを上級クラスのモンスターが壊したことによるものだ。しかし、今回は低級クラスのモンスター。これは、今までにはない異常事態だった。
しかも、魔獣が群れを率いて隣国を滅ぼしたという情報は、国内の兵士たちをも恐怖に陥れた。魔獣は知能が低く、意図して群れで行動はしない。誰もがそう考えていたからだ。
「それと何か関係があるのか。神樹の衰えとともに、モンスターどもが進化してきているのかもしれんな」
「まさか、そんなことが……」
ゴードの説明に、マリアが顔を強張らせる。そこで、ディステルが手を上げた。
白い肌赤い目で、普段あまり話さないディステルの挙手は皆を緊張させるに十分だった。
「今日、城の上でフォックスバードを見つけた。すぐに始末したけど」
「魔力を感じたのはそれだったのか。その直後に、あの侵入者の騒ぎになったのだが」
エッガがそう言うと、マリアは妙な顔をした。そして、二人とも失敗を思い出したように目を合わせてから口を噤んだ。
「なるほど。私が倒す前に誰かがフォックスバードと交戦しているのが見えたけど、あれが侵入者だったのか。フォックスバード如きに逃げ回るなんて、鈍臭い奴だなとは思ったけど」
ディステルが置いてあった水を取って一口飲む。ゴードはそれを聞いて笑った。
「その鈍臭い奴に一本取られたらしいがな。エッガもマリアも」
ゴードの言葉を聞いて、ディステルは驚いた様子でエッガとマリアを交互に見る。
「予測できなかったんです。侵入者の動きが……それに、あの失敗はエッガさんではなく、私の責任です」
「よせマリア。奴の動きが予測できなかったのは私も同じだ。それにあいつ、妙なことを言い続けるし、それに何故、バインドで動けない私に反撃してこなかったのか……」
互いに失態を告げる二人を見ながら、ディステルが「ふーん」と声を出す。
「一度、手合わせしてみたいかも」
「瞬殺できるに決まっているだろう!」
エッガが興奮状態でディステルに答える。その瞬間、ノックの後に扉が開いた。
「失礼いたします。警備兵ブリッツです。エッガさまからお受けした、侵入者の聴取内容を伝えにきました」
ブリッツが会議に入ったことで話は中断し、皆が聴取内容に聞き入る。
「侵入者の名前は、シンゴ・カザマ。年は二十五歳。出身は、にほんだそうです」
「にほん? 知らん国だな。それに妙な発音の名前だ」
「ここより遥か外の世界からきた者と言っていました」
「それは私も聞きました。にわかには信じられない話です」
ブリッツの説明に、ゴードとマリアが答える。
「それとバインドを避けたと、はっきりと言っていました」
「ほう……ということは、運が良くて避けることができた。というわけではなさそうだな」
ゴードが面白そうに微かに笑う。それは、エッガやマリアを笑っているのではなく、試しがいのある奴がきたという興味を多く含んだ笑いだった。
「あの……多言かと思いますが、思ったことを話してもいいでしょうか?」
「いいぞ、構わん。話せ」
「あの男は、人の心が読めるのではないかと考えております」
ブリッツの発言に、ゴードが太い声で「ほう」と言い、エッガとマリアは互いに目を合わせ、ディステルは楽しそうに笑みを浮かべた。
そして、ゴードが何かを思い出したようにニヤリと笑う。
「警備兵。先日、捕えたアイアンウルフの状態はどうだ? 万全か?」
「えっ、アイアンウルフですか? オリに入れたままですが、それが何か?」
「その男を試そう。明日の午後にアイアンウルフと闘技場で戦わせる。勝ったほうが自由の身という条件付きでな。イベントがあれば兵士の士気も上がるし、丁度いい機会だ」
「確かに。アイアンウルフは人語を理解できるので、その条件だと本気で戦うと思いますが……とても勝負にはならないかと。フォックスバードにも勝てる気がしないと言っていましたから」
「しかし、マリアのバインドを避けたと言ったのだろう? それにお前は、そいつは人の心が読めるのではないかと言った。では、相手がアイアンウルフならどうだ? アイアンウルフも人と同じ思考動物だ。心が読めるのなら、アイアンウルフの攻撃も避けるのではないか?」
そこでディステルが、
「侵入者の最後は斬首でしょ。だったら、戦わせてあげるだけでも良心的なのでは?」
と、続ける。いかにも戦闘民族らしい言葉だった。
「いや、しかし……なぜかディアナ王女さまが、あの男を気にかけているのです」
「そうか。では、もしものことがあったらとめてやることにしよう。完全な命の保証はできんがな。警備兵、その男に説明してこい。明日の午後に行うとな」
ゴードの鋭い視線に気圧され、ブリッツは一歩後退する。
会議はそのまま終了し、ブリッツはもと来た道を駆け足で戻るのだった。
※ ※ ※
侵入者の処理対処がディアナ王女に伝えられたのは、その決定がされた直後であった。そして、ブリッツがまとめた書類をディアナも自室で確認することとなる。
「明日の午後、アイアンウルフとの決闘の勝敗で決定する。勝ったほうは自由の身とする」
今までも、捕獲したモンスターと囚人を戦わせたことがあった。しかし、ほぼ百パーセントの確率で囚人が負けている。それは、高レベルのモンスターを、囚人の対戦相手に選んでいるからだった。
その原因がゴードである。何故なら、彼は強い者しか認めようとはしない。弱い者には一切興味がないのだ。そして、四大将軍のトップでもあるゴードの決定権は絶対に覆らないものだった。
「シンゴ・カザマ。二十五歳。出身は、にほん……」
ディアナは侵入者のことが気になって仕方がなかった。
何故、彼は、自分が父の病気のことで苦しんでいるとわかったのだろうか。父が寝込んでいる理由を、呪術だと思っているとは誰にも話していない。兄にも言わず、将軍たちにも言わず、父の病気は治ると信じてきた。自分は王女だ。だから、どんなに父のことが心配でも、民の前では笑い続けてなければいけない。民を不安にさせる王女であってはいけないのだ。
その気持ちが今は揺らいでいる。王女暗殺を考えて侵入した者の目とは、あれほど澄んでいるものなのだろうか。普通は目が合ったら視線を逸らすものだが、まるで自分が誰なのか確認しているような目にみえた。そのため、皆が否定していた「遥か外の世界からきた者」という風間の発言を、ディアナは否定しきれずにいた。
更に――。
「あの方が落下してきた時、あの時に感じたのは、神樹さまの力だった」
天井を突き破って侵入者が落ちてきた時、ディアナはその男は死んでしまうのだろうなと思った。しかし、地面に叩きつけられる直前に見てしまったのだ。黄金に輝く慈愛に満ちた膜が侵入者を包みこむのを。
ディアナが「あっ!」と思った時には、侵入者は弧を描くように飛び、湯の中に仰向け状態で落ちていた。
「神樹さまの力が失われているのがわかる。それなのに、何故、あの方に神樹さまの力を感じたのか……」
それに戦闘になったというのにエッガやマリアにも怪我ひとつ与えていない。戦いの中で時折見せる全てを見透かすような目にも、不思議な魅力を感じた。
ディアナはイスから立つと、自室の奥にある扉を開いた。扉の向こうには、兄と兼用している簡易の書斎がある。滅んだ隣国の話を聞くのに忙しい兄は、ここしばらく書斎を使用していない。今日も同じだろう。そのため、ここに今日いるのはディアナひとり。
ディアナは奥のほうにある分厚い本を取り出すと、抱えこんで座った。
もし、兄が見ていたら「床に座るなど王女のすることではないぞ。ちゃんと席に着いて読むように」と叱るに違いない。そして、何を調べているのかと訊かれるはずだ。
ディアナが取り出した本は、伝承について書かれたものだった。幼少の頃にディアナは父に読んでもらい、授業でも伝承については学んだ。
神樹のこと。モンスターのこと。魔法のこと。隣国のこと。それらがこの世界に存在している理由とは何か。そして、その伝承の中でもディアナが最も興味をもっていたものがあった。
『神風吹き、神樹は語る。闇が蠢き、冥王は語る。混沌が笑う時、光の者現る』
光の者とは、勇者ではないかと伝えられ続けていた。そして、冥王とはモンスターを束ねる者であると。しかし、伝承なので、光の者や冥王を見た者などこの世に存在しない。
そして、国が滅びる事態が起きるのではないかと言われるとともに、それは杞憂なのではないかという者も多い。そのため、この伝承は授業でも触りのように語られるだけだ。
「あの方が落ちてきたあの日……神風が強く吹いていた」
ディアナの中では、シンゴ・カザマがその光の者ではないかという推測が結論へとつながりつつあった。




