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第五話「お前は一体、なんなんだ?」

 風間は暗闇の中で誰かが話しかけてくる声を聞いていた。

 何を話しているのかは聞き取れないが、男のくぐもった声だ。それは、会話という好意的なものではなく、敵意にちかいものを感じる深く重い声だった。

 一体、誰が話しかけてきているのだろうか。体を動かして確認しようとしても、全身に痛みが走って指先ひとつ動かすこともできなかった。

 自分は死んだのだろうか。あるいは生死の境を彷徨っているのか。そうだとしたら出口はどこなのか。声の主が全てを知っているような気がしてならない。これは直感だった。

「誰だ。俺に話しかけているのは?」

 風間がそう言うと、空気が震えた。まるで自分のほうが立場は上だと激昂するように。

「ずっと探していた……お前のような相手を」

 深く重い声は、敵意から競争心ともとれる発言に変化する。風間は、姿が見えない声の主に言いようもない恐怖を感じた。まるで、命の取り合いを楽しもうと言っているように聞こえたのだ。

「いずれ、お前は倫理なき世界に選ばれた理由を知るだろう。そして、己の真の力も」

「理由? お前は、俺がここにきた理由を知っているのか?」

「それは風間信悟、お前がこの世界で生きて、知っていくことだ」

 声が徐々に小さくなっていく。風間は声の主がどこにいるのかと探ろうとした。しかし、突然、足元に亀裂が走ったかと思うと、闇に満たされた空間が割れていく。慌てて落ちないように、割れた空間の破片をつかむが、それも脆く砕け散ってしまう。

 そして風間は、異世界にきた時と同じように激しい光に包まれていた。


「はぶっしっ!」

 何かにつかまろうと手を伸ばした状態で光に包まれた風間は、落下感を味わった直後に激突の痛みで声を上げた。目を開けてあったのは冷たい石の床だ。それも湿っており、お世辞にも奇麗といえるものではない。

「おおっ……ようやく起きたか。侵入者」

 どうやら、ベッドから落ちたらしい。落ちた拍子に怪我をしてないかと確認する風間に、若い男が声をかけてきた。

「ディアナ王女さまの優しさに感謝しろよ。エッガさまとマリアさまは、お前を吊るしておけばいいと言ったんだぞ。それを、お前が可哀そうだからとベッドまである牢屋に変えてくださったのだ」

 風間は、話しかけてきた男をじっと見る。年は十七か十八といったところだろうか。

 今年、入ってきた新入社員を風間は思い出した。そういえばあいつら、今頃、頑張って仕事しているのかなと。この倫理なき世界では、新入社員と変わらない若者が、死と隣り合わせの戦地に駆り出されることもあるのだろうと。

 そして、風間は考える。今まで登場してきたのが『この倫理なき世界へようこそ!』のキャラクターなら、彼も同じキャラクターとして登場していたはずだ。

「ああっ、思い出した。警備兵A!」

 ようやく記憶を手繰り寄せた風間は、思わずゲームの設定、そのままで言ってしまった。

「なっ……なにが警備兵Aだ! 俺にはブリッツという立派な名前がある!」

「へえ、ブリッツって設定……じゃなかった。名前か。稲妻の意味だな。いい名前だ」

 風間に返されたブリッツは、複雑な表情をしながら右腕を摩ってから息を吐いた。

「生憎、エッガさまやマリアさまは大事な会議でな。俺がお前の聴取を仰せつかったのだ。それに、お二人とも、お前の顔を二度と見たくないとおっしゃっていた。エッガさまならともかく、あの温厚なマリアさままで怒らせるとは、お前、何をやったんだ?」

「いや、本当のことを言って、話し合いをしようとして成り行き上で戦闘に……確かに選択をまずったよ。エッガはプライドが高いもんな。戦闘をしてしまったのは俺のミスだ。衝突すべきではなかったし、それにバインドを避けたのもいけなかった」

「バインド? マリアさまのバインドを避けたのか? ……って、エッガさまを呼び捨てにするな!」

 ブリッツにそう叫ばれて、風間はまだゲームをしていた時の癖が抜けてないなと感じた。叫んだブリッツはというと、息切れをしてから肩を落とす。おそらく、会話がうまくかみ合っていないからだろう。聴取を仰せつかるのも大変だろうな。と、風間は他人事のように思ってしまった。

「それで、お前の名前は? 出身はどこだ? 年は? それとその服、見たこともないから民族衣装だと思うが」

 また、右腕を摩ったブリッツは、書き取り用のバインダー用紙とコンテを取り出す。

「名前は風間信悟。信悟がファーストネームで風間は姓だ。出身は日本。年は二十五歳。そして、これは民族衣装と言っていいのかわからないけどジャージ」

「二十五だと俺より年上じゃないか! にほんというのは、知らない国だな。それにしては言葉が通じるし、いろいろと変わった奴だ」

 言葉が通じるのは、ここがゲームの世界だからだろう。そう、舞台は異世界でもゲームの言語設定は日本語だった。だから、このような複雑な設定が成り立つのだ。

 風間は『倫理なき世界』を知っている。しかし、彼らはゲームの中の住人なので、三次元を知らない。そして、風間も倫理なき世界にきてから、妙な違和感を覚えていた。

 ゲーム展開のところどころの記憶が抜け落ちているのだ。それは、ここにきた時に浴びた光の影響なのか、風間にはわからなかった。

「なぜ、ディアナ王女さまの入浴中に侵入するなどという不届きな行為をした?」

「次に、その質問がくるのか? いや、それがさ。起きたら大きな木の上にいて、すごい突風にも遭ってさ。降りようとしたらフォックスバードがきて攻撃されたんだよ。で、そのまま落ちて屋根を突き破ってさ。そうしたら、それが偶然、ディアナの前で……」

「ほう……って、貴様、ディアナ王女さまも呼び捨てにするか! いや、待て。フォックスバードだと? 城の上で遭遇したのか?」

「そこなんだよなあ。フォックスバードは通常、序盤の森の中に出るだろ。まさか、城内で出るとは思わないから慌ててさ」

「序盤って何だ? お前の説明は時々意味がわからないことが入るな。それに、お前の年でフォックスバードくらいなら一撃で倒せるだろう」

「えっ、マジで? 勝てる気がしないんだけど」

 ブリッツは、また風間に何か言いかけたようだが、聴いたことを纏めるほうが先と判断したようだ。右腕を摩ると、バインダー用紙に文字を書きはじめた。

「ブリッツ。右腕が痛むのなら温めたほうがいいぞ。響くように痛むんだろ? 恋人を心配かけさせるのもいけないから、はやく治せ。確か、城内の東側のスミに薬草が生えていたと思うけど、ゆっくり風呂に入りながら揉んで、薬草シップをしたほうがいい。そうすると、はやく治るはずだからさ」

 文字を書くブリッツの手がとまった。そして、目を見開きながら風間を見る。

「お前……なぜ、俺が右腕を痛めているとわかった? 恋人がいるというのも一度も言ってないぞ。それに東側に薬草が生えているのも、数少ない兵士だけが知っていることだ」

「あっ、いや、右腕をよく摩っていたじゃないか。それに指にあるのは婚約指輪だろ? 薬草はその……いろいろとゲームで……と言っても、これの説明は難しいな」

「ディアナ王女さまに聞いている。お前がズバリ、王女さまの疑問点を突いてきたと。王が床にふせっている理由は、なにかの呪いだと言ったそうだな」

 ゴクリと息を呑んだブリッツは言葉を続けた。

「お前は、人の心が読めるのか? マリアさまのバインドの魔法を避けられる者など、この城内にいない。しかもフォックスバードも一撃で倒せないような、お前のような奴が、エッガさまの締めからも逃れたとも聞いている。お前は一体、なんなんだ?」

 恐怖と不安が入り混じった悲鳴のような問いだった。

「それはマリア……さま、に言ったんだけど、信仰宗教の信者みたいだって言い返されてさ。俺は、ここより遥か外の世界からきた者なんだよ」

 ブリッツが即座にメモする。今の発言が、またエッガたちに報告されることになるのかと思うと、風間は複雑な心境になる。それなので、風間は質問の内容を変えた。

「あのさ、俺って二人にどんな感じで負けたんだ?」

 直後にブリッツが動かしていたメモの書き取り音が、大きなため息に変わったのだった。


 ※    ※    ※


 会議室に向かう廊下に重量級の足音が響き渡る。その足音の主を見た者全てが道を譲っていた。

 赤茶の髪に無精ヒゲ。剛勇と名高く赤獅子と異名を取るゴード・ボルシェである。

 屈強な体格であるのは恵まれたから。青年期の頃には既に、その剛腕に勝る者なしと称えられ、国内最若で将軍に抜擢された。当然、今まで負けなし。ただ唯一、互角の相手がいた。それが――。

「先にきていたのかエッガ。話を聞くと面白い大捕物劇があったとか。マリアもいながら、侵入者に逃げられかけたんだって?」

「ディアナさまがいたからな。大事(おおごと)にはできんだろう。それに、奴に関してはブリッツが調べているところだ」

「あの警備兵か。侵入したのが女湯でなければ、この俺が叩き潰していたのにな」

「マリアが壁魔法のウォールで出られないようにしたからな」

 ゴードは豪快に笑いながら、そのまま会議室に入った。エッガも続いて中に入る。

「もう揃っていたんだな。では、会議をはじめようか」

 ゴードがそう言って席に着く。そして、厳格な雰囲気の中、会議がはじめられていた。

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